延長戦 第16戦:梅と萩と竹~ヒロインのすゝめvol.2

 とある昼時の、二年三組の教室にて――。



「はあ? 巨乳と貧乳、どっち派かって?」


「はい。先輩は、どちらかと思いまして」



 そう訊ねる竹郎に、梅吉は肩を竦めさせて。



「おい、おい。随分と野暮な質問だなあ。どうせお前等、大きい方が好きなんだろう?」


「いや、いや。それが、足利は貧乳派なんですよ」


「なっ、俺は別に……。ただ、大きいよりは小さい方が可愛いと思っているだけだ。

 大体、人は見掛けじゃない。大切なのは中身じゃないか」



 そう強く宣言している萩に、

「コイツ、言っていることは立派だが、紅葉ちゃんに一目惚れだった癖に……」



 梅吉はじとりと目を細めさせ。白い目で見つめるものの。



「まあ、確かに萩の言うことも一理ある。大きさだけに拘っているようでは、まだまだだな。

 いいか。胸というのは身体の一部分に過ぎず、それだけで人を判断するのは間違っているぞ。大体、胸は脂肪だろう。大きさなんて、大抵は体型で決まっちまうじゃないか」


「確かに。言われてみればそうですね」


「だろう。それに、第一、女の子というのは存在自体が尊いんだ。

『元始、女性は太陽であった』という平塚らいてうの言葉通り、まさに女の子は太陽であり、いつの時代も男を照らしてくれている。男がこうして生き長らえてきたのも、女の子が存在しているお陰だ。お前等、例えば人間が雌雄同体生物だったとしたら、どうだ? 子孫を残そうなんて思うか? 思わないだろう。

 だから、俺達は女の子が存在してくれていることにまず感謝しなければならず、そんな狭い料簡で批評するのなんて以ての外だ」



 熱く語る梅吉に、竹郎はぱちぱちと軽い拍手を送り。



「成程、さすがは先輩だ。散々女の子を泣かしてきてはいませんね」


「ははっ、まあな……って、ちょっと待て。俺は女の子を泣かしてはいないぞ。まあ、そういう所に目がいっちまうのも、まだ青いから仕方ないか。

 そうだなあ。強いて言えば、俺も大きい方が好みだな。でも、胸よりも、やっぱ一番は抱き心地だな。細い子よりもそれなりに肉付きの良い子の方が、柔らかくて気持ちいいんだよ」



 梅吉の語りが続く中、一方、直ぐ近くの廊下では。


 牡丹と雨蓮が肩を並べて歩いており。



「いつも悪いな」


「別にいいよ。雨蓮が何かしら忘れ物するのは、いつものことだし。数学の教科書だったよな? 直ぐに取って来るからって……」



 教室に一歩足を踏み入れた途端、牡丹はぐにゃりと眉を曲げ。思いっ切り、顔を歪めさせる。


 そんな彼の崩れた面を余所に、梅吉はそちらに向かって手を挙げて。



「よう、愛しの弟よ……って、なんだよ、その顔は」


「いえ、別に。ただ、また来たのかと思って」



「それだけです」と述べるものの、しかし。牡丹はくいと口を尖らせており。


 その尖がり具合をそのままに。



「それで。今日もなにしに来たんですか?」


「なにしにって、そりゃあ勿論、栞告ちゃんに会いに。

 で。栞告ちゃんはまだ戻って来ないのか?」


「さあ。女子ならまだ着替えているんじゃないですか? 前の時間、体育だったので。

 それで。随分と盛り上がっていたみたいだけど、一体なんの話をしていたんだ?」


「なんのって、そうだなあ……。うん、猥談だな。

 そういう訳だから、牡丹。暫くの間、耳を塞いでいろよ」


「えー、耳を塞げって。俺、まだ昼飯食べていないのに……」



 ぶつぶつと文句を溢すも、仕方がないとばかり。素直に耳を塞ぐ牡丹に。



「え、なに。ウチの弟、いつもこんな感じなのか?」


「はい。いつもこんな感じですよ」



 きょとんと目を丸めさせる梅吉に、竹郎はさらりと返す。


 それを聞くや、梅吉は呆れ顔を浮かばせて。



「おい、おい。牡丹も男なら、猥談の一つくらいできるようになれよなー」


「別にいいじゃないですか、放って置いて下さいよ」


「牡丹、それなら俺のクラスで食べるか?」


「そうだなあ。どうせ梅吉兄さんも居座るつもりだろうし」



 雨蓮の提案を受け入れると、牡丹は弁当を持ってその場から撤退し。



「なんだよ、牡丹の奴。出て行くなんてつまんねえなあ」


「まあ、まあ。牡丹がこの手の話題に乗って来ないのは、いつものことですから。

 それよりも、先輩。あんなこと言っちゃって良かったんですか?」


「あんなことって?」


「だから、好みの女の子についてですよ。先輩も巨乳派で、肉付きの良い子が好きだって。神余が知ったら、ショックを受けちゃうんじゃないですか?」



 にたにたと、気味の悪い笑みを浮かばせる竹郎に。一方の梅吉は、彼の予想とは異なる表情をさせて。



「はあ、何を言っているんだ? まあ、確かに栞告ちゃんは着痩せするタイプだからな」


「え……。それって一体……」



 どういう意味なんだと、問う前に。梅吉の興味は別の所に魅かれ。



「あっ、栞告ちゃん! かーこーちゃん!」


「きゃあっ、先輩!? えっと、今日はどうしたんですか?」


「んー? 栞告ちゃんと一緒にお昼を食べようと思ってさ」


「そうですか。そしたら早く食べましょう。時間、なくなっちゃいますよ」


「そんなこと言って。俺から離れようとしているでしょう?」


「そっ、そんなことは……! だって、なんだかいつも以上に見られているような気がして……。

 恥ずかしいので離れて下さい!」



 きゃあきゃあと、小さな悲鳴を上げながら。必死に胸板を押し返して来る栞告には構うことなく。梅吉は、周囲の視線を遮断するよう。


「男って、単純だな」

と、自分のことは棚に上げ。彼女に引っ付きながらもそう呟いた。

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