第7話 行動

俺は次の日、女子たちに無理やり連れだされ町に出ることになった。馬車に乗り揺れれながら進む。

悲しい顔の俺を見ながら女子たちが楽しい会話を交わした。

「何着せる?」

「まずはね!タキシード!」

「あ!いいね!それにしよう!」

「その次は娼婦の服着せたい!」

「きゃぁぁぁ!ひどい!」

「あはははは!」

悪夢だ。

これは悪夢だ。

俺はまだベッドで眠っている。

そうであるはずだ。

そうじゃないとしたら酷すぎる。

俺はそんな女子たちに向かって涙を浮かべて哀願した。

「やめて…。お願い…。ひどいよ…。何で俺をいじめるの?」

涙目でクラスの男子たちより低い身長を利用しての秘密兵器だ。

効果はある筈だ。

「はあ…はあ…今すぐ縛って鞭を叩きたい…。」

……。

「いやいやと叫びながら抵抗できないリチャード君をメッチャクッチャにしたい…。」

……。

「純潔を蹂躙されてベッドで泣いてるリチャード君を見たい!」

狂ったやつらだ。

正気ではない。

貴族の娘ってどんな環境で育つのか。

ふと、令嬢は異性と接触してはいけないということを思い出した。

そうか。

禁欲的な生活と規律を要求されたせいでその反発なのか。

だとしてもだ。

なぜそれを俺にぶつけてくるのか。

俺は逆効果しか生まない演技をやめた。

この日が早めに終わることを祈りながら。





「きゃぁぁぁぁぁ!これだよこれ!」

「いい!とてもいい!」

「その淫らな姿をどれだけ夢見たか!」

……この女ども。本気であの服を着せやがった。

太ももと下着がぎりぎりに見えないスカートと胸の谷間深くに開けられたノースリーブの上着。女性ならきっと破廉恥であり淫らと罵られる服であった。

それを俺に着せていた。

店員の人はこんなことは多いのか微笑みを消さずに深く腰を折った。

「いかがですか?もしよろしければこのままで着て帰りますか?」

冗談ではない。

俺が燃えそうな視線を店員に向けたがピクッともしない。

「そうするわ!支払はいつも通りにピンチェス伯爵宛に!」

「畏まりました。お嬢様。」

ローズはここで常連であるようでその一言で片づけられた。

店員は落ち着いた態度で首輪まで彼女の手に渡した。

「お友達なんでしょうか?」

店員が耳元でささやいたが俺にははっきり聞こえる。

魔力を耳に回しているからだ。

「そうなの!すごいイケメンでしょう?」

「ええ…黄金のような金髪とそれと同じく輝く金色の目。そして血を思い出せる赤い唇。ただそれだけなら…すごい美少年と思いますが……。」

店員は曖昧な微笑みと共に俺を横目で見た。

「雰囲気が…なんと言うでしょうか。赤いリンゴの中の致命的な毒があるというものでしょうか。」

「そうなの!」

俺は会話を続けてる女たちに近づいた。

歓声が大きくなり店内でショッピングを楽しんでいる者たちは俺を見つめてきた。

恥ずかしい。

こんな服を着らざるを得ない悲しい現実から俺は早く脱出したい。

俺は短すぎるスカートの下部分を手で押さえた。前を押さえたら後ろが上がり、後ろを押さえたら今度は前が上ずる。

くっそ!

顔を真っ赤にして震える憤怒を我慢して俺は俺をバカにした女どもを睨む。

「これがお前たちが望んだものか?男に女性用の服を着せて喜ぶのが?こんなことを楽しめるやからと見抜いてなかった俺が悪い。最低!変態ども!」

そしてその暴言を聞いた女の子たちは喜んでるだけであった。





そこから食事を済ませた後。

俺たちは魔法アイテムや衣服を見たり、旅しばいをやっている劇団の芝居を観たりした。

俺も興味があったので真剣に見たが、感動を受けることはなかった。

何より嫌だったのは俺が一人にいる時男女構わず俺に無言で金を渡すやつらがあったことだった。

完全に娼婦に見えるのか?

でもそれはまだましであった。

俺を発見した大金持ちたちは自然と娼館の位置を聞くやつらや、謝金とかあるなら返済してあげるから妻になれというやつらがいた。

顔は覚えたいつかまた逢えたら殺してやろう。

そうやって一日が終わろうとする中で、荷物馬車が連続で走っていく。

そこをふと見た俺は歯を向きだして歯ぎしりをしてしまった。

檻の中に布としか表現できないぼろ服を着ている人たちが膝を抱えて身をすくめていた。

奴隷か。

俺はそれを見て口を開けた。

「エミリア様。」

彼女も見ていたのか呼びかけられたのに声は聞こえなかった。

「この都市にも奴隷商人がいるのか?」

「……普通はね…ないけど…。最近増え始めたの…。」

エミリアは嫌な声を出していた。

それを見てローズは俺に話しかけた。

「奴隷はどこにもいるよ?」

ローズの意見はごもっともだ。

だけど。

「ローズ別にお前を非難するつもりはないが、いくら奴隷でもあそこまで雑に扱われるのはおかしいだろう。」

俺が嫌になったのはそれであった。

俺は奴隷がいることも、奴隷が法で商品扱いされているのも知ってる。

それでも守るべき一線があるだろう。

「折に閉じ込める上に衣服としてはぼろ服だけ。しかもあっちこっちが切られていて布としか言いようがない。ローズもし君があんな服を着せられたら死にたくなるだろう。」

「それは……。」

ローズは何かを反論しようとしていたが、口をつぐむ。

俺は続ける。

「バイス公爵様の邸宅にも奴隷はあった。けど彼らはちゃんとした食事と寝床を提供されていた。給料はもちろんないがだとしても人として待遇されていた。正直言って奴隷をひどく扱えば扱うほど俺としてはいいが、先の奴隷は見て見ぬふりできない。理由は明白だ。」

俺は振り向いてみんなにやさしい微笑みを向ける。

「子供は…子供たちを奴隷にしようとしてるところは……見過ごせない。」

そして俺は歩き出した。

どこに向かっているのかは見てわかる。

そして俺の隣に女の子が一緒に歩き始める。

「私も行く!」

ウキウキした目をした少女がいた。

俺は横目で彼女を見た。

「杖もないだろう。危ない。」

「いい!」

公爵の孫娘。

まあ、手を出す人間はいないだろう。

「私も!」

「私は!…リチャードがなぜそこまでするのかわからないけど…でも…。」

釈然としないレベカを見て俺は軽く笑った。

「ただ俺が子供だからね。同じものが苦しむのを見たくないだけさ。」

不条理と不平等は同然のことだ。

ある程度真理だともいえる要素である。

だが俺はそれに逆らう者である。

今は力不足で黙っているだけであるが、さすがに子供までその不条理の竜巻に巻き込まれる姿を見るのは我慢できない。





うす暗くて諸所に小便の跡があり鼻が曲がるほどの悪臭が漂っている。

高い建物の間にできている道をドンドン進んでいく。

あっちこっちに変な店があったが客引きをするところはどこにもなく前進をマントやローブで顔を隠している者しか通らなかった。

まさに闇の市場って感じだなここは。

俺たちはそこをドンドン進んでいく通りすがりの何人かの中では俺たちを見て涎を飲んでいた。

娼婦と思っているのか。

バカだな。どう見ても俺以外は娼婦などではない。

貴族の令嬢や平民の中の金持ちや有名人の娘だらけだ。

そんなのもわからない連中は酷少なめだったけど。

やがて俺はある地点で止まり左に曲がる。

化物馬車の車輪の跡がそこにつながっている。

そして空気を切る音が聞こえた。

鞭の音だ。

「ささっと出て前へ並べ!」

そこには先と違って顔丸出しの者が結構集まっていた。

どれも大金持ちに見える。

そしてそんな金持ちの連中の前には布としか言いようがないまだまだ幼い子供たちが自分の身を隠しながら並べている。

そこに俺は集まっている者たちに近づいて告げた。

「道を開けろ。」

大金持ちは細高い声を聞き振り向いた。

そして口を一字にして黙り込み少し道を開けた。

さすがは金持ち。人生経験が豊富であるため俺たちの身分など把握したんだろう。

まあ、俺はどう見ても娼婦に見えると思うけど。

ふと、彼らはもし、俺を娼婦の主人だと思って新しい娼婦探しに来たと思ったのかと自分勝手に重い憎しみの目で彼らを睨みつける。

彼らは不満げに顔を歪ませた何も言わなかった。

俺は歯ぎしりをしながら前に出た。

「うん?これはこれは初めて見る顔だな!貴族や大金持ちの令嬢たちと……いや……なんというか。まさに禁断の果実ともいえるべきお美しい娼婦ですな……。」

俺は奴隷商人を腕を組んで睨んだ。

「お前は本当に大金持ちなんだよな。この都市で奴隷売買するほど。」

奴隷商人は長いため息とともに肩をすくめた。

「そうなんですよ~この都市では奴隷売買とかとんでもない税金を付けてきますからね。」

べランクスで奴隷があんまりない理由はそれだ。

バイス公爵は奴隷売買にとんでもない税金を課している。

そのため奴隷自体は少ない。

奴隷を買いたいならほかの都市に行くか城門の外に出て向かえないといけない。

だけどその場合もだ。奴隷所有した人数に準じて税金を課している。

(まあ、あの爺はここの領主だから自分自身に税金かけてないし、奴隷も所有しているけどな…。)

つまり目の前の男はそんな税金を全部払ってここに入って堂々と奴隷売買をしているということだ。

相当な財を持っているだろう。

俺は少し考えて口を開けた。

「一つ聞こう。べランクス以外ではもう奴隷はいらないほど奴隷があふれているのか?」

奴隷商人はニコリと笑った。

「いやはや~ただのある娼館の一番上位のお嬢様だと思いましたが、頭も優れているようだ。」

俺は頷いた。そうか。

あれだな。

もう需要がないということだ。

こいつも仕方なく、売り場がないからここに来たということだ。

俺は足を運んで奴隷たちを一人一人をちゃんと見る。

殆どが人間だがその中には明らかに人間ではない種族も混じっていた。

本でしか見たことがない。

半妖精エルフ、獣人ヨドール、小人ドワーフ。

人間が五十。残り半分がいわば半人種族か。

ドワーフ以外は全文子供だ。まあドワーフも子供なのかも知れないが。

「気に入るものとかありますか?」

奴隷商人がそこで話しかけて来た。

「いた。」

「おお!それはそれは!教えてくださればさっさと取引にかかる準備がこのボルノにはできております!いつでもどうぞ!」

俺は鼻で笑い商人を見る。

続いた俺の言葉にその場に集まっているもの全員を驚愕させた。

「全員。」

少しの間の沈黙。

「え?」

商人が風が通るような乾いて微かな声を出した。

「今なんと?」

「全員が気に入った。俺は全員もらう。」

淡々と告げるその言葉を聞いて商人はどんどんぱあっと明るい顔になる。

そしていきなり大声を出して爆笑した。

「うはははは!そうですか!それはそれは!嬉しいことでございます!いやはや!正直売れるかさえ心配していた所存でして!誠に感謝いたします。纏めて全員買ってくださるのならこっちらも値下げをしなくてはいけませんね~。」

俺は首を左右に振った。

「お金は出せないな。ただで渡せ。」

その言葉を聞いた周囲の人間が全員また驚愕する。

ここに集まっている人間はそれなりの大金持ちばかりだ。

そんな中でただで商品を出せと言ってるのとまったく同じことを俺は口にしたのだ。

驚くのは当然だと思っている。

「……ただ?」

その単語を繰り返した商人に向かって俺は再度繰り返す。

「そうだ。ただだ。」

「ご冗談を。」

俺は口元を吊り上げた。

「冗談ではないのはお前がよくわかっているはずだ。」

「何のつもりだ小娘。」

言葉使いが変わった商人を見て俺は深い微笑みを作る。

「わかったようだな。」

「わかってないわこのくっそ娼婦が!」

「訂正しておこう。俺は娼婦でも尚更女性でもない。男であり学生だ。」

商人は歯を向きだして威嚇するように眼尻を吊り上げて憤る。

「そうか!もうわかった!あの貴族の令嬢様たちのおもちゃなんだな!見れば一目でわかる。娼婦の服を着せられておもちゃにされて自惚れているんだろう!てめぇ!」

とんでもない誤解だ。

「商人なら原因把握より対処だ。別にそんなことされてないし自惚れてもいない。俺のこの姿を見て興奮する男女を見ると吐き気がするぐらいだ。だけどもう一度言う。対処方法だ。どうする?無視する?それとも飲み込む?」

俺は腕を組む。

どうでもいい話をこいつはやっている。

商人は少し深呼吸をして息を整い怒りを鎮めた後、問う。

「失礼ですが、あなたは……その恰好からはわかりませんが、貴族ですか?」

俺は首を横に振った。

「では……なぜ…奴隷を欲しがるの…か?」

「見ておけないだけだ。」

商人は疑問を解こうと頑張ろうとしている。

俺が言った通り、原因より対処だ。対処が終わったら原因把握。

それが商人であるべきだ。

学者や技術者と違う。

「ふう…。まとめて聞こう。見ておけないのはなぜだ?何の自信があってただでくれと言っているのか?もし俺がお前にあげたら俺に何の利益があるのか?答えてみろ。商人の態度を指摘するぐらいなら利益が発生しない取引など商人がするわけが何のも知ってるはずだ。そしてもし答えが俺に気に食わねば……ただで済むとは思うな……。」

いつの間にか鞭と刃物を手にした者たちが俺と女性の周りに集まってきた。

俺は無言のまま苦衷にルーンに魔力を込めて魔法陣を完成させた。

そして無言のままそれを空に向かって放つ。

魔矢マジックアロー

空に向かって一本魔法の矢が飛んで消える。

―魔法!

―魔法使いだと?あの恰好で?

―なんと!杖なしで?

騒ぐ周囲の者たちが何かをこそこそいい下僕を呼び始める。

俺が誰か調べようとしているのだろう。

まあ、いい。

有名になれば未来に利益をもたらすから。

「物騒なものを俺に向けるのは構わないが、俺の後ろにいる女の子たちに傷一つつけたらただでは済まないから覚悟してかかれ。」

このゴリオス王国では、いや大陸では指で数えるほど。もしくはいないと断言してもいいほど杖を使わずに魔法を使う人間などいない。

伝説の主人公ぐらいだ。

いや、童話の絵本にも魔法使いは杖をもって魔法を行使している。

そんな伝説のような人物が現実にいたらどうなる?

答えはいかにも簡単だ。

「お…おかしら……に…逃げましょう!」

「バカモノ!静かにしろ!」

図体がはでかいのに恐怖で震えている。

まあ、わからなくもない。

人間はそういうもんだ。

新しいものには恐怖を覚える生き物である。

「先の質問に答えてやろう。まず何の自身での発言かと聞いたな?俺は強い。手段を問わずにという前提が付くがただの商人ならボコボコにできる。それは財力、権力、はたまたの腕力でもそうだ。」

「財力?お前俺をなめてるな。俺はお前が想像する以上の財を成している。」

「どのぐらいだ?俺が見ているのは小さな領地の一年の収入ぐらいだとみている。」

商人は冷静に表情を変えずに黙っている。

一流ではない商人だな。

もし俺が商人ならとっくに奴隷を全部上げた。

それもただでだ。

よくも悪くも態度がでかすぎだ。

ただのバカならともかくここは奴隷売買をしている闇の市場。

普通はバカでも来ないところである。

そして連れてきている人間も誰一人なく金持ちの令嬢だらけ。

関わったり不幸な事故があれば損は莫大に上る。

俺はそこまで考えていらとし始めた。

めんどくさい以上に先から俺の脚や肩を見てたれを飲み込む人間がいるからだ。

気色悪いのがこの上ない。

なめるような視線の持ち主を一々にらんだがなおも増えている。

「そしてお前に上げる利益は今はない。今後発生する。速く決めろ。俺はここから早く出たい。」

商人はたれを飲み少し考えた後やっと口を開けた。

「もし……無視したら……どうする?」

「奪う。」

簡単明瞭な答え。

「そんな!いくらなんでもそれは!……」

「ちっ!ならわかった。奴隷を連れてこい。バイス公爵に会いに行こう。」

俺のその発言に周りの空気が一気に変わる。

ざわざわとし始める彼らを見てエミリアは顔を明るくした。

「そうだね!御爺様に頼めば!」

―御爺様だと?

―そういえば!あの髪色は藍色ではないか!

―間違いない!エミリア様だ!

有名人だったのか。

でも商人は乗り気ではなさそうであった。

「いや…そ…それはちょっと…。」

こいつ完全に呑まれているな。

「バイス公爵からお金を借りて支払うと言っているのだ。これ以上は聞かない。断ったら実力執行に出る。」

商人は数秒目を瞑った。

「なら…わかった。こうしよう。俺が望む金額を提示する。最低限の値段でだ。それでお前がバイス公爵から大金を払う認証書を持ってこい。そこで俺は奴隷をお前にやってここを去る。互いそれが最善ではないか?」

「実にいい取引内容だ。そうしよう。」

俺は頷いて足を運ぶ。

このヒールという靴は実に不便な履物だ。早く脱いで投げ捨てたい。

そんな俺に向かって声が聞こえた。

「おい!小僧!お前の名前は!」

二流だが当分感は使いそうな人間だ。教えてやるか。

「リチャードだ。」

「リチャード…わかった。今後もよろしく頼む。」

ふん。

評価を上げるか。

俺は手を振りその場を離れた。

周りの変態たちから早く離れたい。





べランクスと呼ばれる都市で大規模の面積を占めて存在する建物は三体しかいない。

一つ目はべランクス学院。生徒の寮と学舎、グラウンドと練習場と図書館などのため大きな面積の土地を使っている。

二つ目は行政部と呼ばれる都市運用にかかわるすべての業務を管理、執行する建物だ。そこでは軍の訓練と治安維持のための組織や商人と住民の税金と環境整理の激務に涙を流している管理たちの組織行政部がある。

そして三つ目が目の前にあるバイス公爵の邸宅である。

一人のために存在するとしてもあんまり大きい邸宅だ。豪華で美しい邸宅である。いろんな彫刻が配置されそれと共に四季開花している花畑はまさに宮殿の庭を思い出せるほどだ。

建物は白い壁を中心に青い柱がありとても美しい。

俺は堂々と歩き正門に近づいた。

俺を覚えていた兵士は俺を見て顔をしかめた。

「おい。リチャードその恰好はなんだ。」

俺は肩をすくめた。

「なかなか趣味いいもんじゃないですか?」

「悪い冗談はよせ。まさかお前…それであの学院で稼ぎとかしているのではないな……。」

兵士は冗談ではなさそうであったので俺も真面目に答えた。

「ご冗談を。そんなことしてませんよ。」

「なら…失礼しました!エミリア様!お帰りですか?」

兵士は何かをいようとしたが後ろで近づいたエミリアを見て腰を伸ばして敬礼する。

「久しぶり!お爺さんに会いに来たの!」

「はっ!すぐ通達いたします!では中へ!」

正門が開けられて俺たちは前に進んでいく。

俺はヒールをカツカツ響かせて前へすすむ。

ああ…もう!風のせいで足が寒い。

俺はスカートの裾の部分を握って前に進む。

「必死に下着を隠そうとしている…。はあはあ…。」

「先まであんなに堂々であったリチャード君が今は顔を赤くして恥ずかしがってる……。」

「あれだようね。娼館で毎晩身を汚されていても実は恋は一筋でもって恋人を待つような感じ?」

「きゃあああああぁぁぁぁ!」

もう無視だ無視。

好きなようにいえばいい。

俺は堂々と前へ歩いた。






「小僧。俺の家で何の恰好をしているんだ。白い素足を露わにして、赤いヒールを履いて歩きながらカツカツ音出して…まさか…お前…その顔を利用して…。」

バイス公爵は会う早々そんなことを口にしていた。

「誤解しないでください。この格好はここにいらっしゃるお嬢様たちの命令に従ってのことです。」

「…ああ…そうか…かつてわしも…そういう経験があったな…懐かしい…。」

(……この爺の健康が心配になってきた。誰か看病しないと…。)

そんな俺をほっといてエミリアは走ってバイス公爵に抱きついた。

「御爺様!」

「孫娘!」

(なんだよそれ……。)

二人はまるで何十年も分かれていた家族が再会するように熱く抱き合う。

「会いたがった!」

「わしもだ!」

俺は溜息を吐いた。

バカバカしい。

「後ろの者はみんな貴族の娘か!」

バイス公爵がそう聞いてきたので、それぞれ自分を自己紹介した。

さすが公爵。

王族以外は全員自分の下なのか。

「それで、折角の休日わざわざわ尋ねてきた理由はなんだ?」

俺は軽く短く一部始終を話した。

それを全部聞いたバイス公爵は呆気にとられた。

「小僧。俺が金を出すと思うのか。」

もっともの疑問だ。

そのため俺は頷いた。

「ごもっともです。なので俺は公爵様に約束します。今回出してくださった金額の二倍で返上します。十年以内にです。」

周りの女性たちは驚いているようだがバイス公爵はピクッともしなかった。

「は!金なんぞいくらでもおるわ!金は要らぬ!」

さすが。

俺は無表情を装ってはいるが嫌な予感がしていて冷や汗をかく。

「では?」

「フム……そうだな。エミリア。わしはリチャードが気に入った。お前の婿にしようと思うがどう思う?」

それは俺にはもう経験済みの衝撃知らせだったが、周りはそうではない。そしてその衝撃知らせは尋常ではない反発を買っていた。

「公爵様!横から口を出す無礼をお許しください!ですが私は黙っていられません!」

ローズが声を上げた。普段の軽い調子とは全く違って丁寧であった。

声も落ち着いている。

「何だ小娘。文句でもあるのか!」

バイス公爵がわざと怒りを演技するが。

嘘だと誰もがわかるのではないかと思った。

「私はローズ=バミリオン・コンウェルと申します。」

ローズが軽くドレスの両端の裾を持ち上げ礼儀正しく挨拶した。

「コンウェル伯爵の三女だな!一回王宮であったことがあったな。」

バイス公爵が髭をいじりながら思い出した。

ローズはそれでも顔の表情筋を緩くせず、バイス公爵を見つめた。

「公爵様!私は!…その…。」

いきなり声が出なくなるローズ。

「見ればわかる!リチャードの小僧に対して恋心を持ってるのだろう!」

「あ…う…ち!…違います。」

違うのか?

そうか。違うかも知れない。

ただ顔立ちが中性的に見えるし、身長が小さいからからかうのを試しているのかも知れないな。

俺が自分一人で納得している間にバイス公爵は攻め続ける。

「なら何を言うつもりだ?」

「それは!その!…私はエミリア様が平民と結婚するのはダメだと思いました!そ…そうです!エミリア様は公爵家の一員!貴族とご結婚なさるべきでは!」

バイス公爵は年寄なりの人好しの笑顔でゆっくり話す。

「わしはあの小僧を高く評価している。そう。まさに公爵家の一員には十分似合う者だ。」

またの偉い評価。

全然嬉しくない。

それよりエミリアはどうだ。

少し顔を動かしてエミリアの様子を見た。

顔が真っ赤になっている。耳まで赤くなりもうすぐ爆発するようなものに見えた。

ローズが言葉を失い戸惑っている中レベカも口を出した。

「私はレベカ=ポスター・アンテラリと申します。失礼ですが、公爵様。私ははっきり申し上げます。私はリチャードが好きです!それはもうできれば婚約者になりたいぐらいです!」

その言葉は俺でも驚いた。

みんなの前での公開告白。

俺を好きだと?

正直悪い気分ではないが。

それにこたえることはできない。

俺は黙って会話を聞くことにした。

「ほお…だがお前も知っているだろう!貴族の一員として生まれたらそれに伴う義務がおる!好きな男性と結婚できないのは知ってるはずだ!」

ふむ。

予想通りの攻めだ。

貴族の娘に選択権などない。

重々承知のことだろう。

「そうです!ですが、公爵様!私はリチャード君を狙う貴族はもう動いていると知っています!」

そうなのか?

何か胡散臭い。

今までの俺のなりゆきを考えたら『そんなことありえの?』と思ってしまう。

だって俺はたとえ僻地のバカ貴族だとしてもトマスを殺そうと試してたんだぞ?

いや、むしろ面子を完全につぶした。

自尊心を何より大事に思う貴族の面子をつぶした人間を狙ってると?

「お前の父から聞いたのか?」

「さようでございます。」

レベカは肯定した。

「現在リチャード君はあの秀才たちが集まる学院ですらずば抜けて天才と呼ばれています。そしてその後見人となり、学院に推薦したのはバイス公爵様です。彼の才能を見抜いての推薦であっての後見でしょう!だけど…だけど公爵様…私は…貴族の家で生まれた私は…初恋の相手であり、また貴族の家が要求する水準を十分に達成するであろうリチャード君を…リチャード君をそう簡単に手放したくありません!私は何があっても!たとえそれが公爵家から恨みを買うとしても!諦められません!」

俺は今まで勘違いしていたようだ。

ローズと比較して内気な人だと思っていた。

でもそうではなかった。

彼女はちゃんと自分の立場を知っていて自分の周りをよく知っている。遠慮がちなのは、ただ考えが多かっただけだろう。

そして彼女は自分の意思を表す必要があるときはちゃんと自分を表に出して自分の心を言える女の子であった。

俺は自分自身をはっきり主張した彼女がなんか微笑ましくて笑ってしまった。

「うん。なるほど。レベカ。俺はお前を誤解していたようだ。お前はかっこいい。正直魅力的だとも思う。」

貴族の中でこんなに本音を言える人間はどこにいるだろう。

その言葉を聞いたレベカが顔を赤くして俯いて恥ずかしがる。

パチ。

軽い拍手が一回室内に響いた。

バイス公爵はみんなを見渡す。

「素晴らしいぞ。レベカ嬢。わしはそなたのような娘を持ったアンテラリ卿がうらやましいほどである。なるほど…貴族の家で生まれたから仕方ない運命であってもそれを覆すような愛する人が現れたら…それは譲れないものだろう…。」

俺は少し驚いた。

(徹底的な現実主義者だと思ったが、意外にロマンティストだったか?)

俺が疑うように公爵を見つめているとバイス公爵はカラカラ笑った。

「カカカ!わしが血も涙もない人間にでも見えたか小僧!」

「正直申し上げると。そうです。」

俺は別に否定する必要がないと思い肯定した。

不機嫌そうにバイス公爵は否定する。

「違うとも!愛を語る青年たちを見るとわしはそれをなるべく守ってあげたいと思う者だ。」

この爺…変な言い方するな…。

「なら今回は?」

俺の疑問に対してバイス公爵は悲しくも見えて楽しくも見えるいかにも矛盾した表情で俺を見つめた。

「お前はどう思う?」

「……。」

「レベカ嬢の気持ちにこたえるべきだろう?」

「関係ないわ。」

俺はいらだちを隠せることはできなかった。

憤怒すら湧き上がる心で公爵を睨みつけた。

このくっそ爺が。

人の心を代価にするつもりか?

俺のそんな態度を見てまたバイス公爵はカラカラ笑い指差す。

「小僧!貴様でもそんな顔をするのか!これは面白い!カカカ!」

俺は歯ぎしりし始めた。

「俺がどう答えようがそれは俺とレベカの問題である。人の気持ちを考えろよ!爺!」

「まあ、聞け!小僧!」

長い髭を摩るその手を壊したい。

歯を食いしばる力が強くなって行く。

「これはいわば貴族同士の権力争いともいえるだろう。わしは貴様をわが家に入れたい。レベカ嬢も同じだ。関係ないわけではない。貴様の答え次第ではわしはどう動くか考えなくてはならないからな。」

「黙れ爺。前も話したが俺が誰と結婚するかは俺が決める。平民である俺に貴族階の常識で話すな。」

そうだ。

俺は平民だ。

平民である俺に、貴族と反目するであろう俺に。

貴族の常識で話している。

ふじゃけんな。

俺は平民として自由を勝ち取り、力なきものの盾となり、泣きやまない人たちのとなる。

「貴様の意思は尊重しよう。だからだ。貴様の答えを聞いたらわしはその結果がどうあれお金を渡してやろう。だが貴様が答えなかった場合。わしはお金を上げない。」

俺は嘲笑した。

「フン!お金を借りれるところはいくらでも!…。」

「わしがその気になれば貴様はこの都市の誰からでもお金は借りれない。さて、どうする?」

このくっそ爺が。

お前。

俺をなめてるな?

自分の制御下でしか動けないもんだと?

俺を誰だと思っている?

俺はリチャード。

かつて両親を貴族に殺され何もない手ぶらの状態で村を統合して財を成したもんだ。その上で一文字も読めない中でクラスでトップの知識を自慢できるものであり。たった二か月であの学院の上級剣術を学び始めた人間だ。

そっちがその気ならこっちもこっちなりの計画がある。

「フン。いらんわ。勝手にしろ爺。お前がこの都市で頂点かどうかは知らんが。それが万能の力だとは思わないことだ。」

都市ベルンクスの頂点であるかも知らない。

大金持ちであるし、それを的確に利用できる優れものかもしれない。

だけどな。

俺はこの短期間で一つ学んだことがある。

上には上がある。

いくら個人や団体が強かれ上には上がある。

目の前の老人を目で嘲笑した後、俺は一歩後ろに振り向いて動き出した。

「待てぃ!小僧!」

老人が俺を呼び止めた。

「たかが告白の答えだ!そんなこともできずに子供じみた意地張りでどうする!無計画に動くもんだとは思わなかったわい!」

は!

無計画だと?

この俺が?

フン!

違うとも。

「ご老人!覚えておけ!上には上がある!公爵より上位の存在であり、大金持ちであり、俺の提案を受けてくれる存在!爺のようなばかげた条件など付けない存在!心当たりはあるだろう!フン!」

俺はそれだけを告げて慌てた声の公爵を無視して歩き出す。

そして過ぎ通って行く中でレベカの手をギュッと握った。

「告白のようなことさせて悪かった。正直俺はお前の言葉に答えてあげない。だが嫌いなわけではないと知ってくれ。」

俺はレベカに振り向かずにその場を去った。

くっそくらえ。

運命に抗おうとするレベカを見て俺も心が揺らいだ。

行こう。

この都市ではなく、この国の頂点へ。

そう。

今会いに行くよ。

俺の最大の壁。

王女様。

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君が偉業を成して帰った時、俺はどうなっているのだろう…。 アイアンハンド @iloveuasuka

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