第174話 第二章 エピローグ
気がつくと、俺は何もない空間にいた。
そこへ、黒いもやが二つ、漂ってくる。一つは長柄のハンマーの形をしている。もう一つは万年筆の形をしたもや。それらが形を失ったかと思うと混ざり合い、真っ黒な一つの大きなもやを形作る。そのもやが俺の頭を包み込む。
次の瞬間、俺は蒼く深い海の中を漂っていた。
──俺、夢を見ているのか。夢特有の超展開だな、これ。
辺りには、ふよふよと海中を漂う半透明の粘体質の存在がいる。ふわふわとして、一見平和なそこへ、何やら
俺は何故かそれが遥か上位の世界から落とされてきたものだとわかる。それも悠久の昔から続いているのだと。夢特有の謎理解によって。
その
それを見て何故か広がる悲しみと怒り。その感情の波に、アクアを感じる。そしてそのノイズへの憎悪。
──ああ、襲われているのはアクアの仲間なのか……
その害なす存在に対抗するために、アクア達の母たる存在が
項垂れているアクアの姿が見える。
誰かに声をかけられ決意した表情を見せるアクア。
急ぎ
その時だった。唐突に俺の意識が急浮上する。
夢から、覚める。
俺が最初に感じたのは、手のひらを握られた人の温もり。
「朽木っ!」江奈さんの声。
俺はその声に目を開ける。
「良かった……。いったい何度目よ。無茶苦茶だったのよ、朽木の体」
俺は答えようと口を開く。カサカサの喉。思わず咳き込む。
「ほら、水よ。ゆっくりね」とペットボトルにストローを差した物をぷにっとから渡される。
俺は震える腕で受けとる。
腕には無数の傷痕。
──ああ、確か黒豹が飛ばしてきた骨に剣山みたいにされたんだっけ。ここは、ネカフェ、か。
俺は安堵の気持ちに包まれながら、水をゆっくりと飲み込む。
ただの水が物凄く甘く感じられる。全身に、水分が染み渡る。
「ごめん、江奈さん……」ようやく出た声は、掠れてがさがさだった。
「まったくよ! いつもいつも……」と始まりかけた江奈さんを遮るようにして、ばんっと言う音。
俺のいるブース席の外開きの扉がすごい勢いで開く。
「朽木、気がついたって?!」
冬蜻蛉がブースの中へ転がり込んでくる。その手には何故かホッパーソードを握って。
俺の顔を覗きこむようにして顔を近づけてくる冬蜻蛉。隣にいた江奈さんにその手のホッパーソードが当たりそうになり、顔をしかめる江奈さん。
俺はそこで気がついてしまう。
冬蜻蛉の瞳が黒く染まり始めていることに。まだ完全に真っ黒にはなっていないが、白目の部分が黒よりの灰色になってしまっている。
「冬蜻蛉、その目……」と俺。
ばっと、手にしたホッパーソードを背中に隠し、顔を伏せる冬蜻蛉。
「そうか、冬蜻蛉が俺の怪我、治してくれたのか。ありがとう。そして、すまなかった。女の子なのに、その瞳じゃ……」
「怒らないの? 勝手にスキル、使ったんだよ」とおずおずと顔をあげて冬蜻蛉は言う。
「あー。怒るとこなのか。そうか」と俺。
「そうね。後でちゃんと叱ってあげなさい。冬蜻蛉も、無茶したのよ。ただ本当は私が代わってあげられたら良かったんだけど」と少しばつの悪そうな江奈さん。
「ごめんなさい。でも第一の喇叭が、この世界の人間じゃない江奈さんはプライムの因子が無いから装備品スキルは使えないって言ってたから」と冬蜻蛉。
──いつの間にか江奈さんのこと、名前で呼ぶようになったのか。いやそれよりも、第一の喇叭って!
俺は勢い込んで尋ねる。
「何でそこで第一の喇叭の名前が出てくる?」と思わず詰問じみてしまう。
「彼女が、僕にスキルの使い方を教えてくれたんだ」とさらっと答える冬蜻蛉。
俺はモンスターカード召喚した存在が信じきれないこともあり何と返事をすべきか迷う。そんな俺に、言いにくそうに続ける冬蜻蛉。
「言わなきゃいけない事がいくつかあるんだ。彼女、色々あの塔から持ってきたの。どうやら他にも仲間がいるみたい。後で見てほしくて」
「ああ、それくらいなら」
「あとね、倒れて血だらけの朽木に近づこうとして、近くに落ちてた万年筆を彼女が踏んじゃったの」と下を向きがちに告げる冬蜻蛉。
「うん」と続きを促してみる。
「そしたら、ぱきって割れて。黒い煙みたいなのが出てきて朽木にかかっちゃった」と上目遣いをする冬蜻蛉。
──さっき見てた夢はそれのせいなのか。確かに白蜘蛛のスキル付きの武器を壊した時にも黒い煙が入ってきたけど……。もしかしたらただの夢じゃないってこと、だよね。やっぱり敵のスキル付きの武器を壊したのが要因だよな。だとすると、他のスキル付きの装備品を壊したら続きが……?
考え込む俺を心配げに眺める冬蜻蛉。俺は急ぎ答える。
「いや、ごめん。ぼうっとしてた。いや、壊してくれて良かったよ。誰かに悪用されたりしたら不味いしさ」と軽い口調でお礼を伝える。
「朽木、立てそうならご飯にしましょう。他の子も心配していたから、元気な顔を見せたげて」と江奈さん。
「ああ、そうだね」そのタイミングでなる、俺の腹の虫。
冬蜻蛉に笑われながら、オープン席に向かう。
「ご飯を食べたらお説教だからね」と江奈さんの声に戦々恐々としながら向かった先には、生き残ったぷにっと達がせっせと食事の準備に励んでいる。
そして始まる、子供達との騒がしい食事。
騒がしいながらも、何故かほっとする時間。俺が冬蜻蛉を助けることができて、守れたもの。守りたかったものなのだと、気がつく。
「まさかネカフェでこんな食事をするのが、当たり前になるとは」と呟く俺。
新たな戦いの前の、ひとときの休息だった。
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