第8話 締
「どういう事だ!?」
怒号にさらされた黒スーツの男は恐縮しきりに月福へ謝り倒している。
「おっ。そろそろとは思ってたけどタイミングいいな」
「一体なにを見て……」
平良が出鱈目の手元を覗きこむ。
彼はスマフォでウェブニュース動画を見ており、速報が今しがた流れていたようであった。
その内容は月福の会社の会長――つまり月福の父親が巨額の脱税をしており、今現在国税庁が立ち入り調査を始めたとの報じられていた。
「父さんはなんて!?」
とりあえず家に戻って待機しておくようにとでも言われたのか、月福は慌ててその場を後にした。
ポカンとしている平良をよそに、周囲は新たな話題に興奮し騒がしくなるかと思われたが午後の授業のチャイムで自然と解散となっていた。
勉強が大事と刷り込まれているのは良いことです。
「たぶんこれで学校に居られなくなるだろうし。ここでの仕打ち含めて弁護士通して婚約破棄の手続きすりゃ一件落着じゃね?」
「はえぇ……?」
え、嘘でしょ。これで終わり? こんな簡単に行くもの? ここはひとまず引き分けで、学園にいる間はじりじりかわしていく流れじゃないの? で、卒業後にもっと周りの闇が飛び出しつつもどうにか対抗してとか……。もっと絡め手で智謀策略だらけで一手も二手も考えないと後で絶望待ってるとかそういう、現実はそう上手く行くとは限らないことを教訓に耐えていく感じじゃないの? と平良は混乱した。
出鱈目はその様子に吹き出しつつも彼女を落ち着かせるように説明する。
「大丈夫だって。元々叔父さんの人脈で
「嘘でしょ!? 前世知識根拠で捜査させるとかやっぱあの先生頭おかしいでしょ!」
「結果よければすべて善しの精神だから……。それにほら平良ちゃんよく言ってたじゃん。『探偵の目上の身内は大体チート』って」
言った覚えあるけど、そんな例ハワイに連れてって色々教える親父がいる世界しか知らねーわバーロォ!
まあ基本金持ち相手の先生業な訳だし色々まともじゃないのだろう。偏見である。
「……結局こうなるんなら私のやった意味とは」
「まあまあ……」
「……そもそもさぁ。なんで月福の奴ゲームとか掲示板の存在知らないの? 学校の裏掲示板とか真っ先に掌握するもんじゃないの? お陰でイージーモードだったけど」
薄々感じてはいたが、月福はデジタルオンチらしかった。
実は月福だけ掲示板が見られないよう出鱈目がダミーサイトを用意してたそうだが、そんなわけで必要なかったという。
「だから平良ちゃんを執拗に追い詰めて、裏切らない人間にしたかったんだろうね」
「……なるほど」
そういわれて納得す……したらダメ。
そういえば、とゲームでも全体のサスペンス度の割に平良の死亡ルートは少なかったのを思い出していた。
ただ唯一、ヒロインが情報処理分野のステータスを伸ばした場合のみ、平良の死亡イベントが発生していたのだ。
それが月福がデジタルオンチ故だとしたら……。
その独り言が漏れでていたのを聞いてしまった出鱈目はあのさぁ……と大きなため息とともに呆れた声を出す。
「少しいいだろうか」
それを遮るように金意が話しかけてきた。
「なんだ。お前まだ居たの」
「……出鱈目どうどう。どうしましたかなにかご用ですか?」
出鱈目の刺々しい態度に金意はばつが悪そうな様子で何かを言い淀んでいる。
一拍置いて決心したのか、真剣な顔つきで口を開いた。
「糸帛君には申し訳ないことをした。すまないと思っている」
勢いよく綺麗な直角に折り畳まれた体から発せられた謝罪に、二人は固まった。
許しがあるまで姿勢を崩す気がない態度に困惑する。
目配せに負けた平良は渋々姿勢を崩すよう促した。
「……別に今回のことは気にしてません。金意さんがポンコツなのは(私の中で)有名ですし。でも謝罪は受けとります」
「ポンコっ……有名なのか。」
「検事志望のくせに初公判が冤罪だったんだ。その称号も止むなしだろ。後、俺達とは月福達含めて今後一切関わらないと約束してくれればいい」
「ちょっ、出鱈目」
「……わかった。必ず守ろう」
粛々と判決を受け入れた金意に、竹肋はと尋ねると月福を心配して追いかけて行ったと教えられた。
自分も後から追いかけるつもりだがこの騒動の間では無理だろうなと、彼はため息をついた。
金意こそ月福との今後はどうするのかと聞く。
「まだ彼とは友人のつもりだから竹肋も交えて話し合うよ」
そう言って儚く笑いながら戻っていった。
彼らの試練はこれからなのかもしれない。
「……あのっ」
金意が離れると今度はヒロインが話しかけてきた。
「「ごめんなさい!」」
お互いに謝る形となり戸惑う平良とヒロイン。
「……なんで謝るの?」
「糸帛さんこそ」
ヒロインはせめて平良のことをもっと嫌がらせに関係ないと声高に言っていればこんな騒動にならなかったかもと言う。
彼女はむしろ平良の事情に巻き込まれたというのが正しい。
だが彼女はそれに納得しないようなのでお互い様ということで手打ちとすることにした。
「まあ元々この状況は月福が仕向けたことだからさ。あんたがどうこう言ったところでどうにもならなかったと思うよ」
出鱈目が調査した範囲で想像するならば、月福は平良の才能をキープしたかったが結婚はしたくなかった。というより結婚という切り札をもっと大事な場面で切りたかったのではないか。
それだけでもヒロインは自分の事のように痛ましげな表情を見せたのに、平良が婚約者だった理由を依存の件も含めてばか正直に暴露してしまった。
結果彼女が泣き出しそうになるのを慰めるのに骨を折るはめに。
「……でもあなたがその立場で耐えてくれたおかげでうまくいったの。ありがとう」
「あぁ……。本当に終わったんですね」
ある日謎のURLが書かれたメモがヒロインの机の中に置いてあった。
そこにアップされていたゲームをやれということ? とプレイしてみると、不思議とデジャブを感じる。
最初は不思議な絵と比較的シリアス寄りのテキストのギャップで笑ったりしていたのだが、ある日ふと自分の状況と酷似していることに気づいてしまったのだ。
自分の常識とは少しずれた常識が当然のように蔓延るこの学園と中々馴染めず、異物を排除するように嫌がらせを受ける日々。
そんなヒロインに優しく気にかけてくれる月福に感謝しつつも水垢のように残る違和感があったのだ。
そしてゲームをすることで、その違和感にとうとう名前がついた気がした。
そこからは恐怖との戦いだった。
怪しい言動をする月福に、察していることを気づかれてしまったらゲームのようになってしまう? とずっと恐ろしく思っていたのだ。
ヒロインは一通り語るとほっと息を吐いた。
「もう頭の悪い振りしなくていいのかな?」
「いいと思う」
「勉強たくさんしていい?」
「もちろん」
苦労して育ててくれた母親に楽をさせたいのだと嬉しそうに語るヒロインに頑張ってとエールを送る。
ありがとうございました!とお辞儀をしてその場を後にしようとする彼女に出鱈目が声をかけた。
「平良ちゃん、人の名前覚えるのが苦手だから君の名前改めて教えてあげて」
「私の名前は――――――。」
彼女は平良を背に自称義賊の下へ向かって行った。
「……名前、聞こえた」
聞こえたよぉ……と平良は力をなくしたように床にへたり込んでしまう。
呪いが解けたかのようにヒロインの名前が認識できたことで、本当に破滅は回避できたんだと実感する。
「自分だけ名前を覚えてもらえる状況って結構おいしかったんだけどなー」
惜しむような台詞だがその声はやさしい。
出鱈目はお疲れ様と平良と視線を合わせるようにしゃがんで頭を撫でてくる。
ありがとうと返すも、どういう表情を作っていいのかわからない。
「……乙女ゲーム作った以外なにもしてないんだけど、いいのかな」
「いやいや、なにもしてないってことはないだろ」
適当なことを言って……とジト目で見つめていると、思わず失笑した出鱈目が楽しそうに言葉を続ける。
「あのさ。俺ずっと思ってたんだよね。平良ちゃんが作ったゲームより学園の生徒が明るいというか競争社会特有のドロドロ感がないと思わない?」
「……そうだっけ?」
嫌がらせが発生しているのは変わらないので明るいといわれてもピンとこないが、探偵として周囲を観察する習慣がある出鱈目がそういうならそうなのだろう。
「疑問に思って叔父さんに相談してみたんだけどさ、たぶん平良ちゃんのゲームのせいだろうって」
「えっなんで?」
「いや忘れてるかもしれないけど、内容は結構シリアスなのに絵はクソみたいじゃん」
クソで悪うございましたね!? 唐突なディスにカッとして思わず拳が出るのは許して欲しい。
猫パンチ並みの威力といえどごすっごすっとボディーに打ち続ける平良にとごめんごめん! としかし嬉しそうに返す。
「そのギャップにスゲー笑うの! 頭空っぽにして笑えるってすごい大事なの! だから乙女ゲーム作った時点で平良ちゃんの勝ちだったんだよ!」
運命が『やってられるか!』って逃げ出したんだと思う。
その言葉に、いいや違う。私は運が良くて味方が多かっただけ。と思うがやさしげな表情で労わってくる出鱈目に言葉を飲み込んだ。
そして平良は安心したように心から笑うのだった。
◆◆◆
「ところで、もう解決したんだからこれ必要なくなるよな?」
出鱈目が指すのは制服の袖の下に隠れ、違和感が無いようにレースを施された特注のリストバンドだ。
暗に自殺未遂はもう繰り返さないよな? ということなのだが。
そこは問屋がおろさなかった。
「それとこれは話が別だから無理」
「え」
「思い浮かべてみて……創作の世界の中のテレビだとか漫画だとか、実際にあるタイトルをもじった物を登場人物が見てたりするじゃない。ああいうのを実際に見れるとしたら中身はどんな感じなんだろうって思うことない?」
「ええ……?」
「この世界の創作物は私にとってすべてそれなの! 私の知ってる名作達がすべてパチモン感というか薄らぼんやりとした感じなの! 内容が違うだけだったらこういうifもありだよねって思うけど違うの! 納得がいかないの!」
「……まさか自殺未遂の原因って」
「まだまだ読み損ねた物語がたくさんあったのに! この世界の創作物を見るたび虚しい! 死んだら夢が覚める? ねぇまた続きが読めるようになる?」
目がどんどん死んでいく平良にドン引きしていく出鱈目。
しまいには「私の中のミ○リーが将来闇落ちしたらどうする!」とどんどん収拾つかなくなっていく。
これは創作物より優先させる何かを早急に作らないとまずい。
そう思った彼は改めて彼女を全身全霊で口説いていくことを決意するのだった。
終わり
【乙乙】乙女ゲームに転生したので乙女ゲームを作ってみた件 くら桐 @kura-kiri
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