第93話
「左腕はビームキャノンか――」
昂雅が仰ぎ見る先で曇天の空が青く明滅する。ギターを掻き鳴らすような音がしたのはビームと大気の摩擦音か。天を引き裂くような閃光に周囲にいた住人たちが悲鳴が上げた。
光線の幅は五十センチくらいあった。射程距離も数キロはあるに違いない。
「逃げろ! ここも危険だ。なるべく遠くまで逃げろ!」
昂雅は街の上層を指差して坂道を歩いていた者たちやその周辺に聞こえるように大声で叫んだ。
死神のことは知れ渡っていたため周囲の者たちは疑問を口にすることもなく昂雅の指示に従い街の上層や反対側を目指して駆け出した。
彼らに気を配りながら昂雅はパワードスーツのいる広場の方へ目を向けた。
数十メートル吹っ飛ばされたため昂雅と死神の間には何軒かの家屋が並び、双方が相手を見失った状態だ。
と、昂雅の思考が読めるのかナノマシンたちが先ほどのように視界内に緑色のシルエットを映し出してくた。建物の向こう側にいるパワードスーツの姿だ。
パワードスーツの方が捕捉しやすいのか、粉塵越しの死神は滲んだ光点だったがこちらは色に濃淡がつき頭や腕の形がはっきりと分かるようになっていた。
パワードスーツとの距離はいくつかの家屋を挟んで四十メートルほど。昂雅の落下地点に続く坂道を地面から十センチほど浮いて滑る様に進んでいる。
死神は自在に宙を飛んでいたが、アレに飛行能力は備わっていないのだろうか? 木造家屋を破壊しなから一直線に向かって来るのではなく、行儀良く通りを進んでいることも意外といえば意外だった。
何にせよ建物の向こうにいる相手の動きを見て取れることは武装の乏しい昂雅にとって大きなアドバンテージだ。
武器になりそうな物はないかと昂雅が周りを見ようとするとパワードスーツが左腕をこっちに向けてきた。
「!? 当てずっぽうかよ!」
いや待て、まさか向こうも見えているのか?
昂雅は慌てて周りを見た。
逃げ惑う住人たちの中で目についたのはすぐ後ろを避難していく女の子とその手を引いて上層へ避難する女性、そのちょっと前を千鳥足で行く男の姿。どちらもビームの射線上にいる。
ヤバイ――! 昂雅は三人を包み込むように防御フィールドを張ると、それを転がすように右側へ移動させて自身も後方へジャンプする。
その間をビーム光線が横切っていった。
周囲が一瞬ビーム色に染まり、ビームの粒子に削り取られた大気が熱風となって路地を吹き抜けていく。
青い光線は複数の家屋の壁を突き破り坂の途中に造られた石段に命中。そこに直径一メートルほどの赤熱したクレーターを作り出す。
同時に一階部分を吹っ飛ばされた三軒の家屋がメリメリと音を立ててドミノ倒しのように倒壊し大量の粉塵を巻き上げた。
「む、無茶苦茶しやがる……」
倒壊した建物が無人であることを祈るばかりだ。
昂雅はパワードスーツの動きに注視しながら防御フィールドの中で尻もちをついていた三人を解放する。
女性は顔を青ざめさせ娘の方は眼に涙をためていまにも泣き出しそうな顔だ。
得体の知れない球体に包まれビーム砲撃による家屋の倒壊を間近で観るハメになったのだから当然の反応だろう。
男の方は呪いで熊のようになっていたため表情はよく分かずボーっとしているように見えた。酒気を漂わせているところから察するに一仕事終えてひっかけていたらしい。
「ごめんよ。いまのは荒っぽ過ぎた。でもいまはとにかく逃げてくれ」
黒いの全身甲冑姿がこの子の目にどう映ったのかは不明だが、助けてくれたのだということは理解しているのだろう。
昂雅の言葉に女の子は頷き、母親はその子を抱きかかえると昂雅に礼を告げて街の南側へと走っていく。
「おお!」この一連のやり取りを見ていた男が昂雅の英雄的行動に拍手を送ってきた。
「いや、『おお!』じゃなくて、オッチャンあんたも逃げんだよ!」
昂雅は一声叫ぶと地を蹴り倒壊した家屋の上へ飛び移った。むろん逃げる住人たちから距離を取り死神の目を引き付けるためだ。
叱られた男の方は酒臭いゲップで返事をして、避難する他の住人たちの後についていった。
住人たちが遠ざかるのを確認し昂雅は死神の方へ目を向けた。
「やはり向こうもこっちが見えている……」
折り重なるように倒れ込んだ三軒の木造家屋は木端微塵になることは無く、その形を留めていた。
耐久などという言葉とは無縁の思い付きによる増設を繰り返し無駄に高さを増した外観だが、そこはやはり人が住むモノで見た目以上に頑丈なようだ。
身を隠せる凹凸もあり、加えて舞い上がった粉塵が昂雅の姿を覆い隠してくれている。
にもかかわらずパワードスーツは昂雅の動きに合わせて向きを変えてきた。
背中から二本のチューブを伸ばし――おそらく死神の頭部についていた武器だろう――その先端と頭部に光を集めながら右腕を真っすぐ昂雅へ向ける。
ヤバイ! と昂雅は横っ飛びで射線を回避したが光線、光弾の発射は無く、代わりに突風のような物が吹き抜け粉塵煙の中にトンネルのような丸く長い穴が開いた。
穴の直径は三メートルほどで周囲にまだ大量の粉塵が舞っているにも関わらず形を保っている。何らかの力で塵の侵入を妨げているのだ。昂雅を吹っ飛ばした右腕の能力だろう。
そのトンネルが二本、三本と数を増し粉塵煙に開けた穴を拡げていく。
俺を探しているんだ――家屋の出っ張りに身を潜めながら昂雅は敵の狙いに気が付いた。
つまり死神はいま昂雅の姿を見失っている。昂雅のナノマシンは相手の一挙一動を見えるようにしてくれているが、あちらさんのセンサーにはそこまでの精度は無いらしい。
「レーダーの性能が低い……? いや、もしかして」
昨日の地下での出来事と、元いた世界で所属していた反抗組織オーダーでの活動経験がここで昂雅にある閃きをもたらした。それに従い昂雅は空を見やる。
主の思考を読み取ったナノマシンも活動を開始。視界を覆う白茶けた粉塵煙の向こうに浮かぶ丸い物体を補足し昂雅の視界に映し出した。
「やはりそうか……」
あれが反撃の糸口になる。昂雅は粉塵煙の向こう側を睨みつけた。
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