延長戦 第10戦:牡丹と紅葉~Darling×Darling(前編)

「もう直ぐか……」



 じろじろとカレンダーを眺めながら、牡丹は深い息を吐き出させ。



「もう直ぐホワイトデーか……」



 いよいよ来てしまうんだと、迫り来る日付けに。もう一度、湿った息を吐き出させる。



「お返し、どうしよう。まだ何も用意していないのに。古河の奴、三倍返しってうるさいしなあ。変な物をあげたらすごく怒りそうだし。本当に、何を返せば……」



 うろうろと室内を歩き回りながら。牡丹は考え込むも、何一つとして良いアイディアは思い付かず。


 けれど、突然ふっと面を上げさせて。



「あっ、そうだ。兄さん達は、どうしているんだろう?」






 暗転。






「えっ。ホワイトデーのお返し?」


「うん。兄さん達はどうしているのかと思って」



 牡丹がそう訊ねると、藤助は洗濯物を畳んでいた手を休ませ。



「そうだなあ。俺達は毎年、みんなクッキーを返しているよ。お菓子なら残らないから無難かなって」


「クッキー?」


「うん。全員に返すとなると金銭的に厳しいから、俺がみんなの分もまとめて作っているんだ。まだ用意していないなら、牡丹の分も一緒に作ろうか?」


「えっ。いいの?」


「ついでだし、その方が安上がりで済むしね。何人分いるの?」


「それじゃあ、六人分で」



 これで万事解決だと、牡丹が喜びに浸かろうとしたのも束の間。


「ちょっと待った!」

と、横から制止の音が上がり。


「まさかとは思うが……。その人数の中に、紅葉ちゃんまで入れてはいないだろうな?」

と、怪訝な面を浮かばせた梅吉が訊ねる。


 牡丹は、きょとんと目を丸くさせ。



「えっ? そうだけど……。それがどうかしたの?」


「『どうかしたの?』じゃないだろう! 何を考えているんだ、お前は。

 いいか、義理チョコと本命チョコとでは、お返しは別だろう。しかも、あーんな大きなハート型のチョコケーキをもらっておいて、義理の子達と同じ……、しかも、藤助お手製のクッキーを返すなんて」



 ふう……と鼻から息を吐き出させ。呆れた面を浮かばせる梅吉に、牡丹は何も言い返せず。


 結局。



「お返しなんて。何をあげたらいいんだよう……」



 問題は、三歩進んで二歩下がるといった所だろうか。項垂れた頭が、とうとうごんっと机にぶつかる。その鈍い音に、前の席の竹郎はくるりと振り向き。



「なんだよ、牡丹。まだ用意していなかったのか? ホワイトデー、明日だぞ」


「知っているよ、知っているから焦っているんだろう。

 古河達の分は用意できたんだけど、紅葉の分が……。同じのにしようとしたら、梅吉兄さんから駄目出しを食らってさ」


「そりゃあ……」



 そうだろうと思ったものの、竹郎は続きを述べることはなく。代わりに一つ、息を吐き出させる。



「甲斐さんならその辺に転がっている石をあげても、お前からなら喜びそうだけどな」


「うっ……、さすがにそれはないだろう。でも、女の子の欲しい物なんてよく分からないし、やっぱり古河達の分みたいに無難にお菓子でもあげればいいか」


「でもさー。お菓子と言っても、一体何をあげるんだよ」


「なにって、そうだなあ。やっぱりクッキーとか?」


「……お前、ちゃんと知っているのか?」


「知っているって、何が?」


「意味だよ、意味。ホワイトデーに返すお菓子には、それぞれちゃんと意味があるんだよ。マシュマロは『嫌い』、クッキーは『友達でいよう』、キャンディーは『好き』といった具合でな」


「げっ、そうなのか?」


「ああ。それで、甲斐さんにはなにをあげるんだ? クッキーか、それともキャンディーか?」



 にたにたと気味の悪い笑みを浮かばせる竹郎から、牡丹はふいと顔を背け。



「そ、それじゃあ、アクセサリーとか……?」


「アクセサリーか。まあ、いいんじゃないの?

 でも、アクセサリーをプレゼントするのって、束縛したいって思いの表れだって言うよなー」


「お前、絶対に面白がっているだろう!!」



 怒り出す牡丹に、竹郎は口先ばかりで謝り。






 閑話休題。






 お詫びとばかり竹郎の提案兼案内の元、牡丹はとある雑貨店の前までやって来るも。外装から既に溢れ出ているファンシーな雰囲気に、思わず躊躇させられてしまう。


 いつまでも立ち止まったままの牡丹に、竹郎は首を傾げさせ。



「おい、牡丹。なにをぼさっとしているんだよ。早く中に入ろうぜ」


「入るって……。なあ、他の店にしないか?」


「なんだよー、せっかく教えてやったのに。この店が気に入らないのか?」


「だって、なんか入り辛いじゃん」


「そうは言っても、女の子向けの雑貨を扱っている店なんて、どこも似たようなもんだと思うぞ」


「わ、分かったよ、分かった。さっさと選んで、さっさと帰るぞ」



 そう竹郎に言い包められると、牡丹は意を決っして漸く中へと入って行くが。



「うわっ……。こんなにたくさん売っているのか」



 この中から選び抜かなければならないのかと、牡丹は気が遠くなりながらも身を小さくさせ。こそこそと、やや怪しげに店内を見回る。


 数十分後――……。


 ヘアアクセサリーのコーナーに差し掛かると、やっと彼の瞳がぴたりと止まり。



「あ、これ……」



(紅葉に似合いそうかも。)



 そう思って手に取ると、横から竹郎が顔を突き出し。



「それにするのか? ふうん、良いんじゃないか。あとは買うだけだな」


「あ、ああ……」



 竹郎に促されるよう、牡丹はレジへと向かい。俯いたまま、ことんと商品をカウンターへと置く。


 すると、直ぐにも店員が気付き。



「いらっしゃいませ。こちら、プレゼント用ですか?」



(プレゼント用かって? 当たり前だろう。俺がこんな女の子物のヘア留めを付けるとでも思っているのか?)



 心の内で悪態を吐くも、牡丹は小さく頷き。



「それでは、ラッピングはどうなさいます?」


「へっ!? ラッピングって……」


「当店では無料でラッピングサービスを行っておりまして、このようにお包みすることができますが」



 店員は見本品を取り出すと、それを見せながら説明する。


 一方の牡丹は不意打ちとばかりの接客に、戸惑いつつも考え込み。



(そっか。プレゼントなら、ちゃんとラッピングもしないとだよな。それに、どうせ無料だし。)



 その考えに至ると。



「それじゃあ、お願いします」


「かしこまりました。それでは、包装紙のデザインですが……。こちらの三種類からお選び頂けますが、どれになさいます?」


「包装紙!? そ、それじゃあ、これで……」


「かしこまりました。それでは、リボンの色はどうなさいますか?」


「リボン!? リボンって、えっと、えっと……」


「そうですね。この柄の包装紙なら、赤い色がぴったりだと思いますが」


「それじゃあ、それで」


「メッセージカードもお付けすることができますが、いかがなさいます?」


「メッセージカード!?」


「はい。このようなカードに送り主様とお客様のお名前、それと簡単なメッセージを記入することができますよ」



 にこにこと営業スマイルを浮かばせて訊ねる店員に、牡丹はぱくぱくと。無意味に口を開け閉めさせるばかりで。



「えっと、えっと、メッセージって……」


「そうですね。お誕生日プレゼントであれば、『お誕生日おめでとう』や『ハッピー・バースデー』、何かのお返しであれば、『ありがとう』や『これからもよろしくね』などといったフレーズが多いですね」



 最後まで、店員に流される形で話を進めさせていき。商品を受け取ると、安堵の息を漏らしながらも牡丹は店を後にしようとする。が、その刹那。後方から、くすっと小さいながらも笑い声が聞こえ。



(この店員、今、笑ったよな……!?)



 こそっと首だけを後ろに回して見ると、先程の店員は背を向けており。けれど、微弱ながらもその肩は、小刻みにも震えていた。


 羞恥と怒りの両方とで、牡丹は一層と顔を真っ赤にさせ。この店には二度と来ないと、一人ひっそりと誓いを立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る