第10話

 簡単な話だった。

 【それ】はドッペルゲンガーというような存在で、本当の姿が思い出せなくなった云々のことはどうやら本当のようだった。【それ】は思いついたものに手あたり次第なっているようで、私がターゲットになったのも本当に最近知り合ったのがきっかけに過ぎなかったようだ。

 だが【それ】は私に変わる際、女性の身体として化けた。もちろん、【それ】がつい先ほどまで私のことを女だと思っていたからである。

 しかし何を隠そう私は男だったのだ。男として生まれ、男として育てられ、しかしちょっと隠れて女装趣味を出しては遠くの大学まで通う男でもあった。

 そのことがわかったとなると【それ】は、

「女装趣味の男が私の本来の姿ではないかなー」

 とかなんとか妖怪にでもであったかのようにあたふたしながら、「失礼しました」と私の姿のままそそくさと出ていった。念のため部屋の窓から確認したが、玄関を出るころにはまた若い外国人の女性になって速足で去っていった。

 もうあんな存在を見かけても話しかけることはやめよう。

 そしてあちらから関わることも多分ないだろうと思う。人間もドッペルゲンガーも同じ感情を抱くのとしたら。

 蝉の声が聞こえた。

 日はまだ高い。出かけようか。

 私はクローゼットの奥にずらりと並べられた女性服のハンガーに手をかけた。

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TALK WITH Shadow 塚野 夜行 @yuzuhuri

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