31
西陽も徐々に弱まり、部屋の中が薄暗くなっていく……。
ポツンと取り残された夏祈。
(まじか……)
おじさんをちらちらと見ながら、頭の中を整理する。
おじさんはすました顔で座り込むと、枕にしていた小さなノートを開き、ページをさらさらと捲り始めた。
(何やってるんだろう? とりあえず、話し掛けてみよっか)
「あの……、あのっ、おじさん?」
『ヘッ……、何ダイ?』
顔をパッと上げて、おじさんは夏祈をちらっと見た。
「お、おじさんは、せーやのこと知ってるんですか? あの、さっきここに立ってた、野球の、ユニフォームの……」
『知っテルヨ』
再び視線を下ろし、ノートを見ている。
「なっ、なんで!?」
『5年前、友達になったカラッ』
真剣に目を通しながら、適当に応えるおじさん。
(5年前って……。あっ、前に聖也と一緒に来たあの夏ーっ!?)
「あっ、じゃあ、おじさんは、この島にずっと住んでる島特有の生き物なんですか?」
おじさんはノートをパタッと綴じると、夏祈を真っすぐに見た。
『ワタシは、ソンナ特別なものではナイヨ! ワタシは、ごくごく普通に居る妖精ダヨ』
「妖精って……。そんな、バカな! 全然普通じゃないしっ」
『ワタシは、妖精のフィリップルハーパー・ウェディンジェル!』
「何それ?」
『名前ダケド』
「名前ーーっ!??? えーっ、意味分かんない! 完全に名前負けしてるし」
『ヒドッ! 毒の舌という情報は正しいらしいナァ』
夏祈に背を向け、奥に置かれているドロップの空き缶に向かうおじさん。
何やらブツブツと呟きながら、先ほどのノートに何かを書き込んでいる。
どうやらその空き缶は、机として使われているらしい。
(えっ、何? なんか怒っちゃった……!? そっか、私も自己紹介しとこっかな)
じわじわとピアノに近付いていく。
「お、おじさん! 私は、大島夏祈っていいます。中2です。部活は吹奏楽で、トランペットを担当してます……。将来の夢は、女社長になって海外で暮らすこと! それから……」
『知っテル』
書き物を続けながら、背中で応えるおじさん。
「えっ?」
『ナツキの事は、全部調べてアル』
「はっ、なんで!」
おじさんは、振り返って夏祈を見た。
『ナツキ担ダカラ』
「担って……、アイドルじゃないんだから!」
(いったい何者? ちょー不気味なんだけど)
『アッ、今、ちょーキモいんダケドって思ったデショ!?』
「えっ、そこまでは……、言って……」
(やばい! なんかやばい)
「なっちゃーん、夕飯だってぇー!」
居間の方から、真悟の呼ぶ声が聞こえてくる。
(えっ、もうそんな時間? あっ、この変な妖精もお腹すいてるのかなぁ?でも、あっち連れて行ったらおばあちゃん死んじゃうかもっ)
『アッ、ワタシは、棒のサトーサンをかじって来てるから何もイラナイヨ』
「棒のサトーサン?」
『ソッ! ソノ辺にイッパイ刺さっテル、アノ、堅くて甘〜い緑色の……』
窓の向こうに目をやるおじさん。
「えっ! 畑のさとうきび食べてるの?」
『ソッ! 畑のサトーサン!!』
「へぇ〜、けっこうワイルドなんだね〜」
『イヤ、ソレホドデモ……』
(えっ、これって、誉め言葉!?)
こうして、妖精のおじさんとの奇妙な生活が始まった。
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