第1話 リントと勇者の剣!?

 時が流れるのは早いもので、元冒険者となったバッツの息子は【リント】と言う名を授かり、優しい父母に見守られながら元気に成長していった。


 何もなく、生い茂る巨木しかない辺境の小さな村ではあったが、年の近い友達もそれなりに居り、特に生活に不自由などを感じる事もなく赤子は元気な少年へと成長していった。






 ・・・そして、リントが生まれて10年の月日が流れたあるいつも通りの日ーーー





     ***







「世界はやがて滅びるであろう!」


 開始早々何やら物騒な事を声高らかに叫ぶご老人。

 これだけを聞くと重要なイベントフラグを醸し出されるだろうが、要点をちゃんと言って貰わないとただ単に物騒な発言にしかならない。


「近い将来、新たな魔王が蘇り。魔物達が闊歩しだし、人々は魔王と大勢の魔物達に滅ぼされてしまうであろう!」


 老人本人は言ってやった感満々な顔をしている。

 魔王が蘇り、魔物達が大勢襲い掛かり、人々は死の恐怖の末に絶滅させられる。


 本来なら聞いた人全員発狂しまくってそこらをひたすら走りまくったり変な踊りを踊りまくったりその他にもさまざまな行為をする筈だっただろう。


 その話を聞いていたのがまだ年端もいかない子供じゃなければだが―――


「まぁたその話かよじいさん。たまには他の話聞かせてくれよぉ」


「何じゃクソガキども! 人が折角予言してやっとるのになんじゃその態度は! もっとワシを敬わんか! これでもワシは―――」


「はいはい、王都でも有名な予言者だったって話だろ? でもその予言者さんも天気予報外して王都追い出されたって言ってたじゃねぇか」


「あ、あれはだなぁ・・・たまたま腹の調子が悪かったから外しただけの事じゃ。本当なら忽ちバチーンと的中出来るんじゃからなぁ!」


「うっそくせぇ―――」


 話を聞いていた子供たちは老人の予言を全く信用しておらずゲラゲラ笑っている始末だった。


 どれだけ老人が必至そうに説明をした所で、凄まじい剣幕で叫んだところで、魔王の恐ろしさも、魔物の手強さも知らないお子ちゃま達には全く無駄な徒労であって―――


「ねぇねぇ、それでその後どうなっちゃうの?」


「おいおいリント。こんなじいさんのホラ話聞いてて楽しいのか?」


 すっかり退屈ムードを放っている子供たちの中で一人、リントだけはとても楽しそうに予言を聞いていた。


 その目は満天の星空の如く輝いており、これから先の展開に胸を躍らせていた。


「おぉリントよ。お主はこの予言を信じておるんじゃな?」


「別に、ただ面白そうだから先が効きたいだけだよ」


「嫌、わしが言ってるのは予言であって作り物語じゃないんじゃよ」


「じいさん、リントに言っても無駄だよ。こいつは爺さんの予言をおとぎ話だと思い込んでるみたいだしさぁ」


 それを聞いた途端、一瞬だけ元気になった老人の顔が急にシュンとなり項垂れてしまう。

 まぁ、折角聞きたそうにしているんだし。魔王が出てきて終わりじゃ流石にお話として成り立たないしねぇ。


「そ、それじゃ続きを言うぞぉ。魔王が各地で魔物を駆使して暴れ回り、人々の心が絶望の淵に沈みこんだ正にその時じゃ、この村に代々伝わる伝説の剣を抜く事が出来る勇者が現れるであろう」


「伝説の剣って・・・確かリントの家の裏にあるアレだよなぁ」


「そうみたいだねぇ。確か父さんが母さんにあの剣の前でプロポーズしたのを切欠にその付近に家を建てたって言ってたよ」


「お前の父ちゃんってロマンチストだなぁ。伝説の剣の前で告るなんて結構洒落てんじゃん」


 結局、老人の未来の予言云々よりも、伝説の剣の前で起こった恋話に子供たちはすっかり夢中になってしまっていた。

 老人はこれ以上話しても無駄だと悟ったのか、すごすごとその場から退散する事にした。

 そんな老人の背中は、大層残念そうに哀愁漂わせていたと彼を見た村人は証言していたと言う。





     ***





 勇者の剣ーーー


 リントが住む山奥の村に代々伝わる伝説の剣の事である。

 過去に歴代の勇者達がその剣を用いて数多の魔物や恐ろしき魔王を退けたと伝えられている。

 その名が示す通り、勇者の資格を持つ者にしか抜く事は出来ない。


 資格のない者は例えどれ程力を込めて引き抜こうとしても決して抜ける事はないのだそうだ。

 故に、伝説の剣と言われている。





「有難うね、サイル。僕の日課の手伝いをしてくれてさ」


 水の入った桶を持ちながら伝説の剣に向かうリントともう一人、布を両手に持つ少年にそう礼を言っていた。


「気にすんなよ。牧畜の世話も終わった後で暇だったからさ。それに、お前の母ちゃんの飯美味いし」


「何だ、結局サイルの目的は母さんのご飯目当てじゃないか」


「まぁ、気にすんなよ」


 二人して笑いながら布を水で湿らせて剣の掃除に取り掛かる。


 リントにとってこの伝説の剣は自分の誕生の切欠にもなった大事な剣だ。その為にリントは毎日こうして剣の掃除をしている。

 そのお陰で、伝説の剣は今でも新品同様の光沢を放っている。

 汚れ一つついていない立派な剣が其処に刺さっていた。


「リント、柄の掃除終わったぞぉ」


「有難うサイル。後は剣の挿し穴の中を掃除して終わりだね」


 そう言って、リントは伝説の剣の柄を両手で握りしめる。



 ”スポッ!!”


 

 剣を抜き、空いた穴の中をサイルが綺麗に掃除する。穴が狭いので中々やり辛いが、布を上手く使って穴の中のゴミを取り除き台座の掃除も完全に終わった。


「終わったぞぉリント」


「うん、分かった」


 サイルの合図を受け、リントは抜いた伝説の剣を台座へと戻す。これにて伝説の剣の掃除は終了した。


「あぁ、終わった終わった。後はお前んとこの母ちゃんの飯食って帰って・・・あれ?」


「どうしたの、サイル?」


「リント・・・・・・お前・・・さっき・・・この剣・・・抜かなかったか?」


「え・・・・・・僕が!?」


 リントは驚きの顔でさっき掃除した伝説の剣を見た。だが、剣は未だに台座に刺さったままになっている。


「いやいや、抜いたって! さっきお前間違いなくこれ抜いたって!」


「ででで、でもさぁ・・・剣はこうやって台座に刺さったまんまだよ?」


「そりゃお前が自分で刺したからじゃねぇか!」


「ぼぼぼ、僕がぁ!?」


 二人揃って完全にパニック状態に陥ってしまっている。今まで過去に伝説の剣を抜こうと幾多の強者達が挑戦をしたのだが悉くが失敗に終わっている。

 リントもサイルもその光景を目の当たりしていたから良く分かっている。

 全身筋肉質で如何にもパワー系な大男が抜こうとしても抜けなかった事だってあった。

 ある時なんて王国の兵隊を総動員して抜こうとしても全くダメだったりした事もあった。

 そんな伝説の剣をまだ年端もいかない子供が抜いてしまったのだからさぁ大変!


「落ち着け! きっとあれだよ。今までたくさんの人間があれを抜こうとしてたせいで台座もきっとガバガバだったんだよ。だからリントでも簡単に剣が抜けたんだよきっと」


「そうか、それじゃ僕が抜けてもしょうがないよね。いやぁビックリしたよぉ」


 二人して勝手に勝手な解釈をしだす。是が非にでも自分に資格がある事を否定したいかの様に―――


『あ―――あ―――。マイテス、マイテス。其処の少年よ。心して聞くが良い』


「・・・・・・少年って・・・俺達の事か?」


「そう・・・なのかなぁ?」


『他に誰が居るんだよ? 良いから、さっき其処の剣を抜いた奴、俺の話聞けや』


「あ、はい」


 突然頭の中に語り掛けて来た天の声。一体誰の声なのか、どうして頭の中に直接響いて来るのか。

 そんな多々ある謎を感じつつもリント達は話を聞く事にした。


『良いか、その剣はなぁ、代々歴代の勇者が魔王を倒すのに使った伝説の勇者の剣なんだ。その剣を抜いたって事はだ。リントよ、お前は紛れもなく勇者の資格を持つ者なのだ!』


「へぇ―――」


『おい、何だその歯切れの悪い返事は? 普通そこは驚くとか使命感に燃えるとかしろよ! 何だそのやる気のない返事は。如何にも興味なさげって感じじゃねぇか!』


「いや、いきなり勇者の資格を持つ者なんて言われても、僕まだ子供だし」


『しょうがないじゃん、抜いちゃったんだからさぁ。とにかく、その剣を抜いた以上お前は勇者なの! 自分のパラメーター見てみろよ』


「ぱ・・・パラメータ?」


 意味不明な単語を言われて戸惑いだすリントに、天の声は『とにかくパラメータって頭ん中で言ってみろ』と言われたのでいう通りにすると、何とリントの目の前に自分の名前が書かれた半透明なボードの様な物が姿を現したのであった。


「わっ! なんか変な板みたいなの出て来た」


『それがお前のステータスだ。其処の名前の下にお前の職業が書いてないか? 【勇者】って―――』


「え~~~っと―――」


 言われるがままに自分の名前の下を見ると、確かに職業と書かれた欄に何か書かれていた。

 


【勇者(仮免)】と―――




「勇者(仮免)って書かれてますよ」


『うん、まぁしょうがないな。お前の前任の勇者がまだ生きてるし、お前はまだ勇者の試練と何一つ受けてないから完全な勇者になってないんだよ』


「はぁ・・・そうなんですか」


「なぁなぁ、俺のステータスもそのパラなんとかって頭ん中で言えば見れるのか?」


『ん? あぁ、やって見れば出来んじゃね?』


「何で俺の時だけ投げっぱなしなんだよ・・・まぁ良いや」


 自分の扱いに半ば不満ながらもサイルも同じようにやってみた。

 すると、サイルの前にも同じように半透明な板が姿を現した。其処には確かにサイルの名前と今の職業が書かれていた。



【悪ガキ】と―――



「おい! 何で俺の職業悪ガキになってんだよ! ちゃんと仕事してるわバーロィ!」


『あ~、うっせぇなぁ。こっちとしちゃそこの剣を抜いた奴にしか用はねぇんだよ。モブは帰れ帰れ』


「何だそのモブって? 意味分かんねぇけどものすっげぇムカつく!」


『まぁ、職業っつってもお前らまだガキンチョだからまぁ、俺が適当な職をつけてただけなんだけどな』


「だったらもっとまともな職つけろよ。何だよ悪ガキって」


『うっせぇなぁ。そんなに職が欲しかったらさっさと大人になってギルドに行って職業変えれば良いだろ』


「今変えさせろよ」


『無理だよ』


「ふざけんなよ! 人の職業適当なの付けやがって! どうせならもっとカッコいい職業就けろよ!」


 サイルと天の声は相当仲が悪いようだ。

 そして、そんな二人仲良く喧嘩している光景をただ一人、どうしたら良いものかと困った顔で眺める伝説の剣を抜いちゃった可哀そうな勇者(仮免)のリントの姿があった。





     ***





 丁度その頃、リント達が伝説の勇者の剣をうっかり抜いてしまった頃、父バッツは家から離れた樹海で薪に使用する巨木の選別を行っていた。


「良い具合に育っているな。よし、この木にしよう」


 そう言い、バッツはまず肩に担いでいた斧を下ろし、これから伐採する巨木に対して静かに祈りを捧げた。


 これからこの木を切り倒し、薪を作り生活の糧とさせていただくと言う森の神への申告のようなものだ。


 バッツは冒険者の仕事から引退し、今はこうして木こりの仕事を行っている。


 巨木を伐採し、それを適度な大きさに切り分けて乾燥させ、最期に火で炙り真っ黒な炭を作る。


 彼が作る炭はこの辺境の村から少しばかり離れた都の方でも評判が高く、かご一杯に作って持って行ってもすぐに売り切れてしまう程の人気ぶりだ。


 それだけ、彼の作る炭の出来が良いと言うのが伺えられる。


「森の神よ、今年もまた森の恵みを分けて貰います・・・よし、それじゃやるか!」


 祈りも終えて、降ろしていた斧を担いでいざ伐採をしようとした正にその時であった。


 妙なざわつきを感じた。

 何だろうか。野生の獣でも現れたか?


 それとも魔物の類が迷い出たとか?


 不安を感じ、掲げていた斧を下ろし、周囲を見回す。


 しかし、周囲にあるのは来た時と変わらない高くそびえ立つ樹木達だけだった。


「気のせいかーーー」


 どうやらまだかつての冒険者の癖が残っていたのかも知れない。


 参ったな。既に引退してもう10年にもなると言うのにまだ冒険者の名残があるなんて。


 内心苦笑しながらも再度伐採に取り掛かろうとした時、バッツの背中に衝撃が走った。


「うぉっ! こ、これはーーー」


 それがバッツが発せられた精いっぱいの声だった。その後、バッツの意識は目の前の白一色に染まる景色の中に溶け込むかの様にバッツの元から離れてしまった。


 バッツが目を覚ましたのはそれから幾らも時間が経っていない頃の事だ。


「今のは・・・うん?」


 体に違和感を感じる。何と言うか、今までなかった筈のとてつもない力が体中に溢れてきているような、そんな感じがした。


 立ち上がり、辺りを見回してみる。


 先ほどと何も変わらない風景だった筈なのだが何処か違和感を感じる。


 何故か、木の根がさっきよりも下に見えている。

 それに、地面もさっきより下に見える気がする。


 次に、自身の体を触ってみると、明らかに違和感があった。


 さっきまで着こなしていた若干緩めの布のシャツは、パンパンに膨れ上がった肉体のせいで今にもはち切れそうになっている。幸いズボンの方はまだ余裕があるのだが、靴の方はダメだった。


 突然大きくなった足に耐え切れず破れてしまっていた。


 自分の両の手を見てみる。


 見慣れた肌色だった手は紫色のごつごつしい色の肌へと変貌しており、指先から伸びた尖った爪はそれだけでも十分獣や魔物を仕留められそうな程に鋭かった。


 最後に自身の顔にも触れてみる。


 今朝剃った筈のヒゲは剃る前以上に伸びておりまるで獅子のたてがみみたいになっていた。


 何よりも違和感を感じていたのが、額に生えた大きな二本の太い角だ。


 さっきまでなかった筈の角が額から生えていたのだ。


「これって・・・もしかして・・・俺・・・」


 其処に立っていたのは、紛れもないバッツ本人だっただろう。


 だが、かつての人間の姿ではなく、それよりも二回り近く巨大で禍々しい姿へと変貌してしまっていた。


 そう、彼は【魔王】になってしまったのだ。

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勇者(ぼく)の父は魔王です @misomisokonb

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