第11話

 リルハが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「でもラウナさん、鎧の魔法のその後のことは私も見ています。それに……あの……あれ男の人ですよ……ね?」

「それは……その通り……ですけれど」


 含みをもった言い回しの後、リルハとラウナ、二人の視線が再び昂雅に向けられた。

 そのやり取りを遮るように老婦人が手を打ち鳴らした。


「二人ともお客人の前ですよ。こそこそと囀るのはお止めなさい」


 張りのある威厳に満ちた声。口調こそ物静かだが、そこに反論を許さぬ迫力があった。

「はい!」と注意を受けた二人が背筋を伸ばし、口を真一文字に紡ぐと老夫人は静かに頷き昂雅に向き直った。


「アテイナ・ラム・ビィウス・ステルカルナと申します。この子達の……監督官のような者ですね。貴方のことは紫電殿とお呼びすればよろしいですか? それとも昂雅殿?」

「そんな畏まらず、昂雅と気軽に呼んでください」

「では昂雅殿とお呼びいたしましょう。――シシル、カティア」


 名を呼ばれた二人が弾かれたように動き、昂雅の元に椅子と卓、そして琥珀色の飲み物が注がれた金属製のコップを持ってきた。

「どうぞ昂雅様!」と、シシルがニコニコ顔でコップを差し出してくる。

『様』付け呼びである。何だかよく分からないがこの少年に気に入られたようだ。

 尻にこそばゆいモノを感じながら昂雅はコップを口元に運ぶと注がれた飲み物の匂いが鼻をついた。見ればコップの内側には濁った泡が付着している。

 これは――


「酒じゃないか……」


 三ヶ月ほど前、シュメイル博士によるナノマシンの調査実験で数種類のアルコールを飲んだことがある。その中の一つ、ビールに似た匂いだ。


 昂雅が二十歳以上に見えるというわけではあるまい。この世界では昂雅くらいの年齢でも飲酒可能なのだ。

 まさかこんなことで異世界に来たことを再認識するとは思わなかった。

 コップの中の液体に昂雅の苦笑いが薄く写りこんだ。


「あの、お気に召しませんか? ワインか蒸留酒の方がお好みでしたか?」


 コップを手にして固まる昂雅の顔をリルハが覗き込んできた。


「いや、そういう訳じゃなくて――」

「混ぜ物が入っていると思っているのではなくて?」


 ラウナが心外だと言わんばかりに眉をつり上げた。この指摘にリルハが手を叩いた。


「なるほど、失礼します」


 リルハがうやうやしく昂雅の手からコップを取り、ゆっくりとその中身を一口飲みこんでみせた。


「どうぞ、何も怪しい物は入っていませんよ」


 リルハが笑顔でコップを差し出してきた。

 コップに注がれた酒を自ら飲むことで毒が入っていないことを証明してみせたのだ。


「いや、そんなことを気にしていたわけじゃないんだが……」


 そもそも毒を何服盛られていたところで体内のナノマシンが即座に中和してくれる。

 ついでに言えばアルコールもどれだけ摂取しようとこれまたナノマシンが即座に分解するので昂雅が酔っ払うことは絶対に無い。

 昂雅にとってワインは変わった風味のブドウジュースで、ビールは単なる苦い炭酸水に過ぎない。

 得意気な彼女の顔に昂雅はどう反応したものかと頭を悩ませた。


 周囲の勘違いが明後日の方向に行き過ぎており、突っ込み所満載というレベルではない。遥かに上、斜めに上だ。

 しかし彼女らにとってこれが当たり前の考え方なのだ。

 それに――

 リルハの濡れた唇に目が向いてしまう。

 このままこれを飲んだら間接キスだよな? 先ほどとは別の理由で飲みづらくなってしまった。


 昂雅が少し照れ臭そうにするもリルハの方は特に気にしたそぶりも無く。 どうやらこの辺りのとらえ方も昂雅と彼女らとで隔たりがあるようだった。

 結局、少し迷ったあと昂雅はコップの中身を一気に飲み干した。ビールと思しきそれは生温く、苦みと甘みが混じりあったような奇妙な味がした。

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