第94話
「こりゃヒデェ……」
昂雅に遅れること十七分。馬を全力で走らせベリルヘム外壁門に到着したカナンは想像を上回る惨状に唖然となった。
岩を積み築かれた厚い外壁に孔が穿たれ、外壁だった岩塊が門前広場に散乱。地面の上にも何かが破裂してできたような焦げた窪みがいくつもある。
周囲に立ち並ぶ背の高い家屋も壁が粉砕され火の手を上げているものが何軒もあった。極めつけは広場から少し上層の位置で折り重なるように倒壊している三軒の家屋だろう。
カナンから三十七馬身遅れで到着したラウナもこの異質極まりない光景に言葉を失った。
一体何があったのか? 何かとんでもないモノが襲来してきたのは間違いないが、惨状の割に死体が一つも転がっていない。先に到着しているはずの昂雅の姿も見えなかった。まだ街のどこかで戦っているのだろうか。
二人は馬から降りると、板の上に負傷者を載せて運び出そうとしている衛兵隊の一人に声をかけた。
「――っと、これはラウナ様」
ラウナは一礼しようとする兵を止めて問いかけた。「畏まる必要はありません。敵襲の鐘を聞きました。一体何が?」
「死神です。あのムラコルファの悪神が来て暴れまわりました」
「死神だと?」
カナンはマジかよと広場の惨状を再確認した。これが全て死神の仕業なのか……。
「それにしては死体が一つも見当たらないが?」
「紫電殿です。あの方が駆け付けてくれたおかげで我らも命を拾うことができました。しかし一対一では敵わぬとみた死神はゴーレムを呼び出し――」
「ゴーレム!?」「ゴーレムだぁ!?」
ラウナとカナンは思わず声を裏返らせた。死神がゴーレムを使役するなど初めて聞いた。
「はい、人からかけ離れた形をしていましたがアレはゴーレムでしょう。それが死神を飲み込み、紫電殿を魔術で吹き飛ばして坂を上って――」
男が腕をかざした数十メートル先でドンと家屋が揺れて無数の木片が吹き飛ぶのが見えた。
「なるほど、いまあそこで戦っているわけか」
「巨人や使い魔はいなかったのですか?」
「我々が見たのは死神だけですが――、そこの見習いたちが使い魔を見たと言っていました」
男の言う方を見るとガーデン見習いの印をつけた子供が三人固まっている。その中に見覚えのある子熊がいた。
「シシルじゃないか!」
「え? え!? あ、カナン様」
自分の名を呼ぶ者を見てシシルは驚いた。大貴族であるレンブロン家の人間が自分の名前を憶えているなど思っていなかったからだ。
「使い魔を見たのか? そいつは何をしていた?」
カナンは膝をつきシシルに目線を合わせて問いかけた。たとえ相手が子どもであろうとその時、その場所にいた者の話を彼女は軽んじたりはしない。
いまだ怯えの抜けぬシシルたちの体験談を聞いてカナンは血相を変えた。
「そりゃ、そっちが本命だぞ!」
「陽動――ということですか?」
ラウナもカナンの言わんとしていることに気が付いたようだ。
「ああ、一番厄介な紫電殿を死神本人が引き付け、その間に使い魔へ何かをさせる。何をさせるつもりなのかは分からないが……」
「使い魔のこと、紫電様は知っているのでしょうか?」
「知らないと思います」シシルが小さく手を上げて言った。
シシルも助けられた時に使い魔のことを伝えようとしたのだが、昂雅が死神との戦いで手一杯となったため断念していた。
「まぁ、伝えた所でどうにもならないだろう」
カナンは昂雅が戦っているであろう場所を見た。四階建ての家屋の屋根が吹き飛ぶのが見えた。死神の相手という最も危険な役目を引き受けているのが昂雅である。
「まずい状況だが何とかするしかない」
降って湧いた緊急事態を前にカナンの判断は速かった。
「シシル、お前たちは本部棟に戻って使い魔が入り込んでいることを報せてくれ」
「は、はいっ!」
シシルたちは姿勢を正して返事をすると回れ右をして坂道を全力ダッシュで駆けあがっていく。
「いいな! 奴を見つけても戦うんじゃないぞ!」
その三人の背中に向かってカナンはもう一声叫ぶと、身に着けていた武装を再確認する。
使い魔たちの身体能力の高さはラウナから聞いている。
見回り任務にあたり装備してきたのは剣とナイフ、そしてボウガン、矢の数も少なく心許ない感じだ。衛兵隊からレンタルできないかと広場を見渡して目についたのは崩れた足場の近くに建っている小屋だった。
「ラウナ、あれは衛兵の詰め所だよな? あそこから槍と、余っているなら矢もまわしてもらえないか?」
「使い魔を追うつもりですか?」
「当然! いま、ああして紫電殿は戦っているんだ。異国の英雄がハイムのために戦っている。その真っ只中何もしないとあってはレンブロンの恥になる。大恥、面汚しだ」
「しかしカナン、使い魔を追うにしても当てが無くては……。街の者たちに聞いて回る時間などありませんよ」
二人が街に戻る際に全力疾走させたため、馬は使えず徒歩での追撃となる。
手の空いている兵たちも使い魔の捜索に加わってくれるだろうが、闇雲に探し回ったところで時間を浪費するだけだろう。すでに一刻を争う状況になっているのだ。
不安げに語るラウナへカナンは不敵に微笑んでみせた。
「当てはあるさ。ホラ、聞こえるだろ?」
カナンは街の上層の方を指差した。耳をすますまでも無く聞こえてきたのは犬の声。狂ったように吠え立てる何頭もの犬の鳴き声であった。
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