第二幕 呪い
第13話
窓から顔をのぞかせたこの熊がシシルと同じ「熊族(仮)」の者だとすぐに分かった。
シシルの父親かとも思ったがそうではないようだ。
アテイナはその熊族の男に目配せすると昂雅へ逆に問いかけてきた。
「何が現れたのかを知りたがっていましたが、それらを一つ一つ見に行こうというおつもりですか?」
「え? そう……ですね。そうしなければならないと思います。俺は元の世界――日本に帰るための手段を探さなきゃならない。ここに来たのは事故みたいなものですから」
事故というより嫌がらせでだけどな――昂雅は心の中で時空帝に悪態をつきながら、その為の情報を探さなければいけないと説明した。
「貴方の話しぶりから簡単には帰れないのだろうとは思いましたが……。やはりそうなのですね」
「ええ、雲を掴むような話ですが」
「しばらくはこちらに滞在することになりますね」
「長期滞在にならないことを祈りますが……。ま、そこはどうとでもなりますよ。野宿は何度も経験済みだし、飲まず食わずでも俺は生きていくことができますから」
頭をかきながら軽く言い放った。もちろん事実である。
昂雅の内にあるナノマシン群は宿主が生きるため、常に必要な物を生成してくれる。水分やあらゆる栄養素はもちろん、必要とあらば酸素や血液すらも。
なので昂雅には飢えも渇きも関係が無い。というよりもそれを感じることすら無くなっていた。
が、この場に彼の言葉をそのまま信じる者はいなかった。
アテイナが呆れたように言った。
「何を馬鹿なことを。ラウナ――はこの後見回りに向かうのでしたね。リルハ、本部に戻るのなら彼をステルカルナの屋敷まで案内しなさい。部屋をお貸ししましょう」
「えっ!? お婆様、何を!?」
「ラウナ、公務中ですよ」
ラウナが抗議の声を上げると、老婦人はそれを即座に叱りつけた。
有無を言わさぬ厳しい口調に部屋の空気が張り詰め、昂雅も他の者も老婦人の迫力に顔を引きつらせた。
「も、申し訳ありません、アテイナ様……」
ラウナもたちまちの内に萎縮しシュンとなる。
アテイナはラウナとカティアの祖母だとリルハが小声で教えてくれた。
「なので、仕事中は名前で呼ぶように厳命されているそうです」
「公私の区別をつけるってヤツか」
見た目からして厳しそうな人だが、身内に対しては特に厳しく接するのだろう。偉い人のようだし、そうしなければ他の者に対しての示しもつかないといったところか。
しかし、なんともおっかない。昂雅もアテイナの口ぶりに腹の底が少しばかり冷え込んだ。
オーダーのメンバーの中には、カタギに見えない強面の男が何人もいたが、彼らとは違った異質の怖さがあった。
叱られた方は涙目なんじゃないかと視線を向けると、その彼女と目が合った。ラウナは泣いてはいなかったが叱られたことが恥ずかしかったのか、唇を尖らしそっぽを向いた。
そもそもラウナの抗議は真っ当な物だろう。いまさっき出会ったばかりの身元不明の男を自分の家に招こうというのだから、昂雅に下心など欠片も無くとも彼女が嫌悪感を示すのは分かる。
分からないのは老婦人の考えだった。
親切にしてくれるのは有り難いが、会ったばかりの自分にそこまでしてくれる理由は何なのだろう?
シシルたちを信頼しており彼らの言葉を信じているにしても過ぎた厚意といえる。彼らと違いこの老婦人は昂雅の能力を見ていないのだから。
先ほど『予言』かと聞いた時にははぐらかされたが、実はこの老夫人は予知のような力があり、昂雅を迎えたことで起きる未来を知っているのかもしれない。
つらつらと考え悩む昂雅を気にする素振りも無く、アテイナは静かに立ち上がると小屋の外へ向かっていった。
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