第7話
背丈や顔つきを見るに年は十五か十六、昂雅とはそれほど離れてはいなさそうだ。
赤毛――というよりはオレンジに近い鮮やかな髪の色だ。肩まで伸ばしたその髪が可愛らしい顔付きに活発そうな印象を付加している。
クラスにいた部活に打ち込む体育会系元気少女――それが新たに現れた彼女に対する昂雅の第一印象だった。とはいえ着ている服装はジャージなどではなく、くすんだ色をした革の防具である。
クリーム色をした袖の長い衣服の上から胸と両腕に革のアーマーを装備し、両脚には厚底のブーツとすね当て。
腰に巻いたベルトには革袋を下げ、首からはシシルやカティアと同じように複数の首飾りをぶら下げている。どうやらあれはお洒落などではなく魔除けや
いかにも戦えますといった格好だが武器と思しき物は見当たらなく、手にしているのは長さ九十センチほどの杖一本だけ。杖は金属製のようで先端に木の枝葉を模した装飾が取り付けられている。あれで鈍器として使用できるのか怪しいところだ。
もしかして呪文を使うための装備か?
昂雅は杖をよく見ようとして赤毛の少女が訝し気に自分を見ていることに気が付いた。
「カティア!」
シシルは二人の元へ駆け寄ると激しい身振りを混じえて興奮気味に何か話し始めた。
言葉は分からなかったが何を語っているのかは見当がついた。先ほどの昂雅の戦いを説明しているのだろう。
話を聞いた赤毛の女の子が信じられないと言うように昂雅と木の根元で伸びているオドの巨体を交互に見渡した。
表情は固く、その喉元がゴクリと動くのが見て取れた。
「リルハ」
カティアが彼女の服の裾を引っ張り何かを促した。「リルハ」というのが赤毛の娘の名前らしい。
リルハは両手で杖を構えるとゆっくり息を吐きながらオドのそばまで進んでいった。
さて、何をするのか?
手にした道具を見るに解体する気は無さそうだし、獲物として持ち帰るのも彼女たちだけでは無理だろう。
興味深そうに見つめる昂雅の前で、リルハは手にした杖をオドの真上にかざして素早く何かを唱えた。
途端、杖の先の木の枝のような飾りがほんのりと光りだし、周囲の枝葉がざわめき始めた。
魔法だ! と、昂雅も思わず驚き目を奪われた。
杖の先端に現れた光は蝋燭のように柔らかで見ていても眩しさは感じられなかった。その光が杖全体に広がっていく。
魔法の明かりに照らされて横たわるオドの巨体にも変化が現れだした。
黒い巨体がグズグズと崩れ始め黒い微粒子となり渦を巻きながら杖の先端に吸い寄せられていく。
そこで集まる粒子が球状となり空気を吹き込んだように膨れ上がり、十も数えぬ内にリルハの体ほどの大きさとなった。
「お、おい……大丈夫なのか?」
リルハの『魔法』に見入っていた昂雅だったが、粒子の球が大きくなるにつれて心配になってきた。日本語でリルハに声をかけてしまったが、もちろん彼女からの返事は無かった。
返事は無かったが彼女の魔法に変化があった。
オドの巨体から吹き上がる微粒子が途絶えて、オドの黒い熊のような姿が白熊のように白濁化していた。
浄化したのか? ――昂雅は何故かそう思った。思った瞬間オドの体が砕け散り、結晶化した細やかな破片が乾いた砂地に吸い込まれる水のように消えていった。
オドの巨体が消滅しても杖先で渦巻く粒子のボールは健在だった。リルハがその球に右手をかざすと、渦の向きが変わりボールが収縮し始めた。
その勢いは速く、リルハの体ほどあった黒い球は瞬く間に拳大まで縮み、そこでポトリと杖の先から落下。
同時に杖の輝きも消滅。枝葉のざわめきも収まり、カサリと粒子の球が落ち葉を鳴らす音だけが聞こえた。
リルハはホッと息を吐くと粒子の球を拾い、こちらに見せるように振り返った。
手の平に乗っていたのは幅二十センチほどの、宝石の原石だと言われれば信じてしまいそうな艶のある漆黒の結晶体だった。
「ドゥーム・ダ・ドューグ」
希少価値の高そうな石を腰の革袋へ納めるとリルハは静かにつぶやいた。
手馴れているように見えたが、彼女にとってはそれなりにプレッシャーを感じる儀式だったようだ。安堵する彼女の表情がそれを物語っていた。
そして彼女がプレッシャーを感じる仕事はまだ続く。不審人物――すなわち昂雅の身元確認である。
リルハが再び警戒心を向けてくると同時に昂雅の体に異変が起きた。
立ちくらみのような眩暈のような、改造されてから無縁となっていた感覚に目の前がグラリと揺れ、それを皮切りに悪寒が全身を包み込み、首から肩が酷い肩こりのように強張り始めた。
眩暈も治まらず、視界が暗く染まっていく。
「なん……だ……これ……?」
足に力が入らず崩れ落ちるように地面に倒れこむと昂雅自身も訳が分からず頭の中で焦り始めた。
自分の体に何が起きた?
真っ先に思いついた原因は体内のナノマシンの異常だ。これに寿命が来たのかもしれない。こんな所、こんなタイミングで。
「く……そ」と、喉から無理やり言葉を押し出したが状況は変わらかった。
麻痺したように体が動かなくなり、喉に何かがつかえて息をすることも困難になってきた。
それにともなって意識が朦朧とし始める。吐き気は無かったが腹の中がとにかく熱かった。
いきなり地面に突っ伏した昂雅に驚き、シシルがそばに駆け寄り言葉をかけてきたが、その声がとても遠くに感じられた。
俺はもう一度目覚めることができるんだろうか……?
朦朧としていく意識の中で昂雅はそんなことを考えた。
意識を失う寸前、最後に見えたのは自分の手。茶色い毛でびしりと覆われ、丸く膨れ上がった自分の両手だった。
昂雅は一度大きく痙攣を起こすと、その光景が現実なのか幻覚なのか、自分の身に何が起きたのか何もかも分からぬまま気を失った。
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