第5話
「ほら、さっさとあっちへ行け! シッ! シッ!」
後悔しながらも昂雅は抜け目なく周囲を警戒。
この三匹以外に仲間が潜んでいる気配は無いと判断すると昂雅は追い払うように手を振り、彼らが自分を諦め別の小動物を狩りに森へ戻るように促した。
そしてそれはあっさりと裏切られた。
よろめきながら立ち上がった獣三匹は昂雅を睨みながら一箇所に集ると互いの体を寄り添うように体を密着させて一つの塊となり、黒い粒子を噴き上げ塊を中心に渦を巻き始めた。
昂雅の後ろでシシルが声を震わせて「オド!」と叫んだ。
渦巻く粒子の中で獣の塊が空気を入れたバルーンのように大きく膨らみ、モコモコと狼とは違う別の獣へと変形し始めた。
「熊……か?」
本当は別の獣なのかもしれないが昂雅にはそうとしか見えなかった。成犬ほどの大きさだった狼三匹が合体し昂雅の倍以上の大きさの熊になった。
仕上げとばかりに渦を巻いていた黒い粒子が巨大な体躯の中へと吸い込まれていく。
昂雅を倒すために進化したといった所だろうか。
生まれ変わった黒い熊は昂雅を睨みつけ大きく吠えた。威嚇の咆哮に空気が震え、周囲の枝葉が大きくざわめいた。
「おお、スゲェ」
鼻息を荒げる大きな熊を前に昂雅は落ち着き払った態度だった。動物園の檻の前で熊を見物するかのようにまじまじとその姿を観察する。
頭部の形状をよく見てみると直立した黒豹のようにも見えなくもなかった。
余裕の昂雅と違い、後ろの二人はオドの変貌に顔色を変えていた。
何やら大声で短い言葉を交わすとカティアが元来た方へと走り出し、シシルは首にぶら下げたペンダントの中から一本左手に巻きつけ、右手の手斧を構えながら獣に向かってゆっくりと進み始めた。細長いドングリのような飾りのついたペンダントだ。
「ドゥーム・ダ・ドューグ……」
シシルが声と体を震わせた。
あの魔物を滅ぼす呪文というわけではなく、長手袋に固定した手斧で戦うつもりのようだ。
ここで昂雅は彼らが山菜採りなどではなく、このオドと呼ぶ魔物を警戒するために森をパトロールしているのではないかと気が付いた。
しかしだ。子熊のような見た目のシシル少年だが、彼がオドと呼ぶ熊の姿をした魔物は体が三メートル近くある。少年の倍以上の大きさだ。それに立ち向かう――
責任感なのか使命感なのかはわからないが、さすがにそいつは無茶ってもんだ。
昂雅は少年をかばうように熊の前に立ちふさがった。
「まかせてくれ」
シシルが驚いた眼で昂雅の背中を見上げるのと、熊の化け物が二人目掛けて突進してきたのはほぼ同時だった。
息を荒げながら三メートル近い巨体で地を揺らし四足で駆ける速度は中々のものだ。
二人との距離はわずかに七メートル。接触まで一秒とかからない距離だが昂雅は微塵も慌ててはいなかった。
慌てず両腕を胸の前で交差させ、自身の体内に宿る七千億のナノマシンに命じた
トランスフォーメーション――と。
目の前の青年が何かを叫んだ瞬間、突風のような衝撃波を感じてシシルは思わず目を閉じ両腕で顔をかばった。
目を閉じてしまったのはほんの一瞬のこと。
慌てて開いた彼の瞳に飛び込んできたのはゴムマリのように宙を舞うオドの巨体だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます