第22話

「実のところよく分からないのです」


 王様はどうしたのか? という問いに二人は口をそろえてそう言った。

 ステルカルナの街は王都から最も離れた南の辺境に位置している。だからという訳ではないが、シシルはステルカルナ領から一度も出たことはなく、カティアも本来なら十歳の時に馬車で二十日ほどかけて王都に行くはずだったが呪いが蔓延したためお流れとなり、こちらもステルカルナから出たことは無い。


 二人が知っている王都の情報は人づてに聞いたものばかりであった。


「五年前、呪いが出現した直後王都が消えてしまった――そう聞いています。これは他の街からの使者や行商人たちが口を揃えているので間違いないかと」

「消えた? ……って、街が丸々?」

「はい」

「スマン。王都っていうくらいだからこの街よりも大きいんだよな? それが消えた?」


 神妙な顔で頷く二人に思わず聞き返した。

 隕石が落下したみたいに巨大なクレーターでもできたのだろうか?


「彼の地にはいま昼夜問わず光を放つ輝く柱がそびえ立っていると聞いています」

「王都の全てを飲み込むほどの巨大。かつ天空を貫くほどの高さだとか。それがつむじ風のように渦を巻き、天を貫いているそうです」

「その柱の周辺の地形も変わり樹々は消えて岩と砂ばかりの荒地となっているとか」


 王都の跡地に現れた光る柱については、旅の商人や他の街のガーデンからも同じ報告が来ているため、街の住人全員が確かな情報として把握していた。


「五年前呪いの出現を切っ掛けに王国中に色々な物が出現し、色々な物が消滅しました。その消滅したモノに王都が、出現したモノに柱が含まれています」

「アテイナ様が『出現と消失』と言っていた現象だな。出現したモノの中に俺も含まれていると。他に何が現れたんだ?」

「僕らも全てを把握しているわけではありませんが――」


 シシルとカティアは頷き合うと、そう前置きして語り始めた。


「伝説や神話の中で語られてきた怪物たちですね。王国中から目撃情報が届いています。ここステルカルナではムラコルファの死神が出現しました」

「死神?」

「妖魔を使役して人の魂を刈り取っていくという魔性です。銀色の甲冑に身を包みその素顔を見た者は百年の時を経たように干からびてしまうとか」


 二年ほど前からこの死神の目撃、遭遇情報がステルカルナ領のあちこちでが相次いでおり、中には二階建ての小屋ほどある巨大な妖魔に追い掛け回された旅商人もいるそうな。


「他の地方でも巨大な魔物が目撃されています。東の海では船をも飲み込む大海の大鯰、西では大地を食らう竜『リクトナーガ』、空を悠々と飛ぶ巨大な鳥も出現しているとか」


 スイッチが入ったように瞳を輝かせながらシシルが語ってくれた。恐竜や怪獣といった巨大生物というのはどの世界でも少年の心を捉えてやまないようだ。


 こういった巨大な魔物は目立つため人目に付きやすいが、その陰に隠れて小型の魔物の目撃情報もかなりの数がガーデンに届いている。

 が、報せは受けるもののガーデンの組織としては人手不足もあり、衛兵たちと連携して街の外壁の防備を固めるだけで、魔物の調査に乗り出したりはしていない。


「あと、ステルカルナに出現したものといえば黒の塔でしょうか」

「塔? 大きさは?」

「天候次第で頂上部に雲がかかることもあると聞いています。岩でも鉄でもない真っ黒な何かで造られていて出入り口も見当たらないとか」

「馬で二日も走れば見えるそうですよ。私たちは見たことありませんが、見てきた者ならガーデンに何人かいます。何でしたら呼んで詳しいお話を――」

「いや、まだそこまでしなくても良い。他には?」

「東のレンブロンでは海から奇妙な陸地が現れたと聞いています」

「西のタルファオでも幽霊船が出現したとか。あ、海ではなく陸の上にです」


 内心では昂雅に教えたくて仕方がなかったのだろう。シシルとカティアは思い出せるモノを矢継ぎ早に上げていく。

 思いつくままに語るため、要領を得ず理解できない個所が多々あった。


「とりあえず大体のことは把握した。『 オド』だったか、あの森で戦った奴もそうか?」

「あれは大昔から元々この地に存在しているものです」

「土着の生き物ってことか」

「ラクラッドの教典では父神イセクァノトゥが我々に課した試練であり、恵みでもある存在だと記されています。この試練を乗り越えるために組織しされたのがガーデンの興りだと」


 オド――黒い綿埃りのようなオーラを体表から撒き散らせ、体躯を変貌させて成長していく魔物。人を見ると必ず襲い掛かるという習性を持つ、獰猛で人の天敵と言っても良い存在だ。

 教会はこれを神からの試練だと解釈しているが、学者などはその禍々しい外見から地上に溜まる邪気が変貌した魔物と考えていたりと、この世界の住人にとっても謎の生命体である。


 一通り話を聞いて昂雅の興味を引いたのは南に出現したという塔――すなわち建築物であった。

 障害として立ちはだかるなら止む無しだが、いまのところ昂雅にモンスターハンターをやる気は無かった。


 理由は単純で、魔物を何匹退治しようと元の世界に戻るための手掛かりが見つかるとは思えないからだ。

 その点、巨大な建築物なら何かしら帰還の足掛かりとなるモノが発見できるかもしれない。

 シシルたちの話から昂雅はこの黒の塔は近未来的な建造物だと推測していた。もちろんそこに保証は無いが、ドラゴンの腹の中を探るより可能性は高いといえるだろう。


 その塔までは馬に乗って二日ほど――それがどのくらいの距離なのか全く分からないが、昂雅一人で走って行けるということだ。


 ナノマシンの助けで方向感覚が狂うことは無いし、それだけ大きな塔ならかなり遠くからでも見えるはずだ。トランスフォーメーションだってある。

 休みなく走り続ければ馬に乗るよりも早くたどり着けるだろう。


 いまから行くか――昂雅は空を見上げた。

 転移して来た時に燦々さんさんと輝いていた太陽は、夕日となり空を赤く染め上げながら沈みつつある。

 沈む陽に合わせて影が伸び宵闇が広がる中、衛兵たちが設置されていた石台に篝火を灯していく。

 その一足早く闇に包まれた街の東側から、火急を知らせるけたたましい鐘の音が鳴り響いてきた。

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