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 西陽も徐々に弱まり、部屋の中が薄暗くなっていく……。

 ポツンと取り残された夏祈。


(まじか……)


 おじさんをちらちらと見ながら、頭の中を整理する。


 おじさんはすました顔で座り込むと、枕にしていた小さなノートを開き、ページをさらさらと捲り始めた。


(何やってるんだろう? とりあえず、話し掛けてみよっか)


「あの……、あのっ、おじさん?」


『ヘッ……、何ダイ?』


 顔をパッと上げて、おじさんは夏祈をちらっと見た。


「お、おじさんは、せーやのこと知ってるんですか? あの、さっきここに立ってた、野球の、ユニフォームの……」


『知っテルヨ』


 再び視線を下ろし、ノートを見ている。


「なっ、なんで!?」


『5年前、友達になったカラッ』


 真剣に目を通しながら、適当に応えるおじさん。


(5年前って……。あっ、前に聖也と一緒に来たあの夏ーっ!?)


「あっ、じゃあ、おじさんは、この島にずっと住んでる島特有の生き物なんですか?」


 おじさんはノートをパタッと綴じると、夏祈を真っすぐに見た。


『ワタシは、ソンナ特別なものではナイヨ! ワタシは、ごくごく普通に居る妖精ダヨ』


「妖精って……。そんな、バカな! 全然普通じゃないしっ」


『ワタシは、妖精のフィリップルハーパー・ウェディンジェル!』


「何それ?」


『名前ダケド』


「名前ーーっ!??? えーっ、意味分かんない! 完全に名前負けしてるし」


『ヒドッ! 毒の舌という情報は正しいらしいナァ』


 夏祈に背を向け、奥に置かれているドロップの空き缶に向かうおじさん。

 何やらブツブツと呟きながら、先ほどのノートに何かを書き込んでいる。

 どうやらその空き缶は、机として使われているらしい。


(えっ、何? なんか怒っちゃった……!? そっか、私も自己紹介しとこっかな)


 じわじわとピアノに近付いていく。


「お、おじさん! 私は、大島夏祈っていいます。中2です。部活は吹奏楽で、トランペットを担当してます……。将来の夢は、女社長になって海外で暮らすこと! それから……」


『知っテル』


 書き物を続けながら、背中で応えるおじさん。


「えっ?」


『ナツキの事は、全部調べてアル』


「はっ、なんで!」


 おじさんは、振り返って夏祈を見た。


『ナツキ担ダカラ』


「担って……、アイドルじゃないんだから!」


(いったい何者? ちょー不気味なんだけど)


『アッ、今、ちょーキモいんダケドって思ったデショ!?』


「えっ、そこまでは……、言って……」


(やばい! なんかやばい)


「なっちゃーん、夕飯だってぇー!」


 居間の方から、真悟の呼ぶ声が聞こえてくる。


(えっ、もうそんな時間? あっ、この変な妖精もお腹すいてるのかなぁ?でも、あっち連れて行ったらおばあちゃん死んじゃうかもっ)


『アッ、ワタシは、棒のサトーサンをかじって来てるから何もイラナイヨ』


「棒のサトーサン?」


『ソッ! ソノ辺にイッパイ刺さっテル、アノ、堅くて甘〜い緑色の……』


 窓の向こうに目をやるおじさん。


「えっ! 畑のさとうきび食べてるの?」


『ソッ! 畑のサトーサン!!』


「へぇ〜、けっこうワイルドなんだね〜」


『イヤ、ソレホドデモ……』


(えっ、これって、誉め言葉!?)


 こうして、妖精のおじさんとの奇妙な生活が始まった。

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