延長戦 第11戦:牡丹と紅葉~Darling×Darling(後編)
どうにか無事にお返しも買え、後は渡すだけという段取りになるも。
牡丹は自室のベッドの上で、胡坐を掻き。例の小箱を前にして、腕を組み……。
(チョコのお返しだし、普通に渡せばいいよな。でも、普通って、どう渡すのが普通なんだ? チョコのお礼だって言って渡せばいいのかな。)
目を瞑り、ぐにゃりと頭を捻らせていると、がさごそと不審な音が耳を掠め。
その音に目蓋を開かせると。
「げっ、馬鹿親父――!?
いつの間に帰って来たんだよ……って、それ――!!!」
桐実の手の中に収まっている小箱に目がいくや、牡丹のそれは勢いよく飛び出し。
「なに勝手に開けているんだよ!?」
「んー? たった今、帰って来たばかりだけど。
いやあ、フランス楽しかったなー。本場で食べるガレットは、やっぱり一味違うよね。お土産もたくさん買って来たよ」
「だから、なにを開けているんだって訊いているんだよ! 早く返せよ」
「えー。これ、パパへのプレゼントじゃないのー?」
「んな訳あるか! 誰が親父なんかに。そんなに欲しいなら、代わりに拳をくれてやる!」
そう言うと牡丹は思い切り拳を突き出すが、桐実はひょいと躱してしまう。
その後も、牡丹の拳が桐実を捉えることはなく。その間にも、彼は包装を解いていく。けれど、急にぴたりと動きを止め。
「牡丹。パパ、こういうのはあまり感心しないなー」
「はあ? なにがだよ」
「大切なことは、ちゃんと自分の口で伝えないと」
牡丹は意味が分からないと、首を傾げさせるばかりで。そんな彼の手元に、桐実は一枚の紙切れをぴんと指で弾き飛ばす。
手の中へと降って来たそれを目にするなり、またも牡丹の目ん玉はぽーんと勢いよく飛び出し。
「なっ、なっ……。なんだよ、これ……!」
(あの店員――っ!??)
紙に書かれていた文字の羅列に、牡丹はわなわなと。身体全体を震わせる。
顔を真っ赤にさせたまま。
(確かにお任せしますって言っちゃったけど、でも、だからってなんでこんなことを書くんだよ。ちゃんとバレンタインのお返しだって言ったのに……!)
紅葉に渡す前に気付いて良かったと心底思うものの。その一方で、憎き父親のお陰かと思うと腹立たしく。
複雑な心境をそのままに。牡丹はカードを抜き取ると、桐実によって解かれてしまった包装紙を丁寧に包み直していく。
が。
(畜生、みんなして俺のことを馬鹿にしやがって。俺が一体なにをしたって言うんだよ。いや、寧ろしないからか? あの時の返事、まだ紅葉にちゃんとしていないんだよな。何カ月も経っちゃっているし、いい加減、しないとだよな。するならやっぱりこのタイミングか? でも、今更だよなあ。
だけど、この機会を逃したら、もう後がないような。かと言って、返事をする以前に、そもそも肝心な答えがまだ決まっていないんだった……。)
牡丹の苦悩は、延々と続き。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
翌日――……。
「えっ。牡丹、風邪引いたんですか?」
「うん。風邪といっても、発熱だけだけどね」
きょとんと目を丸くさせている竹郎に、藤助はへらりと苦笑いを浮かばせる。
「昨日の夜、急に熱を出しちゃって。なんか呻き声が聞こえるなと思ったら牡丹の部屋からで、ずっとうなされていたみたいでさ。ストレスが原因らしいから、どうしようもなくて……。
えっと、古河さんだっけ? 牡丹にチョコくれたのって。これ、お返し。牡丹から渡すよう頼まれたんだ」
「きゃあっ! ありがとうございます、藤助先輩。
やーん、先輩の手作りクッキーだ」
「ははっ。ごめんね、古河さんは三倍返しが良かったんだよね?」
「えー。先輩のクッキーなら、五倍分にはなりますよー」
「そう? それなら良かったけど。
えっと、後は剣道部の子達に渡せばいいのか」
牡丹からのお遣いをしている藤助を見送ると、竹郎は湿った息を吐き出させ。
「牡丹の奴、甲斐さんへのお返しを買うだけで、昨日は随分と頭を使っていたからなあ。あまりの緊張っぷりに、店員にまで笑われていたっけ」
自身も少しからかい過ぎたなと、竹郎は反省し。
暗転。
ピピピ……と甲高い音が、室内中に鳴り響き。牡丹は脇の下から体温計を取り出すと、上手く焦点が定まらないながらも画面を眺める。
「駄目だ。熱、全然下がらないや。やっぱり藤助兄さんに、紅葉の分も頼めば良かったな」
(でも、梅吉兄さんが自分で渡せってうるさかったし。)
しかし、この調子ではいつ熱が下がるだろうと。全く以って良くなる兆しの見えなさに、牡丹は深い息を吐き出させる。
ごろんと、本日何度目になるだろう寝返りを打ち。
(答え、結局まだ出せてないし……。)
じわじわと、再び熱が上がっていくのを感じながら。牡丹は枕に顔を強く押し付ける。すると、こんこんと。遠慮深げなノックの音が、突如室内に鳴り響き。
「あっ、あの。牡丹さん、起きていますか……?」
「紅葉……?」
牡丹は枕から顔を上げさせると、外に向かって声を掛け。
「あの、大丈夫ですか? 熱を出されたと伺ったんですけど」
「うんと、まあ……」
牡丹は適当に誤魔化すと、ちらりと紅葉の顔を盗み見て。
「あのさ。えっと、その、これ、チョコのお返し……。たいした物じゃないけど」
「え……。いいんですか?」
訊ねる紅葉に、牡丹は小さく頷いて見せ。彼女は了承を得てから、箱のリボンをゆっくりと解いていく。
蓋を開けた瞬間、紅葉の瞳はきらきらとたくさんの光を散りばめさせ。
「わあっ、可愛い……!」
ふわりと微笑んで見せる紅葉に、牡丹は思わず視線を逸らし。適当に宙を漂わせていると、横からまた小さな声が上がり。
「あれ、床になにか落ちていますよ。えっと、カードみたいですね。『I love you.』って……」
瞬間、紅葉の顔が熟した林檎みたく真っ赤に染まり。それと同時、牡丹はがばりと布団を蹴飛ばして起き上がる。
彼女の手から、奇声をあげながらも急いでそれを引っ手繰り。
「あーっ!?? わー、わー、わーっ!!
ちが、これは店員が勝手に書いただけで、俺はこんなこと頼んでなくて……」
ぐるぐると、目を大きく回しながら。牡丹は必死に弁解を述べようとするものの、その最中。彼は、ごんっ! と頭から盛大に床へとダイブする。
その光景に、紅葉は悲鳴を上げ。
「きゃあっ!? 牡丹さん、大丈夫ですか?
牡丹さん……? 牡丹さん!?」
紅葉に軽く揺すられるも、彼が目を覚ますことはなく。
その後、三日間。高熱で寝込み続ける牡丹であった。
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