プロローグ2 冒険者から父へ~
目を覚ますと、薄暗い森の木々が目に映った。
聞こえてくるのは虫の鳴き声と夜行性の鳥の声、後は目の前で焚かれているたき火の燃える音のみだった。
「寝てたのか・・・」
眠っていた体を起こす。其処にはたき火を囲むように自分を含めた四人がに座っていた。
三人の視線は目を覚まし起き上がってきた青年へと向けられる。
「どうしたバッツ。お前程の男が眠りこけるなんぞ珍しいなぁ」
茶色い褐色の肌をしたずんぐりと背丈の低い壮年の男が訪ねて来た。
彼は今、たき火で焼いた野兎の丸焼きにかぶりついている真っ最中の様だ。
こんがり焼かれた兎肉の香ばしい香りがこちらにまで漂ってきて食欲をそそられる。
思わず生唾を飲み込んだバッツの腹が小さく鳴るのを上手く隠しつつ苦笑いで誤魔化した。
「まだ昼の戦闘のダメージが残ってるの、バッツ?」
心配そうにこちらを見つめるローブを身に纏った女性
。「なんだったら回復しようか?」と訪ねて来る彼女にバッツはそっと手を翳してそれを拒んだ。
「いや、もうダメージは残ってない。ただ、少し疲れて寝てただけみたいだ」
「そりゃ疲れるって。俺なんてもうクタクタだしさぁ」
バッツの目の前に座る若い青年はその場で大の字になり寝転んでしまった。
この場に居る誰もが疲れを感じている。
無理もない。それだけ今回受けた依頼はきついのだから。
「・・・まさか、俺達が魔王の討伐を命じられるなんてなぁ」
「大方、国の方も面子を立てたいが為に躍起になってるんだろう? 魔王を倒せば国のイメージは格段に上がるからな」
「それだよ、何でそれを俺達冒険者に依頼するんだよ? 自分達で勝手にやれば良いじゃねぇか!」
若者は不満そうに愚痴りながら、たき火で焼かれていた別のウサギの丸焼きにてを伸ばし、それにかぶりついた。
パリパリに焼けた皮に青年の歯が食い込み、肉汁をほとばしらせながら食い千切られる。
口元に垂れた肉汁を乱暴に指で拭いながら食い千切った肉の部分を強引に中へと押し込み、頬を膨らませながらその味を楽しんでいた。
「魔王・・・かぁ・・・本当に俺達が倒すのは魔王なのか?」
「ふぅむ、ギルドの情報はいまいち宛にならんからのぉ。案外魔王じゃなくて悪魔の類かも知れんなぁ」
「だったらだったで良いじゃねぇか。そいつを倒してギルドに報告して、その後は―――」
ふと、バッツは空を見上げた。
今回の依頼を終えたら、自分は冒険者稼業を廃業しよう。
そう思っていた。
「今回のこのクエストが私たちパーティーにとって最後のクエストになるのよね。そう思うと、何だか少し寂しい気持ちになるわね」
「まぁ、別に寂しくなるのは分かるけどよぉ。今生の別れって訳でもないんじゃしそうそう落ち込む事もないじゃろう」
「何だよ何だよ。皆冒険者稼業辞めちゃうのか?」
どうやら考えていたのはバッツだけではないようだ。壮年の男も女性の方も今回のクエストを最後に冒険者稼業から足を洗うつもりだったようだ。
「ま、そんな訳だ。お前はどうするんだ?」
「俺はまだ辞める気はねぇよ! にしても、一人で冒険なんて危ないし、何処か別のパーティーにでも入れて貰うさ」
「それが良いな。ま、何はともあれ今回のクエストを終える事が先なんだ」
そう言って、バッツもまたウサギの丸焼きを齧る。
ちょうどいい塩梅だった焼き加減の肉から肉の味と皮の味、それに肉汁の味等が一気に口の中を支配していく感覚に気が付けばバッツはすっかり夢中になって丸焼きにがっついていた。
疲労もあったのだろうが空腹も相当だったようだ。
「ま、最後のクエストが魔王討伐ってんならそれもそれで良いんじゃねぇの? 賞金も結構高額だったしな」
「おぉう、成功報酬金貨1000枚と来たからのぉ。わしら4人で分けても金貨250枚は手に入る。う~ん、この仕事が終わったら店でも開こうかのぉ」
「じいさんのこったからどうせ鍛冶屋とかだろ? なり的にお似合いだぜ」
「そう褒めるな若造」
褒めたつもりはないのだろうが、まぁ別にとやかく言うつもりはないご様子。
「俺は冒険者を続けるから、装備でも新調するかな。鎧一式買い替えなんて事も出来る位の額だしな」
「バッツはどうするの?」
「んぁ、俺か?」
いきなり振られたのでバッツは夢中になってウサギの丸焼きに齧り付いてる真っ最中だった。
名残惜しそうに口元から肉を離し、口元を手袋で拭うと、夜空を見上げ出した。
満点の星空が視界一杯に広がっていく。
ふと、彼の脳裏に浮かんだのは一人の女性の笑顔だった。
その光景を見たバッツは、フッと笑みを零す。
「ま、俺は別にこれと言って欲しい物なんてないしな。故郷に帰って妻とこれから生まれて来る子供と静かに暮らすってのも良いなと思ってるさ」
「あら、そう言えばもうすぐ生まれるのよね。バッツの子供」
「がっはっはっ! こりゃめでたい! 無事生まれたら祝いの品でも持って来てやるから楽しみにしてろよ」
さっきまで少し重い空気だったのが一気に和気藹々としだした。
それほどまでに新しい命の誕生はめでたいイベントなのだ。
まして、それがこれまで苦楽を共にしてきた仲間であれば猶更だった。
「良いわねぇ、結婚して子供が生まれる。女の憧れよねぇ。私達も何時かそうなりたいわね」
「いんやぁそうじゃのぉ~。わしも早くそうなりたいのぉ~」
女性にそう言われて壮年の男は体をくねらせながら嬉しそうに悶えていた。
はっきり言って気持ち悪い。
「ちぇっ、何だよ何だよ。それじゃこの中で俺だけが彼女いねぇのかよ。あ~あ、俺も早く彼女欲しいなぁ」
「ま、そう慌てるなよ。お前ならその内良い人見つかるだろうしさ」
「お~お~、随分と上から目線で御座いますなぁバッツ様」
負け犬の遠吠えとはこの事のようで。
まぁ、まだ若いんだしその内きっといい出会いがあるでしょう。
保障はないけどね―――
「明日はいよいよ魔王城へ殴り込みじゃ! んでもって、魔王をふん縛ってギルドまで引き摺って報酬と交換して、その後は何するかのぉ~」
「じいさん、取らぬ狸のなんとやらって言葉、知ってっか?」
夜の暗闇の中でたき火を囲むこの中だけがとても明るく感じる。
バッツはその囲いの中がとても居心地よく感じていた。
そして、同時にその居心地の良い囲いとももうすぐお別れなのだと知り、少しだけ寂しい気持ちにもなった。
けれど、それと引き換えに今度は愛する妻とこれから生まれて来るであろう自分の子供との新しい囲いが出来上がる。
かつての冒険者としての日々とはお別れだが、これからは新しく父親としての日々が訪れる事になる。
父親になったら子供に何を教えてやろうか。
男の子なら強く逞しい子に育って欲しい。
女の子なら優しく清らかな子に育って欲しい。
とにかく、元気で健やかに育って欲しい。
等々、こちらも既に取らぬ狸の何とやら状態だったようで―――
それから、翌日の朝早くに一行は魔王城へと向かい、見事依頼を達成したとのギルドからの報告が寄せられている。
だが、実際には魔王は其処には居らず、魔王の名を勝手に名乗っていた悪魔が住んでいただけであった。
まぁ、それでもそれなりに強い悪魔だったらしいのだが、魔王と戦うと息巻いていたパーディーにとっては至極肩透かしを食らったようなそんな面持ちだったそうな―――
バッツが依頼を終えて帰宅した頃、既に出産は終えた後らしく、ベッドの上には出産した後の疲れを顔に残す妻と、そのすぐ傍らに眠っている赤子の姿があった。
「お・・・お帰りなさい・・・」
「ただいま。生まれたのか!」
「えぇ・・・男の子よ」
「そうか、男の子か!」
バッツは鎧を着たままなのも構わず妻の元へと駆け寄り、そして妻と赤子を同時に抱きしめた。
まだ仕事後の汚れを落としていないのだが、そんな事気にする余裕などない。
今は今すぐにでも愛する妻と生まれてきてくれた息子を抱きしめたかったのだから。
「今まで俺のわがままに付き合ってくれて有難う。これからはお前の為に時間を使う事にするよ」
「ふふっ、有難うねあなた。でも、そんなに無理する事もないのよ。あなたはあなたのやりたい事をすれば良い。私はそう思っているの」
「あぁ、だから俺のやりたいようにする。君のそばに居たいんだ。それと、この子のそばにも―――」
二人は互いに見つめ合った。二人ともとても幸せそうに互いを見入っている。
突然、赤ん坊が大声で泣きわめき出した。
耳をつんざかんばかりの大音響だった。
「おぉ、元気に泣くなぁお前! 流石は俺の息子だ」
大声で泣きわめく赤子を見てバッツは嬉しそうにその赤子を頭上へと抱っこして持ち上げた。
「俺の息子よ。お前はこれから先どんな人生を歩むのかは俺は知らん。だが、お前はお前の人生を歩むんだ。これからの長い人生、きっと辛い事や苦しい事もたくさんあるだろう。だけど、それにもめげずに強く元気に育て! 俺の息子よ―――」
こうして、また一人この世界に新たな命が誕生した。
この赤子がこれから先どの様な人生を歩むのか?
そして、どの様にこれからの物語に関わってくるのか?
それは、これからのお話に期待したいところである。
プロローグ2 終わり
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