第12話
「さて昂雅殿、二、三、質問してもよろしいでしょうか?」
昂雅が勧められるまま椅子に腰を下ろすとアテイナが話を切り出してきた。
「失礼ながら、ニホンから来たと仰られていましたが、この年になるまでそのような地名は聞いたことがありません。ここよりどの方角にある土地なのでしょうか?」
予想していた質問だったが、いざ答えるとなると言葉選びが難しかった。異世界から来ましたといって信じてもらえるだろうか? 頭は大丈夫かと逆に心配されるんじゃなかろうか?
「こことは繋がっていない場所にある国です。ここから何年旅をしようとも辿り着けない異世界といえば分かってもらえるますか?」
考えて昂雅はそう答えた。何と思われようとこれが事実なのだから仕方がない。
さて、どんな顔をされるのやら……。
昂雅の心配した通り、リルハとラウナ、シシルとカティナがハァ? という顔を向け合い――真顔で聞き返してきた。
「イセカイ……とは何でしょうか?」と。
「え? 時空とか別次元って言葉やこことは違う別の世界があるって話、聞いたりしたことは無いのか?」
一瞬、ナノマシンの翻訳が上手くいっていないのかと思ったがそういうことではないらしい。
「ジゲン?」
「ジクウ?」
「こことは違う? 海の向こうをそう呼んでいるということでしょうか?」
「背骨山の向こう側にあるのでは?」
リルハやラウナが納得の行く説明を求めて昂雅へ視線を向けつつ、思い思いの意見を口にする。
当然、昂雅はこんな展開は全く予想していなかった。
異世界とは何だ? ――昂雅自身この問い掛けに対する明確な答えを持っていない。彼の知識は平和だった頃に観たり読んだりしたアニメや漫画、ゲームから得た漠然としたイメージレベルの物だ。
異次元、並行世界、パラレルワールド、異世界を指す様々な言葉は知っているが、それがどういったモノなのか昂雅も漠然と理解した気になっているだけで、すじ道立てた理論を語れるわけではない。
「次元」という単語を辞書で調べたことすら一度も無かった。
これでは異世界人どころか日本の幼稚園児相手にも説明することは無理だろう。
(次元や時空ってのは科学的に考えると何になるんだ? 量子学とかいう奴か? そんなのこれっぽっちも分からねぇよ……)
昂雅は心の中で頭を抱えた。
彼の窮状を見かねたという訳ではないだろうがここでアテイナが口を開いた。
「あい分かりました。つまり昂雅殿は『イセクァノトゥの膝下』それに近しい場所からやって来た――そう仰りたいのですね」
「イセ……? そう! それです! そのイセカノトゥという方には会ったことありませんけど」
初めて聞く言葉だったが『イセクァノトゥ』がこの世界の神様で『イセクァノトゥの膝下』が天国、もしくは死後の世界に当たる場所だと直感できた。
なるほど天国や地獄も一種の異世界と言えるだろう。要領を得ない話を租借し自分なりの解釈を導き出してくれたこの老婦人の頭の良さに昂雅は思わず手を鳴らした。
アテイナは表情を動かすことなく話を続けた。
「シシルたちと森で出会ったということですが、昂雅殿は流れ者には見えません。変わった衣服に少々埃をかぶっているようですが、靴底はほとんど磨り減っておらず、体臭も酷くないし、髪も脂ぎっていない。手荷物の類も一切所持しておられない。お持ちだったのはガラスのはめ込まれた奇妙なプレート一枚だけ」
ガラスのプレートが通信端末だということはすぐに分かった。昂雅は反射的にそれを入れていたポケットに手を当てる。端末はそこにあった。
「失礼ながら気を失っている間に少し調べさせていただきました。衣服は脱がしたりしていないのでご安心を」
「そこは別に気にしたりはしませんが……」
「善き者ですよ!」ここでシシルが声を張り上げた。「つまりアテイナ様は昂雅様が膝下のような場所からこの地に『出現』した――そう仰られているわけですよね? それって以前話してくれた善き者じゃありませんか?」
ついに善き者が現れたんですよ! と、シシルは大はしゃぎで昂雅に羨望の眼差しを送る。他の者たちは話が飲み込めないという顔だ。
昂雅はアテイナに問いかけた。
「善き者? 俺の来訪が予言されていたとでも? がっかりさせてしまうかもしれませんが、俺は神の御使いなんかじゃありませんよ」
「そんな仰々しい物ではありません。消失と出現が始まって以来、この五年間で悪いモノばかりがいくつも現れました。だから皆に言ったのです。悪いモノが現れるなら善きモノが現れることもあるだろうと。希望的な憶測ですが、そうとでも考えなければ皆の心にも暗雲が巣食っていたことでしょう」
「消失と出現? 何ですそれは? まさか俺以外にもここに来た奴が? 何が、何が現れたんです?」
「様々なモノです。北から南から、西から東から、実に様々なモノがこの王国の地に現れました。知りたいのならば直に見ていただいた方が宜しいでしょう。全てを私の口から語っていては長くなりすぎてしまいます。茶も菓子も足りませんよ」
「俺の分の茶菓子は必要ありません」
自分以外にもウラナガンにより飛ばされて来た者がいるのかと思ったのだが、アテイナの口ぶりによるとどうやらそういうことでは無いようだ。
昂雅が更に詳しく聞き込もうとした所で遠くから小さく鐘の音が聞こえ、
「大鳥の鐘です」
と、開け放たれていた窓から熊が一頭、ひょこりと顔をのぞかせた。
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