延長戦 第17戦:松と藤~長男のお留守番奮闘記!(前編)

 とある町内の、商店街にて――。


 ふんふんと小さな鼻歌を口遊みながら、藤助は芒の小さな手を引いて歩いており。けれど、不意にぴたりと足を止め。



「っと、ここだ、ここだ」



 そう言って立ち止まったのは、白い横長のテントの前で。紅白の垂れ幕が自然と目を引き付ける。


 藤助はにこにこと満面の笑みを浮かばせながら、ハッピを着た店員へと紙切れの束を渡し。



「さあ、芒。よろしくね。できたら三等のお米・五キロがいいなあ……!」



 藤助は貼られてあるポスターを見つめながら、うっとりと目を細めさせて告げる。


 そんな一時の夢を見ている彼の横で、芒は澄ました顔で抽選機の取っ手へと手を掛け。ガラガラと回すこと、数回。ころんと玉が飛び出した。


 それは金色に輝いており。一拍の間が置かれてから、からん、ころんと甲高い鐘の音が鳴り響く。



「おめでとうございます、特賞でーす!」


「へ……、特賞……?」



 ぽかんと間の抜けた顔をさせる藤助を他所に、その場にはいつまでもからんからんと軽快な音が鳴り続き。



「じゃっじゃーん! 見て、見てー!」



 帰宅するなり、『目録』と書かれた白い封筒を見せびらかす四男に。牡丹等は、先程の彼同様ぽかんと目を点にさせる。


 そんな彼等を置き去りに、藤助はほくほく顔をそのままに。



「商店街の福引で芒が当てたんだ。特賞だよ、特賞。二泊三日の温泉旅行だって」


「ふうん、温泉旅行か。さすが芒、相変わらず運がいいな」


「本当。特賞だって言われた時は、びっくりしちゃったよ。

 でも、この温泉旅行、一組二名までなんだよね。一人は当てた芒で決まりだけど、もう一人は誰が行く?」



 藤助が問い掛けるも、その直後。ぴょこんと小さな手が上がり。



「僕はいいよ」


「えっ? 『いい』って、芒は行かないってこと?」


「うん。旅行ならこの間、みんなで行ったから。だけど、おじいちゃんだけ行けなかったから、おじいちゃんが行けば良いと思うんだ」


「そう言えば、そうだったな。じいさんって、いっつもタイミング悪いもんなー。

 そしたら、藤助とじいさんとで行ってくればいいんじゃないか? せっかくの親子水入らずでさ」



 にやにやと気味の悪い笑みを浮かばせる梅吉に、一方の藤助は。



「えー、でもー……」


「なんだよ。じいさんと行きたくないのか?」


「そうじゃなくて。その間、家事はどうするの? 家のことができるの、牡丹と芒だけじゃない。二人だけにやらせるのは可哀相だよ」



 ちらりと二人の顔を見つめながら、藤助がそう返すも。



「なに、その間だけ家事代行サービスでも頼めばいいだろう」



 横から道松が淡々と訴えるも、本来の狙いとは反対に藤助の態度は返って悪化し。



「それじゃあ、お金が掛かるじゃん。道松ってば、豊島家に復縁してから金遣いが荒くなったよね」


「本当、藤助の言う通り、なんでもかんでも直ぐに金で解決させようとして。これだから嫌味たらしいお坊ちゃまは。すっかり豊島家色に染まっちまったよなー」



 はあと、たっぷりの息を吐き出しながら。藤助に同調するよう、梅吉はじとりと道松を見つめる。


 すると、彼の眉間には平常以上に皺が寄っていき、そして。



「ああっ!? 誰がなに色に染まっただと?」


「だからー、あんだけ嫌がっていた豊島家色にだよ、道松坊ちゃま」


「このっ……、坊ちゃまって呼ぶな!」


「なんだよー。本当のことだろう? 金遣いの荒い道松坊ちゃま。

 こういう時くらい長男なんだから、『俺に任せろ!』くらい言えないのかねー。でも、道松坊ちゃまだもんな、難しいかー」



 口元に手を当て。けれど、くすくすと明らかに小馬鹿にしている梅吉に、道松は分かっていながらも簡単に挑発に乗ってしまい。



「だったら藤助が留守の間、俺が代わりを務めてやる――!」



 てな具合で、旅行日当日――……。


 玄関先で藤助は、不安げな表情を揺らし。ちらちらと、半ば得意げに腕を組んで仁王立ちしている道松を見つめ。



「ねえ、道松。本当に大丈夫? やっぱり皿洗いだけでもしてから行こうか?」


「何度もしつこいな。平気だと言っているだろう。いいからさっさと行け、電車に乗り遅れるぞ」



 いつまでもその場から動こうとはしない藤助を、道松は無理矢理送り出し。扉が閉まったのを確認してから、リビングへと戻る。


 その足で、そのまま台所へと向かい。



「さてと、まずは皿洗いからか。スポンジに洗剤を付けて洗えばいいんだよな?」



 道松は早速皿を手に取り、スポンジで汚れを落としていこうとするものの。刹那、つるりと手を滑らせ、がっしゃーん! と甲高い音がその場に強く鳴り響く。


 その音にテレビを見て寛いでいた牡丹並びに兄弟達は、びくんと肩を跳ね上がらせ。一斉に画面から顔を上げ。



「あーあ、早速割っちまったな。お兄ちゃんってば、なにをやっているんだよ」


「う、うるさいな。たかが一枚だけだろう」



 どうにか平常を取り繕いながらも、道松は引き続き皿を手に取るが、しかし。がっしゃん、がっしゃん、がっしゃん! と、立て続けに何度も高音が奏でられ。



「道松兄さん? 今、また割ったよね? しかも、何枚も……」


「おーい、お兄ちゃん。皿洗いじゃなくて、皿割りになっているぞー」


「このままだと家中の食器がなくなっちゃうよ」



 ひそひそと、声を潜め。牡丹達は互いに困惑顔を突き合わせる。


 そんな声を道松は、

「うるさい!」

と、一言。一掃させる。


 が。


 スマホを手に取り。



「おい、陽斗。皿を買って来い。え? どんなって、画像を送るから、同じ物を買って来い。藤助のことだ、どうせその辺に売っている安物を買ったに違いない。

 いいから同じ物だぞ、同じ物だ。なんでかって? アイツに皿を割ったなんて言えるか!」



 その後も本人の意思とは裏腹に、残念ながら音が鳴り止むことはなく。



「……ふう、皿洗いは無事に終わったな」


「おい、おい。どこが無事だったんだよ。たかが皿を洗うだけで、一体何時間掛かっているんだ?」


「しかも、結局、何枚割ったの? 割らなかった皿を数えた方が早いよね」



 一人遣り切った顔をさせている道松を他所に、牡丹等は部屋の片隅に置かれている陶器の破片ばかりが詰め込まれたゴミ袋をじとりと見つめる。



「まさか、道松兄さんがここまで不器用だったとは。思ってもいなかったよ」


「何を今更。コイツ、ドが付くほど不器用だぞ。蝶々結びすら、まともにできないくらいだ。爪だって自分で切れなくて、いつもこっそり藤助に切ってもらっているしな」


「へえ、そうだったんだ……」


「よし、次は掃除だな。で。

 おい、牡丹。掃除機はどうやって使うんだ?」


「え? どうって……。普通に電源を入れればいいだけだよ」



 なにをおかしなことを言い出すんだと、頭上にクエスチョンマークを浮かばせながら。牡丹は一通り使い方を教えてやる。


 それが終えると、道松と入れ違う形で芒が珍しくも大きな瞳に不穏の色を浮かばせながら近づいて来て。



「ねえ、牡丹お兄ちゃん。道松お兄ちゃんに任せて本当に大丈夫?」


「大丈夫かって、たかが掃除機を掛けるだけだし平気だろう。それに、道松兄さん、言い出したら聞かないしなあ」



 牡丹が愚痴混じりに溢した直後、辺りからどったん、ばったんと鈍い音が響き出し。その音の出所へと、牡丹は駆け足で向かい。部屋に飛び込んだ瞬間、ぼんっ! と白い煙が目の前を遮る。


 それが晴れると、その場には呆然と立ち尽くしている道松の姿と、傍らには未だ名残とばかり薄らと煙を出している掃除機がぽつんとあり。



「掃除機、壊れちゃったよね……? 道松兄さん、一体なにをしたの!?」


「なにって、俺は普通に使っていただけだぞ」


「あーあ、せっかくテレビに出てもらった商品なのに。藤助が知ったら、さぞかしショックを受けるだろうなあ」



 じとりと牡丹と梅吉が訝しげな視線を送ると、道松はすっと顔を逸らしながらもスマホを再度取り出し。



「おい、陽斗。掃除機も買って来い――!」






 暗転。






 日はいつの間にか、とっぷりと暮れ。けれど、リビングには、ぐうぐうと悲しげな音が鳴り響く。それに続き、芒の喉奥から悲痛の音が漏れ。



「牡丹お兄ちゃん、お腹空いたあ……!」


「芒……。そうだよな、お腹空いたよな」



 牡丹も末っ子同様腹を抱えさせるが、かと言って、未だ掃除機と格闘中の長男に言い出せる勇気など持ち合わせてはおらず。どうしたものかと思案していると、不意にピンポーンと甲高い音が部屋中へと鳴り響き。



「おっ、来た、来た。

 おい、牡丹。お前も来い、運ぶのを手伝え」


「手伝えって、一体なにを……」


「なあに、聞いて喜べ。今夜は寿司パーティーだぞ」


「寿司パーティー? 寿司って、梅吉兄さん、いつの間に頼んだの?」


「ふっ。こうなることは、端から分かっていたからな」


「だからって、なにも寿司でなくても。しかもこの店、高級店じゃん。

 それに、こんなに頼んで一体いくらしたの? ちゃんとお金は払えるの?」


「なあに。どうせ藤助達だって、宿で美味しいもんを食べているんだ。俺達だって少しくらい、良い物を食べても罰は当たらないだろう? それに、支払いは全部道松持ちにしたしな」



(梅吉兄さんってば、まさか、こうなることを見越して道松兄さんを焚き付けたんじゃあ……。)



 いや、悪知恵の働く次男のことだ。きっとそうに違いないと、けらけらと笑声を上げている彼を傍らに牡丹は強く確信し。


 こんな調子で、果たして、四男のいない日々を過ごし切れるのだろうかと。残り二日間、天正家には不安ばかりが付きまとうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る