第4話
人間の少女と熊族の子が並んで話している光景はハリウッドの実写映画の一場面のようだった。
川向こうで昂雅に目を配りながら話す二人の声は、ナノマシンが聴覚を強化してくれるため昂雅にも聞き取ることができた。
やはり、二人の交わす言葉は日本語でも英語でもない昂雅の知らぬ言語だった。
会話の内容は分からなかったが言葉の端々から、少女の名前がカティア。
熊族の子がシシルという名なの男の子だということは分かった。
「ウィ ドゥィイ ムルソン アグ フェリカ」
昂雅は二人の言葉を口にしてみたが、やはりこの言語にピンと来るものは無かった。
まあ、言語に関しては慌てずとも体内にいる七千億の同胞が明日には仕事をこなしてくれるだろう。
それよりもだ――昂雅はひそひそ話をする二人に目を向けた。
君はある種の超人なのだから孤立したとしても、冷静に現状を把握して対処していけば如何なる状況も切り抜けることができるはずだ――と、以前オーダーの教官に教えられたことがある。
昂雅はこの教えに従い、転移して早々にこの世界の人間と出会えた状況をついているとポジティブに考えることにした。
子供が二人でこんな所にいるということは村なり街なりが近くにあるということだ。
この世界の文明レベルが高ければ自分を元の世界に戻すことのできる転送装置などがあるかもしれない。
ファンタジーのような世界でも同様の魔法、魔術が存在するかもしれない。
急がば回れという諺もある。
現地人に接触し協力を取り付けることが帰還への近道だと昂雅は考えた。
高い木にでも登ってみれば村か町を見つけられるか。
「オド!」
突如響いた二人の叫び声で昂雅は我に返った。
見ればシシルとカティナが怯えたような顔で昂雅の後ろを凝視している。振り返ると二メートルほど離れた茂みの下から黒い狼のような獣が這い出してきた。すぐにも飛び掛りそうな姿勢をとりながら真っ赤な目で昂雅を睨みつけている。
野犬か狼か昂雅には判別できなかったが、この獣が奇妙なことはすぐに分かった。
ジリジリと昂雅の方へにじり寄ってくるたびに背中や首筋から黒い粒子が舞い上がり、陽炎のように獣の輪郭を揺らめかせては消えていく。
オドという名の獣――いや、魔物なのか?
獣の黒い毛皮は木漏れ日の下に来ても光に照らされること無く不自然なまでに漆黒のままだ。歩くたびに草や落ち葉を踏みしめる音がするので実体はあるようだが。
こいつの正体はさておき、この狼が昂雅を腹の足しにしようとしていることは明らかだ。昂雅はゆっくりと身構えた。体はとても軽い。体内のナノマシンが疲労を取り除き常に体調が万全となるよう調整してくれているのだ。
昂雅が構えると同時に狼が短く吠えた。
それを合図に昂雅の左右の茂みからも黒い狼が一匹ずつ飛び出してきた。どちらも最初の奴と同じ大きさ、同じ外見をしている。三つ子だろうか。
新たに現れた二匹は猛スピードで昂雅へ突進、右側の奴が昂雅の足を左側の奴が喉元を狙って飛び掛かってきた。
なるほど一匹が囮となり、仲間の二匹が獲物を左右から挟撃する。これがこの獣の狩りなのだ。
昂雅が左右の二匹に意識を取られたのを見て正面の狼も喉元を狙って飛び掛かってきた。
四足獣の持つ俊敏さを生かした三位一体の素早い攻撃。
普通の人間なら喉笛に食いつかれ成す術なく組み敷かれていただろう。が、紫電昂雅は改造人間である。
彼の体内に注入された七千億のナノマシンは筋力のみならず、宿主のあらゆる身体能力を――動体視力や反応速度といった部分までも常人の及ばぬ域へと押し上げている。狼か野犬程度の獣に遅れを取ることは無い。
昂雅は焦ることもなく両腕で左右から来る獣の鼻っ面を殴りつけ、正面の一匹に前蹴りを御見舞いした。
後ろにいた子供二人が驚きの声を出す。
猛烈な勢いで飛び掛かった獣がキャインと哀れを誘う悲鳴を上げて地面に転がったのだから当然の反応であろう。
「もうちょっと手加減するべきだったか……」
苦しげに立ち上がる獣を前に昂雅は少し後悔した。彼は犬好きだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます