第25話

「任せてくれということさ」


 昂雅の一言でシシルの呆然としていた眼に光が戻った。

 彼はこの世界で昂雅のトランスフォーメーションを目撃したただ一人の少年であり、昂雅の力と頼もしさを知る唯一の存在でもある。

 この人なら――その少年の眼にはそんな期待が込められていた。


 これは昂雅にとって時空帝ウラナガンと戦ってきた中で子供たちから何度も向けられてきたお馴染みの視線だ。

 オーダーに保護された子供たちから昂雅はリアル変身ヒーローだと認識されていた。そして彼らの声援に対する昂雅の返答はいつも同じだった。


「任せてくれ」


 ウラナガンと戦っていた四ヶ月、休まる日々の無い中でも昂雅が笑い方を忘れることがなかったのは彼らのおかげだ。その忘れなかった笑顔は自然と頼もしさを伴い、その頼もしさ溢れる笑みを添えた一言は常に遂行されてきた。今回もそれは変わらない。


「ドゥーム・ダ・ドューグ」カティアが昂雅へ祈りを口にする。「昂雅様の『鎧の魔法』間近で見てみたかったのですが、それはまたの機会にしましょう。私はここで貴方様にカーデュラの加護があるように祈らせてもらいます」


 昂雅が呪いを退ける場面を見ていたカティアも、その能力を信頼し協力を惜しまない考えだった。

「ドゥーム・ダ・ドューグ」そばにいた女性兵も姿勢を正して昂雅に一礼する。


 二人と広場の民衆たちに見送られるようにして昂雅とシシルはガン・バロル外壁門へ向けて駆け出して行った。


                 ◆◆◆


 陽はとっくに沈んでおり、群青色となった空に街の建物が黒いシルエットとなって浮かびあがる。

 月は見えなかったが街のいたる所に灯された篝火や家屋の壁に取り付けられた松明のおかげで動き回るには十分な光が保たれていた。


 その篝火の間を迷うことなく走るシシルに先導され、他人の家の中を通り抜けること二回。昂雅がほぼ一直線にやって来たのは外壁近くの裏通りにあるちょっとした広場だった。

 幅三メートルほどの裏通りの途中がポコリと胃袋の形に広がっている。


 その広場の右、違法建築のような木造家屋を挟んだ向こう側から喧騒が聞こえてくる。オドと街の兵たちが戦っているのだ。


「シシル、止まれ」


 シシルを呼び止めると昂雅は広場周辺を見回した。広場の両側には石の台があり、そこで焚かれた篝火のおかげで広場周辺はよく見えた。

 広場や通りにはすでに人影はなく、三つある屋台も当然閉店済みだ。

 外に人影は無かったが、その通りに面して並ぶ木造家屋の木窓はほとんどが開け放たれており、漏れる蝋燭の明かりの中に戦いの様子をうかがう住人の姿があった。

 目と鼻の先で戦闘が起こっているのだから皆揃って不安顔だ。避難しないのか? と思ってすぐに彼らは家の中に『避難』しているのだと気がついた。


 森で戦った熊のようなオドなら屋根に上がるだけで難を逃れることができるかもしれないが、今回は空を飛ぶ奴がいる。


 昂雅も喧騒の方へと顔を向けた。

 並んでいる家屋の上空で赤い光と大量の煙が揺らめいている。昂雅が想像していたよりも火災の規模は大きいようだ。


 家屋と家屋の間に木材を押しこんだ三十センチほどの隙間があり、そこから燃えている足場が見え――ヌッと、その前を大きな影が横切った。

 背中を丸めて前傾姿勢で歩く五メートル近い大きな影だ。

 直後にゴゥン! と、地面に置いた鉄板を殴りつけたようなくぐもった金属音が鳴り、複数の悲鳴と木の圧し折れる音が聞こえてくた。


 今のが街に来たオドか? それとも――


 何にせよ、シシルは戻した方がいい。昂雅がそう判断するのとシシルが右手の家の屋根を指差した。


「お姉ちゃんだ!」

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