報告書その5:人間じゃない!?

一瞬の沈黙ののちに、カミヤさんはジンノさんとそっと目を合わせ、その後こちらへと向き直った。戸惑った、というよりは多分質問が意外だったんだろう。聞いた本人もなんで聞いたのかよく分かっていないのだから当然である。


「そうですね。少し表現が難しいのですが、会社はこことは別の世界にございま  す。私とジンノは現在日本に滞在していますが、出身はそれぞれ違う世界です」

「私の故郷はあんまり物がない世界なので、こう、こんな感じなんですってお伝え しにくくって、うーんと」


ジンノさんが頭を抱える。多分素なんだと思うけど、しぐさの一つ一つが小動物のようで、見ていて飽きない人だ。


「アレを見せて差し上げたら?」

カミヤさんが声をかける。

あれって?とオレが言う前にジンノさんは立ち上がり得意顔になった。


「確かにそうですねっ。アレは私の自慢ですから!」

そう言ってオレの真横まで来ると、気にする風もなく地面に膝をつき、オレの手を握った。


「えっ、あ、あの…!」

「だいじょーぶですよ。他の人に見えちゃうと騒ぎになるかもしれませんので、

 マモルさんにだけ特別ですっ」

そう言って見上げてきた彼女の瞳は磨き上げられたように綺麗なグレーで、はっきり言ってかわいい。女性に手を握られるなんて何年ぶりだろうか。それもこんな美少女に。


そんな風にどぎまぎしていると彼女の周囲が光りはじめた。

スポットライトだとかそんなものじゃない。確かに彼女の内側から光が発せられている、そんな感じ。


ふっとオレの背中から彼女に向って風が吹いたと感じた。

その風が彼女のくせっ毛を揺らし、額をかき上げ、背中から大きく広げられた。

それは翼だった。


「どーですか!?私の世界ではですね、翼が大きいほど力が強いって言われてまして、この年で光輪まで頂けているのは30年ぶりらしいんです!」


ぽかんとしてしまった。

背中から広がる大きな翼、そして彼女の頭上に輝く光の環

「天使…」

唯一言葉になったのがそれだった。




「この世界の天使とは実際にはあまり関係ないんですよ?」

翼と光輪をしまってジンノさんが言う。どうやら手を握っている人間にだけ見せてくれたらしい。一杯食わされているのでは、と心の奥から声がするが、楽しそうに話しながらケーキをぱくつく彼女を見ていると、なんだか疑うのが悪い気さえしてしまう。


「私の世界ではみんなこうですから。ただ、さっきも言ったみたいにあんまり物が なくって、今は殆どの人が異世界に出てるんですよ」

技術の進歩した世界で資源が枯渇したとかそういう話だろうか。それはそれでちょっと物悲しい気もする。


「では、私も一つお見せしましょうか」

そう言ってカミヤさんはブラウスのボタンを外す。

…ブラウスのボタンを外す?


「ちょ、ちょっと先輩何やってるんですか!??」

「何って、服で隠してる鱗でも見せようかと」

「こんなところでいきなり脱ぐなんてはしたないですよっ!!

 魔術で隠してる耳とか角を見せてあげればいいじゃないですか!」

「それってトリックっぽくない?」

「ないですっ、だいじょぶです!!」


ジンノさんほどではないもののカミヤさんもプロポーションはいい。

正直ちょっと惜しいことをしたなと思いつつもそらした視線を前に戻す。


「では、少し手をお借りしますね」

そう言ってカミヤさんはオレの手を握る。その手はジンノさんよりもずっと熱く、カイロで包まれているかのようだった。その熱さで、助けられた時のことを少し思い出した。


この暖かい手が、自分を救ってくれたのだ。




スッと暗くなった気がした。

見回してみても電気が消えたりはしていない。でも確かに、暗い。

カミヤさんがいつもの口調で話し出す。


「私のことをこの世界の言葉で言い表すなら、鬼か悪魔でしょうか」

今なら見える。とがった耳に、角。さっきの話だと体には鱗があるらしい。


「私の世界はジンノの世界とは逆に資源はあるものの環境が過酷です。

 多くの者は故郷を捨て、異世界に逃れています」

「それも移民?」

「少し違いますね。開拓民、と呼ばれてはいますが、有体に言えば異世界を侵略し て奪ったのです。私が生まれるずっと前のことですが」



もう、疑う気持ちはどこかへ霧散してしまっていた。


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