第6話

 トランスフォーメーション――


 時空帝ウラナガンにより、昂雅の体内に埋め込まれた七千億のナノマシン。

 創造主が群体に与えられた使命を言葉にするなら、宿――これに尽きるであろう。


 昂雅の身体能力を上昇させることも、その体をプロテクターで包み込むことも全てはこの生命維持という指令を遂行させるためのオプションに過ぎない。


 七千億のナノマシンたちは主の生命を脅かす外敵を排除するため、宿主の命に従いその体を瞬時に黒を基調としたプロテクターで包み込んだ。その時間コンマ数秒。


 一見すると黒を基調としたレーシングスーツにフルフェイスヘルメットという格好だが、ここにはナノマシン同様に異次元宇宙のテクノロジーが注ぎ込まれている。

 筋肉をモチーフとした薄い装甲板を取り付けた全身スーツはパワードスーツのように纏う者の能力を大きく飛躍させ、加えて放電による攻撃や、球形の防御シールドを張ることも可能となる。


 バイザー部にプラスチック製の黒い板をはめ込んだようなヘルメットは各種センサーの塊だ。

 視覚においては遠方や闇を見通し、熱源の探知も可能となる。

 聴覚においては機械の駆動音や呼吸、鼓動を感知してレーダーのように昂雅の周囲の機械や生命体の位置を特定できる。その有効範囲は数十キロ、感度を上げれば虫の羽音まで感知可能となり、視覚の熱源探知と組み合わせれば壁の向こうの様子をも伺うことができる。


 トランスフォーメーションの特徴をもう一つ。

 プロテクターを発動展開する瞬間、ナノマシンは三十メートル四方に特殊なパルスを放射する。

 一種の排熱行動だと推測されるこれが範囲内にいる者の神経に干渉し、昂雅の体から衝撃波や突風が発生しているかのように誤認させる。


「トランスフォーメーション!」


 目の前の青年がそう叫んだ瞬間、彼の体から発生してもいない衝撃波を感じて、シシルは思わず眼を閉じ、すぐに目蓋を上げた。

 その目に飛び込んできたのはゴムマリのように宙を舞うオドの黒い巨体――そして見慣れない形をした黒い鎧に身を包んだ青年の背中だった。


                 ◆◆◆


 トランスフォーメーションにより展開された全身を覆いつくす黒いプロテクターの中で昂雅は飛び掛ってくる巨体を見据えてここぞというタイミングで身を捻り右脚を振り上げた。

 左足を軸にした巨獣腹部への回し蹴りが狙い通りオドの腹部にクリティカルヒット。


 子気味の良い音とともに獣の巨体が勢い良く宙を吹っ飛び、数メートル先の巨木に激突。太い幹と枝葉を大きく振動させ、頭から地面に落下した。

 その体躯の上に振動で舞い落ちる木の葉が紙吹雪のように降り注いでいく。

 これで終わり。四肢を力無く投げ出し地面に横たわる黒い熊のような化け物はピクリとも動かなくなった。

 白目をむき、黒くドロリとしたタールのような物を半開きの口から泡混じりで垂れ流すのみ。うめき声も無く、三匹の狼に戻る気配も無さそうだった。


 ここでふと気が付いた。

 トランスフォーメーションの時、ナノマシンからパルスが発生していたはずだが、この化け物は怯むそぶりも見せなかった。

 パルスが人のみならず犬や猫にも影響を及ぼすことは昂雅も確認している。それが利かないということは昂雅の知るカテゴリーに当てはまらない生物。つまり――


「『魔物』って奴か……。しかし、倒してもやっぱ金は落とさねえんだな」


 昂雅は感慨深そうにつぶやいた。

 昂雅の右脚にはまだボールのような魔物の腹の感触が残っている。

 それが消えぬ内に、ただ一発の蹴りで戦闘は終了した。

 悶絶している獣からまだ黒い粉塵が立ち上っていることが気にはなったが、もう脅威ではないだろう。

 後の処理は地元民に任せれば良い。昂雅はそう判断してトランスフォーメーションを解除した。


 ナノマシンが展開していたプロテクターを細かく分裂させて頭頂部から再吸収を開始。一秒ほどで昂雅が再び姿を現した。


「ウ、ウゥィ~?」


 全てを特等席で見ていたシシルが何とも言えぬ声を漏らした。目にした全てが理解の及ばぬものだったのだから当然か。


「リアルだと倒してもやっぱ金は落とさないんだな」


 昂雅はそんなシシルに笑いかけた。間違いなく通じないであろう冗談を添えて。

 戦闘漬けの毎日だったが昂雅が笑い方を忘れることは無かった。

 戦闘地からオーダーが保護した民間人の、とりわけ小さな子供たちから特撮番組の変身ヒーローのように受け止められ慕われていた。

 そんな彼らに昂雅はよく話しかけられ笑みを返していたものだ。


 その笑顔の効果はあったようで、シシルが声を弾ませるようにして話しかけてきた。

 こちらに質問を投げかけているのだろうということは何となく分かったが、やはり何を言っているのかサッパリだった。

 シシルにもそれが分かったのかしばらく話しかけてきた後でシュンと肩を落とした。


「シシル!」


 昂雅たちの後ろから女の子の息急き切った声が飛んできた。

 繁みを分けて姿を見せたのは先ほど走っていったカティアと、そしてもう一人。呼んできた助っ人であろう、赤毛の少女が立っていた。

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