第6話 大会
魔法は魔力の量とルーン語の理解力とそして最後に集中力でなされている。
魔力は言わば弓を引っ張る腕力だ。これがないとそもそも魔法を使えないものだ。その次がルーン語である。ルーン語は100の文字でなっている。発音はそれぞれ全部違うけど世の中のあらゆるものを表現する言語である。魔法使いはこのルーンを調合することで魔法の発現する。ただ普通の魔法使い。正確に言うと相当優れた魔法使いではない限り五つのルーンの調合が限界である。そしてこれらができる魔法使い見習いのほとんどが絶望して魔法使いをやめる段階が始まる。
配置したルーンに魔力を込める作業。
これは難題の中の難題である。
配置したルーンに魔力を込めるのは均一に込めるのではなくルーンそれぞれが配置した位置とルーンそれぞれが持っている特有の必要魔力量を熟知した上で配置する必要がある。だが魔力をいくらうまく使える人間だとしてもルーンそれぞれに配置を考慮した上で魔力を込めるのだ。相当難しい作業だと言える。
その上でだ。集中力が必要な理由はルーン全体に魔力を配置する前に集中力が途切れてしまうと魔力の意地が解除されてしまう。
そのための魔法使いはいろんな装備を使ってそれを補うのだ。
魔力を込めれば魔力を温存する指輪とか魔法の杖によっては込められた魔力をほかのルーンに移すとかである。
俺は首を横に振る。
そんなものに頼るのはうまくなってからだ。
もし指輪も杖もない場合はどうする?
それより大事なのは魔法の起源である。
初代勇者のパーティの仲間ウィリアムは魔法使いだったが杖とか指輪とか使わなかった。ただ古代の遺産のルーンに関する本を手に持って魔法を行使していた。
記録が正しければ人間の努力で装備なんか一つなくても人間は魔法を使える。
素手でやれることと装備必要とは大きな差がある。
何より俺が一番装備に頼ろうとは思わない一番の理由はもっと別であった。
「つまり各魔法使いには自分の能力に準じた杖が必要となります。」
人間がその装備の性能に合わせる形になるのだ。
例えば平均的に魔法使いは五つのルーンを使用するほうが多い。
そのため一般的に装備や武器を売る店では魔法使いの杖は五つのルーンを込めるような仕様を持つことになる。
そもそもそのせいで五つ以上のルーンを込めるマジックスタップの技術は衰えている。
勿論冒険家たちの冒険で発掘された伝説のマジックスタップとかは規格外だが。
俺は宣言したどの装備も使わないと。
理論は理解した。
魔力、ルーン、集中力三つの構成を考えれば理論上魔法なんて無限の可能性を秘めているものだ。それをマジックスタップなどに頼って可能性を殺すとかアホすぎる。
だけどルナ先生は許しなかった。
一歩間違えば死ぬかも知れないと。
何もない空中にルーンを配置してそこに魔力を挿入し発現するのはとんでもない危険行為だと警告された。
俺は無言のまま、ルーンを一つ空中に生み出して魔力を適切に込めた。
発現した魔法は「
軽い微風が魔法陣から吹き出て前を進み消える。
「能力なしではありません。自分自身を過大評価するつもりはもっともない。死ぬつもりなんか微塵もありません。俺はできるからやりますと言いました。ただそれだけです。」
俺は淡々にそう告げた。
今日の目標は百のルーンのうち五十のルーンを使うこと。
残り五十のうち二十五は黒魔法が、残り二十五はシャーマンと呼ばれるものが使う。
俺はいつかは黒魔法とシャーマンの魔法も使えようと心の中で誓っていた。
ルナを含めた魔法教師はそんなリチャードをどうするべきか会議を重ねて重ねた。
別に授業態度が悪いわけでもない。そうだとして魔法をバカにしているわけでもない。むしろその逆だ。一部生徒がバカにしている日常、生活魔法をリチャードは真剣に考え改善策まで考えている。
半分冗談でルナがその理由を聞いたら帰って来た答えはいかにも単純だった。
―魔法の核心はただ破壊ではない。そう思いませんか?
その質問はまさに魔法を理解しているものしか出ない答えだった。
そもそも魔法で使う百のルーンは始まりの魔法使いウィリアム様が発見して公開した物だ。そのため一部だけを用いて魔法使いと名乗るのはそもそも魔法使いとは言えない。魔法使いは常に百のルーンの意味を常に覚えて自ら意味を再解析する必要があり、また一部のルーンの破壊能力を買ってそれ以外は無視するのは魔法使いではないのだ。
魔法担当の教師の一部は涙まで流した。
久しぶりに教える喜びまで感じている者さえいた。
だとしても一部ではどうするべきか悩み会議は終わらない。
「だとして彼だけ特別扱いするつもりですか!そんなの学院の設立理念と真逆の行為ですぞ!」
「目の前に優秀な原石がある!俺たちは教師であり才能の開花を手伝い宝石に磨き上げるべき義務があります!」
「そもそも!ここにマジックスタップなしで魔法を発現できる方はいらっしゃるのですか!」
繰り返される議論。
そして結論は常に同じだ。
理論と知識を与えることは可能だが、実習になると横で助言を与えるのが限界になっている。そもそも杖なしで魔法を使える人間などもういないのだ。
効率が悪すぎるということで誰もが初めから杖をもって魔法を使う。
「だからこそ!彼は自由に魔法の研究をさせるべきでしょう!」
「ほかの生徒たちは彼への特別扱いを見てどう思うか考えたことはありますか!」
そして会議が熱を浴び始めると結末は常に悲しく終わる。
「それは……貴族の生徒たちの反発でしょう?」
冷笑で嫌悪を隠さない先生の一人がそれを言葉にした瞬間。そこはもうリチャードに関する会議ではなくなり始める。
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
「教師でありながらもっとも口にしてはいけないことを!」
「事実ではありませんか!」
「彼を悪く言うのはいつも貴族の生徒だけです!」
もはや互いが教師であることを忘れて暴言が飛び混ざり始めたところで雄叫びが場を静かにした。
「静かに!」
ネオパルが白い髭を手で擦りながら互いに暴言を吐いた教師たちを見て口を開ける。
「ジオル教師。ボチェルチェ教師。謹慎十日間。互いが口にしたことを見れば首にしてもいい所だ。けど……そんな気持ちを持てるようになったのは俺のせいだ。
二人を含めてみんな。俺たちは教師だ。生徒たちの模範にならないといけない。各自反省してくれ。リチャード君の教育はこのまま続行する。知識と理論は教えて、彼がやろうとする実習は自由にしてやれ。今日はここまでにしよう。」
教師たちは暗く落ち込んだ顔で席から立ちあげ部屋の門を開けて退室した。
ルナもそれについて退室しようとしていたが、ネオパルによって止められる。
「ルナ教員。少し待ちたまえ。」
「はい?」
ルナは学院長の声を聞き変に思いながらも立ったまま椅子に腰を掛けて目を瞑っている学院長の老人を見つめた。
「リチャード君は……本当に杖を使わずに魔法を行使しようとしているのか?」
「えっと……もう二つのルーンを調合しての魔法は使用しています。」
ネオパルの眉間に川の字を作り深いため息を吐く。
「変なところはないか?」
ルナはその言葉に小さく手で口を隠しながら笑った。
「学院長?そもそも枝を使わずに魔法を行使していること自体がとっても珍しいことですが?」
三つまではこの学院の教師ならなんとなくできるレベルだ。だけど生徒の中でできる人間はいない。
リチャードは希少な存在なのだ。
「いや…そうではなく…何でもない…呼び止めて悪かったな…下がってよい。」
ルナは何かを聞こうとしたが口を閉じて静かに部屋を出るしかなかった。
ネオパルの目は瞑ったままであった。
そして俺は剣術の授業でわざと敵の剣を体で受けてみたりまたは敵の剣を奪ったり背後に回せる足さばきを没頭した。
それを見た先生は俺を上級剣術授業に送った。
そこはまさに強者の巣窟であって俺でも中々苦労した。
特にそこには俺に反感を持っている連中ばかりいたので、さすがの俺でも疲れるようになった。
そして目の前の男。
俺より頭二つ大きい身長と筋肉の鎧を着ているようなバケモノがそこにいた。
王女のそばにいつも使えている筋肉の男だ。
「入学してたかが2か月。それでここに贈られたのか。認めてやろうガキ。お前は優秀である。」
筋肉の男は太い唇を開けて低く分厚い声でそう呟いた。
俺は沈黙を守る。こいつとはかかわらないほうがいいと。
そう思うからだ。
タイミングよく。先生からの授業を始めると声が聞こえられて俺と筋肉男の会話はそこで終わることになった。
上級剣術では何を学ぶかというとまさに上級の剣術を学ぶことになった。
学院の卒業生の中で偉業をなした者の剣術をひたすら学び始めた俺は違和感を覚えていた。
それは生徒たちがあんまり乗り気ではないという事実だった。
筋肉バカは比較的に一生懸命に授業を受けている側であったが、あいつもただ授業を真面目に受けているだけであった。
つまり誰もその剣術を真面目に習おうとは思ってないことだった。
俺はその授業で唯一俺に好感を持ってる人物を見つけて聞いた。
「レオン。なぜみんな乗り気ではないのだ?」
授業が終わったところで俺はさりげなくそれを口に出した。
レオンは軽く笑った後口を開ける。
「ここにいる全員どこかの武家の継承者だからね……。自分の家の剣術を学ぶのが当然だと思っているからよ。」
「ああ、なるほど。いい勉強になった。ありがとうレオン。」
俺の感謝の言葉を聞いてレオンは涼しい笑い声を上げた。
「っていうかお前はどうなの?」
レオンの問いに俺は首をかしげる。
「どういう意味だ?」
「あの剣術どう見ても人が真似できるもんじゃないだろう。実際先生にも手強いようだしな。」
俺は淡々に口を動かした。
「べランクス剣術。この学院を卒業したポン・デルパニオが生み出した剣術。基本的な特徴は快と重をバランスよく取った剣術である。誰でも学びやすいがその深さは創案者以外は指で数えるほど深みがあると言われている。ポン・デルパニオは騎士の剣は騎士しか使えなく、剣士の剣は剣士しか使えないのはバカバカしいと述べ、この剣術を創案して学院に渡した。学院の設立理念である平等性を生かせる人間こそ使える剣術であると言い残して。」
俺は口元を吊り上げて嘲笑を作った。
「あの剣術を作ったポン・デルパニオという人は相当意地悪な人間だろう。そのせいであの剣術は学び難しいもんになっている。」
俺の私的にレオンは首を傾けた。
「難しいのはわかるけどよ…なぜ意地悪というんだい?」
俺は食堂に足を運び始めた。
「レオン。お前は、いや、お前を含めていろんな人をあって来た中で'こいつこんな人間だっけ?'と思う瞬間があったか?」
「うん……あるとは思うけど……中々いないな……そんな人間……。」
俺は軽く顎を引いて真剣にレオンに告げる。
「そうだ。あの剣術の核心はそんな変化を自由自在に操れる人間ではないと使えない剣術だ。」
レオンは腹を抱えて爆笑した。涙まで浮かべての爆笑であった。
「そんなわけないだろう!確か横切りをいきなり打ち砕きに変えたりして変な剣術だけど俺でも使えるよ?まあ、難しいところはそこなんだけどね?」
俺はレオンを見て眉間にしわを寄せた。
「……お前……それ悪い癖だ。直しておけ。」
「え?」
俺の忠告を聞いてレオンは泣き顔をした。
「レオン。なぜそんな人間しか使えないのか教えてやる。」
俺は瞬時に木剣をレオンの腰を狙て薙ぎをした。
レオンは慌ててながらも剣を横に立たせて防御する。
俺は剣の速度を落としながら上方向に軌道を変更した。レオンもそれに合わせて姿勢を整いながら剣を動かした。
その瞬間俺は全力を込めての斜め切りをした。
―カッ!
木と木がぶつかる鈍い音とともにレオンの木剣は飛ばされる。
あっけなく武装解除されたレオンを無視して俺は飛ばされた木剣を拾ってレオンに投げて渡した。
だけどレオンはぼっとして木剣を受け取らなかった。
「何してる?」
「いや待ってよ!今のはなんだよ!え?何!なんだよいったい!」
うるさいな。俺はレオンを無視して歩き出した。
レオンは慌てて木剣を拾って俺に走って来た。そして肩を掴み俺を揺らす。
「なあ!どうやったんだよ!」
「教えてやるからやめろ!」
レオンがやっと落ち着いたのをを見て軽く拳で腹を叩いてやった後説明を始める。
「レオン。あの剣術がそもそも使いにくい理由は明白だ。あれは解説書にも書かれている通り、快でも重でもない剣だ。つまり力優先の剣でも速度優先の剣でもない剣というものだ。」
「まあ、確かに。」
レオンは殴られた腹を手で押さえながら答える。
「じゃ、この剣術はなぜ学びやすいと評価されたんだ?」
「うん……わからない……。」
「答えは簡単だ。剣術を知らない人間が学びやすい剣術からだ。」
「うん?」
レオンの反応は当然のことだ。
そんな剣術をなぜ上級剣術で教えているのかという表情だろう。
そもそもなぜそれが学びやすいなのかも知らないと顔で言っている。
「何も知らない人間なら快も重もわからないから教えることをひたすらやることになるからだ。逆に騎士の剣術のような重剣の使いになれている人間には快の剣術なんか興味がない。逆に敵の弱点を狙うのに特化された剣士や冒険者の剣術から見れば
「あは!なるほど!」
当然のことであるが誰もがそれを指摘しなかっただろう。
理由は簡単だ。
生徒の中で真面目に学ぼうとする人間がいなかったから、教師たちも意欲が出なかったのだろう。
「そして意地悪と評した理由だが。」
「おお!そうだ!なぜそう思うのだ?」
レオンの問いに俺はあざ笑いした。
「あの剣術の創案者ポン・デルパニオはこの剣術を習うためには条件が必要だと教えていなかった。それが意地悪な点だろう。」
「習うために必要な条件?」
「そうだ。」
レオンが目で促した。早く教えてくださいと駄々をこねる子供見たくてちょっとかわいいな。俺より背も高い癖に。
「あの剣術は常に自分自身を捨てる自信がないと
レオンは力強く首を頷けた。
「すごかった。予想外の一撃と予想外の力であった!」
俺は賢い生徒を見る目でレオンを見て頷く。
「あの剣術は柔軟な筋肉を使い奇襲性を生かした快と快に対する防御を張ってる相手に重の一撃を与えたり、重の一撃を対応している相手に快の剣での急所攻撃を仕掛けるものだ。」
レオンはうんと高い声で反論する。
「それは基本中の基本ではないか?」
「レオン。まだわからないのか?あの剣術にはその基本中の基本を極端まで磨きあげた奥義が込められているのだ。例えばだ。もしお前が決闘をしようとしよう。そして想像してみろ。相手はあの筋肉男が半分そして弓を持っているバケモノ半分混じった相手だとしよう。お前が考えているその基本が通じる相手だと思うか?」
「あ……なるほど。そのたとえならわかる。快と重を混じっての攻撃など全然通じなくなるわ…。」
俺はまさしくと足した。
べランクス剣術はまさにその通りだ。
あれを評価した他の剣術の
重を好む人間と快を重んじる人間には到底学ぶことさえできない剣術。
いやむしろ人間は学べるものではない可能性するある剣術である。
人間ほど自分の好みが定着しやすい動物もないものだから。
創案者は言うならば相当捻くれたものとしか言いようがない。
俺は木剣を保管所に渡した後レオンと共に食堂に向かった。
そうやって入学後二か月と半月が過ぎた時点で俺は俺のクラスの平民全員と貴族の令嬢たちと共に小さなイベントを開始した。計画を進むためにバナルスが書類の手伝いを交渉にリカルドの助けをもらった。エミリアは場所の確報とガイドラインの整理を務めてくれて問題なく着々計画は進行できた。
学校のグラウンドと呼ばれる大きな広場を週末の一日だけを借りての遊びに過ぎなかったが以外に全学年に知られていた場が盛り上がるようになった。クラスの各位がバラバラに離れていろんなところに隠れる。
大会が始まったら互いの点数の奪い合いが始まるようなもんだ。
有名な演劇の俳優の娘が壇上に登って大声を出して大会の概要を説明し始めた。
「みんなおはよう!」
―おはようございます!
(うん?平民ではないか?彼女は?)
不思議に思っている俺の耳に正確な発音の大声が広まる。
「私は今日の司会を務めるソピア・マルソです!今日は1-1クラスに入学してたった二か月半で圧倒的存在と成長したスーパールーキーリチャード君の大会が始まります~!」
(大会ではない。)
俺の不満は声にならなかった。
「今日の概要はいかにも簡単生徒それぞれが隠れますそしてそれぞれが持つ百のポイントを奪い合い1時間後もっとも大きい点数を手に入れたものが勝利!または一人だけ残れば勝利です!優勝商品はなんと!あのリチャード君を一日自由に連れまわされる権利が与えられます!このチャンスを利用して町の宿を使って純潔を奪いましょう!」
いくら俺でもそれは初めて聞く話だった。
「おい!俺はそんなこと聞いた覚えはないぞ!」
俺の叫びに観客席から揶揄が殺到される。
―うう!
―嘘つけ!お前から言い出したのだろう!
―可愛い顔して腹は黒ってやつだな!
―うう!自分から言い出したんだろう!
(こいつら…本気で呪っているな…。)
暗い闇を除くような感じがして身を震える。
そんな俺を見てソピアは高笑いする。
「あははは!彼のことは本当です!彼が言い出したのではありませんが!だけど優勝賞品はクラス全員で決めればいいと彼から言い出したのでこれは自業自得と言えます!」
(くっそ!失策であった!俺がこんな失敗をするとは!)
平民出身の人間を俺の勢力に入れるための単なる下準備に過ぎなかったことがこんなことになるとは思わなかった。
別に女性と一晩送ることはこの年で恥ずかしいものでもない。
むしろ俺の親は十五歳で結婚までした。
だけどそれとこれは違う。
しかもだ。
(貴族の令嬢はプライドが高い種族だろう。こんなに堂々と平民への好感を表していいのか?)
俺は長いため息を吐き混乱を払おうとした。
そして戦意を鼓舞する。
「その代わりにリチャード君が優勝したらなんと彼のクラスの男性諸君は一か月間のお小遣いを全部リチャード君にあげると誓いました!」
それは中々いいものだな。
…。
…。
え、男性?
「実はクラスの男性諸君は女の子たちの要求に応じる代わりにそれぞれ女の子のハンカチを手に入れたそうです!うらやましいですね!」
…。
…。
たかがそれだけで?
俺の顔を見た観客席の男たちが再び揶揄を発する。
―そんなもんいらないということか!
―それはそうだろうな!レディーからのハンカチはすなわち騎士の名誉!そんなことをあいつはバカにしてるのだ!
―レディーから認める必要などないということか!
―生意気なもの!
イライラする。こうなったら全力を尽くす。
半分遊びがこんな形につながるとは。
「では始める前にリチャード君の感想を一言お聞きしましょう!」
みんながバレバレに別れた中俺だけが残されたのはこの大会に関して一言行ってやれと言われたからだ。
だけど真の理由はこれであった。
俺の位置を確かめるため。
そして大会が始まったら全力で俺の点数を奪いに来るだろう。
本当にはめられた。
袋のネズミ。
俺は覚悟を決めて壇上に登った。そして観客席を見渡して告げた。
「正直半分遊びで始めた試合だが、優勝賞品を聞いて心が変わった。全力だ。俺の全力を見せてやる。お前らそこでよく見ておけ。俺が誰か教えてやろう。」
殺意をこもってのその宣言を聞いてみんなが黙り込む。
壇上を降りていく俺を見てぱっと気づいたソピアが大会開始の合図をした。
「では!大会の開始を宣言いたします!」
同時に空高く鏑矢がのし上がり大きな音が鳴り響いた。
開始と同時にもっとも警戒していた最大の脅威であるエミリアが草薮から飛び出て来た。
瞬時に枝を取り出して注文を唱える。
「
空中に合計二十の矢が出現して殺到した。
俺は魔力を込めた木剣でそれらを跳ね返す。
エミリアは殺傷能力がとても低い魔法は相手に当てれば得点する。
そして。
「よし!一点獲得!」
エミリアが明るい高笑いをして逃げ去る。
殺到する
徹底的な持久戦を持ち込む意図であるだろう。
問題はそれが丸見えだとしても俺はそこから逃れないということだ。
多分この作戦を思い出したのはバナルスだろう。
あいつは俺を勝つと宣言していた。
でも卑怯すぎだろう?いくらなんでも。
壇上は観客席のすぐ前であり、グラウンドの外部。つまりはそこから逃げたら脱落。前に進めばバナルスが仕組んでいるクラスの連中が俺を襲うだろう。
だとしてここに留まっていたらいずれにせよ体力が尽きて負けだ。
(くっそぉぉぉぉ!ただの遊びだと俺は伝えたはずだ!)
そして矢の殺到が終わると次に出てきたのはリカルドとローズとペルトンであった。
「勝負だ!リチャード!」
「絶対負けない!」
「恨むならその美貌を恨め!」
リカルドがとんでもない計算式を取り出して俺に投げた。魔法が込められている羊皮紙なのかそれはそれに浮かんで目の前でふらふらして地に落ちない。
それを見ながらローズの動きを確認するローズは弓を取り出した。熟女には似合わないものだがローズは弓の凄腕である。そしてそこにペルトンのポーションが俺を狙って投げられてきた。
よけたと思った瞬間ポーションは空中でパシャッと割れて液体が空中に飛散される。
瞬時に乾いて行く液体。そして甘いにおいが空中に漂う。危険を直観して袖で鼻をふさいだが少し嗅いでしまった。
難しい計算式を横目で見ながらローズの矢をひたすらよけるが、ドンドン眠くなり始めた。
(薬品のせいか……。)
見れば事前に知らされていたのかリカルド、ローズ、ペルトン全員鼻を布で覆っている。
俺は仕方なく計算を諦めて両手を使い素早くルーンを空中で配置する。飛んでくる矢をよけてペルトンのポーションをよけながら魔法陣を完成する俺を見て観客席から歓声が上がっていく。
―あいつ動きながら魔法使っているぞ!
―ありえない!そんなこと大魔法使いしかできない領域だ!
―おい!魔法完成した!発動する!
―バケモノかよ!
込められた魔法陣に手を置いて叫ぶ。
「
甘い香りが風に乗って消える。
自由になった両手で次の魔法を発動させた。
「
魔法陣から出てきた煙のせいでリカルドは計算が終わらなかった。
「くっそ!あと少しだったのに!」
「引くぞ!リカルド!」
ペルトンの急ぐ声にリカルドとローズが場を去っていく。
動かなきゃ。
魔力はまだまだ余裕がある。
そのあとも一歩進むためのクラスの連中の仕掛けは続いた。
一致団結しての攻めに俺はどんどん疲れていく。
一番厄介なのは消耗するアイテムに頼るペルトンみたいな技術者を除いては体力さえ回復すれば何回も投入されるローズのような戦力であった。
そして何よりの問題は俺の得点条件であった。
俺は自分自身の限界を試すために、わざと得点条件を'相手が得意とする分野で相手よりうまい結果を出す'のが得点条件であった。
それが足がかりになるとは。
このままだと本当にやばい。
逆転のチャンスが必要だ。
別にここまで来たら負けても構わないと思ったがある言葉に完全に心が変わった。
「絶対弱みを握って奴隷にしてやる!」
女性の言葉だった。もはや何の手段を使ってくるか予想できない恐ろしい言葉であった。
やるしかない。
俺はそこまで前進していた足を逆にとって逃げ出しした。
目標はスタート地点の壇上の下。
限界線まで逃げる俺を見てその意図を読み取れなかったみんなが戸惑い行動が遅れる。
そして俺は全神経を集中して魔法を準備する。
そこで遠くから声が聞こえた。
「やつを止めろ!みんな全力で挑め!残り五十点!残り五十点だ!やれ!」
(バナルス…お前………後で覚えておけ。)
準備するルーンは五つ。それを空中に配置する。一回だけ研究を重ねてやっと現実にできた魔法だ。
風、風、風、火、水のルーン。
普通はありえないルーンだ。相反するルーンの配置など。あってはいけない。
だが魔力量の調整でその魔法は安定され発動される。
だが俺でも本当に神経を集中しないと発動できない大魔法である。
第一の風のルーンに十分の一とその半分を。
第二の風のルーンに十分の四と半分の半分を。
第三の風のルーンに十分の二と半分の半分を。
第四の火のルーンに十分の一と半分を。
第五の水のルーンに十分の一にもならない半分を。
そして全員が俺の目の前に来たのを見て俺は魔法を発動した。
「
俺が力強く前に掌を向けた。
「うわあああ!」
「お前本気かぁぁぁぁぁ!」
猛烈な疾風が目の前に迫ってきていたペルトンとリカルドを含めた男全員を吹っ飛ばした。
成人ではないとしても人間を風で吹っ飛ばせる風だ。
グラウンドの向こう側に飛ばされたクラスの全員が場外で脱落した。
俺は愉快に笑ってその場に倒れた。
この魔法は今の俺でも吐き気がするほどつらい。
初めてこの魔法を創造した時、横で見ていたルナ先生は驚愕して彼女自身も魔法を試したが、失敗で終わった。
理由は簡単である。
難しすぎるのだ。もしこの魔法が魔力を多めに食うもんならむしろ簡単だったかも知らない。でも魔力は普通の五つルーンを用いての魔力量と同様。
その中で本当に精密な魔力配置が必要になる。
魔力の分配と配置と安定化。
火と水の両ルーンが衝突しないための魔力量が細かすぎるようになる。
俺でも副作用で息ができなくなり地面に膝を付いてしまうほどだ。
コホコホと咳を吐いていると、ふっと気づいた。
「…なぜ終わらない。」
見ればあっちこっちに風に飛ばされた人間たちが倒れている。
怪我などないとしてももう場外により敗北状態。
ゆっくり首を動かして壇上のソピアを見ると彼女はあっけなく口を開けてどこかを見つめている。
俺もその視線が向かう先を確認する。
広いグラウンドの端っこ。そこに彼女は依然と両足を地面につけて立っていた。
藍色の髪を一束にして腰まで伸ばして頬を赤く染めてウキウキする満面の笑顔。
悪意などそこに居座る余地などない純粋な感情を丸出しにしている顔。
動きやすい藍色のシャツとズボンに藍色のローブを着こなしている。
まったくなんだよ。
魔法を発動する時、もしかしたらと思っていた。
もし彼女なら残るかも知れないと心の中では覚悟していた。
いや、正直残るだろうと思っていた。
学院内で魔法だけで順位を付けるなら5位以内に入る優れもの。
学院に入った新入生の中でもはっきりわかる実力者。
「すごい!すごいよ!リチャード君!これどんな魔法?!私が勝ったら教えてもらうからね!」
エミリアは笑いながら前に出していた杖を下して歩き出す。
俺はかろうじて正気を取り戻して立ち上がった。
彼女はゆっくり近づいたがある程度距離を取ってマジックアローを準備する。
俺は汗をかいて彼女を見つめる。
恐ろしい女だ。
どうやったのかマジックアローを無数に生み出している。
「私ね!みんなに頼まれたの!リチャードを倒す切り札として草薮に潜んで魔力を温存していててね!」
「バナルスか…。」
あの野郎…。
「そう!リチャードならきっと何とかしてみんなを敗北させるってね!」
エミリアはニコニコ笑っているが話しながらマジックアローの生成は終わりなく続く。
「何個まで作る気だ?」
俺は呆れて自然にそれを口にする。
「うん…わかんない!」
元気よく答える彼女はまさに小悪魔のようであった。
誰もがその可愛い笑顔と仕草を見て笑いながら可愛がるだろう。
「エミリア。俺に勝ったら俺をどうするつもりだ?」
「みんなと一緒に商店街回り!」
「はは…なるほど意外と無難なことだね。」
俺は少し安堵した。
それならいいかもな。
「何かローズとレベカは女の子の服を着せたがっていた!」
「………………絶対負けない。」
俺は残りの魔力を全身に巡らせた。
そして矢のように前に飛び出た。
彼女はそこで作っていたマジックアロー数百発が打ち込まれる。
俺の選択肢はたった一つだ。
突進。頭固すぎと言われるか実はバカだったと嘲笑されるだろう。
けど仕方ない。
これが最善である。
相手よりよい実績をなすということはもはや無理だ。
魔力が底をついている。
なら彼女を力で場外させないといけない。
エミリアは予想外の展開だったのか慌てている。
俺の回避を予想してのマジックアローは軌道を修正して俺への一点射に変更される。俺は木剣にほんの少しの魔力を込めてそれを払ったり打ち返す。どうしようもない場合はそれを身で受け止める。
いくら殺傷能力が低いマジックアローだとしても何回も受ければ重傷に繋がる。
腹と肩で血が飛び出る。
見ればエミリアの表情が暗くなっている。
迷いは敗北につながる。
俺の勝ちだ!
「負けないでくださいエミリア様!」
「私たちはこの日のために練習して来たのではありませんか!」
ローズとレベカの震える大声の応援が聞こえた。
そして地面で倒れていたリカルドたちも大声を上げた。
「負けないでください!」
「あの涼しい顔が絶望で歪むのを!我々男どもに!我々に嬉しさという幸せを!」
「この不公平な世界に一発くらわせてください!」
「何でもできる天才に負けたくありません!たとえそれが数での力だとしても勝ちたい!」
(このくっそどもがぁぁぁぁぁぁ!俺が何をしたぁぁぁぁぁぁ!)
まるで悪役扱いではないか!
俺は悪魔でも魔王でもない!
声にならない怒鳴りを叫びながら俺は彼女に向かって速度を上げる。
だけど彼女はぱっと明るい顔に変わり枝を前に出した。
「みんな!みんなの気持ち受け取った!私は負けない!諦めない!決して私はリチャードに負けない!」
エミリアはなんか感動したように身震いした。
そして全身から魔力を溢れ出して。
杖にその魔力を全部入れ込む。
とんでもない量だ。
そして現れたのは。
三つのルーンでなされている風の魔法。
持続性はない魔法だが。厄介なことにこの魔法は一瞬だが椅子や棚などを倒せるほどの風を生み出す。
当然人間の前進速度も落とせる力ぐらいはある。
俺は胸の中で何回も呪いをかけつつ残り魔力全部を足に回した。
当然防御が弱くなりマジックアローを何発も受けるようになる。
鉢が何百万も耳で羽ばたきするような音が聞こえる。
目の前が黄金の光のマジックアローで塞がれるほどだ。
くっそ!
どう見ても劣勢は俺ではないか!
俺への憐みはないのか!
重苦しい心情で前に進む。
そしてマジックアローの嵐をやっと潜り抜けて俺は彼女の前にたどり着いた。
そして俺は剣を彼女に向ける。
血がたらたら落ちている。
でもここまで来たら俺の勝利だ。
「はあ…はあ…俺の勝利だ。大人しく降参しろ。」
圧倒的な不利な状況に落ちていたせいか俺の言葉は尖っている。
エミリアはゆっくり杖を下して満面の笑顔で顔を横に振る。
「いーや!私の勝ち!」
俺は眉間にしわを寄せた。
「何を言っている………。」
エミリアは俺の体を指差した。
「当たった数五十超えた!」
「あ…………。」
俺はすっかり忘れていた。
追い込まれたせいで余裕がなくポイントがあんまり残っていないことを忘れていた。
何百のマジックアローを見て突破することだけを考えていた。
呆気なく負けてしまった俺は地面に膝をついた。
そして一気に諸所から歓声が上がった。
―よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!
―エミリア様万歳!
―最高でした!エミリア様あぁぁぁぁぁぁ!
―不公平な世界に鉄槌を!
―ざまぁみる!うはははは!
そして俺はエミリアから治療を受けて最後に壇上でガッツポーズを取る彼女を見守るしかできなかった。
ペルトンのやつは涙まで流していた。
「俺の人生は…これで救われた…。うう…。」
(どんだけ暗いのよおめぇは…。)
「いつも涼しい顔していたやつの顔が今は土色だぜ!」
(嬉しそうだな…お前も…。)
「ははは!俺の奇策はどうだ!リチャード!君に勝つために何日も睡眠をとらずに考えた作戦だ!」
(お前が一番の元凶だよな…。)
俺が無言のまま彼らを睨んで脅したが全然効果はなくむしろそれを受けて尚嬉しい顔をする。
「変態どもめ…お前たちはなぜ俺に反感を持ってるんだ。別にひどいことした思いなど俺にはない。」
俺が荒れる声を必死に整えながらそう聞いた。
「ふん!別にお前は悪いことなどしていない!これは俺の劣等感から自然にとった行動にすぎない!」
ペルトンのその発言にはさすがのリカルドとバナルスも引くのか、二人はペルトンから距離を取った。
リカルドは後頭をポリポリ掻き苦い微笑みを作った。
「いや~お前かっこよすぎるからよ。ちょっと半分冗談でちょっと…ね?」
俺には理解できない感情だ。
そこに壇上でソピアがエミリアの優勝を祝う大きな声が響いた。
「優勝者に盛大の拍手を!」
―パチパチ
地を揺るぐような大きな拍手が続いた。
エミリアは笑いながらそれに感謝の気持ちを込めて手を振る。
明るい笑顔がこれほど似合う人間は相当ないだろうと俺は内心感心していた。
「ありがとう!えっとね!嬉しい!まずリチャード倒しを企画してくれたバナルス君!」
俺はバナルスをもう一度睨む。
意気揚々と笑うバナルス。
「そして乗り気ではないみんなを説得してくれたリカルド君!」
リカルドは口笛を吹くが音は全然出ていない。
「それと何日も頑張ってポーションを作ってみんなの心に火を点けてくれたペルトン君!」
ペルトンは俺を見てすごい嘲笑いをした。
(お前が勝ったわけでもないだろう……。)
「最後にローズとレベカを含めた女子全員で盛り上がって取りかかったことが何よりうれしいです!ありがとう!」
俺は燃え滾る怒りで女子たちを睨んでやった。
全ての元凶は言わば彼女たちであった。
大会に参加したのは平民出身の男性だけだ。
俺は彼らを率いて率先して色々力を使ってやったと思っていたが帰って来たのは裏切りであった。
そうだ。
俺だけを標的にするそんな考えなど彼らが一致団結して承知したはずがない。
クラスの女子たちが甘い飴を与えて誘惑したのだろう。
俺はそんなことを考えて呪い殺すように見つめたが女子たちはむしろ喜んでいた。
「はあ……あれだわ……あれが見たかったの。」
「軽蔑するよな目……怒りに震えるその動き……すべてが痺れる……。」
「あれが明日にはもっと酷くなるんだよね!」
「明日苛めて泣かせてみたい!」
「リチャード君が泣く!うう!想像しただけで私はもう!…」
このクラスには変態だけだ。
速くこのクラスから脱出しよう。
ここにいては身の安全が危うい。
「あ!もちろんじゅ……純潔とか奪わないから安心してリチャード君!」
エミリアが壇上でそんなことを言っていると観客席は一層盛り上がって爆笑した。
―ははは!実は女の子だったりして!
―うははは!もしそうだったら俺がもらってやろう!
―貴様何言ってる!彼女の意見も聞くべきだろう!
―うるさい!リチャードが女の子なら俺と付き合うのは決定事項だ!
狂ったやつらばかりだな。
確かあいつら全員平民の息子ではないのか?
そしてその日は俺の負けで終幕を迎えた。
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