第21話

「何て言うか……滅びに面しているって割には皆元気だな」


 脚を踏み入れた市場の賑わいに昂雅はそんな感想を抱いた。

 神父からのの申し出を街の様子を見てみたいと断り、シシルとカティアの二人をガイドに広場へとやって来たわけだが、つぶやきの通り行きかう人の波に滅びようとしている悲壮感は微塵も感じられなかった。


 屋台には山菜や木の実、干し肉と物が並び、どれを手に取るか悩む客たちは何とも楽し気に見える。

 広場の端で遊ぶ子供たちも、大声で歌う酔っぱらいも、井戸端会議にいそしむ奥様方も笑顔を失った様子はない。


「それはお父様やお婆様の手腕のおかげです」


 カティアが誇らしそうに胸を張った。

 五年前、『呪い』が出現した直後。

 王国ハイムの各領地を治める貴族たちは、その当主が自身の呪われた姿を衆目にさらし事態の究明と解決に尽力すると宣言。混乱を早々に治めてみせた。


 ここステルカルナでも領主である当時のステルカルナ家当主、ラウナとカティアの父であるヘルムートが呪いの解決を宣言。その言葉通り解呪の方法は今も街の学者たちが調べている。


 このような不可解な状況が長引くといわゆる下級階層から不満が溢れ出し集団ヒステリーに発展したりするのだが、貴族であるステルカルナ家も同様に呪いを受け、彼らが素早く混乱収束に乗り出したことで大事には至らなかった。

 解呪の研究成果はいまだに出ていないが、それでも街の住人たち信じて気長に待っているそうだ。


「ステルカルナ様が力を入れたことが、食糧を充実させることだったと聞いています。誰も腹を空かせることのないように。その成果がこの市場でしょうね」

「確かに食うに困らないってのは重要だろうな」


 昂雅は住人たちの活気の源が分かったような気がした。


「他にもステルカルナ様は皆が不安にならないように色々とやってくださっています。教会や商人たちに働きかけてお祭りを三回も増やしたり、僕らが使える道具の改良案を募集したり」


 シシルが犬のような手を掲げた。

 このような手でも扱うことのできる道具のアイディアを領民たちから募集しており、そこから改良された筆記用具や調理器具が生み出されている。

 ちなみに採用されると酒一樽がもらえるそうだ。


「あとは慣れもあると思うのです。」そう切り出したのはカティアだった。「七、八歳くらいの子にとっては今の光景が当たり前になっているくらいですから」

「確かに五年も経てばそうだろうな」

「結局、僕らにできるのは信じて協力することだけですから」

「いくら焦れたところで馬の脚が速くなったりはしませんが、信じた甲斐はありました」


 シシルとカティアが昂雅に微笑みかけた。昂雅の能力、特にトランスフォーメーションを見ていたシシルは信頼感が顔に現れている。その視線が昂雅には何とも面映ゆかった。


                 ◆◆◆


 その後、三人で市場を見て回った。

 市場に並ぶのはメロンほどの大きさがあるイガ栗のような赤い果実、枯れて茶色くしなびた草とこの世界独自の食材が多く、焼きソバやイカ焼き、お好み焼きと昂雅に馴染みのあるものは皆無だった。


 市場を歩くと十分ほどの間に何人もの住人が昂雅について問いかけてきたが、アテイナの客人だとカティアが告げると皆あっさり納得し、昂雅のことは一気に広場周辺に広まった。

 話が広まると屋台の主たちがこぞって売り物を手渡しに来た。


 お裾分けにやって来る屋台主たちは皆「遠くからご苦労様です」「頑張ってください」と昂雅に激励と期待の言葉を添え、その後「さすがアテイナ様だ」とつぶやくように領主への賞賛が付け加えられている。

 アテイナが昂雅を呼び寄せたという建前となっているのでそれ自体は構わないのだが、そこである疑問が浮かんできた。


「なあ、アテイナ様が上手くやっているのは分かったんだが……。王様はどうしているんだ?」


 ハイムというくらいだから王様がいるんだよな?

 金ピカの冠をかぶり玉座に腰掛け口ひげを蓄えた老人をイメージしながら、昂雅はその疑問をガイドの二人にぶつけてみた。

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