第80話たった一人の理解者………
放課後国語研究室か……。
そういえばあそこに行くのも久しぶりな気がするな……。
夏休み明けからあまり顔を出していなかった……。
俺が部活に行っていない間も花は、あの部屋に行っていたのだろうか?
だとしたら何のために……?
いや……もう分かりきってることか……。
あいつのことは俺が一番よく知っているはずなんだから……。
だから、あいつがどういう気持ちなのかも俺には分かる。
分かっていた。
でも……その気持ちから逃げていた……。
昔だって今だって、俺はずっと逃げてきた。
あいつと幼馴染以上の関係になることを恐れていた。
今までの心地よい関係を壊したくない……。
そう思って、自分の心にいろいろと言い訳を重ねてきた。
でももう逃げるのはやめる。
花と俺の中にある感情にけじめをつけるときが来たんだ……。
ただ一人教室の隅にいた俺は、その場でそう決意する……。
「おーいお前ら。今日はよくやった! 片づけは明日でいいから今日はもうかえっていいぞー」
教卓の前に立っていた担任がそう声をかけると、教室にいたクラスメイトがぞろぞろと教室を出ていく。
俺もそれに便乗して教室を出ようと思ったのだが、少し時間を置く。
国語研究室に行く途中で花に会ったりしたら、気まずくなるに決まっている……。
あいつとはちゃんとあの教室で……。
俺たちが一番一緒にいたであろうあの場所で、しっかりと話したい。
担任が声をかけてから五分ほどが経ち、俺も国語研究室に向かった。
いつも行っていたはずの教室なのに、今日はやけに緊張する……。
国語研究室のドアの前に着くと、俺はそのドアを静かに力強く開ける。
開けた先に待っていたのは、夕日に照らされながら本を読んでいる花の姿だった……。
とても幻想的で、その美しい光景に思わず見入ってしまう……。
見慣れた容姿、見慣れた髪、見慣れた姿のはずなのに、今日の花はいつもと違うと感じてしまう。
俺が来たことに気づいた花は、本をぱたんと閉じて立ち上がった。
「あら? 遅かったわね」
静かに
「まあな……。俺なりに気を使ったんだよ。それで話ってなんだ?」
そうやって花に質問するが、もうだいたい何の話をするのかは察している。
この質問をしたのは単なる確認のためだ……。
俺に質問された花は、ふふっと小さく笑うと。
「そうね……。今日の文化祭のこと、そして、私たちの今後についてよ……」
っと言った。
まあ
逆にこの場面でそのこと以外に話すことなんてない。
「今日のこと、とても感謝しているわ……。あなたにも、橋川さんにも……」
花はそういって顔を赤くする。
「正直不安だったの……。また”前みたい”になるんじゃないかって……」
”前見たい”というのは中学二年生のころのことだろう……。
「でもいじめられるのは大したことじゃなかったのよ……。私が一番怖かったのは、またあなたに見捨てられるんじゃないかと思ったこと……」
花のその言葉を聞いて、俺の胸は張り裂けそうになる。
あの日のことを忘れた日は一度もない。
あの日から後悔してばかりだ……。
あの日、あの場所で花の手を取っていたら、まだ花と一緒に過ごせたのではないかと毎日思っていた……。
「そのことは……本当にごめん……」
こんな謝ることしかできない自分が本当に不甲斐ない。
俺の謝罪を聞いた花は、またしても小さくほくそ笑んだ。
「別に今更怒ってなんかいないわよ……。あなたにもいろいろ事情があったのだし……。それに、次は助けてくれたじゃない。例えあなたが何もできなかったとしても、私はその
そういわれた俺は、さっきとは別の意味で胸が苦しくなった。
見返りが欲しいとか、そんな理由で花を助けようとしていたわけではないが、俺のしたことが無駄なことじゃなくて、むしろ花のためになったのならとても嬉しいことだ……。
俺がそんなことを思っていると、花がちょいちょいと手招きをする。
俺は花の横に立つと。
「見て、この夕日」
っといって、花は窓の外に映し出されている夕日を指さした。
「とっても
「あぁ……。すごく綺麗だ……」
「どこか私たちに似ていると思わない?」
「そうか……?」
花のその言葉に少々戸惑う……。
花の言葉の意図がいまいち分からない。
俺が戸惑っていると、花が俺の顔の方を向いて
「えぇそうよ……。私たちの関係は簡単に言葉で表せるものじゃない……。でも、
そういわれて俺も納得する。
確かに俺たちの関係は言葉でどうこう表せるものじゃない。
でも、そんな俺たちの関係に最も近しいのは、あの夕日なのかもしれない……。
花は俺の方を向いていた首を、また夕日の方に向けると。
「不思議ね……。私たちは一度、離れ離れになってしまった……。それなのにまたこうして同じ高校になって、話をしている……。もしかしたら、運命の赤い糸なんかで結ばれていたりしてね」
「運命の赤い糸か……」
俺達は本当にそんなもので結ばれているのだろうか……?
そんなことを思う。
「でも俺たちは一度離れ離れになってしまった……。それなのに、本当にそんなもので結ばれているのか?」
俺がそう言うと、花はまたも優しく、小さく微笑んで。
「えぇ、確かに私たちは一度離れ離れになってしまったわ……」
「じゃあその糸はもう……ほどけてしまったんじゃないか?」
「ふふ……。馬鹿ね……ほどけてしまったのなら、もう一度、前よりも強く結びなおせばいいじゃない……」
俺は花のその言葉の意味が分からなかった……。
「つまり……。どいうことだ……?」
そう聞くと花は、夕日の方に向けていた体を俺の方に向かせて。
「矢須君……いいえ、優太……。ずっと前から大好きよ……」
っと、花は笑顔で告白をしてきた。
だが戸惑うようなことはしない。
もう分かっていたのだから……。
俺も彼女もずっと、同じ気持ちを
俺も花の方を向いて。
「あぁ……。俺もお前が……。花が大好きだ」
そういって俺は、花の右手を
「花は俺がいないダメだからな」
「何言ってるのよ。優太の方こそ私がいないとダメじゃない」
そういって二人して笑い合った。
花がいてくれたから俺はここまでやってこれた……。
花がいなかったら今頃どうなっていたか分からない……。
俺はいつも花のやさしさに助けられてきたのだから……。
そう思ったのは花も同じなのか。
「私たちは、お互い支え合わないとダメなのよ……。私も優太も、とても似ている。悪いところも、良いところもね……」
花のその言葉に少し疑問を覚える。
花は見た目も頭脳も全て完璧だ……。
とても俺と似ているとは思わなかった……。
いや……。
でもそれは
「分かってるよ……」
そういって俺は、花の手を握りながら、花の背中に寄りかかるように俺の背中をつけて……。
「だって俺だけが」
「私だけが」
「お前だけの」
「あなただけの」
「「世界でたった一人の、理解者なのだから――」」
君だけの理解者になりたい ラリックマ @nabemu
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