とある陰陽師の恋愛事情

白香堂の猫神

第1話とある陰陽師の恋愛事情

 はい、どーも、十八歳になります。陰陽師の稲月いつきこと、本名、長野 美月ながの みつきです。


 平安時代の様で何処か違う世界にトラック転生(未遂)で迷い込んで、若返ってから結構な月日が流れた。


 トラック転生(未遂)なので、厳密には異世界転移になるけど、若返った原因は今も解っていない。因みに私は成人女性(三十路が近かった)です。


 それがまぁ七歳児に若返って、なんやかんやあって陰陽師の師匠に拾ってもらって弟子になって、一人前になって陰陽寮勤めになってから……うん、長かった。


 そんな脳内で一人自己紹介をしつつ、夜道をフラフラ気の向くまま歩いていると、ゾワリとした気配が背後から漂ってくる。


 うわーお、殺気がすごーい。こっちを狙ってるのがバレバレでーす。


 あまりも解りやすいので、ふふふと笑ってしまう。気配的に大した事なさそうだし、もう少し連れまわして遊んでみようかなぁ?


 そんな悪戯めいた事を考えながら、歩いていると背後からグシャリと何かを潰す音と悲鳴というか、断末魔が聞こえて来た。


「油断するな、と、言ったはずだが? ……陰陽師」


「えー、気付いてたぞぉ」


 自分の背後、よりも少し上を意識しながら振り返った。


 思った通りの位置に、月を背にして青味かかった黒い翼の一人の天狗が居た。

 翼をはためかせた彼は私の傍に舞い降りると、日の下でなら青い目を半眼にして私の額を小突く。


「あまり悪ふざけをするな、半人前」


「もう、一人前ですぅ。屋敷持ってて、一人暮らしですぅ」


「化け物屋敷に暮らしていて、何を言う」


 呆れた様に天狗は言う。いや、化け物屋敷でも改装すれば住めるし、先住民と和解すれば住み心地良いのよ?


「今ならもっと良い屋敷を買えるだろうが、引っ越せばいい」


「えー、綺麗にするの苦労したんだよ? 屋敷の購入費より、修繕費の方がかかったんだよ? 引っ越すのもったいないだろー?」


「守銭奴な男は女に嫌われるぞ?」


 天狗の一言に私はべっと、舌を出して、その後に笑った。


 修繕費がもったいないのは事実だし、何より色々都合が良い上に、増えていく同居人こと人外達との生活は私にとって心地良い。

 誰が手放すものですか。


 そして、弟子入りする時から男として暮らしているからなのか、それとも身なりだけで判断しているのか、馬鹿なのか知らないが、昔から馴染みのあるこの天狗は女である事に気が付いていない。


 男扱いされるのは別に構わないが、そこまで気が付かないのか? と、ツッコミたい気もする、しないけど。


 私の性別は師匠や兄弟弟子、同居している人外達は知っている。私的な用事以外では男として扱ってくれるので、非常に助かっています。ありがとう、皆。


「で、いつまで夜歩きをするつもりだ? 陰陽師」


「ん? まぁ、見たい所は見たしねぇ。そろそろ帰りますか!」


 そろそろ帰らないと私の保護者を自称している人外達から、お説教をくらってしまう。


 自宅のある方へ足を向けて、歩き始めると天狗も隣に並んで歩き始める。


「あれ? 帰んないの? それともどっかに用事があんの?」


「子供を放っておいたら、襲われるだろう? ……送って行く」


「子供じゃねぇし! 成人してますぅ!」


「はは、その背丈で大人と言っても、説得力はないぞぉ?」


 にんまりと笑った天狗は、私の頭をポンポンと軽く叩いた。


 くっ、人が気にしている事を突いてきやがる。背が低いのは仕方がないとして、童顔が祟って子供に間違えられる事が多い、はっきり言ってイラッとする。


 前には無かったコンプレックスが今になって、できましたよ!


 天狗の手から逃れて、奴を睨みつけると何故か微笑まれた。解せぬ。


 こいつは本当に変わらない。


 初めて会った時から、なんだかんだと言って世話を焼いてくれる。それこそ子供扱いだけれど。


 今だって、子供の姿だった時の延長線で、ついて来てくれている事だって解っている。


 解っているけれど、いつの頃からか、ちょっとくらい大人として扱って欲しいと思い始めていた。


「はー、本当。いつになったらこいつの中で、俺は『大人』になるのかね」


「……何か言ったか?」


「なーんにも」


 つい零れた本音をごまかすために、いつもの飄々とした口調と笑顔で首を横に振った。


 本当に、難聴系な天狗だよ。


 視界から追い出してこっそりため息を吐いた。


 大人扱いして欲しいと願っているのは、女扱いして欲しいと私が思っているから。

 男のフリをしているのに、自分からその生き方を選んだのに、矛盾してしまう。


 それもこれも、こいつを好きになってしまったのが悪い。


 初めはただの妖怪としか思ってなかった。でも、長く世話を焼かれているうちに、過ごしているうちに、こいつのカッコイイところとか色々、気が付いてしまったわけで……。


 気が付けば、惚れてましたよ。心を射貫かれましたよ! コンニャロー!


 難聴系ド天然な、天狗なのに!


 眉にしわが寄るのが解る。でも、こいつの傍から離れたくないと考えてしまうあたり、重症だ。


「で、天狗。最近どうよ? お山は平和?」


「ん? 変わらぬよ。お前が都に居ると知っているからな、下手に暴れたりはしないさ」


「あ? どういう意味だコラ!」


「人間なのに妖と同じくらい怖い。と、俺の山では常識になっているな」


 にこやかに言ってくれた天狗の頬に手を伸ばして、力の限りつねった。


 悲鳴を上げた天狗は逃れようと、私の弱点……脇腹に手を伸ばしてくすぐり始める。


「うひゃひゃ!? ちょっ、やめっ!」


「ひゃ、ひゃめてほひいなは、ほにょへをはなふぇ!」


「そ、そっちが……ふひっ、やめればっ……ひゃわ!?」


 どっちが先にやめるかを巡ってじゃれ合っていると、私達の身体がグラリと傾いた。


「「あ」」


 ヤバイと思った時には私は天狗に押し倒される形で、倒れていた。


 背中を打ち付けるのを覚悟したが、痛みはやってこない。代わりに視界に広がったのは紺色の着物の合わせだった。


「大丈夫か?」


 頭の上から降って来た声に顔を上げると、こちらを心配そうに見つめる天狗と目が合った。


 それも鼻先が触れるか触れないかというくらい、顔が近い状態で。


「―――っ!」


 あ、これは駄目、無理。


 あっという間に私の頬が熱を帯びる。さすがにここまで近いと、誤魔化せない。

 言葉では答える事ができず、首を縦に振る事で答えると、天狗はほっとした様に息を吐いた。


 私を抱えたまま起き上がると、天狗は私を地面に座らせた。そこで解放された私は、離れていく腕に気まずさを装いながら、少しだけ俯く。


「……ふざけすぎた、すまん」


「次は気を付けろよ、お子様陰陽師」


「うー」


 今回は言い返せず、膨れてしまう。こういう態度が子供と言われる原因だけれど、やめる事はできなかった。


 立ち上がって、再び歩きだす。今度は私が天狗の後ろを歩く形で。


 おりてきた沈黙に私は内心、冷や汗をかいていた。

 さっきの態度は男に対してとるには、可笑しかっのではないだろうか?

 気持ち悪く思われなかっただろうか?


 グルグルと考えながら、行きつくのは『嫌われたくない』の一つだけ。些細な事でもこいつとの距離が変わってしまうのが怖いのだ。


「着いたぞ、陰陽師」


「へっ!? あぁ、本当だ」


 顔を上げると見知った自宅の門が見えた。


 いつもの様に笑うと、天狗を追い越して門に手を掛けた。


「じゃ、ありがとねー。また、よろしくぅ」


 振り返っていつもの調子で、手を振る。


「あぁ、またな」


 満面の笑みで答えた天狗は、夜空の中へと飛び去っていく。あいつが見えなくなるまで見送ってから、門に背中を預けた。


「あの笑顔、反則でしょ……」


 再び熱くなった頬を押さえ、天然タラシ天狗めと心の中で私は叫んだ。



 自分の住処へと空を翔けながら、俺の頬はずっと緩みっぱなしだ。


 気まぐれに助けて、後に助けられた生意気かつ面白い童。


 すっかり馴染みとなった陰陽師は秘密が多い女だった。そう、女。


「……いい加減、気付いて欲しいがなぁ」


 もし、自分が彼女の秘密のうち、一つを知っていると言ったらあの娘は、何て言うのだろう?

 お前が女だと解っていると。


 さりげなさを装って、女扱いしている事さえ気付かないがな、あの娘は。


 いつだったか、あの娘の兄弟子だという陰陽師が、ため息交じりに言っていたな。

 あいつは自分以外の事には聡いのに、自分の事になると鈍感だと。


 本当にその通りだ。


 夜回りをするたびにこうして、山を下りるのも。

 軽口や触れる事を許しているのも。

 化け物屋敷からの引っ越しを勧めるのも。

 全て、あの娘……稲月を好いているからだと、それも妻にしたいと考えているというのに、気付かない。


「今回は良いものが見れたな」


 抱き留めた時にこちらへ向けた顔を、稲月は自覚しているのだろうか?


 生意気な少年ではなく、初心な少女の顔だったという事に。


「本当に、気付け……稲月」


 呟いた言葉は夜空へと消えていった。



 これは『自分が男だと思われているから、好意を隠す』陰陽師と『さりげなさすぎて、好意に気付かれない』天狗の恋事情。


 しかし『自分に向けられる好意に鈍感』なところが似ている二人は、お互いに両思いという事に全くといって、気が付いていない。


 両片思いな二人がどうなっていくのかは、また、別の機会のお話。

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