第一章 討伐

1話 勇者と女神様

山の山頂に差し掛かる頃には、辺りは既に夜の闇に包まれていた……。


どこかでフクロウが呑気に鳴いている。と言うことは、今のところこの辺りに魔物はいないと言うことになる。


「はあっ、はあっ…。はっ、はははっ!こんなところにあったのか……!」


もっと分かりやすい場所に作ってくれれば、ここまで苦戦することは無かったのに。荒い呼吸を整えながら勇者―ジークはそう心の中で皮肉を言う。フードのついた黒衣が汗で体に張り付いて不快なことこの上ない。さらに標高の高いこの場所の低い気温が、濡れた黒衣をあっという間に冷やし、体温を奪っていく。


つい先程まですぐにでも火を焚いて暖まりたいところであったが、目の前のそれを見たシドにとって、それはすでにどうでもいいことになり始めていた。


山の山頂、目の前の木々や岩に埋もれて隠すように作られている建物…『リチュア神殿』。


破壊と創造の女神『リチュア』を祭る神殿であるが、伝説の勇者が彼女の加護を受け取ったと言う話は聞かない。


噂ではリチュアは破天荒でとても気性が荒く、過去に何度か勇者が加護を貰いに来たものの、全員返り討ちにされて帰って来たと言う。


「これで加護が貰えれば、俺が初めてリチュアから加護を貰った勇者になるんだけどなぁ……」


そんな事をポツリと呟きながら、ジークは神殿の入り口に足を踏み入れる。ただでさえ低かった気温が、さらに急速に下がったのを感じた。



予想に反して、神殿の散策は順調に進んでいた。


濃密な魔力のせいか、辺りに魔物の姿はない。トラップ1つ仕掛けられている訳でもなく、神殿事態が迷宮になっている訳でもない。松明に照らされた薄暗い一本道が、ただ永遠と続いているだけであった。


「やけに静かだな……。嵐の前触れか?ここまで何もないと、逆に不安になってくるんだがな……。」


誰に言うわけでもないジークの呟きが、長い廊下の奥にこだまして消えていく。


とにかく何もない。それでもジークは、長く続く一本道をひたすら進み続けた。



どのくらい歩いたかは分からないし、既にどの辺りまで来たのかも分からなくなっていた。


来た道を振り返っても、すこし前まで見えていた月明かりは既に見えなくなってしまっていた。


現在ジークは廊下の奥、巨大な青銅の扉の前までたどり着いていた。


言い伝えではこの奥に女神リチュアが居るはずだが、詳細は分からない。もしかしたらこの扉自体がトラップであり、開けた瞬間に串刺し、何てこともあるかもしれない。


「はあ……うだうだ考えてもしかたねぇか。」


覚悟を決め、重い扉に両手を合わせて力の限りその扉を押した。重く錆び付いた青銅の扉が、重厚な音を立てて開いていく。


扉が少しずつ開く度に、部屋の内部に溜まっていた魔力が少しずつ外に漏れ出てくる。


それは極少量でも、弱き者を苦しめるほど濃密に圧縮された魔力の波。恐らく長年リチュアが溜め込んでいた物であろう。


その直後、部屋の中からすごい光が漏れ出し、体を飲み込んだ。あまりの眩しさに思わず両手で顔を覆う。視界は一面白一色に塗りつぶされ、右も左も分からなくなっていく……。


――


光が収まって視界が回復してくると、辺りの状況が見えるようになってきた。先程までの薄暗い廊下は消え失せ、明るく広い大広間が眼前に広がっていた。


「来ると思っていたさ。馬鹿で愚かな勇者よ。」


突如投げ掛けられた言葉にはっとして部屋を見渡す。


そこに彼女はいた。


白くて細い体を黒い黒衣で覆い、長いスーパーロングの白髪を床に付け、胡座をかいて頬杖を付くその姿はとても女神らしいとは言えなかった。


だが彼女の体からドクドクと流れてくる濃密な魔力は本物であった。それが証拠に、すこし離れているこの距離でも冷や汗が止まらない。もしもこの距離であの濃密すぎる魔力をもろに食らったら……考えるだけでも恐ろしい。


「それだけ濃密な魔力を放ってんだ。……あんたがリチュアで間違いはなさそうだ。」


「ああ、いかにもさ。破壊と創造の女神リチュアとはあたしのことさ。……それで小僧。ここに来たと言うことは、お前もあたしの加護を貰いに来たんだろ?」


なんだ、わかっているではないか。なら話が早いと安心したジークは、安堵の表情を浮かべた。


「分かっているなら話が早い。女神リチュアよ。俺にあんたの力を―」


「駄目だ。」


シドの言葉を遮って、女神の口から出たのは明らかな拒絶の意思だった。


いくら常人以上の実力を秘めた勇者とて、女神の加護なしで魔王に挑むことは自殺行為に等しい。


それほどまでに魔王は強大な存在であり、同時に勇者とて人間なのだ。


「……一筋縄では行かないとは思っていたが、ここまで簡単に拒絶させられるとはな。…因みになんで力を貸してくれないんだ?」


「なんでかって……それはお前―」


女神が口を開く。その表情には敵意はあれど、今のところ攻撃の意思はない。あるのは果てしない呆れと蔑みだけだった。


「どこの世界に、この世に二振りとない伝説の剣を精霊に高値で売りさばく愚かな勇者かいるか。」

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伝説の勇者のパーティーには神様が居る。 地獄狼 @akmtrm

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