if:ほしいもの、ひとつ(1)
そんな新しい門出に、ふと私の脳裏によぎった人物は――。
▶素直で可愛いリムちゃん!
***
「リム、貴女自分の将来について何か考えていて?」
「ほぁ?」
就寝前の寝室の確認を終えて扉一枚隣のお嬢様の私室に戻った私を肩越しに振り返ったお嬢様に、何とはない淡々とした口調でそう聞かれて私は思い切り首を傾げてしまった。
少し前ならそんな気の抜けた姿にお叱りを頂いていたところだけれど、お嬢様は「リム」と一言私を呼んで軽く眉根を寄せて見せるだけ。慌てて居住まいを正した私に、それでいいと言いたげに軽く鼻を鳴らして見せると、お嬢様は改めて「それで?」と私に答えを促した。
「……え、と」
しょうらい。ショウライ。将来?
言葉を理解するのに時間がかかり、質問を飲み込むのに時間がかかり、お嬢様がどんな答えを求めているのか考えている間に。
「ふああああ」
頭から湯気が出そうになった。
「貴女ねぇ……」
お嬢様の呆れた溜め息。うう、お嬢様の期待に答えられないなんて、私も次女としてまだまだ。アニエスさんのように完璧な侍女への道はまだまだ遠い。
「リム、貴女の将来よ。私ではなく、貴女について聞きたいの」
「で、でも私はお嬢様の侍女です。旦那さまの経営する院で育って、お嬢様に拾っていただいて、お嬢様にお仕えしてきました。お嬢様のいちばんの侍女として立派になるのが私の夢で――――あぅ」
言い切るより早く、目の前にやってきたお嬢様が私の額を指先で小突いた。
「まったく……エルザに私がどう見えていたかよくわかりましたわ」
ぼそりとそんな言葉を漏らして、お嬢様は私を見下ろす姿勢から、しゃがみこんで少しこちらを見上げるくらいに目線を下げた。
少し前までのお嬢様ならしなかった、相手を慮る振る舞い。お嬢様は変わられた。エルザベラ様とお友達になって、きっと良い方へ変わられたのだと思う。
いつも張り詰めて、どこか息苦しそうに、それでもこうと決めた行き方を貫いていたお嬢様も美しかったけれど、いま私と目線を合わせるように腰を落として、手を伸ばして私の頭を軽く撫でて、呆れたように、でも穏やかで優しげに眉根を下げて微笑むお嬢様はもっともっと素敵で。
こんな素敵に変わっていくお嬢様の侍女として、私ももしかしたら、何も変わらずにいてはいけないのかも、なんて。
そんなことが頭をよぎって。
「リム」
「は、はい」
「貴女は間違いなく、私のいちばんの侍女よ。いえ、我が家の、と言ってもいいくらい」
「……勿体ないお言葉です」
「少しそそっかしいところは治らないし、泣き虫だし、大事なことをぽろっと外でこぼしたりしますけれど」
「うぅ」
「それでも貴女は、主たる私にとって善き行いをしようといつも努めている。その侍女としての在り方は、間違いなく一流です」
褒められている。少し呆れられているけれど、それでもお嬢様は穏やかで力強い、とてもとてもお嬢様らしい言葉で褒めてくれている。お嬢様の言葉に嘘はひとつもない。
だけど。
お嬢様が言いたいことは、その先で。もしかして、その反対かもしれなくて。
「ですが、貴女の生き方を決めてしまったのが私なのだとしたら。もしも貴女が、私やエルトファンベリア家への恩で人生を決めてしまったのなら」
以前のお嬢様なら決して口にしなかったような言葉。変わっていく、変わろうとしているお嬢様の言葉。
「他でもないリム、貴女自身が欲しいものをひとつ、探してみせなさい」
ほしいもの、ひとつ。
「で、では……その、お嬢様のほしいものは、なんでしたか?」
あまりにも行き先のわからない問いかけに、思わず聞き返してしまった口を慌てて両手でおさえたものの、口にしてしまったことは引っ込められない。
主の問いかけに質問で返すなんて、今日の私はどうかしている。きちんと、きちんと。お嬢様の侍女として相応しい振る舞いをしなくっちゃ。
「私のほしいもの、ですか」
お叱りを受けても仕方ないと身構えたけれど、お嬢様は可笑しそうにくすりと小さく笑った。
「私がそれを手に入れられたから、貴女にも見つけてほしいと思っているのですわ」
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