第083戦:枝もしみみに 花咲きにけり

 どうにか出場者も全員揃い。コンテストの進行を務める実行委員長の憲美は、相変わらず淡々とした調子で。



「以上で出場者も全員揃ったので、予定より時間も押している為、さっさと開催したいと思います。それでは早速ですが、アピールタイムに移ります」


「アピールタイムだと? おい、藤助。お前、一体何をするつもりなんだ?」


「何って……。どうしよう、何も考えていない……」



 頭を捻ろうとするも、考える暇もなく。直ぐに順番が回って来てしまい。



「次、三年二組代表・天正藤助くん、お願いします」


「えっと、その……。何も考えていなかったので、俺の番はスルーして下さい」


「スルーって、そんな訳には。

 仕方がない。天正くん。スカートの裾を軽く摘まんで」


「えっ。えっと、こう、ですか……?」


「ええ。そしたら少しずつ上げていって」


「えっ!? そんなことっ……」



 できる訳がないと、躊躇する藤助だが。


「やってくれたら、このお掃除洗剤セットは君の物よ」

と、聞くや否や。ばっと膝頭が出るくらいまで、一気にスカートをたくし上げた。



「そう、そう。その調子。もう少し上げてみようか。あと少し、もう一センチ。次は超強力漂白剤でどうかしら?」


「藤助、お前なあ……。だから物に釣られるんじゃない!」


「だって、体が勝手に。それに、丁度漂白剤も切れる所で、近い内に買う予定だったし……」


「戸田、お前もいい加減にしろ。こんな真似をして、一体どういうつもりだ!?」


「どういうもこういうも、優勝賞品が欲しいから。ただそれだけよ。その為には、天正くんには優勝してもらわないとでしょう。

 えー、ここで唐突ですが、明日のクラス企画、我々三年二組は英国風喫茶をします。目玉商品は、『天正家のカレー』です。名前の通り天正藤助がプロデュースし、見事天正家の食卓に出されている味が再現されています。勿論、天正道松もこのような執事の姿でお出迎え致しますので、皆さまぜひお越し下さい」


「おい、何を悠々と告知なんかしているんだっ……!」



 道松が憲美に喰って掛かるもその間に、いつの間にか周りもすっかり彼女に喚起されており。



「藤助くん! その場に座り込んで、軽く足を崩して。目線をこっちに! そしたら高級海苔の詰め合わせを!」


「藤助先輩、道松先輩に寄り添って下さい! そしたら私は、高級茶セットを提供します!」


「ええいっ、寄り添うだけでは生温いわ! そのまま道松先輩に抱き着いて下さい! 帝王ホテルのスープ缶セットでどうですか!?」



 あちこちから魅力的なフレーズが飛び交い出し。加え、実物を前に、ぱああっ……! と表情を輝かせ出す藤助の耳を道松が咄嗟に塞ぐ。


 が、何故か瞳は燦爛と瞬いたままで。おかしいと視線の先を追うと、今度はカンペみたく文字の書かれたスケッチブックを掲げている女生徒達の姿がずらりと目に入り……。



「だーっ! 見るのも禁止だーっ!!

 ていうか、お前等、準備良過ぎだろうーっ!!?」



 道松の怒声が響き渡る中、彼の苦労が報われたかはさておき。漸く持ち時間が終了し。






 合掌。






 そんな彼等の様子を傍から見ていた梅吉は、にっと白い歯を覗かせ。



「ふうん。藤助の奴、なかなかやるじゃないか。けど、この俺と比べたらまだまだ甘いぜ……っと、次は俺達の番か。

 おい、桜文。例の物を――!」



 その声と共に、梅吉はぱちんっと指を鳴らし。おそらくそれが合図だったのだろう。桜文は徐にどこからか箱を取り出すと、それを梅吉の前へと置いた。


 その台の上に、梅吉はとんっ! と片脚を乗せ。扇子で顔を隠しながら。



「見よ、この美脚を――! たとえ男だと分かってはいても、悲しいかな。生足と言うだけで、自然と目がいってしまうのが男の性だ。その上、この日の為にちゃんと手入れもして完璧だしな。

 悪いが今年の優勝も俺が頂きだ!」



 深く入ったスリットから、自慢とばかりの脚を覗かせながら。確信した勝利に、梅吉は扇子で口元を押さえながら笑い出す。


 けれど。



「えー、そうかなあ。俺は気持ち悪いと思うけど……」


「シャラップ!!」



 まさかの身内からの非難に、梅吉は持っていた扇子を桜文目掛け投げ付け。


「それより、桜文。例の物をっ――!」

と、直ぐにも開き直り。またしても指の音を合図に、今度は簡易更衣室が現れた。


 桜文が用意したその中へと梅吉が入ってから数秒後、内側から、シャッ……と勢いよくカーテンが開け放たれ――。


「えー、俺達のクラスは、ホストクラブをやりまーす。一生懸命接客するんで、ぜひご指名を!」

と、先程のチャイナ服から打って変わり。やや着崩したスーツ姿へと変貌を遂げた梅吉が現れた。



「なっ、途中で着替えるなんて……。しかも、女装していないじゃないですか!」


「ふっ、可愛い弟よ。だからお前は甘いんだよ。これも戦術だよ、戦術。途中で着替えるのは禁止なんて、ルールにはないだろう。

 いやあ、女装した姿もいけるとは思うが、やっぱり普段の俺が一番だからな。さっきまでちゃんとしていたんだ、もう十分だろうに。それに、この早着替え、結構大変なんだぞ」



 いつもの調子で自身を肯定させようとする次男に、そんなの屁理屈だと思わずにはいられない。が、牡丹が口で勝てる訳もなく。


 けれど、それでも納得しかねていると、その間にもとうとう自分の順番が回って来てしまう。


 未だ浮付いている萩とは裏腹、牡丹の鼓動は急に速度を上げ。口の中は勝手に乾き出す。


 そんな彼の心情を全く気に留めることもなく、萩はベールの端をそっと摘まみ。一センチ、五センチ、十センチと、徐々にベールは上げられ。それに従い、今まで隠れていた顔がとうとう露わになりそうになるも、その刹那。牡丹の全身が突如わなわなと震え出し、そして。



「やっぱり無理だーっ!!!」



 そう声を上げながら、牡丹は手に持っていたステッキで思い切り萩の頭部をぶん殴った。


 突然の衝撃に、その場にしゃがみ酷く悶え出す萩を余所に。


「無理、無理、無理、無理っ! やっぱり無理! 無理だ、絶対に無理だーっ!!」

と、牡丹はすっかり発狂し。ひょいとステージから飛び降りると、スカートの裾を掴み、扉に向かって走り出す。


 しかし、履き慣れていないヒールが邪魔をして。本人としては懸命に走っているつもりなのだろうが、それは歩いているのとたいして変わらず。


 萩は頭を押さえながら、へろへろと走っている牡丹を鋭く睨み付け。



「牡丹の奴、よくもやりやがったな。それに、このまま逃がしたりしたら……」



(紅葉さんに良い所を見せる、絶好のチャンスなのにっ……!)



 こんな好奇な機会をみすみす逃してなるものかと、萩は牡丹に続いてステージから飛び下り。直ぐにも彼の後を追い掛ける。


 そして、牡丹の前へと回り込み。



「萩……。そこを退けよ!」


「ふっ、それは無理な要求だな。お前に逃げられたら俺が困るんだ。お前には、俺の引き立て役になってもらわないとならないんだからな」


「引き立て役って、一体何を言っているんだ? よく分からないけど、退くつもりがないのなら……」



 一瞬の内に、二人は互いに相手の意図を読み取ると、牡丹はステッキを、萩は腰に差していた模造品の剣を構え。同時にどちらともなく飛び出した。


 キンキンッ――! と、甲高い音が鳴り響く中。



「あーあ。牡丹と足利が組んだ時点で、一波乱ありそうだとは思ったが。まさか、チャンバラごっこを始めるとは……。

 それにしても。足利はまだしも牡丹の奴、よくあんな格好で動き回れるな」


「きっと意地よ。本当、毎度のことだけどよくやるわよねえ」


「それで、この事態どうするんだよ?」


「そうねえ。私が止めに入ってもいいんだけど……」



 明史蕗は、ちらりと隣の宮夜を眺め。



「きゃあ、きゃあっ! まるで洗脳された誠司くんとベリーちゃんが戦うシーンの再現みたい!

 写真、写真! 写真撮らないと!」



 パシャパシャとカメラのシャッターを切っていく宮夜に、竹郎と明史蕗は互いの顔をそれぞれ見合わせ。どうしたものかと困惑顔を突き合わせる。


 その間にも、牡丹等の戦いは熱を帯びていき――。



「どうして邪魔するんだよ!? いいから早くそこを退けよ!」


「お前こそ、いつも俺の邪魔しやがってっ……!」


「俺がいつどこでお前の邪魔をしたんだよ!? それを言うなら、今まさに邪魔をしているお前の方だろう!」


「いいや、お前だ!」



 二人は互いの武器を打ち付けながらも、器用にも言い争いを展開させ。



「いいから退けよ!」


「誰が退くもんか!」


「どうしてお前は昔っから、いつも突っ掛かって来るんだよ! しつこいにも程があるぞ!」


「しつこいのは、お前の方だろう! どこまでも俺の邪魔をしやがってっ……!」



(この男は、本当に……!)



 萩の中で、ふと過去の記憶が想起され。苦汁を飲まされた日々が一気に蘇る。



(どうしていつも、いつもコイツなんだよ。確かに学力も運動神経もそんなに大差はないが、でも、ルックスだけは負けていないはず……。

 ああ、そうだ。周りの女子からの受けも、俺の方が断然良かった。なのに、どうして俺が好きになる子だけは、俺よりコイツを選ぶんだ!?

 チビで女顔のコイツより、俺の方が絶対に……、絶対にポイントが高いに決まっているのにっ――!!)



 萩は、先程以上の鋭さを以って。目の前で対峙している牡丹を睨み付ける。剣を握る手にも力が入り、打撃の音もより大きくなっていく。


 一進一退の長きに渡る攻防も、発展の兆しが見られ始め。萩側に、優勢の色が一気に傾く。


 そして、とうとう、キンッ――!! と、一層と甲高い音がその場を支配し。牡丹の手からステッキが、勢い良く後ろへと吹き飛んだ。


 丸腰になってしまった牡丹に、萩は容赦なくも近付いて行き。



「漸く観念したか。その面、白日の下に晒させてもらうぞ」



(そして、今度こそ……。今度こそ紅葉さんを振り向かせて、必ずやこの因果を断ち切ってやるんだ……!)



 もう一度、萩は牡丹の被るベールの端を掴み直すも。漸く拓けそうな輝かしい未来を目前にして、自然と手は震え出す。


 一方の牡丹は、もう駄目だと。固唾を呑み込ませるも。



「なんで、どうしてそこまで……。お前なら……、お前なら、俺の気持ちを分かってくれると思っていたのにっ……!」



(姉ちゃんの被害に遭っていた者同士、女装の嫌さを!)



「お前こそ、俺の気持ちなんてちっとも分かっていない癖に!」



(誰の所為で今まで散々振られ続けたと思っているんだ!)



 二人は間近で睨み合うも、牡丹の顔を覆っている布が邪魔をし。互いの表情は見て取れない。



「お前の気持ちって、なんだよ、それ。お前はいつも俺のことを犠牲にして、一人で逃げていた癖に!」


「お前だって! いつも何食わぬ顔で、横から掻っ攫いやがって!」


「だから、さっきからなんの話をしているんだよ!? 訳分かんねえよ!」


「お前こそ、いい加減にしろ! どうしてそんなに鈍いんだよっ!?」



(今までの子とは違って、紅葉さんはあんなに分かり易いのに!)



 ぎゃあぎゃあと、騒ぎ立て始める二人に。竹郎と明史蕗は顔を苦ませ。



「なあ。アイツ等、全然話が噛み合っていなくないか?」


「そうねえ。なんだか妙な方向に進んでいるし……」



 どうしたものかとまたもや頭を悩ませる竹郎と明史蕗だが、すっかり別世界に浸っている彼等をどうすることもできないだろうと直ぐにも諦め。見守ることに徹するも。



「鈍いって、俺のどこが鈍いんだよ!?」


「はあっ、どこがだと!? そんなの全部だ、全部! この鈍感野郎!

 お前はチビで女顔なだけじゃなく、鈍感馬鹿だ、鈍感馬鹿!」


「だから、チビって言うなって言っているだろう! お前こそしつこいんだよ。一体俺が何をしたって言うんだよ!」


「何をしたって……」



(そんなの……。)



 萩は息を詰まらせながら、ベールを掴む手に力を入れる。ぎゅっと、皺が寄るのも全く気にせず。彼はますます握る手に力を込める。



(特に何もしていないから。俺の方が、ずっと、ずっと思っていたのに。それなのに、なんとも思っていないお前がいつも簡単に……。

 だから、ますます腹が立って。だけど、どうすることもできなくて。

 今回だって勿論例外じゃなく、紅葉さんだって今までの子達みたいにアイツのことを……。

 でも、)



「一体どんな理由なんだよ!? どうしてそんなに突っ掛かって来るんだよ!」


「理由って、そんなの……、」



 萩は、きっと眉を鋭かせ。



(理由なんて、ただ一つ。俺は、紅葉さんのことが……。紅葉さんのことが、)



「好きだからに決まっているだろうっ――!!!」



 ――整然と、萩の声が館内中へと響き渡り。一瞬の内に、辺りはしんと静まり返る。


 数拍の間を有してから、萩は己の過ちに気が付くも後の祭りで。ベールの所為ではっきりとは見えなかったものの、おそらく顔を蒼く染めていただろう牡丹はその場に突っ立ったまま。けれど、意識が回復するや、すすっ……と萩から遠ざかっていく。



「ち、ちがっ……! ちょっと待て。今のは、お前のことじゃなくて……!」



 直ぐにも反論しようとするも、萩の声は周りの歓声によってすっかり掻き消されてしまい。虚しくも、牡丹の耳に届くことはなく。


 暫くは鳴り止みそうにない喝采を浴びる中、二人のアピールタイムは呆気なくも終了した。

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