if:ほしいもの、ひとつ(2)

「エルザベラさまあああ」

「わ、っと、リムちゃん? どうしたの?」


 今日も学園は平和だったわね、と講義終了の鐘とともに平和な一日を噛み締め、さてアニーと合流して帰りましょうねと廊下に出た私の腰にタックルしてきたリムちゃんを慌てて受け止める。な、なにごと?


「……リメールさん」

「あぅ」


 べりっと、リムちゃんのすぐ後ろを歩いてきたアニーがそのまま私からリムちゃんをひっぺがす。


「二人一緒だなんて、何かあったの?」

「いえ、私も仔細までは。控室で一日中ため息ばかりついているものですから理由を尋ねたのですが要領を得ず……ただ、お嬢様にご相談したいことがあると」

「クレアじゃなくて私に?」

「そのようで」


 リムちゃんが私に相談事、と聞いてもいまいち内容が想像できない。


 まだまだ幼いリムちゃんだけれど、侍女としてはしっかり一流だ。求められる役割は常に率先してこなすし、主従の間で引くべき線は引き、それでも時に必要とあらば主に対し強く踏み込むことも厭わない。それがクレアのためになるのなら、迷わず行動できる。


 だからわざわざ私を頼ってくるというなら侍女仕事に関することではないだろう。それならアニーに相談した方がよほど近道だろうし。

 クレアのこと……も、私よりリムちゃんの方がよく知ってる面も多いだろうし。


「……なんのご相談かしら?」


 アニーに背中をつままれたまま、なんとも情けなく眉尻を下げてうーうー呻いているリムちゃんに尋ねると、彼女は弱りきった調子で、だけど勢いだけはいっぱいに。


「私のほしいものって、なんでしょうか‼」


 ……うーん、なんでしょうねぇ。


 立ち話もなんなので、とアニーとリムちゃんを伴って中庭に場所を移す。講義室のすぐ外の廊下でクレアとすれ違ったけれど、リムちゃんに「どうする?」と視線を向けたらぶんぶん首を横に振ったのですぐに別れた。


 んー、クレアの方もリムちゃんが私達といるのを見て「仕方ありませんわね」みたいな顔をしていたのでなにか知っているみたいだったけれど……ますますよくわからない。


「リムのこと、お願いしますわ」


 立ち去り際、私とアニーに向かってそれだけ言うとさっさと行ってしまった。お屋敷にはリムちゃんと一緒に帰るだろうし校内には残っていると思うのだけど……なにか知っている風なのに同席しようとしないということは、クレアがいてはできない話なのかしら。


「それで『ほしいもの』がどうしたのかしら?」


 腰を落ち着けたところで、向かい合って座るリムちゃんに改めて尋ねると、リムちゃん自身も何をどこまで、どんな風に話せばいいのか迷う様子ながらゆっくりと説明してくれた。


 クレアに生き方を考えてみろと言われた、欲しいものを見つけなさいと言われた、そしてクレア自身は、もうそれを手に入れたのだと聞いた、と。


「ほしいもの、ね」


 なんとなく、クレアの言いたいことはわかる。きっとそれは、私が彼女に伝わって欲しいと願っていたものと同じだと思うから。

 そしてそれは同時に、クレアにとってリムちゃんがただの侍女ではない、もっと大切な存在になっているのだということも示している。クレアが自分で選んで大事にしたいと思う人に、リムちゃんも入っているということ。


「クレアは本当にリムちゃんが可愛いのね」

「?」

「ふふ、そう思っただけよ」


 首を傾げるリムちゃんの頭をうりうりと撫でると「わ、わ」と慌てる様子が可愛い。


 私がクレアを変えたように、クレアもリムちゃんに変わってほしいと思っている。変化を押し付けるなんて傲慢だけれど、それがきっと相手のためになると信じているから。

 ……クレアは、少しくらい傲慢な方が彼女らしいしね。


「それでリムちゃんは、何かやりたいこととか、ほしいものとか、ないの?」

「やりたいこと……ほしいもの……」


 うーんうーんと必死に首と頭をひねっているリムちゃんだけど、いまいち何も思い浮かばない様子。孤児院育ちでそのまま侍女の道へ進んだとあって、自分の希望を言うということがそもそもほとんど無かったのかもしれない。


 でも、リムちゃんは以前のクレアと違って捻くれたところのない素直ないい子だし、クレアと違って性格も悪くないし……え、クレアのことはもちろん大好きよ?


「ではリメールさん、貴女の好きなものはなんでしょう?」

「好きなもの、ですか?」


 ここまで黙っていたのでてっきり我関せずを貫くのかと思っていたアニーがふいにリムちゃんにそう尋ねた。


「好きなものがわかれば少しは方向性も見えてくるかと。やりたいこと、ほしいもの。それはまだ無いものかもしれませんが、いま好きなものであれば、リメールさんも答えやすいのでは?」


 アニーが私に関すること以外でこんな風に発言するのは珍しい。案外リムちゃんのことを後輩侍女として可愛がっているのかもしれない。


「なんですか、その妙に優しい目は」

「アニーは優しいなって思っただけよ」

「……いえ、出過ぎた発言でした」


 言うことは言った、と再びだんまりモードになったアニーに代わって、改めてリムちゃんに向き直る。


「どうかしら。好きなもの、なら思い浮かびそう?」

「すきなもの……えと、えっと」


 しばし考え込んだリムちゃんだったけど、今度はそう時間をかけずに「あ」とわかりやすく声が出た。


「見つかったかしら?」

「はい、私、お嬢様が大好きです!」


 ……なるほど、そうなるわけね。こりゃクレアも気を揉むわけだわ。

 ちょっとアニー、わかりますよって顔で深々と頷かないの。


 仕える者、傅く者として主人のことを損得抜きに大好きと言えるのは従者に向く才能だし、良い出会いをしたのね、と誰もが思うことだろうけれど。


 リムちゃんにとってクレアの侍女が仮に天職だったとして、それしか選べないのと、多くの中からそれを選ぶこととでは、クレアにとって、何よりリムちゃんにとってもその意味は違ってくる。


 リムちゃんにとっての「ほしいもの」はもしかしたらもう既にそこにあるもので事足りているのかもしれない。

 だから必要なのは新しい何かを見つけることではなく、リムちゃんが胸を張って自分の好きを、他の何よりも欲しいのだと言い切れること。そのためにするべきことがあるとすれば、それは。


「それじゃ、リムちゃん」

「はい!」

「お勉強、しましょう」

「……はい?」

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ライバル令嬢に転生したので悪役令嬢を救いたい soldum @soldum

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