こいこい一本勝負! 第03戦:松と梅と藤~萌葱色の疑惑

 ここ、天正家の次男の部屋にて――……。



「もう、梅吉ってば。洗濯物はちゃんと籠の中に入れてって、いつも言っているだろう」



 仕方がないと、ぶつぶつと愚痴を溢しながらも。藤助は部屋の隅に丸めて置かれている汚れ物を、腕に抱え込んでいる籠の中へと回収していく。



「梅吉ってば! 他人の話、聞いてるの?」



 もう一度、藤助が声を掛けるも。やはり返事はなく。彼はぴくぴくと眉を動かしながら、梅吉の背後へと回り込む。


 しかし、いつもとは些か異なる空気を発しているその背中に、違和感を覚え。ひょいと背中越しに梅吉の顔を覗き込むと、彼の視線はじっと斜め下を見つめたまま。至極真剣な顔で、手にしている本の文字の羅列を追っていた。


 その姿に、藤助は酷くショックを受けるも。決めつけるのはまだ早いと、軽く深呼吸をして落ち着かせ。もう一度、今度は彼が夢中になっている本の表紙をちらりと眺めると、梅吉の額へと手を当てた。



「おい、藤助。なんだよ?」


「い、いや。なんでもない……」



 藤助は、あはは……と乾いた笑みを上げ。咄嗟にその場を取り繕う。そして、籠を脇に抱えると、いそいそと部屋から出て行った。


 ぱたんと静かに戸の閉まる音を耳にするも、彼は未だ夢心地のまま。呆然とその場に立ち尽くす。


 いつまでも離れられずにいる藤助であったが、すると、隣の部屋の扉が開き。中から道松が出て来た。



「おい、藤助。どうしたんだよ、そんな所に突っ立って」


「いや、それが、梅吉が……」


「ああっ? あの馬鹿がまた何かしたのか?」


「それが、本を読んでいるんだよ……」


「本だと? 官能小説じゃないのか? いかがわしい内容の」


「それが違うんだよ。星新一の本だったんだよ。一応額を触ったけど、熱はなさそうだし……」


「どこかに頭でもぶつけて、おかしく……、いや、普通の人間らしく正常になったんじゃないのか? それか、宇宙人にでも身体を乗っ取られているか」


「もう。冗談は止めてよ」



 至って真面目な顔で述べる道松に、藤助は頬を膨らませ。






 暗転。






 こうして暫くの間、読書に没頭する梅吉を余所に、天正家では色々な推測が錯綜するも……。



「やっぱりあれだ。人体実験でもされて、真面な人間の脳を移植されたんだ」


「道松ってば、また非現実的な。俺は催眠術にでも掛けられているんだと思うけど……」


「うーん、そうだなあ……。幽霊にでも憑りつかれたんじゃないかなあ」


「僕はね、誰かと身体が入れ替わっちゃたんだと思うなー」



 ……と、そのほとんどがどれも現実離れしたものばかりであり。


 彼等がその真相を知るのは、もう少し後の話である――。

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