第24話
音がしたのは街の東側からだ。
鐘が更にけたたましく鳴り響く中、そちらを見降ろすことのできる通りの端にたちまち人だかりができた。
「見張り台が!」「土煙だ!」と野次馬たちの発する断片的な叫び声が聞こえてくる。外壁の内側に築かれていた見張り台とその足場が倒壊したらしい。
昂雅も街に入るときに見たが、街を囲む厚い壁の内側には太い丸太を用いて外壁を上がるための足場と見張り台が組まれていた。
それが崩れ落ちもうもうと土煙を巻き上げているらしい。下敷きになった者がいたなら怪我では済まないだろう。
なぜ足場が崩れ落ちたのかまでは分からない。街に来たオドの仕業と見るのが妥当だろうが――これもオドが迷い込んで来た際にはよくあることなのだろうか?
この疑問の答えはシシルとカティアの表情に表れていた。二人とも顔を強張らせて呆然と口を半開きにしている。
見渡せば周囲の住人たちも似た表情だ。予期せぬ事態が発生しているたのは明らかだった。
皆の不安を煽るようにまたも伝令が走って来た。今度は女の兵士で馬ではなく駆け足だ。革製の防具を着たまま全力疾走してきたため顔を苦し気に歪めてゼエゼエと息を切らしている。いまにも足をもつれさせて転びそうな彼女の姿に気づき、ガーデンの女兵士が三人駆け寄って行った。
話を聞いた後、三人の内の一人は彼女に水を飲ませて介抱し、もう一人は伝令を引き継ぎガーデン本部へ、残る一人が昂雅たちの元へ駆け寄りカティアに屋敷かガーデン本部の地下へ避難するように告げて来た。
「避難? 何が起きているのです?」
「オドがもう一体出現しました。それも空を飛ぶ奴です。あと……死神ムラコルファの使い魔を見たとの報告も、これもこちらに向かっているとのことです」
ここでまた外壁の方から派手な破砕音が鳴り響いた。シシルとカティナがビクッと体を震わせる。ガーデンの兵もそちらへ目を向ける。
倒壊した足場の残骸が燃え始めたのか、赤い光が揺らめきながら大きくなっていくのが見え、破砕音に混じり人の怒声、悲鳴が聞こえてきた。
「お姉ちゃん……」
シシルが声を詰まらせてその小さな体を震わせた。毛に覆われて見えないが顔も青ざめさせているだろう。
カティアも火の手の方を見つめながら言葉を失っている。
先ほどまでの呑気な空気は消えさり、街の住人たちにも不安が伝播していく。
やばいことになっているんじゃないか……? 湧き上がる負の予感に皆がざわつき始めた。
そんな中、昂雅は女性兵に問いかけた。
「空を飛ぶオドというのは珍しいのか」
「私も耳にしたのは初めてです。熟練兵でも遭遇した者はいないかと」
「レアモンってわけか……」
空を飛べるということは街のどこに現れるか予測がつかない。しかも全身黒づくめの魔性にとって夜の空は格好の隠れ蓑となる。弓や外壁では防ぎようがないし、希少種ではその対処法も確立されてはいないだろう。
それに加えてもう一体。
「死神の使い魔というのはどんな奴なんだ?」
「伝承では人を素手で引き裂ける邪悪な精霊だとか。こちらも見た者は――失礼ながら御客人、なぜそのようなことを聞くのでしょうか?」
「加勢させてもらう。あんたたちは住人を建物の中に避難するよう誘導してくれ。街中に人が無ければオドを兵の集まるあの場に誘導できるかもしれない」
昂雅は火の手の上がる東門を指さした。
「え? しかし……」
急にそんなことを言われても……と言うように女性兵がたじろいだ。
当然だろう。ガーデンにも指揮系統はあるだろうし、昂雅の案は彼女の仲間を囮にしようというものだ。すんなり承諾できるものではない。
まあ、加勢はさせてもらうがね――昂雅は兵士の返事を待たず火の手の方へ走り出そうとした。
ここで話を聞いていたカティアが進み出た。
「ではその策、私からお婆様――いえ、アテイナ様にお伝えしましょう。いま本部内に屋敷の者は?」
「ガントン殿がお出になっています」
「それは話が早い。シシル、あなたは昂雅様の道案内を!」
産まれついての貴族の血筋という物なのだろうか。指示を出す彼女の姿には十二歳とは思えぬ威厳が感じられた。
先ほどまでの無邪気な振舞いから、スイッチが入ったような変わりように昂雅も思わず目を丸くする。
「え? あ……すいません。何か仰いましたか?」
火の手の方をジッと見つめていたシシルがハッと振り返った。姉を心配する余り心ここにあらずでカティアの声も聞こえていなかったようだ。
「聞こえていなかったのですか? 道案内を頼んだのです」
「道案内?」
「そうだ」
昂雅は話が呑み込めず戸惑うシシルの鼻先にグッと固めた拳を突き付けると、頼もしさ溢れる笑みを添えて一言告げた。
「つまり任せてくれということさ」
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