動き出す歯車 part2

早朝。

太陽の光が差し込み、白みがかった青空を、一人のフレンズ、アフリカオオコノハズクの博士が飛んでいた。博士が息を目一杯吸い込むと、その小さな肺は、澄み切った冷たい空気で満たされる。昨日長らく雨が降ったせいもあってか、昼の照りつけるような暑さとは真逆の、肌寒いくらいの温度だった。


博士はその心地のいい空を飛んで、郊外に位置する山間の運動公園へと向かっていた。いかんせん、博士は元の動物の特徴からか陸を長時間歩くと言う行為は嫌気が指すので、航空法を無視しての飛行での移動だ。

空を飛ぶだけでも申請が必要なものかと疑問を抱く時もあるが、ヒトというものはそこら辺厳しいらしく、明確な理由はないにしろ縛りたいらしいかった。

なんどもそのあってないような法律を破ってる自分が捕まった暁にはどのような罰が科せられるか…博士は我ながらゾっとする。だからといって、ただの秘書である博士が、しても許可されないであろう申請をキチンとしようという気は、全く湧かなかった。


街中を数分飛んでいると、先程まで敷き詰めるように並んでいた家々が、やがてだんだんとまばらになっていき、ほぼ森といえる地域にぽつんとある運動公園が見えてきた。

申し訳程度にあるカラフルな遊具とベンチが、中央にぽつぽつと、来る人を出迎えていた。もう何年も整備されていないのか、素人目でもわかるほど至る所が錆び付いていた。こうみえても、まだまだ現役の遊具というので驚きだった。


その公園の一角のボロ付いたベンチに一人、黒いスーツに身を包んだ痩せた猫背の男が腰を下ろしていた。一見サラリーマンに見えるその男は、早朝というのにも関わらず、閉じた腰の上にノートパソコンを開いて、熱心に何かをカチャカチャと打ち込んでいた。


博士は、その男の後ろにそっと降り立つが、博士の気配に気づく素ぶりをまるで見せないので、静かにその男の名を呼んだ。


「………環境省付属特別生物災害対策室室長、八代 光秀。

相変わらず長ったらしい肩書きなのです。」


特別生物災害対策室…博士を含むフレンズを数人扱うその組織は、文字通り生物による災害を防ぐ・又は対処する目的で設立された…が、他の省庁・機関にも幾つもの似たような組織があり、フレンズを起用しているお陰で解体されていないものの、仕事が回ってこないその組織に、省内からも「n番煎じ」として煙たがれる、肩身の狭い組織だった。

その組織の室長である八代、と呼ばれた男は、ゆっくりと振り返って博士を見、苦笑いを浮かべた。何日も働き詰めなのか、髪はボサボサで目にひどい隈が刻まれている。


「あぁ、お嬢ちゃんか。久しぶりだね、お嬢ちゃんから出向くとは珍しいじゃないか?」


「そのお嬢ちゃんと呼ぶのはやめるのです。れっきとした博士、という名前があるのですよ?同じ室内のメンバーくらいしっかりと覚えておくのです」


「ははは、嬢ちゃん、それは名前じゃなくニックネームだな。

まぁ、それはいいとして何か飲み物でも飲むかい?遠慮はいらないよ」


ノートパソコンを閉じて、博士の方に体を向けた八代に、

博士は首を振った。


「じゃあコーラを……といきたいところ何ですが今日はちゃんと目的があってきたのです。」


「……ほう、聞こうじゃないか。まずはここ座ってくれよ、首が痛くて見上げるのがちときついんだ。」


八代は一瞬、いつもジュースに食いつく博士が、断ったのを見て驚いた顔をして、そしてすぐに少し寂しそうな様子でよれよれの背広のポケットから出しかけた財布を元に押し入れた。博士はそんな八代の横にちょこんと座ると、少し離れたところにあった、朝露を帯びて、日光を反射してキラキラと光る紫陽花の花を見やる。

「ではさっそく」と、博士が切り出すと、八代も同じように、けれども少し猫背になって同じ紫陽花を見て博士の話に耳を傾けた。


「先日のニュースは見ましたね?」


「もちろんさ、“こっち”の方もそれの話題で持ちきりだったよ。

よくやったね、お陰で多少なりこっちの株はあがった。」


「そりゃあ良かったのです。褒美で追加ボーナスもくれてもいいのですよ?

……まっ、それは後から頂くとしてそのセルリアンが問題なのです」


「…なるほどね」


追加ボーナスというワードで顔歪めていた八代が、セルリアンという単語を聞くと

先程までとは打って変わって、真剣な顔つきになって紫陽花から目を離して博士の方を向いた。博士は紫陽花の方を見たまま、話を続ける。

博士は話している間は片時も表情を崩さず、昨日スナネコ達と話したセルリアンの

奇妙な行動の疑問点や考察を、順序を踏まえて一つ一つ話した。

八代は、その話を聴きながら、時にうなづいたり目を伏せたりしながら、最後まで黙ってその話を聞いていた。


「────ということなのです」


「すごい!!!」


最後まで博士が話きるや否や、突然八代は大きな手で拍手を送った。

公園が静かすぎるせいか、その乾いた音はやけに大きく聞こえた。

八代のその行動の意図が、例のセルリアン並みに読めずに、ぽかんとした顔で

博士が見つめていると、八代は未だに拍手をしながら大きく笑った。


「いやぁ、まったく驚かされたものだよ、まさかそこまでわかってしまうとは…

本当に俺は優秀な部下、いや仲間を持ったものだよ」


「なんなんですかいきなり…まるで最初からそのセルリアンの奇妙な

行動が分かっていたような口ぶりですね?」


博士が意味深な八代のその言葉に、怪訝な表情で尋ねると

八代はまだニコニコと笑って答えた。

さぞ嬉しそうに八代は答える。


「あぁ、まさにその通りだ。俺たちはそのセルリアンの

奇妙な行動……もとい『進化』を以前から確認していた。

君たちの考察も、俺たちと…それにカコ博士ともほぼ同じだ。」


数ヶ月前から行方をくらましたカコ博士の名を口にした

八代は、一瞬表情を暗くしてからまた笑った。

八代の話を聴きながら、博士は口を尖らせて、少々声を大きくして言った。


「ちょっと待つのです、何故知っているのならそれを

他の者達に報告しないのですか!?

今のヒトのやり方では…」


「わかってる。それに報告もしたさ。

今のセルリアンに対する対抗は、むしろセルリアンの進化を助長している

ようなものだよ」



ヒトが盲信する今のセルリアンに対する“有効な手立て”とされている方法を

思い浮かべて、博士は更に八代の言っていることが意味不明だと顔をしかめた。


多くの機関が「対セルリアン弾」を使った銃器を撃ちまくって、倒す──つまりは

セルリアンの弱点である石に当たるまで、火力の飽和攻撃を有効としている現在の方法では、スナネコ の時のようにセルリアンに学習されて、逆に彼らに武器を与えることになるのは明らかだった。博士の気色を感じ取ったのか、八代は今度は力のない笑みを浮かべて「ヒトである俺がいうのもなんだけど」と切り出した。


「人というものは汚いものでね…セルリアン用に作られた弾を作る企業に天下りした元防衛大臣にしろ今のこの国を治める“長”にしろ、こんな状況下でも

まるで本能かのように利益を求めて、そして保身に必死になってるんだよ」


一見紫陽花を見つめているように見えて、どこか遠くを見つめて語った八代は、ちらりと自分を見つめる博士を目だけで見やると、


「…つまり、今俺たちが発見したことが世間に公になれば

即刻、硬質ケラチンチップの弾は使われなくなってカネになる甘い蜜は枯渇し、それどころか積極的に対セルリアン弾の使用を勧めていた政府は大バッシングを食らって立場すら危うくなる。奴らは、立場と利益を守るために罪のない多くの国民を、また国民を守る為に戦う者達を巻き込んで今の方法を取り続けてるんだ。

俺たちの報告書は…通るどころか、漏洩を阻止するために俺たちを潰しにすらかかってるのさ」


最後の方を吐き捨てるように言いのけた八代は、膝の上のノートパソコンに置かれた拳をフルフル震わせた。おそらく、室長である彼がこんな公園で作業しているのは、政府の手から逃れるためであるのだろう。

最後まで黙って、話を聞いていた博士は、呆れたような顔を浮かべると

八代の顔をしっかりと見つめて言った。


「人間の汚さはよくわかったのです。

…それで、これからどうするつもりなのですか?

まさかこのまま何もしないとでも?」


「ははっ、まさか。

方法は模索中だが、あっちがその気ならこっちもその気さ。

…でも、絶対に君たちフレンズには迷惑がかからないようには万全を尽くす。

それは安s」


「何を言っているのですか。

我々も未来のかかった戦いに参加させろ、なのです。

困った時は力を合わせる、これはパークの掟なのですよ。」


思わず八代は、博士を見つめた。黄金色の瞳が、心すら見すかすように八代を見つめていた。八代を遮って言った博士の言葉は、八代にはとても力を持ったように感じられる。

自分よりも小さな背の博士がとても頼もしく見えて、少し恥ずかしくなった

八代は、はにかんで言った。


「やっぱり、俺はいい仲間…いや、いいフレンズを持ったものだよ。

わかった、俺たちの戦いにも君たちの力を貸して欲しい。追加ボーナスも考えておくさ。」


「当然なのです」


はははっ、とまた笑った八代はポケットから黄色の飴ちゃんを2本、博士に手渡した。

視力検査の時に片目を隠すように、黄色の飴ちゃんを目に当てて透かして見た景色は、当然のようにどれも黄色くなっていて、歪んでいた。


「レモン味だ。一本はスナネコくんに渡してあげてくれ。

俺はレモン味が一番好きなんだよね。この旨さを君たちにもおすそ分けしたい。」


「……まさかこれが追加ボーナスですか?」


「うーん、そんなものかな。

前の戦いの分はね。」


露骨に嫌な顔をした博士は、貰った飴をパクッとくわえながら

「やっぱり協力しなければよかったのです」と、つぶやいた。









一方その頃、日本国の首都、東京、赤坂。

ビル街の閑静な一角にある料亭「つる姫」。その奥座敷では早朝にもかかわらず

スーツ姿の政治家の重鎮達が座布団の上へと腰を下ろしていた。

彼らの目は皆、自分たちの前に俯いて立つ同じスーツ姿の壮年の男に向けられていた。

重鎮達の中心に座る男、この国の長である萱野総理大臣は、スーツ越しにでもわかるぶよぶよのだらしない腹を垂らして、口を開いた。


「……で、一体いつまで我々は待てばいいのだね?鮫島くん」

「も、申し訳ございません、少々調整の方で手間取ってまして…」

「それは1カ月前にも聞いたことだが?

一体いつまで準備に時間をかける気なんだ?我々に時間が残されていないのは君も知っているはずだぞ。」

「そ、それは百も承知です、総理。

あ、あと、に、二週間お待ち頂ければなんとか…」

「はぁ!?二週間だとぉっ!?」


怒鳴った萱野は、机を力任せに叩いて派手な音を立てた。

机に乗った綺麗に盛り付けられた旬の料理達が、いくつか皿の上でころりと転がる。

鮫島と呼ばれた壮年の、若い部類に入るその男はビクリと肩を震わすと、更に小さくなった声で「申し訳ございませんっ」と言った。


「まぁまぁ萱野くん、落ち着きたまえ。

彼らも一生懸命頑張ってるんだ、怒るよりむしろ応援してあげるのが筋ってもんじゃないかい?」

「しかし先生……」

「大丈夫さ、まだ時間はある。むしろ焦っていては失敗してしまうかもしれないものだ。情報操作もうまくいっとるようだし、何もそこまで焦ることはない。」


鮫島の様子を見かねてか横から口を出した、一人だけ白髪混じりの和装の老人はしゃがれた声でゆっくりとそう話すと、今度は鮫島の方を向いた。


「君……鮫島くんだったかな?

装安の設立と“アニマル”どもの捕獲…君一人で責任を負って大変だろうが、日本の未来を決めるのは、君のような若い者達しかおらん。どうか、任せたぞ。」


顔を上げた鮫島は、感涙を流しながら「ありがとうございますっ!」と叫ぶと

自分を弁護してくれた老人に頭を下げた。老人が「ふぉっふぉっふぉっ」と笑う傍で、萱野がつまらなそうにふんっと鼻を鳴らすと、


「まぁ、なるべく急いでくれたまえ。

何度も言うが、これはまだ準備にすぎん。この先をメインディッシュとするなら、今は下準備だ。鮫島くん、君がシェフとなってこの先を先導してくれ、我々は君の後を全力でサポートしよう」


今度は萱野にありがとうございますっと叫ぶと、鮫島は勢い余ったのかくるりと出口の方に向いて、「今から仕事してきます!」と未だに感涙を流しながら襖の向こうへ走り出していった。止めるまでもなく行ってしまった彼の背を見届けながら、萱野はぽつりと


「……若いというものはいいものですな」


と呟いて。


「まったくだ」

「そして扱いやすいですな」

「まったくそうだよ」


と、二度老人がうなづいた。

しばらく静かになった座敷を、庭園の鹿おどしが石を叩いて「ぽーん」とくぐもった優しい音が満たした。

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けものフレンズ 〜虹色に包まれたヤサシイ世界で〜 モワパンダ @kusamusiri

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