動き出す歯車 part1
あの襲撃から数日後───────小学校がセルリアンに襲撃されたという
事件はマスコミによって大々的に報道され、連日小学校にマスコミが押しかける自体に発展した。ただでさえ、小学校にセルリアンが襲撃されたというだけでも大ニュースなのだが、
それを図書館の司書を務めるフレンズ、アフリカオオコノハズクが1匹でセルリアンを物の数分で撃破し、死者を誰も出さなかったというので益々盛り上がり、こちらもマスコミが押しかける事態となった。
しかし、誰一人として、命をかけてセルリアンと戦ったスナネコのことは報道しなかった。
それを知る博士も、マスコミのインタビューという名のもと、小蝿のように朝昼晩まとわりつかれる面倒くささを知っていたので、敢えて彼女の勇姿を言うことはなかった。
更に数日後、マスコミの追求が警察の当時の対応について矛先を向けたことにより、
それに従って元の落ち着きを取り戻しつつある図書館で、二人のフレンズはいつも通り仕事をこなしていた。
「いやぁ、あの時は本当に助かった。
何度も言うけど、ありがとうな」
「本当に何回言うんですか?
もう二百十一回目ですよ?耳にタコができるのです」
「あれーそうっだっけか?
……あと、何気にちゃんと数えてるんだな」
「勿論です、私は賢いので」
「あっそぅ。」
言いながら、ツチノコは目線を前に向けた。
以前は希少種であった常連客が、もう博士の白くて細い指では数え切れないほどに増えていた。元いた常連客の、ページをめくる音とノートに何かを書き込む以外に、以前はなかった子供達のヒソヒソと控えめに囁き合う声が加わった。新たな図書館に増えたBGMに、本を愛する博士は満足げに微笑む。
マスコミにまとわりつかれるのは面倒だったが、この点でいえば良い図書館の集客に繋がって、感謝すべきと博士は思う。しかし、一方のツチノコは、あまりヒトと話すのが得意でないのか、常連客が増えるに従って増えた本の場所の質問や貸し借りの対応に、うんざりしているようであった。
「あー………全く、こんなに増えるとは思っても見なかったんだがな」
「以前より仕事が増えて、良かったではありませんか。
もう私がふらぐとやらを立てる心配もありませんし、ね?」
最後の「ね?」で、ぐるりと首だけをこちらに向けた博士に、ツチノコはぎくりと体を揺らす。
「…もしかして、前の根に持ってんのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、のですよ。」
「あー、もう、オレが悪かったよ。
許してくれ、な?」
「さぁ、なのです」
蛇に睨まれた蛙。その蛙の方になったツチノコはうげーと顔をしかめた。
そんな、茶番をしている二人の元に、一人のフレンズが訪れた。
「ふふっ、楽しそうですね」
歌っているように楽しげなその声に、博士とツチノコは思わず入り口の方を見る。
博士は「またうるさいのが…」と顔を眉を寄せる側で、ツチノコは今度はカウンターからではなく、ちゃんと正規の出入り口からその声の主の元に駆け寄った。
「お、お前、もう無事なのか?退院しても大丈夫なのか?」
「ふふっ、ツチノコ、質問は一度に一回にしてください。
ボクは無事ですし、今日退院もしましたよ。」
「でも、その包帯…!まさか抜け出してきたんじゃないだろうな!?」
「大げさですよ、ツチノコは。これはただのお飾りみたいなものです。
今日はやけに心配してくれますね?もしかして、ボクがいなくて、寂しかったのですかぁ?」
ツチノコの顔を覗き込んで、にやにやとして言ったスナネコ に、ツチノコはこれでもかというくらい顔を赤くして、目には見えない湯気を吹き出した。
「そそそ、そんなこと、あるわけないだろっ!?!」
そのやりとりをジト目で見守っていた博士が、もう我慢できないと
言わんばかりに二人の間に顔を突き出すと…
「あー!
もう、イチャイチャは図書館の外でするのです!
ここは静かに本を読む場所なのです!」
あんたが一番うるさいだろっ、と心の中で突っ込むツチノコを余所に
すみませんと、素直に謝ったスナネコは、いきなりキョロキョロと周りを見やると
本題に移りましょうか、と少し声を低くして言うと博士の顔をまじまじと見つめた。
先程までとは違うその雰囲気を察した博士は、静かに首を縦に振ると、
「……わかりました。
閉館後に、またここに来てください」
と、静かに言った。
二人の意味深な様子に何がどうなってるんだ?と、頭にハテナマークを浮かべるツチノコを
他所に、二人は静かに言葉を交わした後、スナネコは唐突に、くるりと背をカウンターに向けた。
「あっ、おい、もう行っちまうのか ?」
「大丈夫ですよ、ツチノコ、ボクはまた来ます。
それまではちゃんと仕事をするんですよ?」
そう言って、ツチノコが次の言葉をかける間も無く、そそくさと出て行ってしまったスナネコを見やりながら、やはりハテナマークを頭に浮かべてツチノコは唸った。
「……なぁ、博士、さっきのは…」
「スナネコの話を聞いていたのですか?
…ちゃんと、後から話してやるのです。それまではちゃんと仕事をするのですよ」
博士の真顔に、まだ何か言いたげだったツチノコは「あぁ」と言ってまた仕事を
再開した。
やがて、閉館の時が近づいて、閉館を告げる切なげなピアノの音楽が
ポロロン、と館内に響き渡った。
もう疎らになった常連客が、続々と図書館を出て行く中、入り口に
人影が現れた。
「そろそろよろしいですか?」
外は雨が降っているのか、スナネコは濡れた黄色い傘を、傘立てに入れて
もう誰もいない館内に足を踏み入れた。
跳ね上げカウンターを、ツチノコは無言で開けて招き入れる。
「えぇ、もういいのですよ。
こっちが控え室なので、入るのですよ。」
「それじゃあ、遠慮なく。
…にしても、昼とは雰囲気が全く違いますね」
「ヒトがいないからな」
スナネコ が通された控え室は、意外に狭く、ヒトが四人入れば
いっぱいいっぱいという程であった。
静かな控え室に、出窓から聞こえる雨が降るザーザーという音だけが響いた。
その狭い室内に置かれたテーブルを挟んで三人はそれぞれ腰掛ける。
出されたお茶をスナネコは一口、猫舌には熱かったのか舌を一瞬出して、話を始めた。
「今回、ボクがここに来たのは、先日のセルリアンについてですが…
既に博士さんも、気づいてますよね?」
「えぇ、既にいくつかの違和感はありますが…
全ては見ていたわけではないので、見逃している点はあると思いますが」
「あの一瞬で2つ以上見つけているなら天才です。
流石博士と自称するだけはありますね」
上からの目線に、博士はムッと眉をひそめた。
その顔が面白かったのか、スナネコ はふふっと笑うと、今度はツチノコに顔を向けた。
「ではツチノコ、クイズです」
突然呼ばれた自分の名に、虚をつかれたツチノコは「うぉはっ」と奇妙な
声を上げた。それに気にせず、スナネコ はクイズを出した。
「セルリアンが求めているのはなんでしょうか?」
「と、唐突だな……
それは勿論、エネルギーやら魅力やらの『輝き』だろ?」
「正解です。よくできました。」
またまた上から目線に、博士同様ツチノコも、ムムッと眉を寄せた。
「焦らすのはよしてくれ、一体何が言いたいんだ?」
「ふふっ、相変わらずツチノコはせっかちですねぇ。
こんなど田舎に、なんでセルリアンは現れたんでしょうね?」
「………うーん、よくよく考えれば分からんな。」
「そう、今回のセルリアンの出現は妙です。
狙うにしてもなぜ隣町のような大きな町ではなく、こんなちっぽけな町を、それに小学校という子供しかいない、小エネルギーしか得られない場所を襲ったのか」
確かに、とツチノコは声を漏らした。
スナネコ は楽しそうに笑いながら、続ける。
「まだありますよ?
あのセルリアンの奇妙な行動」
「…行動?」
「そう、行動です。
あの時、セルリアンはボクの首を締めました。
すぐに飲み込むのではなく、わざわざしめると言う行為を行ったんですよ」
まだ包帯が巻かれたままの首を右手で摩りながら、スナネコはいった。
ツチノコは、いよいよスナネコが何を言いたいのか察しがついてきて
じわりと嫌な汗が流れる。
「更にです。
彼らは生徒たちを捕まえようとした時、すぐに遠くの物も掴める触手を出すように“進化”しました。
それも全固体同時に。こんなことは……今までは前代未聞といって過言じゃないでしょう。これらの行動が指す意味……もう賢いあなたたちならお分かりですね?」
教師という職をやっているせいか、すらすらと噛むことなく先生っぽく言い切ったスナネコは、じっと琥珀色の瞳を、自分に向かい側に座る二人に
向けた。
「つまり……
セルリアンは環境に合わせて即時対応、感情を持つことができる知能、更には情報を共有するコミュニケーション能力を獲得した、そういうことですか?」
ずっとスナネコの話を黙って聞いていた博士が、口を開いた。
博士の横で、今の短時間でこれほどにまで分かるものかと驚いていた
ツチノコだが、今言った博士のまとめの中には、なにかが抜けているような気がして、
それが何かすぐに分かった。
「ほぼ正解です…
が、しかし」
「セルリアンがなんでここに攻めてきたのかは仮定すらつかない。
だろ?」
「ふふっ、ツチノコもさすがです。」
「舐めないでくれよ」
表には出さないものの、褒められたツチノコは、心の中ではガッツポーズをして
あくまでクールを装ってそう言う。
そんな心中を知ってか知らずか、スナネコはニマニマとしてツチノコを見た。
「…ここを襲った理由はいいとして
このセルリアンの進化には驚きですね。反吐が出そうなほど素晴らしいのです」
「その進化したセルリアンの素晴らしさを身をもって体感したボクも同意見ですが…果たしてこれをヒトが知っているかどうか、ですね?」
「あのヒトのことだ……おそらくこんなことを知っているとは思えんが」
「ヒトを舐めては行けませんよ、ツチノコ。」
なんでお前はいつもそうニコニコしてるんだ、と不気味さえ覚える
ツチノコだったが、たしかに油断大敵という言葉はヒトが作ったので
一理あるとは感じた。
「さて、ボクが言いにきたことはこれだけです。
あとの事は皆さんに任せます」
「お、おい、後のことってなんだよ」
「ふふっ、ツチノコは知らずとも、博士さんなら知ってますよ」
「⁇…どう言うことだ、博士。」
二人の視線が集めた博士は、大きくため息をつくと
心底だるそうな感じで口を開いた。
「伝えりゃいいんでしょ、伝えれば。
……あの親父に」
是非は口にせず、ただ笑ったスナネコは、席を立つや否やクルリと背を向けて
出口に向かっていく、その背中をツチノコは「結局何のことだよ!?」と追いかけた。
出て行くとき、ちらりと振り返ったツチノコは、申し訳無さげに尋ねた。
「あー、その、後片付け、頼んでいいか?」
「……………。」
博士が無言でいると、
「……明日焼肉おごる」
やはり無言で、しかし手をシッシとされて帰宅許可が出されたツチノコは
すまん!とだけ言うと、出て行った。
バタバタと、二人の足音が遠ざかっていく。
先程までの騒がしさが嘘のように、静寂に包まれた控え室で、博士はすっかり冷めてしまった緑茶に口をつけて、また大きなため息をついた。
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