報告書その4:後悔先に立たず
「私どもはそこに書かれている通り、異世界への移民を斡旋する業務を行っており ます」
既にカミヤさんの声は静けさを取り戻していて、さっきのような鋭さはない。スイッチのオンオフが得意な人なのかもしれない。「まずは一通り説明をさせていただきますので、そのあとにご質問を」とのことなので黙って聞く。
実は聞く必要なんてなくて、お金置いときますさようなら、て逃げるべきなのかもしれないけど、カミヤさんの気迫にのまれてしまったというか、逃げだす機を逸したというか。
小心者だなあ、オレ。
「世界は、一つではございません。隣り合う無数の世界が存在します。通常それら の世界は断絶していますが、一部の発展した世界ではこれらの障壁を通り抜ける 技術も開発されています。我々の会社はそれを応用し、移民を求める世界へ移民 希望者を仲介しているのです」
カミヤさんはそこまで一息に言うと少し間を置く。これは質問していいよってことかな?
「それじゃあ、その、根本的なこと聞くんですけど」
これはきっとオレじゃなくたって気になる。
「それってマジですか?」
「マジです」
間髪おかずに返答が来た。多分聞かれると分かってたんだろう。
「信じられない、というお気持ちは分かります。この世界ではそういう技術が確立 していませんから。でも、これは事実です。もし証拠を、とおっしゃるのでした らお望みのものを提示いたしましょう。」
困った。
確かにうさん臭いなとは思ったけど、これは思ったより危ないかもしれない。
常識的な判断をすれば彼女たちはそういう怪しげな団体の構成員で、こちらをだます準備も万端ということになるだろう。異世界云々なんてのはデタラメで、線路に飛び込もうとした人間をこれ幸いと…
やばい。やっぱり逃げだしたくなってきた。
一度死のうとした人間が何を言うんだと思わなくもないが、時間がたって落ち着いた今となっては怖いもんは怖い。
こちらの沈黙を今は保留と受け取ったのか、カミヤさんは話を再開する。
「業態としては我々の方で移民を求める世界からのリクエストを受け、諸々のすり 合わせをしたうえで移民プランとして商品化し、お客様にご提案させていただく 形です。これらの仲介手数料は移民要求世界の担当者から受け取っていますの で、お客様から頂くことはございません。わが社の商品をご覧いただき、お気に 召すものがありましたら契約、そして転生手続き、という流れになります。」
どんどん話が進んでしまっている気がする。これは本格的にマズイ。
「あの…」
「何でしょう」
どうしよう。何も考えてなんてない。
とにかく何か言わなくちゃと口をついて出ただけなのだ。何か、何か聞かないと。
「えーと、そのですね、話を戻すようなんですが、異世界、てのがあるんですよ ね。お二人はそこから来たんですか?」
何を聞いてるんだオレは。
せめて異世界のある証拠としてこの世界に存在しないものを見せろとか、その発展した技術で別の世界を見せてみろとか言えなかったのか。いや、もっと言うなら「そういうのは間に合ってます」とはっきり言って、ここの代金だけ払ってとんずらすべきだったろうに。
こういう後悔はいつだって結果が出てからやってくる。
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