第4話 対決
その日の夜。
いきなりバストンに怒られた。
いきなりでもないか。バストンは俺の合流を反対して馬車に乗ることも怒っていた人物であった。
まあ、ほかのみんなも嬉しくは思わなかった。
聖騎士は神聖な聖女の馬車に男を乗せるのは言語道断と主張した。
だけどアイリンは怯まなかった。
アイリンの初印象とは全く違う態度だった。
「勇者様はいいのになぜ勇者様の幼馴染はダメなのだ!」
騎士たちも初めて見るアイリンの態度だったかその場では一歩引いていた。
それが一日も過ぎない内にバストンによって破られたのであった。
「おい!小僧!一日気楽に馬車で眠っていたと聞いた!くっそが!こっちは周囲を警戒しながら馬の上で走ってるんだぞ!生意気なものが!」
こいつはアホか?
ならいつも自分の足で歩いている平民はどう思うのだ。
比較は常に警戒すべき話し方だぞ。
俺は黙ってバストンを見つめる。
「おい!聞いてんのかてめぇ!」
バストンの怒鳴りに俺より先にトナムーが怒り出す。
「聖女様の面前で何の無礼だ!貴様!バストン!死にたいのか!」
トナムーの怒鳴りにバストンは地面に膝をついた。
「はっ!失礼いたしました!」
「小僧!お前もお前だ!たとえ勇者様の幼馴染だとしても我らに対してそれなりの礼儀を持って行動しろ!」
俺は軽く頭を下げた。
それを見てトナムーは野営の準備をし始めた。
俺は彼らを見ながらバストンに近づいた。
バストンは野営の準備をしていた。
彼は俺が近づいてくることはもうわかっていたのか準備をする手を休まず口を開けた。
「何だ。小僧。俺は忙しい。暇なら聖女様の手伝いでもしておけ!チッ!」
「俺と勝負しませんか?」
その発言は周囲を驚愕させるには十分であった。
瞬時に空気が凍っていくような静かさ。
そしてバストンは動いていた手をピッと止めてこっちを振り向く。
「今…なんと言った?」
その顔は人間とは見えないほど歪められていた。
平たな額に何十個のしわができてこっちを見下ろしている。
「もちろん普通なら自分に勝ち目などありませんので、条件付きです。子供相手にですからその点どうですか?」
バストンは警戒するところか益々歯を向きだして威嚇する。
「くっそガキが死にたいのか?」
「それも条件に含まります。殺さないこと。」
やがてバストンは怪異に笑い出した。まるで獣の鳴き声みたいな笑いだった。
「いい!いいだろう!子供をボコボコにできるチャンスだ!受けて立つ!」
俺はニヤリと笑い条件を説明する。
「条件は簡単です。殺さないこと。重傷を与えないこと。そして以前俺の村の門を破壊した力は使わずに自分の身体能力だけ使って戦うこと。鎧は使わないこと。逆に俺はこれらの制限が全く適用されないこと。これでどうですか?」
バストンは血走った目で俺を睨み叫んだ。
「いい!速く始めようぜ!」
子供のように燥いでバストンは木剣を持ってきて俺に渡す。
いつの間にか夕日はどんどん沈んでいく。
平原の真ん中。草は随分と高く伸びている。
こんなところで勝負しようと言い出した理由をバストンは考えていないのか。
ここは決して絵本の中に出るような砂場ではないのだ。
いい教えになるだろう。
「あ、忘れていましたが。勝負の結果負けた側は勝った側の要求に何でも答えるのが条件です。」
「うははははは!ますますいいな!小僧!骨一本ぐらいで勘弁してやろう!何!俺の力で直せば重傷どころか無傷で終わるから安心しろ!」
「まあ、いいです。始めますか?」
その流れをただ見ていたトナムーが歩いてきた。
「小僧。自信あるのか?ああ見えてもバストンは俺の部下の中では強者の一人だぞ?」
「でしょうね。だけど俺が勝ちます。結果そうなります。」
俺の自信溢れる確信にトナムーは下を巻いた。
「まったく……恐ろしいガキめ……。」
トナムーは俺から離れ野営のために切っていた小さな空地に立った。
「バストン!俺が審判役だ!わざと殺そうとしたら俺がお前を殺す!」
「隊長殿!ご心配なく!俺はあのくっそガキをボコボコにしたいだけです!殺して終わるなんてことは絶対ありません!」
トナムーは首を振り呆れたように溜息をついた。
「では始める!三!二!一!はじめ!」
―タッ。
はじめの合図と共にバストンは飛び出してきた。その速度はとんでもなく速かった。すぐ俺の目の前に迫ってきたバストンは思いっきり剣を打ち下ろす。
俺はバストンが飛び出した瞬間にもう横に身を投げていた。
バストンはそれを読みとり剣を振る方向を変更した。
斜めに落ちてくる木剣を同じく剣を斜めに持って流す。
バストンの木剣は自然に横に落ちて地面深く刺さる。
それを俺は横目に見ながら距離を取った。
(予想通りだ。草のせいで地面はそんなに固くない。)
柔らかい土である。そして俺はバストンを挑発した。
「大したことないですね。バストンさん。それでは聖女様をお守りする役名を果たすのに無理があるのでは?」
効果抜群。
バストンは剣を地面から抜き出して俺に血走った目をして理性を失いかかってきた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はにやりと笑い空地から離れて後ろの草原の中に入る。
バストンはすぐ俺を追いかけるが俺の身長では簡単に見つかるはずがない。
しかも今は冬だ。
こんな寒い冬の中でも鮮明な緑色をしてしかも普通に歩く俺を隠せるぐらいの草と言えばこの地域ではあれしかいない。
「いたっ!なんだこの草は!」
草むらに入って早々バストンの悲鳴が聞こえる。
プルム。
春には大地の中に種として眠っているが真冬になったら周囲の草の栄養を奪い取り成長する変な植物だ。それがまた当然のように春になって花咲く植物の栄養となる植物。
その植物が一番盛んでる時はその葉は鋭い刃物となる。固くて鋭い剣だ。だけどゆっくり動けば怪我の数は激減する。
俺はゆっくり奥へ奥へ進む。
「くっそガキ!逃げたのか!かかってこい!」
バストンの叫びが聞こえた。ほんの少しだけ離れた俺はそのバストンを挑発し続ける。
「自分の力で敵も探せないのか!この無能が!」
「くっそぉぉぉぉぉ!殺してやる!そこで待ってろくっそガキ!」
俺はまだゆっくり体制を低くして進む。
このバカは本当にどうしようもないバカだ。
アイリンちゃんが心配になってくる。
状況の確認、把握、対応策の検討。
何一つできていない。
そして時間が流れる。
どんどんバストンの声に力が抜き俺の挑発に怒ってはいるが最初の気合いは見えなくなっていた。
俺は草むらにバストンを置いてゆっくり空地に戻ってたき火の前で体を溶かす。
温まって気力を補充する俺を見てトナムーが手で頭を押さえながら嘆く。
「もう…勝負ありだな…。」
しばらくしてバストンは震えながら戻ってきた。
そしてたき火の前で体を溶かしている俺を見て怒りに満ちて飛び出してきた。
「貴様!勝負中にないしてるんだ!」
俺は軽くその攻撃をよける。
見れば体のあっちこっちに傷だらけだ。
(鎧がなければこうなるか。)
そしてその傷からは血が止まることなく少しだが流れ続いている。
あの草は鋭い。傷は薄くても中々血が出ることが止まないのだ。
俺は空地に移動して剣をこっくり揺らげて彼を誘う。
「かかってこい。」
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
バストンの遅い動きをよく見て、木剣を回避してバストンの膝の後ろを全力で強打。
「くあぁぁぁぁっ!」
―ポキッ
骨が折れる音とともにバストンは倒れる。
涙を浮かべて必死に悲鳴を我慢するバストンを見て俺はトナムーに視線を向けた。
「勝者はリチャード。」
トナムーは迷いなく勝者宣言をして勝負の終わりを告げた。
「まだ!まだ俺は戦えます!」
だけどバストンはそれに反論した。
いや。お前。どう見ても足折れたじゃん。
そんなバストンを見ながら俺は心の中では呆れていたが、表は全く逆の行動をとる。
俺はバストンに近寄って腰を折り、謝る。
「私が負けました。」
その宣言に誰もが口を大きく開けて驚愕する。
俺はバストンを見ながら話しかける。
「足が折れても、苦痛で話さえできないはずのあなたはそれでもまだ戦闘意思を燃やして決して負けない不屈の意志を表しました。俺が卑怯な手を使って勝っても結局俺は正面からぶつかって勝たなきゃ意味はないと実感しました。私の負けです。」
もちろん嘘である。
俺はこいつに負けたとはこれっぽっちも思っていない。
周囲の環境も把握せずに、相手の思惑を考えずに、自分の有利な戦い術を追及しない無能の中の無能。
相手を過小評価し、相手の戦場に自分から赴き、そして冷静に負けを認めないバカ。
それであるこそ俺は謝った。
こんなバカは冷静がない分利用しやすい。
バストンはぽかんとしている。
そこにトナムーが近づいて白い光と呪文を使いバストンを治療し始める。
「バストン様。私はあなたに感銘を受けました。どうか私がべランクス都市までの旅で成長できるよう。あなたの許可があればと思います。」
バストンは治療されながらこの展開に戸惑っている。
どう判断するべきかをわからないだろう。
想像以上にバカであった。
俺の予想ではこいつは自分のプライドを曲げずに俺に対して暴言を吐いてもう一度勝負を挑むことであったが、こいつは先の戦闘意思はどこに行ったか今は大人しく黙っている。
役立たず。
トナムーがそんなバストンの代わりに俺に話しかけた。
「お前の勝ちだ。」
俺は無表情を作った。
正直歯を向きだしてバストンを罵りたかったが、それでは先のお詫びが意味をなくしてしまう。
だから仕方なく木剣をトナムーに差し出した。
「では明日からバストンさん。明日から俺に剣術と聖女様と教会。そしていろんなことを教えてください。宜しくお願いします。」
俺はそれだけ告げて馬車の近くに戻った。
さすがに馬車の中で眠れるのは聖女とリサだけであり、侍女たちも馬車を風よけにぐらいしか使ってなかった。
まあ、騎士たちと違って不寝番に立つ必要がないのはよいが。
その次の日から俺は態度が変わったバストンから剣術と知識を学び始めた。
今まではリサの動きを完璧に熟知した上でそれを体で実現するのが目的であったがバストンによって神殿騎士剣術を学び始めて目的は変わった。
基本の動きが整ったのだ。
横切り、打ち下ろし、斜め切り、構え、足さばき。
面、胴、小手、足などを攻撃するときの剣の経路など。
それらを学び始めて一か月が過ぎた時点で俺はバストンが一手だけ使う条件付きで勝てるようになった。
それを見て真剣な顔でトナムーが聖騎士研修を提案してきたが俺はお断りした。
そしてそれらの稽古と同時にバストンの青臭い教会と聖女に関して話を聞いて俺が驚いたのは教会は大陸全域渡って勢を持っているということであった。
大陸全土に教会の拠点があり信者は何百万以上である。
同盟を結ぶならこいつらだな。
今はいらない考えだったけど俺は心の中でそう思っていた。
次に驚いたのは教会の者だけが使える神聖魔法であった。
その原理はわからないが、治癒、回復などに特化されている魔法らしい。
バストンが俺の村の門を破壊した神聖魔法は破壊であったが……。
原理をわかれば利用したいが……対外秘なのかそれともわかっていても使えないのか。
バストンは教えてくれなかった。
そして聖女に関してだが、聖女は女神の化身だそうだ。
なぜ聖騎士がただの子供にそれほどしたがっていたかはそれが理由であった。
聖女は神の神託によって選定される家で生まれる。
そして生まれた子供は聖女となり無制限で神聖魔法を使えるらしい。
(バケモノだな…。)
それを聞いてぶるぶる震えながらアイリンを見たらリサにまたぼこられた。
そしてまた1か月が過ぎた。
途中で経由した十の村を経由し、二十回山賊と遭遇した。そして簡単に聖騎士とリサの圧倒的な力に彼らは負けた。当然だろう。大人が子供に傷つけずに無力化しろと言われたら一手で簡単にできるのと同じもんだ。
聖騎士は山賊たちを死刑しようとしたが俺は彼らを止めた。
俺は彼らから財と食糧を半分没収した。残り半分を持って南に行き平和に畑仕事と魔物退治しろと命令した。
当然聞いてなかったが俺は彼らにこう告げた。
「一生山賊やって死ぬつもりか?そうではないなら俺とともに胸がときめく夢を見ないか?」
彼らは全員俺に従い南に移動した。
南の村はほとんど俺の村が吸収したから地は残っている。
いつも思うがなぜゴリオス王国は南の領土には興味がないのかと疑ってしまう。
半分放棄状態と同じだ。
そうやって得た財宝と食糧は通り過ぎる村の中で生活が貧乏で辛い村に分配した。
リサがその理由を聞いたのでこう伝えた。
「俺が帰ってくる時、今通ってきた村すべては俺の配下になる。」
リサは呆れたように左右に首を振って溜息をついた。
そして俺たちはやがて今まで見たことのない大都市を見つけた。
遠くから見れば城壁はそんなに高くない。近づいても大きな木の高さ2倍ぐらいの高さの城壁だ。
だけどそれがむしろ長所なのか?
見れば外部からでもはっきり見える大きな塔が一つ立っている。綺麗な青い光が輝いている。
俺は衝撃を受けた。
あれが話では聞いていた魔法というやつだろう。
そして整備された道が俺たちを迎えてくる。
べランクス道路という名前で呼ばれているその道は土ではなく表面が研いで磨いた石版が敷かれていた。とても頑丈な材質だろう。南ではなく西と北で行き来している大きい馬車が走っても石版が壊れたように見えるところはない。
大都市べランクス。
俺たちのたどり着く場所だ。
そして正門に近づくと混雑していた道が左右に大きく開かれる。
人々たちは歩きを止めて首を垂れる。聖騎士たちは兵士たちと何回が言葉を混じった後中に入る。俺は長く溜息をついた。
そういえば学院の手続きはどうなるのだろう?
その疑問はその日に気持ち悪い形で解決された。
十分間移動して到着したのは大邸宅だった。
都市の中にこんな立派な邸宅を作り住み着いている。
そうと権力と財力を持つ存在だろう。
だけど貴族は領地を所有しているものではないのか?
俺は今更知識の足りなさを実感していた。
聖騎士を見た門番の兵士は敬礼して目的を聞き門を開けた。
(検問が緩くないか?)
大邸宅の正門を中に入ると見えるのは美しい中庭だった。
色んな彫刻と彩る花々。空間の美を強調する配置と余白が感じられる庭の風景には俺は感動してしまった。
それと連れ合うように大邸宅には正門の前に噴水とその左右に魔法使いの石像と剣を両手で掴んで空高く上げている石像が立っている。
なるほど…ここまでの道は勇者の一代記を物語る道なのか。
そして俺たちを待ち構えていたメイドたちが深く挨拶して大邸宅の中に案内する。
そして現れたのは長い通路であった。
「ご主人様はこの先に待っていらっしゃいます。こちらへどうぞ。」
メイド一人が私たちの前に立って進む。
通路の先に見えるのは大きな門。
改めてそこで感激した。
(金持ちの贅沢な作りだ…。)
普通左右に部屋を多数作るのが空間の浪費を防げる。
なのにこんな長い大きい通路を作ったという意味は来客に自分の財力を自慢する用途あってのことだろう。
すごい。
いつかは真似しないといけないかも知らないなこれは。
そしてメイドが門の前に立ち軽くノックを2回繰り返す。
「ご主人様。勇者様と聖女様の来訪です。」
その告げと同時に大きな門は開かれた。
普通は許可をだすかなどではないか?
そして大きな扉が開き俺たちは前へ進む。
巨大なグラスによって大きな部屋なのに全体が明るかった。
部屋の隅々に本棚があり何もかも部屋に似合う家具で飾られている。
何の皮で作ったかも不明だがゴミ一つついてない気品が感じられる椅子。あれはソファーというやつだったか。
目線だけを動かしいろんな情報を得ている俺に声が聞こえてきた。
「まるで暗殺の癖だな。少年。」
部屋の中央。日の光のせいで薄ら陰に包まれていた老人から飛び出た声に俺は自然に答えた。
「田舎もん何で、色々不思議だったから驚いていただけです。」
そして雲が差したのか部屋が若干暗くなったところで俺はその老人を見ることができた。
何十というべきしわが額と頬っぺたにいっぱいであった。年は外見から見ると八十は超えているだろう。
部屋の中央で枝に支えて立っている老人だけど目には光が宿っていて二十代青年の力すら感じられた。
「聖女様……そして聖女様。歓迎いたします。私はこのべランクスを収めているバイス=アインハルト・ロウン公爵と申します。お見知りおきを。」
バイス公爵は枝に頼りながら深くお辞儀をした。
聖騎士たちは後ろで直立不動。
俺は疲れている。宿をとって眠りたいんだ。
そんな俺を見ながらバイス公爵は俺に話かけてきた。
「お前は誰だ?勇者様のお供の暗殺者か?」
バイス公爵の質問に俺はまた眉をひそめるしかなかった。
「違います。俺はただの幼馴染です。」
「幼馴染がなぜ勇者様と一緒にいるんだ?」
俺は若干悩み答えた。
「田舎もんだから一つ確認しておきたいことがありますが…。貴族様の質問に平民は必ず答えるべきですか?」
バイス公爵は大きな声で爆笑した。
「うはははは!当たり前だ!小僧!」
俺は表情を出さずに答えた。
「田舎もん何で、色々見て、学びたかったです。まあ、世間知らずから博識になりたい一心でついてきた感じです。」
「ふむ…そうか。」
バイス公爵は笑った後目を移してリサをじっと眺める。
「では、勇者様。勇者様が本当に勇者かどうか確かめる儀式を始めます。」
「わ!わかった!」
ふっと思い出したが、リサはため口で喋っていて俺は尊敬語を使っている。
なるほど。勇者が一番上位でその次が聖女であって一番下が俺か。
これも勉強になるな。
バイス公爵は宝石で飾られている宝箱を机の引きだなから取り出した。
それは青、赤、黄、緑の四つの宝石が鍵穴を飾っている宝箱だった。
変な形である。普通の鍵穴さえない。
バイス公爵は目を瞑りお祈りを捧げるように膝をついて両手を合わせて何かを呟く。
とても小さい声でのそのお祈りは神聖な聖者のようだった。
そして立ち上がったバイス公爵は短剣を取り出し自分の指を切る。
浅い傷から血が出て、錠に落ちる。
錠は激しく揺られ出し、まぶしい光を放つ。
そしてそこから出たのは。
「ただの水晶球じゃないか…。」
俺の言葉にバイス公爵は眉をひそめて険しい表情を作る。
「口を慎め小僧。これは初代勇者様が残してくれたものだ。」
「失礼しました。」
正直どうでもいいけどな。
リサはその水晶球を見て安堵したように軽く息を?む。
「ここに手を付けてください。勇者様が真の勇者なら水晶は光を放つはずです。」
「わかった!」
リサは水晶が置かれている机に近づく。
そしてリサが手を付けた瞬間先の錠が放つ光より何倍もまぶしい光が部屋を明かす。
その光は部屋全体を明るくした後普通の水晶に戻る。
そしてバイス公爵がリサを見て涙を流し始めた。
(え?…泣くほどのことか?)
俺は一歩後ろに下がる。
「おお!…勇者様!勇者様!あなたを!わしは貴方様が来るのを待っていました!」
「ああ…そ…そうなんだ…。」
さすがのリサも嫌なようだ。
バイス公爵は声を殺したが流れる涙の量は半端なかった。
だけど今考えてみれば簡単すぎないか?
勇者を名乗るものは何人かいるだろう。
その全部公爵の執務を邪魔するのか?
まあ、嘘ついたら殺されるだろうからめったにないと思うがな…。
「それじゃ。リサ。頑張れよ。ここでサヨナラしよう。」
俺はリサにそう告げた。
リサは顔を下に向けた。
俺はため息をついてしまう。
「そうガッカリするな。また会えるさ。」
「…私…魔王を倒しに行くのよ?死ぬかも知らないのに…。」
リサはいつもと違って気弱な姿を見せている。
俺はそんなリサを見てほっておくことはできなかった。
リサに近づき俺より背が高い彼女の手をギュッと握る。
リサを下から覗くように顔を見る。
「なあ。リサ。俺たちが森で迷子になった時、お前はこう言ってた。心配しないで!私が守ってあげるとな。俺がこの話をする理由をわかるか?」
リサは暗い顔で首を横に振った。
俺は彼女を見て微笑みを作った。
「何があってもリサは諦めずに怖がらずに俺の前を行くものだと思う。勇者なんて俺なら放棄してたかも知らない。だけどリサは自分の役目を果たそうとしている。死ぬかも知らないと?まさか。リサは何があっても諦めない。迷わない。怖いかも知らないけど。それでも行く。前へ。また、前へ…な?」
リサは何かを感じたのか普段のイキイキしてる姿を取り戻した。
「そう!そうなの!私はね!あんたを絶対諦めないわ!だから絶対戻ってくる!生きて帰ってくる!覚悟しとけよ!バカ!」
なんか変な意味を持ってるように聞こえてくるけど…。
まあ…いいか。彼女が自信を取り戻したことに感謝しよう。
「そういうわけで俺は去るよ。また会おう。」
「うん!わかった!リチャードあんたもね!無理しちゃだめよ?私が戻ってきた時、もしあんたが変になっていたら永遠の苦しみを味わせてやるからね!」
………………。
…こいつ……勇者なのか?
実は悪魔なんかではないのか?
いやいや言い過ぎだろういくら考えても…。
「お…おう…。」
俺はそう言って頷いた。
「小僧。」
バイス侯爵が枝に頼りながら俺たちに近づく。
「もう帰るのか?」
俺は正直に答えた。
「いえ。この都市で滞在しながら勉強するつもりです。」
「勉強?」
バイス侯爵は目を光らせた。
「そうです。知識と力が必要なので。聖女様のお助けを借りてですね。」
「なるほど!」
バイス侯爵は渋い顔で頷いて聖女に問う。
「聖女様。彼をべランクス学院に入学させるつもりですか?」
バイス侯爵の問いに聖女であるアイリンは子供特有の力強き肯定を表情と笑顔で表した。
「むろんだ!」
それを聞いてバイス侯爵は手で顎を擦って話した。
「聖女様じきじきの推薦だと問題になる可能性があると存じます。ここはわしの推薦で入学ということはいかがでしょうか?」
(同じだろ爺……。)
俺はそう思ったが、聖騎士たちは違った。
この二か月間の見せたことがない明るい笑顔でそれがどれほどよいかを表情で表している。
(お前らそれほどいいことなのか?)
だが、聖騎士たちの顔は急激に暗くなった。
「ことわる!」
珍しいな。
いつもは優しくて寛容的な女の子の意地張りだった。
トナムーがそこでアイリンを説得する。
「聖女様!リチャードにえこひいきし過ぎではありませんか!もし本当に彼が学院に聖女様の推薦で入学するようになったら大問題に繋がる恐れがあります!」
「ふん!知らん!」
「聖女様!」
何だここは?
修羅場か?
俺は疲れてる。早くまとめて休憩しよう。
「俺はバイス公爵様の推薦でいいと思います。」
俺の言葉にアイリンちゃんが袖を引っ張って泣き顔をした。
まるで見捨てられた子猫のような泣き顔。
俺はなるべくやさしく微笑んで彼女の頭を撫でてやった。
「別にアイリンちゃんが嫌だからではない。俺が判断してアイリンちゃんに迷惑をかけたくなかっただけだ。」
「迷惑なんてないよ!」
子供を納得させる。
ここには社会的背景での説明は避けるべきだろう。
「アイリンちゃんはこれからリサと共に旅をでる。その時、アイリンちゃんは勇者であるリサに頼るだろう?俺も同じさ。アイリンちゃんがここを去ったら俺はバイス公爵に頼る。わかった?」
アイリンは唇をすっと出して不満を表したが、素直に低い声でうんと答えた。
それを見て、トナムーは親ばかのような顔で微笑んで頷いた。
まがった髭もプルプル震えるような満面の笑顔。
その夜、俺はたちはバイス公爵に誘われて豪華な食事をした。
全部初めて見る食べ物、飲み物であった。
美食だらけでごちそうできた。
だけどその美食を味わう幸せな時間は長くなかった。
「おい!ガキ!」
一生懸命に美食を味わってる俺に対してバストンが赤く上ずった顔で近づく。
酒くっさい。
俺は自然に険しい顔になる。
何で自分で管理できないほど酒を飲むのか?
バストンは俺の肩を腕で組んでつまらない話をした。
「お前…実は冒険者だろう?」
「何言ってるのですか?散々言いましたが俺はリサの幼馴染にすぎませんよ。」
バストンは無視してまた酒を飲む。
「お前と勝負した時を思い返せば絶対普通じゃねぇよ。」
(それはお前がバカすぎるだけだ。)
でも俺はそれを口に出さないで逆の言葉を述べる。
「バストンさんは色んな制限が付いてた状態ではありませんか。神聖魔法を使ってはいけない。鎧も禁止。そんな状態で俺は卑怯な手を使ってやっと勝っただけではありませんか?」
その言葉にバストンは爆笑をした。
宴会を楽しんでいたみんなが俺たちを見つめる。
「おいガキ。」
バストンは若干殺気を感じる冷たさを帯びた声で俺を呼ぶ。
「お前をよく知らない人間なら今の話を聞いて謙遜だなと思うだろう。だけど俺はバカだがこの二か月間お前を見てお前がどんな人間なのかわからないほどバカではない。お前は賢いやつだ。いや賢いで表現できるもんではない。千年に一度でる天才に近い。」
(すごい高評価だな。)
俺は口元を少し吊り上げる。
「高く評価していただきありがとうございます。」
バストンはそんな俺を見て警告した。
「ガキ。お前は聖女様をまるで妹みたいに接している。決してあってはいけない無礼である。だけど……正直それでもいいと思う。お前が聖女様を親密に思ってるならそれは聖女様の大きな力になるだろう。ガ。キその心変わらずにいろよ。」
バストンはそれだけを話して笑いながら席を立った。
(……これからは注意すべきか。)
あのプライドの塊のようなバストンがあんな態度をとるようになった。
よく言えば認められたと凡人は喜ぶだろう。
でも俺は反逆を企む者だ。
いやそうじゃないとしてもだ。
バストンは聖女であるアイリンに絶対忠誠を誓っている聖騎士であるため、俺が聖女の力になると考え俺を認めた。
もし相手がプライドの塊であり、また優れた能力を持っている貴族であればどう考えるだろうか。
もし俺が貴族ならまず殺すか殺さないとしたらどうやって貴族階級に編入させるかを考える。
俺は貴族から見れば毒だ。こんな存在があることを喜ぶ貴族などいないと予想できる。
俺はさりげなくバイス侯爵を確認する。
老人はアイリンちゃんとリサと話をしているが目では俺を見つめている。
(怖いわ……目と口を別々に使う人間初めて見た。夢に出たら絶対逃げるなあれは。)
そして俺は静かに食事を終えてメイドたちが案内してくれた部屋で休憩を取るのであった。
案内された部屋で俺はロウソクに火をつけて本棚に刺されている本を見る。
俺は文字が読めないから絵本を選んだ。
だけど本を何冊か読み続けるうちに予想で文字の意味と読みがドンドンわかってきた。
例えばすべての本が『mukasi mukasi』と書いてあれば大体物語の冒頭に出てくる『昔々』を意味するのは分かるもんだ。本当にそうなのかは後100巻ぐらい読めばわかるだろう。
そうやって本を読み続けていると門が開かれた。
いくら平民でもメイドたちはちゃんと礼儀正しく行動している。
しかもこの家で部屋を勝手に開ける人は一人しかいないのではないか?
「寝ないのか?」
「ええ。本を読んでいました。」
バイス公爵はニヤケて俺が座っている机に近くきた。
俺が読んでいる絵本を一目した後、ベッドに腰掛ける。
「少し話をしようか。」
「わかりました。」
俺は絵本を閉じた。
そしてバイス公爵はそんな俺を見て長いため息をついた。
「お前は……。」
バイス公爵は長い沈黙の後俺に問いかける。
「お前は…いや。これを先に聞こう。わしがお前をあの学院に推薦した理由。わかるか?」
「聖女様の威信をお守りするためではありませんか?」
バイス公爵はどこから出したのか手に酒をもっている。
それを口に付けてそのまま飲み始めた。
「嘘つけ!そんなこと微塵も考えてないだろう小僧!」
半分は本気でそう思っている。
だけどバイス侯爵はそんなことどうでもいいみたいに手を振り話を進めた。
「今日お前を見て確信に変わったがお前は相当優れている。」
俺は肩をすくめた。
「お褒めの言葉。ありがとうございます。」
「お前は学園に行って知識と力を得て何をするつもりだ?」
「村のみんなを幸せにするつもりです。」
嘘はついてない。それだけではないけど。
「フン!まあいい!わしがお前をあの学院に送ろうとする真の理由なんだが、平民たちの英雄的存在になってほしいからだ。」
聞き捨てならない。英雄?平民たちの?
「ご冗談を。」
「冗談ではない。わしの真の目的だ。あそこに行って誰もが頭を下げ眩しき能力に屈服しなければいけない成績を成せ。」
正直に言おう。
無理ではない。俺は他人より優れている。今まであってきた人は極少ないが、その中でも俺の真の考え、計画を把握したり、打ち壊した人間はいない。
だけど。
「なぜ?そもそも平民たちの英雄になってほしい理由がわかりません。」
バイス公爵は溜息をついた。そしてまた酒をグッと飲み込む。
「お前の母と父はおるか?」
「両親はなくなりました。」
「徴兵のせいか?」
俺はやっと意味を分かった。
なるほど。
それが目的か。
「今現在、このゴリオス王国では広範囲と大々的に徴兵が行われている。そのせいで人々の間に不満の声が上がっている。そしてそれが激化すればいずれにせよ大きな問題が生じる。それを収めるためには人々の心に喜びと涼しさを与える存在が必要である。その上に既存の秩序を乱すのではいけないため学院の若き英雄が必要。尚、これは決して勇者に任せてはいけない。勇者はまさに勇者。ゴリオス王国の勇者であっても人類の勇者である。平民たちが勇者にすがりついたら外国の介入が生じる可能性がある。結果的に俺以外の適任者がないとことですね。」
バイス公爵は俺の話を聞いて口をパクッとあけた。
しばらく俺とバイス公爵は互いを見つめていたが沈黙を破ったのはバイス公爵であった。
「これは想像以上だな…。お前は…何者だ?本当にただの平民なのか?」
「ご覧のとおりただの平民ですが?」
「正直…やめるべきか悩んでいるが…仕方ない…いや。むしろもっといいと言うべきかも知らない…あの学院に行ったらお前が乗り越えるべき壁があるからな…。」
「乗り越えるべき壁?」
バイス公爵はしばらく考えたが深夜にも関わらず腹を抱えて爆笑し始めた。
「これはいい!まさに最高ではないか!ははは!面白くなるぞ!期待しとるわ!リチャード!」
初めて名前で俺を呼んだバイス公爵は涙を浮かべながら爆笑した後部屋を去った。
部屋を去る前に俺がもう一度乗り越えるべき壁について質問したがバイス公爵はただニヤリと笑って手を振っただけだった。
いい年して何やらかしてるんだ爺…。
俺はその夜何をするべきかわからずとても悩んだ後眠りについた。
複雑な思いのせいでいい夢を見るわけがなかった。
次の日俺は真の意味の別れをリサに告げた。
バイス公爵と共にあの学院に行く。そしてそこで魔法使いを連れてくる。
リサはそのあと準備を終えて旅の始まりだ。
「これで本当にお別れだ。」
リサは笑っていた。
涙を流さず胸を張って元気な声で俺に向かう。
「また会おう!」
「もちろんだ。行ってこい。」
「行ってくる!」
俺はリサに手を差し出す。
リサはそんな俺の手をグット握りしめる。
互いの気持ちを強める握手をした後、俺はバイス公爵と共に学院に向かう。
長々話す必要はない。
俺たちはまた会える。互いがいる場所は違うけど俺たちはまた会えるのだ。
それが勇者とその幼馴染の運命というわけだから。
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