月に雲なんか、かかるなよ。

よつかど

第1話 「サイゴの一人」

ベンチに横になりながら、僕は月を見ていた。綺麗な満月の夜だった。

近くから、ブランコがギシギシと軋む音がする。横目でブランコの方を見ると、女子高生が一人、ブランコに乗りながらタバコを吸っていた。

彼女の吸っているタバコは、僕が父親の引き出しから奪ってきたセブンスター。


初めて彼女と会った夜、タバコを吸っていたのは僕の方だった。

けれど僕は、タバコの煙を肺に入れると、激しく咳き込んだ。それを見た彼女は、まだ先っぽしか火のついていないタバコを僕の指からそっと抜き取り、澄ました顔でタバコを吸った。その日から、僕は彼女のタバコ調達係だ。


彼女は僕と目が合うと、白い煙を吐き出して、二本の指で挟んだ短くなったタバコを地面に捨てた。


「いい加減、タバコとかやめろよな」

と言ってから気づく。

タバコを持ってくるのは僕じゃないか、と。

けれど、彼女と会うときどうしてだか、手ぶらではいられない。

いつも迷っては、父親の引き出しからタバコを盗む。

お菓子とか、アイスとか、はたまた女の子らしいアクセサリーとか、その他すべてがなんだか、彼女にあげるものとしてふさわしくない気がしたから。


「タバコ 持ってくるの"サイゴ君"じゃん」

彼女は地面に落ちた吸い殻を足で踏み潰しながら言う。


「そうだけどさ」


僕は彼女から視線を逸らして、再び月を見る。

彼女は僕のことを"サイゴ"と呼ぶ。

最後の一人だから、"サイゴ"

僕はこの名前がそこまで嫌じゃない。


この世界で、全く存在意味をなしていない僕が、少しだけ、存在していていいような、そんな気持ちになれるから。


彼女の足音が僕の方に近づいてくる。

僕はそっと目を閉じる。

お腹のあたりが急にズンと重くなる。

うっすらと目を開けると、彼女が僕の体に跨っていた。


「ねえ。今日はしてくれる? セックス」


「……しないよ」


彼女は深くため息をつく。


「こんな可愛いクラスメイトが、無料で、しかも優しく! してあげるっていうのに、どうしてかなぁ」


「興味ない」


僕は彼女から顔を逸らす。


「君が最後なんだよ?」

彼女がポツリと僕に言う。その声はひどく寂しそうで、僕の耳の中でこだました。


「君が、クラスメイトでただ一人、私とセックスしてない人」


僕は彼女を見つめる。

彼女は、悲しげでもなく、嬉しそうでもなく、ただ僕を見ていた。


「川端、重いよ。どいて」

そう言うと僕は、もう一度目を瞑った。

溢れ出す何かを堪えるように、ぎゅっと目を瞑った。川端を見たくなかった。


しばらくすると、僕の体にかかっていた、重圧は消えて、ただ川端の体温だけが残った。




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