報告書その3:明るい営業ウーマン

「そうだ、改めて自己紹介しますねっ!」

よく通る明るい声が、がらんとした深夜のファミレスにこだまする。

今いるのは駅前のファミリーレストラン。放心している間に目の前の終電は行ってしまい、果たして本日は宿無しとなってしまった。タクシーなんてぜいたく品は薄給の新入社員にはとても払っていられないし、ここまで来たら帰らずに会社近くで泊った方が利口というものだ。

こういう時、24時間やっている施設というのは頼もしい。


「私はジンノといいます!これは日本での名前ですね。一応本名もあるんですが、 音がちょっと聞きなれないと思いますので、ジンノとお呼びくださいっ」

「あっと、オレは守、西野守といいます」


名刺を差し出すそのしぐさに、オレもこの春叩き込まれた習慣が反射する。


「よろしくお願いします。マモルさん!」

屈託のない笑顔は少女然としていてかわいらしい。


そうして交換した名刺には全く読むことのできないミミズがのたくったような文字の下に、異世界移民斡旋会社、営業担当、ジンノと日本語で記載されていた。

物珍しげに眺めていると、横からもう一人が口をはさむ。


「私はカミヤと言います。一応ジンノの上司ということになるでしょうか。どうぞ よろしくお願いいたします、マモル様」

あまり抑揚のない、けれどはっきりと耳に響く澄んだ声。オレを直接助けてくれたおひとは名刺を差し出しつつ髪の隙間からこちらをのぞく。


そう、助けてくれたのは二人組だった。



助けられた時のことは正直あまり覚えていない。

多分まだ頭が混乱してたんだと思う。「助けてくれてありがとうございます」だとか「何かお礼を」みたいなことは言った気がする。

そうしたらカミヤさん(この時はまだ名前を知らなかった)の後ろから唐突に、フッと現れたという表現がぴったり当てはまる感じで声がきた。


「でしたら是非お話を聞いてくださいっ。すぐそこに24時間やってるファミレスが ありますから!」



で、今こうして名刺交換なんぞをやっているわけだ。

お礼をしたいというのは本当だし、ファミレスにやってきたこと自体は問題ない。

何よりも気になるのは


「それでその、異世界移民斡旋会社っていうのは」

「それは「それはですねっ」

カミヤさんが口を開こうとしたのに割って入るようにジンノさんが声を上げる。


「この世界で生きにくい人、苦労している人、つらい思いをしている人を異世界に 転生させ、そこで新たな人生を謳歌してもらおう!っていう会社なのです!」

「異世界…転生?」

「はいっ。わが社の自慢はですね、ゆりかごから職場までと言いまして、魂の保  存、運搬、転生先の住居に当面の食糧、さらにはご職業まで事前にフルサポー  ト!安心安全な転生をお約束しております!」

「えと、あの…」

「ですからねっ」

完全に押され気味のオレ。ジンノさんは明るい調子ながらテーブルに身を乗り出してきていて、スマートカジュアルな服装に収まりきらない彼女の豊満な肢体は、本来男性として眼福と言いたいところなのだが、いやその、ふつーに怖い。



すると、横からげんこつが飛んできた。

ごん、と結構派手な音がする。「あだっ」と小さな悲鳴を上げたジンノさんが抗議の視線を送るよりも早く、カミヤさんが冷ややかに

「ジンノ、少し黙れ」

と一喝。血の気が引いた彼女の方から、ごくか細い声で

「申し訳ありません」と聞こえた気がした。

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