第5話 入学


揺れる馬車の中で俺は絵本を何冊か読んでいた。

「緊張しないな。」

俺の向う側に腰を掛けているバイス公爵はあくびをしながらそう言った。

「別に緊張する必要はないのではと思いますが。」

「わしはともかく貴族たちは自尊心が高い連中ばかりだから注意しろよ。」

どうやら俺の言葉使いが問題であるようであった。

俺は鼻で笑う。

「それは自尊心が高いというよりただの傲慢の塊というべきです。」

バイス公爵はまた爆笑する。

「まさにその通りだがな…。フフフ…。」

バイス公爵は一家の主である。しかも公爵の爵位についてるものだ。

色んな経験を経てなお公爵であり、この年を支配している。

そんな人物には自尊心という単語がどう聞こえるかは見なくてもわかる。

「卒業まで3年でしたよね?」

「そうだ。」

「それと自分のために特別授業も用意されていると。」

「そうだ。文字が読めないと聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ。小僧。」

バイス公爵は深いため息をついた。

「文字が読めないのになぜ絵本を読んだのだ?」

「文字がわからぬとも文章に規則性があれば勉強になります。そして絵も付いている。文章と何の関係もないものが絵で描かれているわけがないですからね。そのためとりあえず読んでみただけです。」

そういいながら俺は本のページをめくる。

「はあ…お前が俺の孫だったらな…。」

俺は嘲笑してしまった。

「公爵様は本当に貴族なんですか?漠然と思っていた貴族とは偉い違いますが?」

「貴族と言う肩書きに縛られていれば痛い目に会うぞ。」

公爵は枝を手で擦りながらそう言った。

何かの思いに耽っている。

俺はそんなバイス公爵を無視してまた本に集中する。

「そういえば、お前。勇者様の恋人なのか?」

「クェッ!」

想像もしなかった問いに俺は思わず息が詰まり変な声を上げてしまった。

俺は必死に息を整えながらバイス公爵を睨む。

「何を仰ってるるのですか?」

「違うのか?」

「違いますとも!リサはただの幼馴染です!」

何で俺はこんなに慌てているんだ?

冷静さを取り戻しながらそう考えたが、理由が見つからなくて戸惑いは深まる。

「では、わしの孫娘の婚約者になれ。これは公爵からの命令だ。」

「お断りです。何言ってるのですか?バイス公爵様。あなたは公爵です。平民を家に入れると?それが何を意味するかご存知ですか?」

この人アホか?

年齢の問題か?

いや、こんなに丈夫で元気な老人見たことはない。

「お前…本当に田舎もんだな…。たしか貴族の家に平民が混ざるのは希少なことだがないことでもない。」

俺は表情で疑問符を浮かべた。

「平民の中では剣術や魔法で偉業をなすものがいる。または王命に応じて不思議な建物やアイテムを作成するものもおり、色んな分野で大家マスターの者などもそうだ。その場合貴族から提案するのだ家名を受けないかとな。」

「今例を挙げたものすべてが実績を残しているのでは?」

「お前もいずれそうなる。」

おい…爺…。

まあ、実際そうなる。俺はいずれこの国の王族と貴族とやらに対して反逆の旗を上げるものだから。

だけどそれとこれは別だ。

何より俺には女性に関する興味がそんなに旺盛なわけではない。

いやそれ以前の問題だ。

「言いたいことは山ほどですが、やめておきます。この話は聞かなかったことにします。」

「お前…わしの命令が聞けないと?」

「…殺すつもりですか?」

バイス公爵は殺意を漂わせながら俺を見つめている。

握っている枝に微妙な光が放たれている。

魔法か。

「小僧。特別扱いしているから謙遜を失うのではないぞ?」

バイス公爵の言葉に俺は笑わずに真顔でその言葉に反論する。

「別に特別扱いされているから自惚れてるわけではありませんが?」

でもその言葉を聞いてもバイス侯爵は釈然としなかった。

「自分に提案したことはどうするつもりですか?」

「適任者は探せば出るだろう。そのぐらい。」

嘘ついているな。

出会ったその日に提案するほどだ。時間に攻められているはずだ。

人物もないだろう。

俺はバイス公爵を見ながら腕と足を組んだ。

挑発。

大貴族に対する挑発だ。

「貴様……本気か?」

「ええ。本気です。殺したいなら殺せばいい。平民を殺すのはそう問題になる筈でもないです。」

俺の父がそうやって殺されたから。

「貴族の意思がすなわち平民の義務ではないですか?」

徴兵管理官が国王様の命令だと喋って平民を従わせたように。

「正直ですね。あなた様は違うと思っていましたが、そうやって命令して従わせようとするのなら、これから学院に入っても俺の意思でできることは限られてしまう。あなたが要求した内容は誠意をもって成し遂げます。だけどそこまでです。それ以上を要求…いや、命令をしようとするのなら。俺たちの関係もここで終わりにしましょう。」

バイス公爵は俺を直視して口先を引き上げる。

「肝が据わってるな…。よし。わしが譲ろう今回は。だけど貴様。わしがどこまでもお前を許すとは思わぬことだ。」

バイス公爵は魔法を中止したので俺も組んでいた腕と足を解く。

「っていうか、俺は公爵様の孫娘さんと会ってもいないのですよ?」

「愛ゆえに結婚するのは平民たちの特権だ。貴族にはそんな浪漫的な考えはあってはいけない。」

「あーーーそうですか。」

疲れた。

この爺と会話すると疲れる。

村のお爺ちゃんたちは温和だったのにな…。

馬車の揺れを感じながら俺は短い眠りについた。





馬車が止まれ降りた俺の目の前にあるのは気品が感じられる純白の壁で包まれている学院だった。

緑豊かな芝生が敷かれていて赤いレンガと青いレンガで作られている3階の建物とその間に挟まれている形をした大きなクリスタルの塔。

東にまたドームという形をした建物と西には競技場みたいな平野もある。

都市の内にこんな大きな敷地と設備を用意できるのか、なるほど。

これは金がないと入学は夢のようなもんだな。

広さと豪華さに感心している俺にバイス公爵は告げる。

「行くぞ。小僧。」

「はい。」

これからここが俺の住まいなのか…。

慣れておかないとな…。

貴族と貴族の姿勢とそれといろんな人間について。







「ネオパル!久しぶりだ!」

「おお!バイス様ご無沙汰しております!」

学院の中央を進んで行って着いたのは‘学院長室‘と書いている部屋だった。

事前に連絡していたのだろうバイスとあんまり差がないように見える白髪の老人が微笑みをもって俺たちを中に招く。

「昨日手紙を受け取りびっくりしました!レオ君を連れて行くのですよね?」

「そうだ!あいつが役目を果たす時がきた!」

「おお!まさか!勇者様がついに!」

「そうだ!ついに我々が待ち望んでいた勇者様の到来である!」

(レオ?男?なんだよそれ。聞いてないわ。)

くっそ。

……なんでイラついてるんだ俺は……。

バイスとネオパルが互いに近況を伝えた後、ソファに腰を掛ける。

「レオ君はもうすぐここに来ます。その間に…彼が手紙の彼ですか?」

「そうだ。彼が推薦入学者だ。」

ネオパルは俺を上下に見渡した後、頷いた。

「どうかね?」

バイス公爵の問いにネオパルは深くうなずいた。

「別の分野の才能はともかく魔法に対する才能は並み以上ですね。」

「だな。初めて見たとき魔法使いかと思ったぐらいだった。」

(はあ?何言ってるの?それって一目でわかるものなの?)

俺は黙ってソファの後ろに直立不動のままただ聞いていた。

「見た感じどうも曖昧です。本当に任せる人材ですか?」

ネオパルはどうも不安であるようで、顔が暗くなっている。

「このわしが保障しよう。彼はこのわしより頭がいい。」

(偉い評価だな。自分に対する客観的な評価はしないのか?)

貴族とやらはみんなそうなのか?

「それは…恐ろしいですね…。」

(おいまじかよ爺?)

顔色一つ変えずに感心しているぞ。

いやいや。ばかげている。俺なら絶対減点項目だぞ。今の台詞。

「剣術は首席聖騎士と一手制限つきで五分五分で戦えるそうだ。」

「なんと!それはそれは!逸材ですね!」

(お前たち言いたい放題だな…。)

本人の前で言う台詞ではないぞ?爺たちよ。

俺は渋い顔をして口を閉じた。

ードンドン

門が軽く2回叩かれた音が部屋に響く。

「入れ!」

誰かも聞かずに門が開けられた。

中に入ってきたのは俺より頭一つ大きい青年だった。

年の差は2歳ぐらいか?

藍色の髪を短く切っていて整った顔立ちであった。

規律を重んじているのかこの学院の制服のように見える制服を着こなしている。

首の部分の金属結びの締め具合から皺ひとつない服装は厳しさを感じさせる。

「レオ来たのか。」

「はい。御爺様。お呼びしましたか?」

男は俺に目をやらずにネオパルとバイスだけを見る。

姿勢、言動、行動すべて把握しようとしている俺に声をかける。

「平民。貴族様を直視するのは無礼だ。目を伏せろ。」

レオのその発言に俺は少し驚いた。

怒りが心の中で湧き上がったのを感じた俺は。

笑ってしまった。

忘れかけていた。

権力を持って弱きものを無視するその種族を。

上に立つものは下に伏せているものをゴミのように見るというその言動と姿勢を。

俺は忘れかけていた。

同情する余地もないクソが貴族だったということを。

「貴様!何笑っている!」

俺は涼しく笑った後腰を折って謝る。

「失礼いたしました!田舎で育ったもので、礼儀がなっていなかったです。」

ああ、もう笑ってしまう。なんていうことだ。

忘れかけていた自分に。

それをレオによって気づいた自分に笑いが止まらない。

「フン!わかるならいい!腰を伸ばしてもいいが目を伏せておけ!」

「了解いたしました。」

俺たちのやり取りを見ていたバイス公爵は長いため息をつく。

「レオ。貴族のプライドを持つのは大いに結構だが、平民を見下すその姿勢は直せと何回も言ってるはずだ。」

「……承知いたしました。御爺様…。」

レオは嫌な顔を隠すため腰を折っているが、横から見る俺には丸見えだ。

(傲慢の塊…か)

こんな奴がリサと共に魔王倒しに行くのか…。

「レオ。勇者様が現れた。その故にお前は明日から勇者様にお供して魔王討伐に挑んでもらう。」

バイス公爵のその言葉にレオは腰をパッと伸ばして叫ぶ。

「本当でございますか!」

(うるさいな……。)

歓喜に満ちてるレオを見てバイス公爵は補足する。

「そうだ。もうすでに国王殿下にも報告書を送った。国王殿下に謁見した後は教皇庁に行け。その後は聖女様が教えてくれるはずだ。」

「ああ!こんな日が来るとは!お任せください御爺様!必ずや勇者様の足手まといにならないため、このレオ!全力を尽くします!」

「ああ……頼んだ。」

「は!では失礼します!」

レオがお辞儀した後部屋を去る。

俺は腰を伸ばして彼が去った門を一見した後バイス公爵を見つめる。

「あいつがわしの孫だ。」

「そうですね。」

ネオパルは軽く溜息をついた。

「リチャードだったな。これからやって行きそうか?」

‘あれを見て‘という言葉が省略されたような質問だ。

確かあんな奴に頭を下げるのは嫌だけど。

「問題ありません。ある程度覚悟…覚悟というべきでもないですね。あの態度が普通なのではないでしょうか?わかっていたことを改めて経験しただけです。問題ありません。」

俺の言葉を聞き、ネオパルは微笑みを浮かべる。

「なるほど…バイス様。これは期待以上ですね。」

「だろう?実は俺の孫娘と婚約を結べと命令したのだが断れてしもうた。」

「なんと!では彼はまだ婚約者もないということですか!」

「お主!彼はわしが先に目星を付けたから他を当たれ!」

「失礼ですが、前途有望な若者は自分がなくなっても我が家に大いなる栄光をもたらすはず。バイス様は自分と同じく先がもうない方ではありませんか?」

「うははは!お主面白いこと言えようになったのではないか!」

老人同士が悪い冗談を平気で喋っている。

(言っておくがな。俺が誰と結婚するかは俺が決める。お前らが決めるもんではない。)

貴族とやらはどうも好きになる気がしない。

どこかに平民の立場を理解している貴族はないのか。

「この際、お前が横取りする前に孫娘と顔合わせしとこうか。」

「エミリア君をお呼びすると?」

バイス公爵は無言で頷き、下僕を呼び、自分の孫娘をここに連れてこいと命じた。

(俺…何でここに連れてこられたんだ?)

そして話長すぎだろう。つまらない冗談と近況を話し合っている。

いい年してほかの貴族を非難したりバカにして話をしている。

情けない。

―ドカン!

門が力強く開けられ現れたのは藍色の髪を一束にして腰まで伸ばしたお転婆娘だった。

非常に幼い顔であった。

目は大きく鼻と口が小さく、頬は若干赤く上ずっている。

俺とほぼ同じ身長である。

同い年なのか?

その少女は走ってバイス公爵に飛び込む。

「おじいさま!」

「うははは!元気にしてたか!エミリア!」

「うん!私はいつも元気なの!」

「カカカ!この可愛い孫娘!お前に会いたくて会いたくてこの爺はつらかった!」

「おじいさまが元気にしてないとどうすんのだ!」

(……お前たち仲いいですね。)

バイス公爵はニヤニヤしながら自分の孫娘をギュウッと抱きしめる。

エミリアと呼ばれた少女はそんな公爵の髭や耳を引っ張って高笑いする。

しばらくそうやって戯れ合ったバイス公爵は俺を彼女に紹介する。

「エミリア明日からお前のクラスに入る予定のリチャードだ。リチャード。こ

っちがわしの最愛の孫娘エミリア=アインハルト・ロウンだ。敬意をもって挨拶しろ。」

(うん?今なんといったこの親ばか爺は?)

エミリアは公爵の胸元から降りて俺に手を差し出す。

「初めまして!リチャード!私はエミリア=アインハルト・ロウンよ!これからはエミリア様と呼ぶといいよ!」

「初めまして。……エミリア…さま…宜しく……お願いします。」

ため口を使おうとするたびにバイスが手から青い火玉を出して俺をにらむ。

何やってるんだこの親ばかは……。

「よろしい!へへっ!」

さすがに握手に対して腰を折ってはしなかった。

はあ…本当にもう疲れた。

「では、彼は寮に案内しても?」

ネオパルの提案にバイス公爵は首を横に振った。

「いや。明日の朝わしが連れて来よう。」

バイス公爵の言葉に俺は眉間にしわをひそめて嫌な顔を浮かべる。

「そう嫌がるな。お前昨日の風呂で汚れがすべてとられてると思うわけでもないだろうな?」

俺そんなに汚いか?

俺は険しく固まった顔の筋肉を解そうとも考えずにバイス公爵を凝視する。

「その上に服と飾り、また剣も買えないといけない。いろいろやることは山積みだ。」

「勘弁してください。」

自然にその言葉が口の外に出てしまった。

エミリアの爆笑を聞きながら俺はバイス公爵に首筋を掴められたまま退室してその日は買い物にあっちこっち引っ張られてしまっていた。

服屋で純白の例のあの学院の服と何種類の服、そしてイヤリングと呼ばれる耳に穴を空く驚愕する処理まで施された。必要ないと言ったがバイス公爵の話を聞いて黙るようになった。

魔法品マジックアイテムを装備することになったらわかるだろうがイヤリングの魔法装備もおるのだ。それでもことわるか?」

力のために観念しろと。

痛みを絶えた後は変なところに連れられた。

そこは汚れを消す専門の魔法使いがいるところのようであった。

そんな職まであるのかとまた驚愕する俺に容赦なく魔法が放たれる。

水で洗い、なんか泡が出るいい匂いがする魔法、最後に体をお湯で洗う。

日が沈む頃になって解放された俺を見てバイス公爵は口をパクッと開けた。

「小僧!お主美男子とはわかっていたが別人だな!」

「……そんなに大きく変わる筈がないでしょう……。」

「……お主そういえば鏡を見たことはあるか?」

「…カガミってなんですか?」

言っておくが俺にはこの都市のすべてが不思議だらけだ。

冷静をかぶっているが今でもあの公爵の家には驚いている。

学院もそうであったがな。

バイス公爵はなるほどと言い店の店員に鏡を見せてくれと告げた。

店員が長く大きい板のような長く平たなものを持ってきて俺の前に立たせる。

そしてそこにはある少年がこっちを見ていた。

きらきら輝く金髪が整っていて顔をよく見せる長さで切られている。

見れば柔らかく細い髪であって触ればつるつるするような質感を帯びている。

大きく開いた目は黄金の色に染まっていて不思議に輝いている。

口はその年の少年並みのものだったが他人と違ってとても鮮明な赤い色をしている。

「これが…おれ?」

「そうだ。おい。小僧。俺が若い頃と似ておる!」

(悪い冗談はやめてくれ…。)

生まれて初めて見る自分の顔だった。

俺はこんな顔立ちをしてるのかとずっと鏡を凝視してしまった。

バイス公爵が俺を連れ去るまで俺は鏡から目を離せなかった。




次の日、俺は学院に向かう朝から準備を終えた俺は昨日見た正門を潜り青い煉瓦で作られた建物の前で馬車は止まった。

「お前なら別途の指示はいらないだろうな。」

「英雄になればいいですね?まあ、それだけは絶対なして見せますからご安心してください。」

バイス公爵は豪快に笑い俺に手を出した。

「貴族からの握手の要請は‘あなたを尊敬します。‘という意味だ。ありがたく思え。」

「なるほど。場合によりますが、貴方様からの尊敬ならこれは確かに大きいですね。」

見ればわかる。この老人が敵に回されたら厄介なことになるだろう。

素早さ、行動力、知恵の使い方、人脈、財力。

まさに公爵という爵位が恥ずかしくない人物だ。

「任せた。」

「任されました。」

公爵はそれだけを告げてまた正門に馬車と共に去っていく。

これからは本当に一人だ。

これからの3年間成長しなきゃいけない。

才能ある仲間を集め、人材を抜擢し、知識と力を手に入れる。

俺は覚悟を決めて一歩前に進む。






「おはよう!君が推薦入学者のリチャード君だね?」

あれはたしかメガネというやつだったか。

制服と違って多様な服を着こなしている人々が集まっているところ。

教員室と書かれている札を確認して中に入ったら手招きする女性がいたのでそこに近づけた。

リスを思いださせる人であった。

まだ20代特有のおどけさが残っているような人。

俺を目を転がして観察した先生は口を手で隠して笑った。

「すごい美男子だね!君!」

「どうも…。」

外見に対する褒め言葉は昨日散々聞いた。

「じゃ!行くか!」

先生が俺の前に立って案内する。

俺は無言のまま彼女の後ろに立って進む。

2階から1階に降りた彼女はすぐ隣の教室を指差す。

「ここが君の教室1-1なの!私はこの教室の担任メルノアです。よろしくね!」

「これから宜しくお願いします。」

「って!ここで待ってて!君をみんなに紹介しないといけないからね。」

「承知いたしました。」

メルノアは高笑いをして俺に告げる。

「そう固い喋り方はいらないからね?お母さんと思ってくれていいの!」

「わかりました。」

軽く答えた俺にメルノアは微笑みを見せて教室の中に入る。

―みんなおはよう!

―おはようございます!

中で騒ぐ音が聞こえる。

貴族と平民は同じ教室で授業を受けているはず。

どうだろう。

先生の前だから猫をかぶってるのか。

―では。リチャード君入って。

俺は迷わず門を開け中に入る。

そして瞬時に騒いでいた音が静かになった。

俺は堂々と先生の横に立ち腰を折って挨拶する。

「初めまして。リチャードと言います。平民出身である上に、田舎で住んでいたものなんで右も左もわからないです。なので皆さんからの力添えを心から望んでいます。宜しくお願いします。」

自己紹介したのになんだろうこの反応は。

「はい!ではみんな拍手!」

先生が唯一拍手し始めた。

でも先生以外は誰も拍手してない。

誰もが口を開けて俺を見つめている。

俺も仕方ないから彼らを見つめ返す。

「では席について!一番後ろの窓際の席だよ!」

視線を上げて席を見つけた俺はそこに足を運ぶ。

通り過ぎる俺をみんなが目線を動かして追う。

(フム。中々新鮮な経験だな。)

村で住んでいた時は味わったことのない経験であった。

先生の態度が全く変化ないのは慣れているからか?

席に着いた俺を見てだれかではなく歓声が上がった。

―え?!あれで平民?!

―嘘だろう!どこかの貴族の息子だろう!

―気品あふれる態度!素敵!

―いやいや!どう考えても伯爵以上の家柄だろう!

―クッソォォォォ!

(うるさいな…。)

先生が軽く教卓を叩く。

「みんな静かに!授業始めますよ!」

しばらくその騒ぎは終わらずに続いたのであった。






「ねえ!君!本当に平民なの?!」

1時間目が終わり俺の隣席に座っていた女の子が話かけて来た。

「ご覧のとおり平民だが。」

「ご覧のとおりではないから言ってるの!あははは!おもしろぉぉぉ!」

そして前に立っていた男が会話の中に入る。

「な!お前平民ならどこ出身なんだよ!俺お前が住んでる村に嫁さがしに行くわ!」

「秘密。」

俺の簡単明瞭な答えに男が駄々をこねる。

「えぇぇぇぇぇぇ~教えてくれよ!」

「どいてよ!バナルス!今度は私が質問する!ねえ!その服と剣は誰がくれたの?それと推薦入学って誰の推薦?」

今度は女の子の介入。

俺は少し考えた。

答えていいのか?

機密ではない。調べればわかることだろう。

だが俺がここから去った後には大きな問題になる可能性がある。

バイス公爵と俺が契約関係で結ばれたとしても、ここに入学できたことも、服や剣などを買ってくれたことも。力と知識を得られる機会を得たのもまた事実であり恩に近い。

ここは秘密にしておくか。

「知りたい?」

俺は薄らと小さな微笑みを作った。

子供の悪ふざけ前の微笑みを想像して作ったが意外と効果はあったようだ。

「あ…あの…いい。」

顔を真っ赤にした女の子がいいと答え静かになる。

(効果抜群だな…愛用すれば効果が薄れるかも知れないから注意しよう。)

男たちもそれを見て顔を赤くしているのは吐き気がするので副作用の注意も必要だな。

「あ…あのさ…。」

そこにまた左の窓際で立っていた女の子が話かけてきた。

「うん?」

俺の問い返しに女の子は何回も舌を噛みながら聞いてきた。

「こ!…こんにゃ!…婚約者とか!…いるの?」

「な…。」

ないと答えようとしたがみんなの目がおかしい。

特に女子たちの目はやばい。

(あれは…獲物を狙う猛獣の目だ。)

身の安全を危惧する日が来るとは。

「いる…。」

「こいつ!ないと答えようとした!」

(いらん感を働きやがって!)

「私も聞いたわ!」

「チャンスはあるのね!」

「ねえ!君平民でしょう!貴族の命令だわ!私の婚約者になりなさい!」

(なるか。)

「ずるいわよ!レベカ!」

「うるさいわね!貴族の権力はこんな時のために存在するのよ!」

(違うだろう。)

「ねえ!私の領地には金鉱山があるの!一生遊んで働かなくてもいいから!私の婚約者になって!」

「あんたの領地には何もないでしょう!私の領地には魔法石がいっぱい産出されるの!そのせいでお金もあるし魔法アイテムもいっぱいなの!私の婚約者になりなさい!一生後悔させないから!」

「私は伯爵の孫娘だわ!私より下の貴族は黙りなさい!」

「ローズひどい!」

(何という地獄図だ…。)

俺は心情を隠してなるべくやさしそうに見えるように微笑みと心配するような表情を作って告げた。

「そろそろ二時間目始まるよ。みんな席について先生を待とう?ね?」

効果は抜群だった。

女の子たちは蕩けるような顔をして涙を浮かべている。

「ああ…毎日見つめたい美形だわ…。」

「本当に平民?平民だったら…拉致しちゃってもいいよね?」

(聞こえてるぞお前。)

「そう!そうね!お父様に泣き顔で頼めば絶対に何とかしてくれるはず!」

(でめぇ……はあ…貴族は知れば知るほど嫌気になるな…。)

人を前にして拉致するとか。

まるで道具扱いなのではないか。

別に怒ってはいない。レオのおかげでそういう人種だと改めて知ることになったから。

そのあとふっと気づいたのか。

斜めに立って騒いでいた男が手を差し出す。

「俺はリカルドというもんだ!商人の息子!平民だ!」

俺は彼を見て微笑みを浮かべ握手した。

「宜しく。リカルド。」

「お前それやめといたほうがいい。」

いきなりの忠告に首をかしげる。

「その笑顔。破壊力半端ないぜ。」

周りを見れば「絶対拉致する」とか「あの笑顔を私だけに見せるようにしたい!」とか物騒な話をしている女子たちがいた。

「忠告ありがとう。これからは注意するよ。」

「そうしとけ。そしてあそこに一人薄暗い雰囲気を出しているのは錬金術師ペルトンだ。あいつは有名な錬金術師の息子だ。おい!ペルトン!挨拶しろ!」

男はこっちも振り替えずに無視した。

嫌われているのか?

「悪いやつではないんだ。すまんな。」

「別にいいさ。」

「それともう一人武家の息子もいるが今は席にいない。」

「何で?」

「今は学院の許可を得てモンスター退治に行っている。武者修行ってやつだな。」

「へえー相当強いんだね。」

魔物はどれも強い。あのゴブリンさえ数が整えば対応が混乱だっただろう。

「そうなんだよ。このクラスでは一番。全校で見れば十本の指に入るのではないかな。」

「なるほど。フムフム。」

俺は頷いた後リカルドに聞く。

「そう言えばさ。」

「うん?」

「このクラスには貴族は女子だけなのか?」

「違うよ。男子もいる。」

「見かけないんだが?」

「貴族の男は毎朝1時間目は馬に乗って遊んでるんだ。」

「……それって……学院からは許されてる行為なのか?」

俺の疑問にリカルドは肩をすくめた。

「さあね。自然にやっているからな…そもそも疑問に思ったことはない。」

「フン…学院は許可してないだろう。」

「え?」

リカルドが何かを聞こうとしたが先生が入ってきたのでそれ以上聞くことはできなかった。

文字を読めないが先生が話してる内容と文章を解読して何とか内容の理解ができた。

それと本当にわからない部分は隣の席に座っている貴族の女子に質問しながら勉強した。

名前はレベカという。

そばかすが印象的な女の子だった。

沈む夕日を思い出させる髪の色をしている。

無邪気に俺にいろいろ質問して来たり、時々照れる姿を見ていると妹がいればこういう感じかと思ってしまう。

そして2時間目が終わり彼らがやってきた。

「おい!転入生が来たらしいのではないか!」

口調が全く似合わない少年3人が入ってくる。

高価の飾りで身を包んでいる連中であった。その年で腹が出ているとか。

汗の臭いは慣れているが、ここは貴族の令嬢たちもいる場所だ。

もっとそれを気にするべきではないか?

「おや?窓際に座っている貴様か!……す!すみません!」

腹をだぶだぶ震えながら少年は近づいたがすぐに腰を折って俺に向かって謝る。

それを見て俺はわざと演技し始めた。

「何者だ?この俺様に向かってどこの野郎が貴様呼ばわりするのだ?」

それを見てリカルドが必死に声を殺して笑い、ペルトンは目を丸く開いて俺を見ている。

そしてその二人の隣に立っていた男は興味深々に俺を見て目ている。

レベカはその有様を見て爆笑し始めた。

「ははっ!ビアスン男爵の長男トマス=エイントホベン・ジランと申します!無礼を働いた点を!どうかお許しいただけないでしょうか!」

頭を下げている彼を眺めながら俺は告げる。

「よい。今度はそなたを許そう。下がれ。」

「ははっ!」

そして三人は腰を折ったまま下がり席に着く。

それを見てレベカの爆笑はもっと激しくなり隣のクラスまで響いたようで、何人かが何の騒ぎかと見に来た。そして俺を発見した後、大騒ぎを立てながら戻って行った。

今まで黙って状況を見ていたリカルドとペルトンそして一人の少年が俺に寄ってきた。

「おい!殺す気かよ!まじ受けるわ!うははははは!」

「見直した。」

リカルドが大声を上げて笑い、ペルトンは短く褒める。

「俺はバナルス。平民だ。面白いやつだな君。俺とも仲良くしてくれ。」

俺も拒む理由がない。

俺はバナルスの手を握った。

「こちらこそ。仲良くしてくれ。」

そういい俺たちはその日に友達となった。

同い年はリサ以外2番目か。

そしてそこに見慣れている女の子が混ざってきた。

「昨日見た時とは全然違うじゃん!リチャード!」

藍色の髪を一束にしたお転婆娘。

「エミリアか。どこに行ってた?」

俺は親しくそう呼ぶとエミリアは頬を膨らませて俺に不満を表す。

「私は侯爵の孫娘なんだから!様を付けろ!平民!」

俺は軽く笑う。

なるほど。

綺麗な人はそれで得を得ているのか。

俺がこういう風な行動をしたら許されるということだな。

「学院の同級生同士では言葉使いどうしてもいいだろう?」

エミリアは手足を暴れながら否定した。

「違うの!エミリアは大貴族だから様付けするの!」

俺は横でそれを見ているペルトンを視線を動かして目で問う。

「事実だよ。」

簡単にそう答えるペルトンを見て俺は嫌な顔をした。

「ああ。わかったよ。エミリア様。」

その変な言葉使いにエミリアは唇をすっと出して不満を表した。

「何で意地張りするの?」

「様付けは規定かも知れないけど、言葉使いも丁寧にしろと書いているわけではないでしょう?」

俺の話を聞いてエミリアは少し悩んだが頷いた。

「それもそうね!なら!許す!リチャードはそれでいい!」

俺は彼女に関して興味を持った。

素直に認めるという点。

しかも平民相手にだ。

昨日も感じたが彼女は平民相手に別に大きく思ってはいないようだ。

こういう人間は学びが早い。

素直にすべてを受けいるからだ。

「ってどこ行ってた?」

「メルノアが呼んだから行ってやった。」

……先生相手にすごい言いようだな。

まあ、大貴族か。

それも勉強しておかないとな。





そして4時間目が終わり俺のクラスの前に群衆が集まってきた。

―あいつだ!

―おい!まじかよ!あれで平民だと?

―嘘つけ!誰かの公爵か侯爵の息子だろう!

(何でそういう推理にたどり着くんだ?)

確か平民は日を浴びる仕事が多く、肌が荒れる仕事も多くとは思うけど。

俺の外見は普通ではないとは思うけどそれでもだ。

―あの服!あれはライノ工房で作ったもんだろう!相当高いはず!

―そして剣もだ!あれもベイン工房で作った名品だ!

(なるほど彼らは製作所ブランドでそれを判断したということか…厄介なことだ…)

あの爺がやらかしたことでこんな迷惑を受けるとは。

―それにあの美貌!ぜってぇ貴族だって!

―そうだ!あの目を見ろ!俺たちを厄介な虫を見るように見ている!

―貴族が半数以上であるこんなところであんな下のものを見るような目を自然にしているのだ!貴族に間違いない!

(それは……お前たちが嫌だから……。)

もういい。

俺は溜息をついて席を立つ。

「リカルド。ペルトン。バナルス。昼飯はたしか食堂で提供しているな?」

リカルドが慌てて頷きながら答えた。

「あ、そ!そうだけど。」

「お前たちは行かないのか?」

ペルトンは周辺の様子をちらちら見ながら言った。

「こんな人ごみ通れるわけないじゃん。」

俺はペルトンを強く見て告げた。

「食事を取るなら付いてこい。」

俺の視線に驚いたペルトンが気合いを入れて答える。

「は!…はい!」

俺は3人を連れて門の前に立つ。

「どけ。邪魔だ。」

命令するような声でそう告げると自然に道が開かれる。

俺は何も迷わずに先に進んでいく。

作ってくれた道が食堂に行く道だろう。

迷える必要はないということだ。

―かっこいい……。

―ほら見ろよ!平民があんな態度とるわけがないだろう!

―もう知らない!絶対拉致するわ!

―そうね!あの冷たい視線で私に屈辱な命令したらどんだけいいだろう…ああ…想像しただけで痺れるわ!

(俺は冷や汗をかいている…本当に怖いからやめてくれ…。)

そうやって俺たちは開かれた道をドンドン進むのであった。






「あいつが噂の彼?」

「ええ。バイス公爵の推薦入学者であり、勇者の幼馴染であるものです。」

大きな天井が被った広場。縦に長く伸びた大きな窓から差している太陽の光が内部を明るく照らしているそこには一番長く、そして一番清潔な食卓が置かれている。

まるで誰かの予約席みたいに準備されていた。

その食卓で一番奥。つまり窓のすぐ隣席にある女性が腰を掛けて優雅に紅茶を飲んでいる。

左手にはカップのプレートを持ち、右手ではカップを傾けて紅茶を飲む。

その一連の仕草から溢れ出る気品に周りに座っている男性と女性たちは息をのむ。

「平民出身とは信じられないような外見だね。」

女性の言葉に隣に座っていた白とピンクが混ざったポニーテールの女の子が子供のように燥いで高笑いする。

「本当に美少年という感じですね~童話に出てくるような王子様のようです~。」

その言葉にポニーテールの女の子の向こう側に座っていた細くて鋭い目つきをした男が舌打ちをして女の子を罵る。

「あんなひょろいものが好みなのか。趣味わるいな。」

「あん?あんたみたいに筋肉の塊の男には理解できないかな?まあ脳まで筋肉でなってそうだからわからないかもね!」

「貴様!しかも王女殿下の前で王子様だと?無礼にもほどがあるわ!」

「はん!王女様は何も仰ってないのになんであんたがでしゃばるわけ?」

「お前は!…」

紅茶を飲み終えた女性が小さく告げる。

「静かにしたまえ。」

「はっ!」「はっ!」

両方が静かになるのを見て女性が自分の向こう側に座って静かにページを捲っている男に命令する。

「レオン」

「いや。」

「命令だ。」

「だけど嫌です。」

「連れてこい。」

「はあ―。いやだと言ったのに…。」

男は長いため息をついて席を立った。180を超えそうな長身で茶髪の髪色をしている。制服の首襟を開けて袖をまくっていてとても規律正しいようには見えない。

その上派手なイヤリングと腕輪までつけているのでよく言って自由奔放、悪く言って不良と言えるレベルだ。

だけどその反面何にもとらわれずにいようとする姿勢から平民からの人気は高い。

レオンは女性をにらんで告げる。

「ただの美少年平民ではないか?」

「ただの美少年平民かどうかは私が判断する。そして美少年であれば使い道は多い。フフ…。」

女性の言葉にレオンは唾を吐きたい気持ちを飲み込む。

「あんたまじで最低だわ。」

レオンのその言葉に席を立ってレオンの胸蔵を掴む筋肉の男。

「貴様!平民の分際で調子乗ってんじゃねぇ!」

「やめろ。パランクス。」

女性の制止に筋肉男は反抗する。

「ですが…!」

「ここは学院だ。表面的に学生は互いに平等であるものだ。ここが道端ではないことを感謝しろレオン。」

レオンはチッと舌打ちをして嫌悪感を隠そうともせずにその場を離れた。

(ここ卒業したらあんたに会うことはねぇっつの!)

レオンは噂の美少年に歩みを進めた。





「ここが食堂か。なるほど。入学金は全部ここに注げられたか。」

俺は豪華なつくりの食堂を見て皮肉を込めて感心した。

天井の高さと食堂事態の大きさ。

長いテーブルがいくつもおかれており、食堂特有の臭いもない。どうやったのかわからないが新鮮な空気さえ感じられる。しかも汚れ一つ見当たらなく。床は大理石が敷かれている。

まさに金をぶち込んで作った空間だ。

「たしか魔法石使って空気浄化までしているよ。」

「その上に特殊のポーションまで使用されている。掃除が簡単にできるらしい。」

「それうちの父ちゃんが作ったよ。」

「さすが錬金術師の頂点!」

リカルドたちの話を聞きながらテーブルに座ろうとしたが俺に近づく人を見て歩みを止める。

長身の男。何かいら立っているのか顔が酷く歪んでいて口を半分開け舌打ちをしている。

「お前。リチャードというか?」

「そうだが?」

ここではみんな平等だ。俺も自然にため口を使う。

「付いてこい。お前に用がある人がいる。」

「誰か教えてくれないとついていくわけがない。」

「ほおーなら力ずくで連れてやろう。」

「できるならやってみろ。」

俺は男をにらむ。男も俺を見下ろす。

誰かでもなく俺と彼は互いに手を伸ばした。

胸蔵を掴もうとしている男の手の横を瞬時に打ち払い男の横に回りながら拳で叩く。

男は驚愕しながら俺のこぶしを握ろうとする。

俺はこぶしを引き戻し一歩後ろに下がる。

そして男は口を開けて俺を見つめてにやりと笑った。

「お前。その年て訓練でも受けたのか?」

「お前が俺の年を知るわけがないと思うが、答えてやる。正式な訓練など受けてない。」

正式ではない訓練はしたということをさりげなく伝えたが男は頭は良くないのかその点を掴めていないようだ。

「へえー気に入った!」

「うん?」

俺はいきなりの男の変化に戸惑う。

「お前平民だって?俺も平民だ名前はレオン!よろしくな!」

元気よく挨拶する男を見る。

騙しているわけではなさそうだ。

けど、注意するか。

「俺はリチャード。平民だ。宜しく頼む。レオン。」

「おう!それでな。お前に用がある人物だが…。」

レオンは顎だけ動かして方向を表す。

窓際に座っている一連の人たちがこちらを口を開けて見つめている。

だけど一人だけ、自然に目を閉じて紅茶を飲みこしている人物がいた。他人と比べると異常に美しく気品あふれる女性だけ静かに風景に溶け込んでいる。

まるで名画の中みたいだ。

「あの人はだれ?」

「この国の王女だ。」

俺は目に力を入れて女性を力強く見つめる。

王女?

この国の王女だと?

いつかは倒すべき相手。

「って付いてきてくれるか?」

俺は前髪を手で擦ってしばらく考えた後答える。

「わかった。お前の頼みだ。受けてやろう。」

「プハハハ!なんだよそれ!」

レオンが高笑いをしたが俺は真顔で彼を見つめた。

「お前は強い。これからもっと強くなるだろう。いつか俺が助けを求めたらお前も俺を無視しないでくれ。」

俺はレオンの瞳を強く見つめてそう告げた。

「……わかった。必ず。助けてやる。」

そこまで黙ってことの流れを見守っていたリカルドたちに振り向かって俺は告げる。

「そういうわけだ。食事は別々になるな。残念で仕方がない。一人で教室に戻れるからまた後で。」

「ああ…わ…わかった。」

何も言えずにボッとしてる二人の代わりにバナルスが答えた。

俺は軽く手を振ってレオンについていく。

窓際の少女が目を開けた。




「俺に用があると聞いたが?」

俺はほかの連中には目も配らずに窓際に座っている少女に話しかける。

間近で見ると本当に美少女という単語にピッタリに似合う美少女だった。

空を思い出すような青い髪。長い眉毛は可憐な雰囲気を増している。

赤く鮮明な唇は心をざわめかせる力があった。

海のような髪をじっと見つめていると小さな笑い声が聞こえた。

「フフッ。触りたいか?」

「いえ。別に。」

思わず丁寧に答えてしまった自分の失策に眉間にしわを寄せてしまった。

なんだ?これは?

自然に人を従わせる雰囲気を感じた。

そう。まるで上に立つのが当然のような存在。

これが王族か。

それともこの女が特殊なのか?

気品、仕草、姿勢がすべて高貴な存在だと主張するような存在だ。

「そうか。リチャード君だとな?そなたに関して色々調べてみたけど。そなたはバイス公爵の推薦入学者だとな?どうしてそなたをバイス公爵は推薦入学を?」

「自分の幼馴染が勇者であるので、自分もその勇者に恥をかけないためにここで勉学するようと命令されました。」

俺はなるべく彼女から目を離さなかった。

これはある意味機会だ。いつか戦う相手をよく観察して熟知しておかねばならない。

雲がかかった山頂と晴れた日の山頂は大きな違いがあるものだ。

女性は紅茶のプレートを食卓において初めて俺に視線を移す。

太陽の光が差し込んでいるのにもかかわらず彼女は瞬きしていない。

俺も状況は同じだがそれでも俺は慣れている。

青い髪と揃って瞳もサファイア色をしている。青く輝くその瞳になぜか俺も引かれている。

「ふん―。先、レオンとやりあったのを見たのだが。」

俺は何の反応も見せずに彼女を見つめる。

「なかなかの腕ではないか。」

俺は目だけで続きを促す。

「我はそなたが気に入った。我の部下になれ。」

「いやです。」

俺は即時に答えた。

彼女はその答えで初めて顔を歪めて不機嫌であることを表す。

「我は王族である。我の提案はすなわち国の命令と同じだ。平民が我に逆らってはいくまい。」

ああ。

なるほど。

彼女の正体が少しずつわかる気がする。

権威的であり、傲慢な存在。

彼女が彼らと違うところはそれに似合う気品と姿勢があることだけだ。

まあ、こんな大人数を配下においている点は別の魅力もある筈だが……。

試してみるか。

「なら一つだけ。俺があなたに従えば何のご褒美をくれるのですか?」

俺の質問に彼女は口元を吊り上げて微かな微笑みを作った。

「そなたの望むすべて。平民が上れるその果てまでの地位。能力に準じた褒賞。我に従えばこれらを与えてやろう。」

なるほど。

「ただ美しいだけではないですね。あなたは。」

彼女は子供のような無邪気な笑顔を俺に向く。

「そなたもただ捻くれた少年ではなさそうだな。頭もよさそうだ。」

俺は彼女のその眩しい笑顔を見て考え込む。

「残念ながら、あなたの部下にはなれないです。」

短い会話をしても感じる。

上に立つ者の存在感。

上位者。

バイス公爵との契約も契約だが、この女は危険だ。

―あの学院に行ったらお前が乗り越えるべき壁があるからな…。―

(爺…これは手強いぞ?)

もし俺がこの女に従ったらどうなる?

復讐は簡単に執行できる。

村のみんなの父や兄を取り戻せることも可能だろう。

それ以上にもし俺が望むなら俺の村ももっと大きく発展したりするだろう。

俺の胸の中の憎悪もすっきりなくなる。

そして今後現れるかも知れない徴兵管理官みたいな狂ったやたらに鉄槌を下すことも可能になるだろう。

でもダメだ。

なぜならそのあとも貴族と王族は残るからだ。

彼らが残る限り、いやもし今目の前の女の子が俺に死刑を下した場合。

全てが水の泡でおしまいだ。

つまり俺と俺に従う者が絶対権力を握らないといけない。

貴族と王族に復讐する。

こんな社会を作った連中に復讐するのだ。

全てを奪って奪われるものの悲しみと絶望を味わせてやる。

父と母が殺される悲しさを!

俺の命令一つで日常が壊される絶望を!

味わせてやる!

怒りで熱く燃え上がる頭を冷やすために軽く息をして笑顔を作った。

「何がほしい?」

「ほしいものを言えばくれるのですか?」

俺の言葉に彼女は初めて口を真一文字に結び腕を組む。

否定も肯定もしないままの沈黙であった。

俺は彼女から目を逸らして周りを見る。

いつの間にか周辺に人たちが集まっていた。

「提案はありがとうございました。失礼します。」

俺は彼女に背を向けた。

「待て。」

そんな俺に彼女は声をかける。

俺は振り向かなかった。

「今日はこれで終わりにしてやろう。だが、そなたがどんな人材かわかる次第。今日のように終わろうとは思わないことだ。」

俺はニヤリと微笑んだ後、その場を立ち去った。






「おい!貴様!平民だとな!」

朝、勝手に貴様呼ばわりして勝手に誤ったあの貴族息子が俺の目の前に現れた。

放課後であり、夕日が遠くに見える城壁に差し掛かった頃であった。

煉瓦で作られている道。両側には花壇が置かれて綺麗に咲いている道端での遭遇。

遭遇というよりただ道を塞がってトマスが現れただけだが。

「それで?」

俺の問いにトマスが大声を出した。

「この俺様を侮辱した覚悟はできてるんだろうな!」

プッー。

嘲笑ってやった。

「貴様!」

「勝手に貴様呼ばわりして勝手に腰を折って誤ったのはどこのやつだ?」

「殺してやる!」

トマスが腰に掛けていた剣を抜く。

俺はそれを見つめている。

たしかここでは剣を抜くのは禁止されているはずだ。

「剣を抜くのは禁止ではないか?」

俺は一歩後ろに下がっていたリカルドたちに向かって問う。

「禁止されているけど……。」

まさに有名無実ということか。

「なら仕方ないな。」

俺はトマスを見ながら声をかける。

「な。」

「口を慎め貴様!」

「ここは狭い。周りにいる人たちに怪我したら君もまずいだろう。」

剣を抜いたのにかかってこないのはその理由だろう。

「は!逃げる気か?いかにも平民らしい振る舞いだ!逃げれば許してやる!うはははは!」

俺はあざ笑う。

何?

逃げる?

この俺が?

「お前は逃げても殺してやるから覚悟しろ。」

「ウッ!」

トマスが固まった。

それもそうだろう。

俺は30人の人間の首を一々自分の剣で落としたやつだ。

顔色一つ変えずに。

人間の肉を切るといういうことは一般的には鳥肌が立つ上に眠るときそれらの経験のせいで悪夢さえ見たり幻想にとらわれるもんだ。

俺の村の村民がそうであった。

俺は校舎の前の広い訓練場を顎で指した。

「付いてこい。」

俺は集まってきた人ごみに道を開けろと命令して前に進む。

歩いていて俺は止まる。

そして振り向いた。

「なんだ。死ぬのが怖いか?」

トマスはついてきて来なかった。

「もう一度いう。逃げても追いかけて殺す。諦めて死ね。」

俺は剣を抜いた。

「血が飛び出る。洗濯物が増えるのがいやな奴は下がれ。」

周りの人間たちのざわめきが広がっていく。

―おい!だれか止めろよ!あれは本当に殺すつもりだろ!

―平民がそんなことするわけないよ!

―いや!だから本当に平民なわけないじゃんか!

俺はトマスの剣と俺の剣が届く距離まで近づいた後告げる。

「そこに剣を捨てて首を長く出していれば苦痛なく殺してやる。もし抵抗すれば俺はお前に刺し傷を何か所も作りながら殺すしかない。」

「ゃ…やめてくれ…。」

「聞こえない。」

「俺が悪かったやめてくれ!」

トマスが悲鳴のような謝罪をする。

どすしようか。

許すか?

殺すか?

一度恐怖を味わったのだ。そう簡単にそれを克服するはずはない。

だけどあういう類のものは自分の屈辱を晴らすためなら卑怯な手段を使う可能性もある。

俺に対する陰謀ならともかくほかのものに手を出したら損失が発生する可能性がある。

フム。

始末するか。

「喧嘩を売ったのはお前だ。謝罪するということは処罰を受けることも承知するということだな?」

「…クウッ!」

こいつうざいな…。

「何だ?やるのかやらないのか。はっきりしないと本当に殺すぞ。」

「くっそぉぉぉぉぉ!」

怒りを丸出しにしたトマスが剣を高く持ち上げて攻撃してくる。

トマスの大きな腹が揺れるのを見ながらゆっくり攻撃を避ける。

こいつまさか剣術習わなかったのか?

そう剣を高く上げると当然腹が露わになる。

俺は剣を縦に立たせて横でトマスの腹を打つ。

「クェッ!」

トマスは口から黄色い胃液を吐き出した。

そして剣を落とした彼は腹を抱えですくめる。

地面に両膝を付けての情けない姿をみてあっちこっちであざ笑う声が聞こえてきた。

―おい…あいつまともに剣術も使えないのか…。

―それでよくもケンカ売ったのか…。

―まあ、普通平民なら謝るけどな…。

―本当に殺すのかよ?

―まあ、ここではめったにないけど決闘は決闘だからな…。

そしてドンドンある単語が聞こえてきた。

「殺せ―!殺せ―!殺せ―!」

生徒だとしても上流の者たちだ。当然みんなそれなりの権力を持っている人の子供である。

奴隷剣闘士たちの戦いを見て育った者たちだろう。

熱気の竜巻が場を支配する。興味本位で人間を殺せと連呼する周りを見て俺は無言に剣を握る手に力を入れる。

別に彼らを非難したり嫌悪する必要はない。

なぜなら殺そうと思う相手が最悪すぎるからだ。

目の前の無能は倒すべき貴族であってしかも無能である。

殺して俺に損はないと断言できる。その上に平民たちの英雄になる一番早い近道だともいえる。

だけど。

俺は手を挙げて全員の連呼を止めた。

トマスは涙を流しながら俺に哀願した。

「こ!…殺さないでくれ!」

「遺言はそれだけか。無様なやつめ。お前は上に君臨する資格はない。死ね。」

俺がトマスを殺す代わりに一手を狙って剣を持ち上げた。

「だめ!」

そんな俺の後ろから声が聞こえた。

そして柔らかい体が俺の後ろで抱きつく。

「そんなことしちゃいけない!」

剣をゆっくり下して振り向くとエミリアが俺の腰を後ろから掴んでいる。そして一生懸命に後ろに引っ張る。

「リチャードやめて!」

必死の声に周囲の熱気が一気に冷めていく。

―エミリア様ではないか?

―平民の体に密着しているぞ!二人は婚約者なのか!

―いや!違う!貴族の令嬢が異性と接触するとは!

(やばいな…。)

俺は剣を下した。

「わかったから離れろ。公爵様に恥をかけるつもりはないだろう?」

俺が剣を下すのを見てエミリアはゆっくり俺に抱きついていた腕を解く。

自分が抱きついたことをその時思い出したのか顔を赤く染める。

俺はエミリアのその行動をうまく整理する必要ができてしまった。

このままエミリアと親しい関係を保ってしまったら誤解は広まる。

別に貴族がどうなろうが興味はないが自分を利用しようとする側にいらない弱みを握られる場合が生じる。

いやなことだ。

「おい。トマス。エミリア様とお前は婚約者なのか?」

その内容は大きな騒ぎを叩き起こす。

―え?そんな!エミリア様とトマスなんて全然似合わないしそんなことあるわけないよ!

―でもほら。貴族の令嬢が異性に抱きつくまで止めたのだ。十分そういう風に考える余地があるだろう。

―普段のエミリア様の言動を見ればただ助けたかっただけかも知れないじゃん!

混乱している周囲の生徒たちはいつの間にかトマスに関する興味がなくなっていた。

「ち!…違う!」

トマスは慌てて答える。

トマスの否定によって周囲の騒ぎは少し勢いを減らされ静かになる。

「ならエミリア様はただ人が死ぬのが我慢できずお前を守ったということだろうな。それともエミリア様がお前に恋心を持っているとかな。」

「そんなことない!私はトマスなんかこれぽっちも好きじゃないから。」

会話の途中にエミリアが悲鳴のような否定を上げた。

それを聞いたトマスはなぜかがっかりし始めた。

片思いはここで終わり。という感じなのかな。

「では裁きの時間だ。トマス。お前は俺をバカにした。俺はそれが許さない。まさに殺したいくらいだ。けど殺すのやめたところで俺のこの怒りは収まらないんだ。だからお前の手を切るだけで許してやろう。」

手を切る。

俺の宣言にトマスは青ざめた顔で哀願し始める。

「す!すまなかった!許してくれ!」

エミリアも青ざめた顔で震えてはいるが止めようとは思わないようだ。

それもそうだろう。

貴族が侮辱されたらどうなるのかいくらエミリアでも散々見てきたはずだ。

まあ、俺は平民だけど。

「次からは喧嘩を売る相手を確認しておけ。」

俺は剣を抜いて空高く持ち上げる。

可愛いそうな奴だ。

周囲からトマスを守ろうとする人間は誰一人いない。

いつも付き合っていた部下みたいなやつらもニヤニヤしながら見ている。

無能すぎる。

俺は剣を納めてトマスを足で踏んだ。

頭が踏まれる屈辱を与え俺は口を開ける。

「お前…多分見えないだろうけど。お前と一緒にいた連中みんな爆笑してるぞ?あいつらはお前の無様な姿を見て大笑いしている。」

俺は涼しい笑顔を作って高い声で笑った。

「お前なんかに手を汚す必要もない。あいつらは明日からお前をバカにするだろう。散々あいつらのおもちゃになればいい。」

俺は足でトマスの頭を蹴った後その場を離れた。




「お前強いな!」

リカルドが興奮したようだ。犬だったら尻尾が左右に揺られていただろう。

だけどペルトンは顔が暗かった。

「だけどお前大丈夫か?ここは学院だからいいけど。卒業したらお前を殺しにくるぞ?」

「今日見て思ったのだが、そもそもこの学院ではあういう種類は多くないはずだ。」

俺はペルトンの心配に答えたがペルトンは首を傾げた。

「どういう意味だ?」

「そもそも貴族は貴族同士で、平民は平民同士でからんでいたり信頼関係を築いているのではないか?」

「まあ、それが普通だけどな…。」

「つまりトマスというやつは特殊な種類だろう。平民を苛めたり絡むということ自体。おかしな話だ。」

「だからそれが何?」

ペルトンは自分をからかっていると思ったのか唇をすっと出して不満を表した。

俺が答えようとしたがバナルスが先をとった。

「つまり、あれだろう?卒業して会うことはない。と。」

「え?」

「そういうわけだ。」

俺の答えにペルトンはもっと詳しく説明しろと怒り出した。

リカルドは何か気づいたか両手を打ち付ける。

「ああ!なるほどね!」

「いやいや!わからないからもっと説明しろよ!」

俺は笑った。

「ペルトン。お前は貴族と会ったことはあるか?この学院に入る前に。」

「まあ…めったにないけど…。」

ペルトンの答えに俺はペルトンの父を褒めた。

「お前のお父さんは素晴らしい方なんだろうな。普通は貴族と会うこと自体がない。」

それを聞いたバナルスが笑いながら足す。

「この学院に通っているものほとんどが貴族と縁があるかまたは大金持ちなんだよリチャード。」

「なるほど。まあ、話をもどそう。なぜ貴族同士で、平民同士で集まるのかわかるか?」

ペルトンはしばらく考えたがわからないとしょんぼりした。

俺はペルトンの肩を軽くたたいて答えた。

「一般的に貴族なら領地をもっているか、それとも指定された場所、職場を持っているはずだからだ。」

「あ…ああ!わかった!あいつはここを卒業したら戻ってこないということだなね!」

俺は微笑んで頷いた。

「それに加えてだ。あいつはそんな中でも平民を苛めたり見下している。それは貴族同士の情報交換もまともにやってないということだ。むしろそんなことするバカであり、ほかの貴族からも無視されている可能性が高い僻地のものだとみて妥当だろう。」

俺の言葉にバナルスが感心した。

「そうか…これが知識を生かせる能力か…リチャード…俺は君が好きになりそうだ。」

俺は足を止めて後ろに下がった。

驚くことにペルトンとリカルドも同じ行動をとっていた。

「俺には…そっちの趣味はない…。」

俺が震えながら伝えた言葉にバナルスが不機嫌な顔を作った。

「君は何を言っている。いくら君が美しい外見をしていても……。」

「きゃあああああ!近寄らないで!」

リカルドが狂気しだした。

「このメガネやろ!いつも図書館に閉じこもってそういう本を探し出していたのか!」

ペルトンの恐怖に満ちた罵りにバナルスが戸惑う。

「何を言うか!俺は決してそういういかがわしい心で読書したわけではない!」

俺はリカルドとペルトンを連れて逃げるしかなかった。

悪いことをしたのかと罪悪感はあったが。





次の日。

トマスは俺に近寄らなかった。

顔を含めていろんなところに痣ができていた。

(殴られたのか…笑えるわ。貴族同士で暴力を遊びに使う。対象はほかの貴族。愉快な展開だ。)

トマスは結局一時間目が終わりトマスは体調が悪いと言って寮に戻った。

いい結末だ。

リカルドたちと話をしている中レベカとローズが一番積極的であった。

「ねえねえ!剣術とかどこで学んだの?」

ローズが聞いてくる。

「魔物退治とかで覚えた。」

「えっ?じゃ、誰から稽古つけてもらったことはないんだ!」

「もらったことはあるけど基本だけだからね。何ともいえない。」

ローズが満面の笑顔を作って俺を見つめる。

俺は負けずに彼女を直視する。

「はあ……閉じ込めておきたい…。」

視線を逸らす。

俺の負けだ。

「私から質問!ここに来る前までになにやってた?」

レベカの質問に俺は素直に答える。

「村でただ魔物退治と家の改修だけかな…後、知らないところに行ってみたりとか。」

「え?うそ!リチャードみたいな子がうろうろしていたら絶対にあぶないよ!」

「危ないって……。」

「だってそうだったら…本当に拉致されたはずだから…。」

口調はやさしく、表情は俺を心配している。

だけどな。

内容が怖すぎるよ?

でももしこれが本当のことだったらこの国は貴族の権力というものが大きくそして平民の不満も高いはずだ。

「いやいや。リチャード。そんなことしてるのはほとんど僻地だけだからな。お前は今バイス公爵が収めているべランクスにいるからな?」

リカルドが間に入ってきた。

「では僻地ならどうなっている?」

俺の問いにバナルスが窓の壁に背を預けて淡々に伝えた。

「場合によるが僻地なら平民の親に金を渡して買う。拉致は本当に腐っている領主がやっていることだ。」

それを聞き俺は溜息をついた。

それを聞いたレベカとローズも慌てて弁明する。

「私はそんなことしたことないわ!」

「そうよ!私のお父様とお母様もそんなことしないわ!」

慌てる二人を観察したが嘘をついてるようには見えない。

ただそんな貴族が存在するということが嫌なように見えた。

俺は少し小さな声で笑い彼女たちに告げた。

「レベカとローズはそんなことしないでね?約束だよ?」

俺は小指を彼女たちの前に差し出す。

「約束する!」

「絶対しないから!」

(フム…必要であれば貴族の婦人たちを誘惑することも可能か…)

俺がそういう最低な考えをしているとリカルドがバナルスにこそこそ囁く。

「あいつ…ぜってぇ狙ってやってるぜある…。」

「そうだな…美貌で人を迷わせる。まさにサキュバスがやりそうな手口だ…。」

(お前ら言いたい放題だな…。)

反面ペルトンが俺を睨みながら呪っていた。

「絶対あいつがあの美貌のせいでつらい目に会いますように…神様…お願いします…。」

ペルトンの呪いを聞き俺は心の中でいつか俺の村の女の子を紹介してやろうと誓った。




その日から俺は放課後特別授業を受けることになった。

えこひいきするのではないかと一部生徒の抗議があったが、その授業の内容を聞き抗議していなかった生徒たちも驚愕した。

文字が読めないため、文字の授業をすると。

そして抗議していなかった生徒たちも授業に参加した。

驚きの連続で俺は真剣に26文字でなる大陸語というものを勉強した。

それと同時に数字と記号の勉強を平行した。

そして無駄な時間を潰してしまった生徒たちは本当に文字を読めないのかと俺を試したができないことをできると言えるはずもないので俺は黙って頷くだけだった。

その驚きは連続で彼らを襲った。

入学してから三日目。

魔法の授業が始まった。

芝生が敷かれたところでみんなは枝を手に持って手を枝の上においてぶつぶつ低い声でに呟いている。

魔法授業担当の先生は俺を見て才能あると褒めて枝を渡した。

そして説明を始める。

「魔法は三要素で発現されます。一つはマナ。精神力や気力とも言えるものです。魔法を使う原料であり、これが発現する魔法に応じて持っていないと気絶か失神します。第二が詠唱ですね。詠唱にはルーン言語を覚えてそれを並べて発動しようとする魔法を決めます。まだまだ研究中でありますが、これはある程度決まった規則性がありますね。最後に集中力ですね。魔法は単に魔力とルーンの単語を述べただけで発現するのではありません。魔力を的確に乗せてルーンを的確に配置して、そのあと媒介体である枝を利用して魔法を発動するのです。そこにはまさしく集中力が必要とされます。

ざっくり説明しましたが、理解できないところもあると思います!それも自然にわかるようになります。まず自分の魔力を感じることからやりましょう!」

教師はウキウキしながら枝を俺の手に持たせて言う。

「まずその枝を手でもって枝をじっくり見つめましょう。そして枝を見つめながら想像を続けて下しあ。この枝は折れると。俺の気合いでこの枝は折れると。その想像を続けるのです!」

(…………………冗談だよね?)

いやでも表情は真剣である。笑顔でいて何かを期待している。その期待はバカなことをやってへまをやらかすであろうバカを待っているような笑顔ではない。

まるで新鮮な経験ができることを待つ子供のような笑顔だ。

俺は内心ではあんまり乗り気ではなかったが覚悟を決める。

もしこれで本当に魔法を学べるならそれに越したことはない。

俺は枝を一手で握り枝の頭部分を見つめる。

力ではない。気合い。教師は気合いと言った。

要するに執念や信念の類がすなわち魔力につながるということだろう。

なるほど。

神聖魔法は女神に対する信仰を捧げることで得られる力なのか?

推測過ぎないがそれで合ってる可能性は高い。

ただこんな推測とっくにみんな気づいてるはず。

だとしたらまた別の何かがあるのか?

俺は頭を振って思念を振り払う。

それより今は集中だ。

折れろ。

折れろ。

ひたすらそれを考えている内にドンドン胸の奥から熱い何かが浮き上がった。熱量を持つあれは胸から手を渡り枝に入っていく。

折れろ!

折れろ!

そして枝に光の塊が目に見えるほど集まった瞬間。

「そこまで!」

だけどそれは遅すぎていた。

―パシャッ!

木特有の折れる音とともに枝は粉々になって爆破された。

木のとげが前に矢のように飛び出る。

教師の身にそれが刺さる前に注文をその瞬く間に完成した彼女は魔法を発動してとげを全部防いだ。

俺はそれを見て感心した。

(すごい……。)

教師は長いため息をついた。

「なるほど………これは想像以上ですね。才能があるには丸見えでしたがここまでとは……。」

公爵と学院長の話は真実だったな。

改めてあの老人たちが狂ってなかったことに感謝だな。

「ではリチャード君!魔力を感じることはできたと思いますので、それが何かとそれをどうすれば適切に枝に込められるかを説明しますね!」

そして俺はその日は魔法の基本的な知識を手に入れることができた。

そして昼飯を食った後は剣術の授業であった。

俺は簡単にバストンに教わった剣術の基本をお見せしてすぐ中級のクラスの授業を受けることになった。

当然俺より1年先にこの学院に入った人間もいてしかも俺に敵意を秘めているやつもいた。

まあ、見ればわかる。

貴族だ。

例え僻地の伯爵の情けない息子であれ貴族が平民に決闘で負けて命乞いをしたのだ。よく思われるわけがない。

そして一対一の対決形式の授業が始まったが、俺は笑いを堪えるのに精いっぱいであった。

剣術は基本をもとに変則を混ぜるのが重要である。特に鎧を着てないとしたら尚更だ。一部例外はともかくもこの子供たちときたら手が丸見えである。

致命傷を狙いの攻撃が続くが俺はそれらをよけて体力が尽きた上級生の貴族の足や手の骨を全力の振で壊した。

防御など頭にない連中に対する痛い教訓となるだろう。

そこから俺は魔力を剣に宿す技術や身体能力を魔力で強化することを習う。



そして一か月が過ぎた時点で俺は学校内で誰も知らない有名人となっていた。

ドンドン強くなる一方で俺はリカルドたちを集めた。

クラスの平民は全部集めてくれと要請したが予想外の人物たちも混ざっていた。

レベカ、ローズ、エミリアを含めた貴族の女の子たち。

貴族たちは普通平民の集まりに参加しないのが基本だ。

いくら俺に興味があるとしてもこんなに堂々と参加するものなのか?

「リカルド。」

「いや!俺は呼んでないさ!」

リカルドの名前を呼んだだけなのにリカルドは自ら出てそれを伝えてきた。

視線を動かしてペルトンとバナルスを見る。

彼らも首を横に振った。

周りを見たらその三人以外はみんな視線を逸らした。

お前ら全員か…。

「ねえねえ!リチャード!なぜ集めたの!」

レベカが元気よく聞いてくる。

俺は少し考えたがまあいいだろうと思って口を開ける。

「そろそろみんなで面白いことしようと思ってさ。」

「面白いこと!」

その単語にすぐ首を突っ込み興味を示したのはお転婆娘のエミリアだった。

「面白いことってなに!速く!教えて!」

こいつを見ると貴族はみんなアホだけかと思ってしまう。

「何々?私も興味あるわ!」

ローズが頬を赤く染めて間に入ってくる。

「このクラスにはみんなそれぞれの特技がある。その特技をそれぞれが発揮して競争する大会みたいなものを開こうと思っている。」

それを聞いてリカルドが低い声と冴えない顔で唇を長くする。

「なあ…俺なんか親父の仕事継ぐための勉強ばかりで速算とか話術とかまて地理の勉強ばかりなんだけどさ…。」

俺は笑った。

「気になるところはそこか?俺の案自体何を意味するか分からないのかと思ったがな。」

バナルスがリカルドの代わりに情報を提供した。

「学院では年に1度、魔法、剣術、学問、研究、芸術の競技を開く。だから形式自体はわかるもんだ。」

「ああ。確かそうだったな。だけど俺がやろうとしていることはこのクラスだけである。そのうち1年に広めて全校に広めようとは思っているがな。」

リカルドはまた問いただした。

「って俺なんか参加できないの?」

「まさか。そんなわけないだろう。リカルド。お前は最初に俺に手を差し伸べた親友だ。俺がお前を見捨てるわけないじゃないか。」

俺は優しくリカルドを見つめて赤い唇をまげてかすかな微笑みを作る。

―ああ…やばい…女の子たちの心が理解できてしまう。

―上流貴族の間では少年をつかまって…。

―おいバカ!やめろよ!

―ってかこれやばくね?女の子たちの顔が蕩けてるぜ。

(リカルド。お前気色悪いからやめろ。頬を赤く染めんな……。)

リカルドが顔を火照ってるのを無視して話を続ける。

「あの競技はまさに競技だ。俺がやろうとしているのは多数による多数の競争だ。」

エミリアが首を傾げた。

「どういう意味?」

俺は説明始める。

「例えばだ。リカルドお前が一番自信を持ってやれることは何だ?」

「速算!」

その即答を聞いて俺は次にエミリアを見た。

「エミリア様は?」

「魔法!兄さん以外には何人かを除いて絶対負けない!」

初めて聞くような正確な発音と正確な文章。自信感溢れるその態度を見る限り本当にうまいのだろう。

「じゃ、この二人が勝負をするとしよう。ならどうやって勝負するか?ヒントはそれぞれが持つ能力を十分に使っての勝負だ。」

それを聞いて誰も深刻に考えたが中々答えが出なかった。

俺はそれを見ながら手を打ってみんなの視線を集中させる。

「答えは簡単である。互いが点数をもつのだ。」

その答えを聞いて益々口をとがらせてすっきりしないと主張する。

そんな中で唯一バナルスは感激の声を上げた。

「そうか!そういうことか!リチャード!君はまさに天才だ!」

俺は肩をすくめて笑う。

「どうもありがとう。バナルス。」

「君の知恵をいつかは追いつけるのだろうか……。はあ……。」

(………そこまでがっかりしなくても…。)

要らない罪悪感を感じてしまった。

「二人だけの話しないで教えてよ!何!点数?」

レベカが俺の袖を掴んで引っ張る。

頬を膨らませている。

こんなところ見れば完全に子供に見えるな。

まあ、まだ十五歳だ。子供っちゃ子供か。

「例えばそれぞれが点数をもっているとしたらその点数をかけて勝負するのさ。例えば難しい計算を何秒以内にしたら何点かを相手から奪うとか。例えば大魔法を発動すれば何十点、速めで詠唱できるが小規模の魔法だったら何点とかね。」

それを聞いたペルトンは問題点を指摘する。

「それを誰が決めるんだ?先生たちにでも頼めるつもりか?点数を上げる基準とかは?」

俺は頷いた。当然の疑問だ。

「俺たちが決める。」

俺の答えに誰もが口をぱっと開けて止めようとは思わない。

「自分自身は自分自身が一番よく知っている。自分が得意としている分野で自分自身が到達できる限界がある。その限界を突破できるなら何億点を付けても構わない。逆に自分の最低限もよく知っているはずだ。点数は各自が決めろ。それ以外にも疑問点はいくつかある筈だが、まだ日程も規模も場所も確報されていない。学院の許可はもらったがまだ決まった者は何一つないからその旨は後日伝えるとしよう。」

俺は席を立って荷物を整理して教室を出ようとした。

「俺はまだ特別授業があるから先に帰れ。ご苦労した。」

俺は何の躊躇なくその場を離れた。





「恐ろしい子供だ……。」

ネオパルは先ほど堂々と担任のメルノアと一緒に学院長室を訪問した美しい外見の子供を思い出す。

『俺のクラスでみんなと一緒に競争がしたいです。多数による多数の競技をです。その許可を。』

単純にそれを告げる彼の代わりにメルノアは促して説明する。

要するに既存と違って分野が違う者同士で競技をしたいということであった。

それも彼の所属しているクラスのみでの競技。

別に大したことないだろうと思ったが、ネオパルは一瞬でその考えがいかに恐ろしいことかをわかってしまった。

まず彼は平民だ。しかも一か月前に貴族であるトマスと学院では禁止していた決闘をやって殺そうとした。その結果貴族は彼を嫌悪している。ここまではいい。

平民たちの英雄になるということは当然貴族から嫌悪されるということだ。

つまり彼がクラスのみんなと一緒に『一致団結』するということは貴族を排除した環境を作り上げるということだ。

バイスとネオパルがほしかったのは貴族といがみ合うとしてもちゃんと互い協力する理想を願っていた。

だけどそうはならない。

理由はいかにも簡単だ。

リチャードは優秀すぎる。

貴族が提供できるすべてをリチャードは自分の力で補える。

魔力?

エミリアはいずれ追い越しされる。

剣術?

全校で見れば違うけど彼のクラスを見れば今彼に大敵できるのは外部に出ている彼しかない。

知識?

バナルス君は平民だ。

むしろリチャードの英知に完全に感化されている。

そもそも貴族が提供できるのは権力の甘さしかないが。

リチャードはそれらを簡単に手に入れる。

あの能力であれば、すぐ高位の官僚になれる。いや、バイス公爵様は婿入りを真剣に彼に提案したはずだ。たとえ爵位はもらえないとしてもだ。

彼の能力なら大魔法使いになることも、あの周りの流れを把握することで汚い政治でも頂点に立てるだろう。

ネオパルはその点に関してバイス公爵に警告までした。

彼はあまりにも優秀すぎる。優秀すぎて英雄を超えた存在になるかも知れないと。

バイス公爵はネオパルの話を聞いて共感したが、しかし問題にならないと告げた。

そしてバイス公爵は付け加えた。

この国には英雄が必要であると。

そしてその英雄を味方にするために全力を尽くせと。

ネオパルはそれを聞いて悲しくも同意してしまった。

べランクスはバイス公爵のおかげで平和を保っている。

だけど王国の首都であるゼトールブルクに行けば全然違う。

人身売買、奴隷売買、他種族への暴力と暴圧など。

いやそれでおしまいならまだいい。

貴族の権力乱用、平民の基本権無視、無理に近い重税。

そんな苦しむ人たちを救うための英雄が必要であり、その英雄の力でこの国を直す。正しい方向に、王室を守るために。

だがそれもあくまで味方になった時の話だ。

もし彼が苦しむ人たちの涙をぬぐい手を差し伸べて一緒に戦場で王国に刃向かうことになったらどうなろうか。

寒気がする。

たかが反乱軍の大将ではない。

千年に一度出るかどうかわからない反乱軍のリーダだ。

「学院長?」

メルノアの声にはっと驚き流している汗をぬぐい軽く笑う。

「ははは!すまない!この年になるとじっとしていても汗をかいてしまうもんでね!」

ネオパルは汗をぬぐいリチャードを見つめた。

リチャードは表情一つ変えずに学院長を見ながら口を開ける。

「単にこんなことをやりたいですと告げに来ただけですよ?場所も日時も決まってない状態です。一次の許可です。正式な概要とかが決まればその時点で停止を検討しても構いません。」

「ああ……そうだな……。」

ネオパルは少し震えながら頷いた。

「では……。」

リチャードが軽く目礼して退室しようとしている所をネオパルが呼び止めた。

「リチャード君!」

その声にリチャードは振り返る。

ネオパルは慎重に言葉を選ぼうとしたが自然と口から言葉が漏れてしまう。

「変なこと…考えてないよな?」

リチャードは夕日が差し迫っている部屋の中で、深紅の陽ざしの中で鮮明に赤く輝く唇を軽く濡らして微笑んで答えた。

「別に何も?」

その言葉を残してリチャードは部屋を出た。

彼が去った場には赤い夕陽の陽ざしだけが残されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る