初恋の人が死んだ

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初恋の人が死んだ

夏ちゃんが死んだのは、半年も前だった。

例年通り年賀状を送ったら、代わりに喪中はがきが届いた。


死因は、階段からの落下事故らしい。

これを知ったのは、喪中はがきが届いてからさらに数ヶ月後だった。

母親が帰ってきて、階段でうずくまる夏を発見したときには、息はなかったそうだ。


はがきが届いてから、しばらく彼女の最期を考えていた。

絶対に自殺だけはないと確信していたためか、事故死ときいて不謹慎ながら納得してしまった。


テニス部のキャプテンだったそうだ。

ちょうど捻挫していて、落下時に体を支えきれず打ち所が悪かった。


テニス部だったときいて、これもまた、納得した。

明るくて、誰からも好かれる人。

陽に当たって、カコンと爽快な音をラケットから放つ夏を易々と想像できた。

テニススカートから生えるスラリとした健康的な脚も、サンバイザーから覗く黒目がちな瞳も、ポニーテールからはみ出す後れ毛も全部、すぐに頭に浮かんだ。


夏と出会ったのは、3歳のとき。幼稚園だった。

初めて夏を見たとき、こんなに可愛い子がいるのかと幼いながらに感動した。

髪と瞳は黒蜜のように、黒々と艶めいていて、肌は白く透き通って、すべすべな白玉みたいで、毎日変わるカラフルな髪留めは夏を一層引き立てる果物のようで。

自分にとって、夏は甘味であった。

見ているだけで幸せ。だが見続けると、どんどん欲が抑えられなくなる。


夏はとても優しかった。

一緒に遊ぶことは少なかったが、目が合えば優しい笑顔で手を振ってくれた。

他の子と楽しそうに遊ぶ夏を、私はひとりダンゴムシをつつきながら見ていた。

夏が男の子と話しているのもよく見た。そのときに抱いた、当時の語彙力では表せない、黒よりの灰色をした感情に困惑しつつも、夏から目が離せなかった。


汗っかきで、よく黒い髪が頬に張り付いていた。

いつも、なんだか優しくて爽やかな、いい匂いがした。

笑うと八重歯が覗いた。


夏が優しかったことだけは、なんとなく、覚えている。

夏との会話をひとつさえ覚えていないのに。夏は優しかった。

夏は優しかったと、そう思いたいのかもしれない。

夏はきっと、優しかった。


卒園してから、小学校が離れたので全く連絡をとることはなかった。

しかし小五のときに通っていた塾で、夏と同じ学校に通う女子から、同じ幼稚園出身の男の子と夏は今、付き合っていることを知った。

恋すら知らない自分が途端に惨めになった。


そのあと一度だけ、街中でバッタリ会った。

マキシ丈の花柄のワンピースに、おしゃれなカンカン帽。

お洒落に全く興味はなかったが、その週末母にせがんで似た服を買ってもらった。

その服で学校に行ったら、似合ってないと笑われた。

涙をこらえて一日俯いていた。

その服はそれから、誰の肌にも触れずに捨てられた。


中学に上がる頃には、大体の自分の感情に素直に名前をつけられるようになっていた。

目の前にいないその人に抱くこの感情は、“嫉妬”という単純な二文字だった。

可愛くて、誰からも愛される人。

あの子みたいになれたらと、何度願っただろう。

あの子に出会わなければ、この劣等感はなかったのだろうか。

夏に出会わなければ。



高二の秋、彼女が頭からすっかり去ったとき、夏が死んだ。

私が、一番初めに嫌いになった人が死んだ。


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