第7話「ブロードキャスト・シンドローム」



 カメラのモニターをたたみ、即座にパソコンにつなげる。昨日、動画サイト〈ハンカ〉にアップロードした動画の視聴回数をチェック。70万回再生されている。700キロ。それでは、薄い。もっと記録されなければ、意味がないんだ。せめてメガをマークしなければ、ネオ・キラーの名が廃る。


 ぼく――ネオ・キラーは、いちおう、〈ハンカ〉のアフィリエイトで収入を得ている、フリーターである。


 〈ハンカ〉は100回再生につき3円から5円の広告料がある。日本円で算出されずに、中国のレートで決まるから少し面倒である。100回5円として、700キロ回再生だったら、実質35000円の収益が生まれる。まあ上限だから、そこまで入るのはめずらしい。それに、所得税やら国保やらの天引きを食らうから手取りはもっと少なくなる。


 いや、ここでなにより重要なのは、広告料でも人気度でもない。いちばん大事なのは、24時間につき1本の動画をアップロードすることである。1日でも怠慢すれば、たちまち人気は失せ、再生回数もがっくりと落ち込む。けれど、逆に毎日有益な動画を投じてさえいれば、〈ハンカ〉で人気が出るような動画を投稿しつづければ、収入が途絶えることはない。



 ひと昔前に、人材飢饉時代というのがあった。まだぼくが小学校にいたころ、世間では被雇用者の不足が深刻だった。その影響もあり、人工知能やセルフサービスがコンビニや工場に横溢した。それらはあまりにも効率的すぎて、もう資本家たちは代替しなくてもいいことを悟ったのだろう――こんどは人材が溢れ返るようになった。


 法外に安い時給で雇われる子どもが増えた。ストリートチルドレンも、年端もいかない娼婦も、増えたような気がする。〈ハンカ〉にアップされた動画の中にも、身体を売る児童が散見される。ひと昔前だったら、彼らは「基本的人権」のもとになんとか食いつなげただろうに。


 〈ハンカ〉は、老舗の〈ユーチューブ〉とは趣を異とした動画サイトだ。〈ユーチューブ〉で流行った、音楽やら実験動画やらのみならず、〈ハンカ〉はセルフレイティング付きで、どのような内容の動画であってもアップロードできるのである。グロテスクな表現を含んでいても、過度に性的な内容でも、だ。

 だから、常人が見たこともないような動画が数多くある。もちろん、「ハンカイスト」と呼ばれる、人気の投稿者たちもいる。動画への出演の有無を問わず、再生回数がそこそこの投稿者であれば、大抵そう言われる。ぼくもその意味ではハンカイストと言えよう。


 今日のぶんのアップロードが完了した。早速解説文を打ちこむ。ぼくは、無駄なことを解説文には書かない。動画を見ればわかる。簡素であること、それがぼくの売りだ。


 アイコスを吸い、紫煙をくゆらせながら、背後――カメラが設置してあった空間を見遣る。鉄製の壁に、大の字を描くようにして、生まれたままの姿で磔にされた少女は、涎を垂らしながらがっくりとうなだれている。見えているのかどうか分からない、うつろな目。床に敷かれたブルーシートには、失禁の痕跡がある。


 簡単な解説文をつけて、公開する。ここからは後半戦だ。少女が目を覚ましたら、悪夢的な拷問をはじめるつもりだ。あと6時間内に、打った薬は切れるだろう。どこから手をつけてやろうか。


 同時に、このマテリアルで、このあとどのぐらい動画が出来上がるか考える。拷問編と解体編で、とりあえず2日間分の動画を撮ることができる。



 投稿した動画の再生回数は瞬く間に伸びていった。マルチディスプレイに表示されるPV数が右肩上がりのグラフを描いている。もっとだ。もっと。

 数分で100キロを超えた。今回はえらく需要がある。やはり、良質な材料は違う。


 その時だった。地割れでも起こったかのような衝撃が空間に走った。なにかが部屋の中になだれ込む。


「警察だ! 動くな!」


 ぼくは思わず椅子を立った。防護服に身を包んだ人間たちに促され、両手を宙に掲げる。赤いレーダーを顔に向けられた。


「無神ケンザブロウ! お前に逮捕状が出てる」


 そう言いながら、紺の服を着た、柄の悪そうな男が入ってきた。


「主たる罪状は――、〈ハンカ〉への違法動画アップロード罪、並びに大量殺人罪。余罪を調べさせてもらおうか」


 ぼくは失笑した。


「ぼくが、ハンカイストかつ殺戮者である、という疑いを、実証できるだけの証拠はそろっているのか? 〈ハンカ〉の動画からは、追跡できないはずだけど」


「証拠なら揃ってる。お前をいますぐ殺すこともできる。白状すれば死刑は免れるかもしれない。……お前はネオ・キラー。そうだな?」


「違う。そう言ったらぼくは死ぬのか?」


 と、彼らを挑発するように手を広げた。


 短く小さな発砲音。ぼくの右腕に、たちまち激痛が拡がっていった。かと思うとそれは痺れに変わり、身体を一瞬で回った異感覚はぼくを床に転ばせた。逃げよう。そう思っても、目は開かれたままで、状況は把握できるが、指一本動かせない。


 男は、ポケットから何か小さな瓶を取り出し、ぼくの前にしゃがみ込んだ。瞬きを許されないぼくの目に、瓶のキャップを外して、つきつける。こいつは何をしている。目を潰すのだろうか。ぼくは急に怖気づいた。やめてくれ! お願いだ。


 しかしそれは、ただの点眼剤だった。ラベルには「医学部外品」と書かれているのが見えた。何がしたい。何がしたいんだこいつは。


「いいか。お前は、ネオ・キラーだ。それは疑いようのない事実だ。お前がこれまで虐げたあげく殺害してきた子どもたちは、みな女の子だった。うち83パーセントが、ストリートチルドレンだった。ストリートチルドレンなら気付かれないと思ったんだろう。お前は勘違いをしていた。ストリートチルドレンだから、われわれが追跡できたんだ。この街のストリートチルドレンたちに、食事を与える代りに、ナノウイルスを埋め込んだのだ。彼らがどこで何してるか、ナノウイルス伝いに、われわれは把握している。それどころか、ナノウイルスはセックスを媒介として、他者に乗り移ることだってできる。お前は多くのナノウイルスを持っている。日本人なら性病などない。たしかにほとんどない。けれど見込みが甘かった」


 男は、そこまで言うと、また点眼した。


「われわれは〈ハンカ〉を通じて、そしてナノウイルスを通じて、ここ十数年、多くの犯罪組織を摘発してきた。お前も、もう少しまっとうなハンカイストであればなあ」


 そして何かを思い出したかのように、妙に目を光らせた。好奇のまなざしだった。



「警視庁は、これ以上お前みたいな犯罪者が増えないように、更生動画を〈ハンカ〉に上げはじめた――ネオ・キラーなら分かるだろう。これ以上なくどきついリンチを、死ぬまで繰り返すやつだよ。地獄に堕ちるまで、これまで犯した罪の恐ろしさを知れ」







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