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ようやく家に辿り着くと、夏祈のテンションとは真逆の母親が待ち構えていた。
「ねぇ、夏祈! いい話があるの。早く、早く!」
「なーに? すっごい疲れてんだけど」
倒れ込むようにダイニングテーブルに座り、母親と向かい合う。
「祐也くん、今日から学校に行ってるんだって! 家に帰ってきてからも、友達と野球に出掛けたみたい」
グラスに麦茶を注ぎながら、母親が瞳を輝かせている。
「えっ、ほんと!?」
驚きのあまり、抜けていた夏祈の気が、一気に戻る。
「さっき、聖也くんのおばあちゃんから電話があったの……。島から帰って来て、すぐに野球チームに入ったんだって」
「へぇ~、よかったじゃん!」
「しんご、しんごって、真悟の話ばかりしてるらしいわよ」
「えっ、私は?」
不服そうに、グラスを手に取る夏祈。
「とにかく、見違えるほど元気になったって……。真悟くんには、本当に感謝してるって喜んでたわ」
「私が誘ったのに、なんだか、しんごのお手柄って感じになってない?」
「夏祈が祐也くんを誘ったから、みんなにとって最高の夏休みになったのよ!」
「なんか、複雑……。でも、まぁ、確かに、しんごの力は大きかったしね」
納得しながら、麦茶を一気に飲み干す。
「ねぇ、夏祈! あれ、まだ聞こえてる?」
コーヒーの入ったカップを両手で包み込み、恐る恐る聞いてくる母親。
「あれって?」
「聖也くんの声よ」
「あっ、それはもう……、聞こえない」
「そうなの……」
いつになく、力のない返事をする母親。
「どーしたの?」
「なんでかしら……。最初は、病気だと思ってびっくりしたけど……。例え幽霊でも、聖也くんには夏祈の傍に居て欲しかったのかな?」
「ママ?」
「そう、もう聞こえないの……」
淋しそうに、サイドボードの上に飾られている写真に目を向ける母親。
その視線を辿り、夏祈も3歳の聖也をじっと見つめる……。
「ママ……。私、トランペット外されちゃったんだ〜」
「そうなの? それで、何になったの?」
「クラリネット……」
「あら、そう! まぁ、たいした違いはないんじゃない。ママ、コンクールには応援に行くからね、楽しみ〜」
「えっ、そういう感じ?」
「さぁ、そろそろ、夕飯の支度しなくちゃ。今日は、夏祈の好きなビーフストロガノフよ!」
「やったぁ♪ ちょうど食べたいって思ってたの!」
慌しく、カチャカチャとカップを片付け始める母親。
(いつも忙しいママが大嫌いで、せーやママの方がいいって傷付けたこともあったけど……。ママは私を1番理解してくれるし、1番応援してくれてる……。私って、けっこう幸せじゃん!)
キッチンに入っいく母親の背中には、後光のように西陽が差し込んでいる。
その光に導かれるように、夏祈はベランダに出た。
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