勇者(ぼく)の父は魔王です

@misomisokonb

プロローグ1 魔王バース

    一人の魔王が、一人の人間に恋をした。

       物語は其処から始まる―――





     ***






 かつて、人類が地上の支配者として君臨して間もない頃、それは突然姿を現した。


 異形の姿を象った恐ろしい生き物。『魔物』達だ―――


 奴らは突如として現れ、我が物顔で地上に君臨していた人類に牙を剥いた。

 人類もまた魔物達に戦いを挑んだのだが、常軌を逸した存在を相手に苦しい戦いが続き、徐々に人類は追い詰められていく事となった。


 更に、人類を恐怖のどん底へと突き落とすかの如くその存在は姿を現した。

 多くの魔物を使役し、圧倒的力と魔力を武器とし、生きとし生ける人間すべてに恐怖と絶望、そして死を与える存在。それが『魔王』であった―――


 魔王の登場により魔物達は更に活発な行動を起こすようになり、人類は絶滅の危機に立たされる事となった。

 人々は救いを求めた。地上の支配者として驕り、数多の命を蹂躙し続けてきた人類が、今度は更に強大な魔物達の前に蹂躙されようとしている。


 魔王は人類の絶滅を目的とし、魔物達を操り次々に人間を襲った。

 鋭い牙で、研ぎ澄まされた爪で、繰り出される魔法で、地獄の業火を思わせる猛火で、ありとあらゆる手段で魔物達は人間を蹂躙し続けた。


 最早人類の絶滅は時間の問題、そう思われた時・・・救いは現れた。

 聖なる加護をその身に宿し、正義の心と巨悪を恐れぬ勇気を胸に強大な魔物の軍勢に敢然と戦いを挑む者が現れたのだ。


 人々はそんな勇気ある者に対し、感謝と尊敬の意を込めてこう呼んだのであった。




 『勇者』と―――




 勇者は数多いる魔物を蹴散らし、遂に魔王と激突した。魔王と勇者の戦いは熾烈を極め、両者とも深い傷を負いながらも最期の最期まで戦い続けた。


 勇者の持つ聖なる剣が魔王の心の像を刺し貫いた時、長きに渡る人間と魔物達との闘いはようやく終わりを迎えた。


 魔王は倒れ、魔物達は地上の支配を断念し、人間たちの前から姿を隠すようになった。

 人々は勇者を称えた。勇者は人々を導く光の存在として以降その存在は伝説の者となり、彼の使っていた剣は伝説の剣として、今も尚人々を守り続けている。


 だが、これで戦いが終わった訳ではない―――


 例え魔王が倒れたとしても、また新たな魔王が誕生し、人々を蹂躙する。そして、勇者もまた魔王を倒す為に何度でも現れる。


 勇者と魔王の戦いに終わりはない。


 勇者が勝利すれば、人類には未来と繁栄が約束され、逆に魔王が勝利すれば人類は次の勇者が現れるまで長く辛い時代を生きねばならない。


 これが、今世紀にまで続く勇者と魔王との激闘の歴史である。





     ***






「退屈だ・・・」


 薄暗く、古ぼけた古城の中にある一室。

 本来王を鎮座させる場所、玉座の中に置いて、それは一人で呟いていた。


 それにとって、退屈とは耐え難き苦痛であり、恐るべき難敵でもあった。

 何しろ、何もする事がない故にこうしてただ座ってる事しかやる事がないのだから、それは退屈極まりない。


「あ~~~、暇だなぁ~~。冒険者とか王国の討伐隊とか、私を討伐しに来ないものだろうか? まぁ、来たとしたって退屈凌ぎになるかどうか怪しいのだがなぁ~」


 等と、間延びした声をしながらかつては豪華であったと思われる玉座でだらけきっているそれ。


 漆黒のマントを背中に羽織り、鋼鉄を凌駕する強度を誇る肉体を持ち、禍々しき眼光はあらゆる者に恐怖を与え、頭部に生えた角は正に強者の象徴とも見て取れた。


 彼こそ、この時代に姿を現した恐怖の象徴。多くの魔物を使役し人類を蹂躙すべく生み出された悪の権化にして、歴史史上最強と謡われる魔王。


 その名はバース。『魔王バース』その人であった。

 そして、その魔王バースは至極退屈極まりない時間を過ごしていた。


「退屈だなぁ~。一人ぼっちだから話し相手も居ないし、やる事って言ったって壁に出来たカビの数を数えたり日光浴する位しかないし、あ~、魔王って暇なんだなぁ~」


 彼に部下と呼べる魔物はいなかった。


 本来ならば、魔王の放つ悪の魔力を受けて恐ろしい魔物が周囲に蔓延るのが本来の正しい姿となる。


 しかし、この魔王バースは余りにも強すぎたが為にその魔物達ですらびびってしまい逆に寄り付かなくなってしまっていたのだ。


 故に魔王バースの住む古城周辺には魔物の姿は一匹も見当たらない。せいぜい特に害のない野生動物位しか生息していない。


 そのせいか、魔王バースの住む城は史上初『最もザル警備な城』とさえ呼ばれる始末だった。

 なので、魔王討伐となると本来なら数多の魔物との闘いを想定して相応の準備が必要なのだが、魔王バースに限ってはそんな必要は全くなく、すぐに挑む事が可能となっている。

 なのだが、やっぱり魔王バースが強すぎたが為に人類もまた魔王討伐に乗り出せないでいるのが現状だったりする。


「うぅむ、困ったぞぉ・・・まさか魔王としてこの世に生まれて初めて味わう脅威がこれとは・・・このままでは私は退屈の余り死んでしまうかも知れないではないか! もしそうなったら私の死因って何て言われるんだ? 退屈死? 孤独死? それはそれで辛いなぁ」


 如何にバースと言えどもこの退屈な時間は耐え難き苦痛だった。余りにも強大過ぎたが為の孤独。無敵過ぎたが為の退屈。

 強すぎたと言う事実が逆に彼にとって裏目に出てしまっていた。


「はぁ~。こんな時、勇者が颯爽と現れてくれたらなぁ~。きっと勇者とならこの私と互角以上に戦ってくれるかも知れない。いや、寧ろこの私を倒してしまうんじゃないのか? うむ、きっとそうに違いない! あぁ、早く来ないかなぁ勇者」


 過去に勇者の到来を待つ魔王が居ただろうか? まぁ、多分いたんだろうけどあんまり数は居ないよね。寧ろ来ないで欲しいって思うのが大半だろうし。


「となれば、勇者が何時来てもいい様に前口上を考えておかないとなぁ・・・『良くぞやって来たな勇者よ。まぁ戦いの前に茶でもいっぱいどうだ?』駄目だな。これでは本当にお茶会になってしまう。流石にその後で戦うって空気になり辛いし、万が一それで勇者と仲良くなったら元も子もないぞ・・・『勇者よ、この魔王バースに挑んだ事を後悔しながらあの世へ旅立つが良い』何か普通過ぎるなぁ。まるで過去に使い古されたって感じがして新鮮味がない・・・『ヌハハハ! 勇者よ、貴様を今夜の晩御飯にしてくれようぞ』言ってはみたが、私は人を食べる趣味などないぞ。仮にそんな事を言ってもし勇者に勝ってしまったら責任を持って食べないといけない事になるんだろうか? それは困ったなぁ。私は勇者と戦いたいだけであって別に食べたい訳じゃないしなぁ」


 本人曰く、勇者と戦いたいだけであってその後の事は正直どうでも良かったりする。そもそも魔王バースにとって食事の必要はない。


 魔王にとって食事は浪費した魔力の補充程度の目的しかないのだが、バースの場合はほぼ無尽蔵に近い魔力を持っている為食事の必要性がない。


 故に彼の居る近辺には魔物はいないのだが野生動物は割と繁殖しているのだと、専門家は分析している。

 因みにその結果を発表した専門家はその後何故か行方を眩ませてしまっている。


 そんな訳で、魔王バースにとって勇者の存在はそれはもう魅力的な存在に見えていた。

 勇者との闘いこそ、この退屈で暇な時間を払拭してくれるに違いない。もしかしたら人生・・・もとい、魔王生初の激闘を味わえるやも知れない。或いは、自分が負けてしまう事も有り得るかもしれない。


 俄然興奮してきた。


「ふははははぁーー! 勇者を、早くこの魔王バースを倒しに来るが良い! そして、世界に平和と繁栄を取り戻してみるが良い! まぁ、私は別に何もしてないけど、とにかく早く来い勇者よぉぉ―――! でないと私は暇の余り死んでしまうかも知れないぞぉぉ―――!」


 それは人間からして見れば願ったり叶ったりではないだろうか。等と思ってはいけない。

 仮に魔王がそんな死に方したら勇者も流石に困ってしまう筈。


 まぁ、お話し的にもそうなってしまうと困るのは言わないお約束なのだが―――


『緊急連絡! 緊急連絡!』


「む、何やら頭に声が響くぞ?」


 突如として、魔王バースの頭に天の声らしき声が聞こえてきた。

 それに驚きを見せる。何せ頭に声が響くのだからそりゃ驚くでしょうなぁ。


 んで、その天の声らしき声が言うには割と緊急な内容のようで―――


「まさか、いよいよ私の元へ勇者が訪れたのか? それも、とてつもなく強いパーティーを引き連れて私を討伐しに来たのか?」


『いえ、残念ながら違います。緊急の連絡と言うのは―――』


「何だ違うのか。あ~あ退屈だなぁ。この後どうやって暇を潰せば良いんだ私は」


『おい、聞けや其処の魔王!!』


 半ば半ギレになる天の声。そりゃ緊急の連絡をしようとしている最中ガン無視されたら多分誰でも切れるだろう。


「何かな? 私は今暇を潰す事で忙しいのだが」


『つまり暇じゃねぇか! 良いから緊急の連絡なんだから話聞けっての』


「え~、めんどいからやだ」


『だぁぁぁ―――! 良いから話だけでも聞けっての! てめぇが待ち望んでる勇者の話なんぞ!』


「何! 勇者だと!?」


 勇者の単語を聞いた途端聞く気になった魔王。天の声も相当苦労したそうで―――


『よ、よぉし。聞く気になったな? では連絡を告げるぞ。先ほど言っていた勇者だがなぁ・・・先日亡くなったぞ』


「ほうほう亡くなったと・・・えぇぇぇ―――! 勇者が死んだのか!? 魔王である私を放置してかぁ!?」


『まぁな、享年78歳。寿命だな』


「マジか・・・勇者の到来を心待ちにして、勇者との血沸き肉躍る激しい激闘を期待していたと言うのに・・・勇者は既に亡き者となっていたとは・・・それでは・・・それでは・・・」


『おい、何で魔王がそんなに落ち込んでるんだよ? 普通勇者が死んだら魔王って喜ぶもんだぞ。何だってお前はそんなに悲しんでるんだよ?』


「当然だろうが! 勇者が現れないと言う事は、これから先私は一体どうやって暇を潰せば良いと言うのだ! これから先、何を糧として生きて行けばいいのだ! もう退屈な日々はうんざりなのだぁぁぁ―――!」


 魔王、心の声暴露したった―――

 魔王の魂の叫び、と言うか悲しい暴露を聞いた天の声も流石に数秒沈黙した後、思考が回復したのか驚きだす。


『はああぁぁ―――! お前仮にも魔王だろうが! 魔王だったらもっと魔王らしい事してりゃ良いだろうが! 近隣の村とか町を襲ったりとか、魔物を使役して人間を蹂躙したりとか、それこそお城のお姫様を誘拐したりとかさぁ!』


「いや、村とか町に居る人間なんて襲っても面白くないし、そもそも私に仕えてる魔物は一匹もいないし、私は別にお姫様とかに興味ないし」


『ったく、ああ言えばこう言いやがって! そもそも何で魔王の癖に一匹も魔物を使役してないんだよ!』


「だってさぁ、どの魔物も私を見た途端びびって逃げてしまうんだもん。お陰で毎日一人寂しく暇を持て余す日々を過ごしているんだもん」


『えぇい、魔王の癖に駄々っ子ぶりおってぇ! だったら世界征服でも目指せば良いだろうが! お前程の実力があれば簡単だろ? ちょっと確認させてやるよ』


 天の声が何やら意味深な言葉を言い放った。その後で、魔王の目の前に何やら色々と書かれたボードが姿を現す。

 俗に言うステータス表のような物だと思って貰って良いだろう。


『そのステータス表に記載されているのはお前のステータスだ。そのステータスを確認して心の準備が出来たら世界征服の支度をするが―――』

「え? 何か言ったのか?」


 天の声を聴かずに、魔王は目の前に現れたステータス表を手に取り、あろう事か折り紙の如く折り曲げ始めていた。


 哀れ、天の声が用意したステータス表は見るも無残な姿へと変貌を遂げてしまっていた。


『おぉぉぉ―――い! 話聞けっての! それお前のステータスを表示してるんだよ! 折り紙じゃねぇよ!』


「マジか! そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに」


『言ったよ! お前が全く人の話を聞いてなかっただけなんだよ! ったく、何で今期の魔王はこうも面倒臭い奴なんだ。過去に現れた魔王の方がよっぽど楽だったぞ』


「過去の魔王・・・それはどんな魔王達だったんだ?」


『あぁ、能力的にはお前に大分劣る連中だな。だが、どいつもこいつも相当な野心を持って行動していた。お前みたいに暇を持て余していた魔王は一人もいなかったぞ』


「何だと! それはすごい事じゃないか! 一体過去の魔王はどうやって暇な時間を過ごしていたのだ?」


『お前・・・少しは人の話聞けよ。そもそも過去の魔王は暇を潰す時間なんてなかったんだよ! どいつもこいつも自分の野心の為にひたむきに活動をしていたんだよ!』


「野心? 何だそれは。因みに私はトマトが大好きだぞ」


『野菜じゃねぇよ!』


 はぁっ、深いため息を吐く音が聞こえてきた。相当お疲れのようだ。


『良いか、野心って言うのは魔物や魔王がそれぞれ持ってる目標みたいなものだ。例えば『人間を絶滅させたい』とか『世界の頂点に君臨したい』とか『美味い物を独り占めしたい』とか『お姫様を攫って身代金を要求した上で生贄に使っちゃう』とか、そう言う類の事を野心と言うんだよ』


「成程、何となく理解したぞ」


『そりゃ良かった。で・・・お前の持つ野心は何だ?』


「私は勇者と戦いたい。そんでもって勇者と激闘を繰り広げたい。その末に倒される事があってもそれはそれで本望な事だ」


『・・・それ、本気で言ってる訳?』


「本気だ。野心と言うのがどう言うものなのかはいまいち分からぬが、私がしたいのは勇者と戦う事。それ以外には特にない!」


『そうは言うがなぁ・・・さっきも言ったが勇者は既に死んでるんだよ。んで、次の勇者が生まれるのだってまだ先の話なんだ』


「それって、具体的にどれくらい先なんだ?」


『まぁ、色々見積もったとしても・・・せいぜい300年後位先だろうな』


 ガーーーン!!!

 

 魔王の脳内に相当ショックな音が響き渡った。天の声から告げられた非情なる現実。


 魔王が求めていた勇者は既に他界しており、次の勇者候補が生まれるのは実に300年先の事なのだと言う。

 つまり、後300年もこうして暇な時間を送らねばならない事になると言う。


 魔王からして見れば死刑宣告も同然な報せだった。


「それは困る! 後300年も暇な日が続くなんて・・・そんなの私は耐えられない! 何とかならないのか?」


『魔王が勇者の到来を求めるってどうなんだよ・・・まぁ、出来ない事もないが・・・本当に良いのか?』


「無論だ! もうこれ以上退屈な日々とはおさらばしたい! もう壁に生えたカビを数える日々とも何もせずだらだらと日光浴をする日々ともおさらばしたいのだ!」


『よ、よぉし・・・それじゃ望み通りにしてやろう。確かに、新たに勇者を作る事は出来ない事もない。ただ、勇者と言うのは魔王に唯一匹敵する正に伝説級の存在。そうポンポンとは作れないんだ。それに万が一簡単に作れたとしても、人間がその役目に耐えられず自壊する危険性が高い』


「つまり何が言いたいんだ?」


『要するに完璧な勇者は生まれないって事だ。今この世界に居る人間のどれかに適当に勇者の素質を与える事になるが、それが誰に行くかは俺にも分からん。そう言うケースもあって、勇者に適性の高い存在を作り出すのに長い時間が必要になるのだが、まぁお前がそれを待てないって言うみたいだから今回は特別に現存している誰かに勇者の素質を与えてみよう』


 正に天の声グッジョブ!


 これで暇な日々ともおさらば出来る筈。魔王は久しぶりに自分の心臓の鼓動が高鳴りを起こすのを感じた。

 これだけの興奮を覚えたのはいつ以来だろうか。


 天災級のモンスターが喧嘩を売って来た時以来だろうか。それとも王国の兵士たちを纏めて相手とった時以来だろうか。

 否、その時以上の興奮が魔王の体全身を駆け巡っているのを感じていた。


『よし、勇者の素質の受け渡しは終了したぞ。後は受け渡された奴が勇者の素質に目覚めてくれればその内勇者の方からお前を討伐しに来るだろうよ』


「おぉ! 感謝するぞ天の声よ! そうと決まれば早速勇者を探しにいざ出陣だ!」


『って、だから人の話聞けよ! まだ受け渡された直後であってそいつも自分がまさか勇者だなんて思ってないんだって!』


「案ずるな! どいつが勇者なのか確かめに行くだけだ! 別に勇者として目覚める前に倒すなんて野暮な真似はしないから安心したまえ」


『普通の魔王ってそうやって勇者が目覚める前に始末したがるもんなんだけどさぁ』


「ははは、何を言うのだ。私の望みは最強の勇者と戦う事! それ以外に望みなどあるものか! 後は暇さえ潰せればそれでよし!」


『よし分かった、とりあえずお前は黙れ!』


 もうこれ以上こいつと会話なんてしたくない。天の声はそう思っていたようだ。

 そんな訳で早速住み慣れていた古城を飛び出し、宛も無く、と言うか完全に適当かつあてずっぽうな感じで勇者の素質を持っていると思わしき人物を探しに出かけた歴代最強の魔王。

 一応この人、歴代最強の魔王様なんです。ただ、強すぎたが為に色々と変な感じに仕上がっちゃってるのはご勘弁願いたい所なのですが―――


「ところで、どこに行けば勇者の素質を持つ人物に会えるんだ?」


『知るかよ。さっきも言っただろうけど誰に勇者の素質が継承されるか俺も知らないの。待ってればその内勇者として覚醒するだろから気長に待ってろよ』


「無責任な事を言うなぁ。其処は天の声らしく探して教えてくれても良いのではないか?」


『生憎だな。俺もそこまで優しくないんだよ。新しい勇者を作ってやっただけ有難いと思え! 俺が出来るのは此処までだ。後はお前自身の手で探してみな! それじゃぁな』


 そう言うと、それ以降天の声は聞こえなくなってしまった。幾ら呼び掛けても応答がない。


「全く、勝手に押し掛けて来たかと思えば勝手に帰ってしまうとは。無責任にも程があるな」


 あんたに言われたくはないだろう。


 そう愚痴りながらも仕方なく魔王は勇者の素質を持つであろう人物を探し始める事にした。

 言い忘れてたが、一応魔王なので陸地を歩くなんて真似をせずに空を飛ぶ飛行魔法を用いているのは言うに及ばずなのであります。


「さて、天の声が言うには誰かに勇者の素質を継承したと言っていたが・・・果たして誰に勇者の素質が継承されたのだろうか・・・ってか、そもそも人間に継承されたのか? 万が一動物や虫に継承されてたらどうするつもりだ?」


 魔王の脳裏に最悪のビジョンが浮かび上がる。最期の難敵として立ちはだかる我らが魔王。それに対するは勇者の素質を継承され誰からも勇者と崇め奉られていた、その辺に居た犬。もしくは猫。最悪昆虫などなど・・・


 魔王の表情が徐々にがっかりしたような表情になりだしていた。


「何かいやだなぁ。どうせなら人間の勇者と戦いたいなぁ。別に強ければそれで良いのだが、何となく犬や猫じゃ締まらないし、虫と戦うってのもいまいちだしなぁ」


 なんとも贅沢な魔王だった。


 とにもかくにも勇者の素質を持つであろう人物を見つけねば話にならない。出来る事なら人間の、それも割と強めの人間に勇者の素質が継承されている事を切に願う。

 

「良く考えてみれば、人間は飛べないんだったな。だったら飛んでたら人間に会えぬではないか」


 今更何を言っているかこの魔王は。


 そんな訳で飛行魔法を解除し、大地に降り立つ。降りた先は辺り一面木々で覆われた俗に言う樹海、もしくは森林の類と呼べる場所だった。

 どこを見ても木、木、木、木しかない。当然だが地面を見れば草が鬱陶しいほど生い茂っているのは言うに及ばずだが。


「むむぅ・・・降りる場所を間違えてしまった。本当なら人の住む町とかに降りたかったのだが、久しぶりに飛行魔王などを使った為か座標が狂ったなぁ」


 思いっ切り狂い過ぎた。

 念のために言っておくと魔王が降り立った樹海付近には町なんぞ一つもない。

 見切り発車や適当の一言では片づけられない始末だった。


「まぁ良い。こうして森の中を歩くと言うのも暇つぶしにはもってこいだろう。もしかしたら強めの冒険者とかモンスターとかにも鉢合わせするかも知れんしなぁ」


 頭の中は暇つぶしの事しかないようで。そんな感じで深く薄暗い森の中をただひたすら宛も無く適当にブラブラと歩き回り始めた。


 その間、魔王は気づく事はなかった。


 魔王が歩く近辺に居た魔物達は魔王の放つ魔力にびびってそそくさと逃げて行った事に。

 そうなってしまっているので魔王が強めの魔物と鉢合わせすると言う思春期特有の曲がり角で男女がごっつんこ的なハプニングは起こらないのはまことに残念でならない。


 無論、そんな事当の魔王本人は気づく筈もなく、鼻歌交じりにぶらぶらと森の中を歩き続ける事約数時間。

 さっきまで深かった森は終わり、太陽の光が差す明るい平原へと辿り着いた。


「む、森が終わってしまった。結局冒険者とも魔物とも会わなかったのか。残念だ」


 森と言えば凶悪なモンスターがうじゃうじゃ居るだろうと思っていただろうが、生憎その凶悪なモンスターも魔王にびびって逃げてしまったので会えず仕舞いに終わってしまった。


 しかも、結局勇者の素質を持つ者とも出会う事は出来ず、一体何しにやってきたのか魔王自身も分からなくなってしまっていた。


「はぁ、仕方ない。天の声の言う通り、勇者が私の下へ来るのを待つしかないか。その間どうやって暇を潰せば良いか・・・」


 仕方なく帰ろうとした時、魔王の耳が異様な音を感知する。

 複数の羽音が聞こえて来た。それも、鳥や虫の羽音じゃない。

 もっと大きな類。言うなれば魔物のそれに近い音だ。

 それを聞いた魔王の目がこれでもかと言う位に輝きを放ちだした。


「モンスターか!? これは良い機会だ。どうせ雑魚だろうが暇つぶしになってくれればそれでも構わん! 早速私が相手をしてやる!」


 勢い良く、羽音の聞こえる方へと魔王は走った。音の主は魔王が出て来た場所からすぐ近くに居た。


 巨大な羽を有した大空を自由に飛び回れる存在。

 ファンタジー世界ではすっかりおなじみな存在となっているモンスター。


 皆の憧れの存在、『ドラゴン』が羽を羽ばたかせている真っ最中だった。


「何だドラゴンか・・・こりゃ暇つぶしにもならんなぁ」


 心底がっかりした魔王。天災級のモンスターすら軽く捻りつぶせる魔王にとってただのドラゴンなど雑魚同然だった。


 庭先を歩いたらたまたま大きな青虫が居たので駆除したレベルの相手に過ぎない。

 無視して帰ろうかと思ったのだが、生憎目の前に居るドラゴンはどうやらやる気充分なご様子。


 魔王に向かい咆哮を放ち自身の戦意を相手に見せつけて来た。


 魔王はその光景にほんのちょっぴりだが嬉しくなった。

 今までの魔物と言ったら魔王が近づいただけで逃げ出すのが大概。喧嘩を売ってくるのと言えばせいぜい天災級のモンスター位しかいない。


 今魔王の目の前に居るのはただのドラゴン。大きさ的に言えば10メートル以上はある。恐らく成熟して間もない若いドラゴンなのだろう。


 こうして魔王バースに喧嘩を売ったのは無知故の愚かさか、はたまた自分がドラゴンだからと言う自信故の過ちか、どっちにしろただのドラゴンに魔王バースが倒せる筈もなく、魔王の期待とは裏腹にあっさりとのされてしまったのは言うに及ばずであり―――


「やはりただのドラゴンか。暇つぶしにもならなかったな」


 右頬に拳の跡が残り、目を回してその場に仰向けとなって倒れたドラゴンを見て魔王は心底残念そうに呟いた。


 このドラゴンは別に死んではいない。殺す事も出来たが魔王自身がその気は無い為気絶させる程度に留めておいたのだ。

 

「まぁ、生かしておけばその内もっと強くなって私に挑んでくる筈だしな。今度私に喧嘩を売るときはもっと強くなってから来てくれ給えよ」


 等と、上から目線で動かなくなったドラゴンに言い放つ。正しく強者の成せる所業と言えた。

 ドラゴンに興味をなくし、今度こそ帰ろうとした時、魔王の視線がその近くに居る何かを捉えた。


 人間だった―――


 魔王とドラゴンのすぐ近くで人間の女性が倒れていた。

 恐らく、ドラゴンが何処かの町か村から攫って来た類なのであろう。


 この世界に置いてドラゴンは神聖な存在とされている。

 故にドラゴンに町の人間が攫われたとしても誰も抵抗する事は出来ない。

 ベテラン冒険者であってもドラゴンが相手となるとキツイのだ。

 伊達に神聖な存在として崇められてる訳じゃない。


 そんなドラゴンが攫って来た人間の女性を魔王は見ていた。

 身に着けている衣服からしてそれほど裕福な身分ではない事が伺える。

 作業用と思わしき少し汚れたエプロンに麻で繕われた衣服にはところどころ修正された箇所が見受けられた。


 だが、そんな衣服などどうでも良いかの如く、魔王は女性を見ていた。

 金色の長い髪をした綺麗な顔立ちの女性だった。

 ただ綺麗な顔の女性と言うならば魔王もそれほど気にはしない。だが、魔王は不思議とこの女性から目が離せなかった。

 何と言うか、彼女からは何処となく不思議な何かを感じたのだ。


 こう、神秘的と言うべきか、そう言った類の何かを―――


「・・・・・・」


 魔王は無言だった。無言のまま、魔王はそっと、女性の頬に指を近づけた。


 その肌はまるで綺麗に剥いたゆでたまごのように滑らかで、程よい弾力のある頬が魔王の指をそっと弾いた。

 気がつけば、魔王は女性の頬にすっかり夢中になっており、何度も女性の頬に指を触れては弾かれる行為を行っていた。


 いや、魔王が夢中になっていたのは女性の頬だけじゃない。


 女性の髪や耳、首元や唇、とにかく女性の全てが魔王を虜にしていた。

 こんな感情は初めてだった。過去に何度か女性の冒険者が訪れた事があったがその時は男女平等に殴り飛ばしていた。


 だが、この女性は違う。

 上手くは言えないが、どこか他の女性とは違う気がした。一体この感情は何なのだろうか?

 今まで感じた事もない感情が魔王の体を駆け巡っていた。

 数多の冒険者を返り討ちにした時も、強大なモンスターを捻りつぶした時も、王国の兵士たちを羽虫の如く吹き飛ばして遊んでいた時さえも、感じた事がなかった感情が魔王には分からなかった。


「う・・・うん?・・・」


 そうしていると、女性が目を覚ました。

 女性はゆっくりと起き上がり、ぼやけた視界をはっきりさせて、そして目の前に立つ魔王を見入った。


「・・・あのぉ・・・どちら様?」

「わ・・・私の・・・事か?」


 何時になくぎこちない魔王。

 女性にいきなり尋ねられたが為にどう返せば良いのか心底困ってしまっていたようだ。

 

「わ、私はバース。魔王バースだ。勇者の素質がある者を求めてこの地までやってきた」

「まぁ、魔王さんだったんですね。私初めて見て少しびっくりしちゃいました」


 女性は魔王と知ってびびるどころか初めて見た魔王に興奮すらしてるようにも見えた。


「それで、私を助けてくれたのも貴方なんですか?」

「助けた?」

「はい、家で仕事をしていたら突然何かに掴まれるかの様に空に舞い上がって。その後何回もお手玉みたいにポンポンと空を跳ね回って。それで、気が付いたら此処に居ました」


 どうやらドラゴンに攫われた後、色々とあってこうなったようだ。

 それで、危うくドラゴンのディナーになりそうだった所をたまたま其処に居た魔王バースによって命を救われた事になる。


 それは幸運なのかはたまた不幸なのか判断に迷う。


「うぅむ・・・私が助けた・・・って事になるのか? この場合は・・・良く分からんが・・・そう言って良いのかも知れないしダメなのかも知れないし・・・」


 何時になくはっきりしない魔王。歴代最強と謡われた魔王が人間の女性一人にたじたじとなっている。


 そんな魔王の手を女性は優しく掴み、それを自分の頬に押し当てた。


「ありがとう、優しい魔王さん」

「!!!!!!」


 その言葉がトドメだった。魔王の心臓の鼓動は頂点に達し、額からは汗が滝のように流れ落ちていく。

 おそらくだが、多分魔王の顔は真っ赤になってるかも知れない。


 気が付けば、魔王はこの女性のすぐ近くに居たいと思い始めた。

 もう、勇者だとか暇つぶしだとかそんなのどうでも良かった。


 ただ、この女性と一緒に居られればそれだけで良い。そう思い始めてさえいた。


『あ~らら、心配になって見に来たんだが・・・まさかこうなっちゃうとはねぇ・・・』


 二人の世界を邪魔しちゃ悪いと、天の声は遠目から二人を見ていた。

 まぁ、どこに目があるのかは分からないがとにかく見ていた。


『全く、何から何まで良く分からん魔王だなぁ。野心を歴代最強の魔王の癖に一番魔王らしくない魔王・・・こりゃ、この後どうなるか楽しみになってきたな。ま、せいぜい末永くお幸せにって事だな。お二人さん』


 何かを勝手に悟り、そして勝手に納得した天の声はそのまま退散した。

 今日この日、一人の魔王が、一人の人間に恋をした。

 この瞬間から、この物語は始まる事になる。





     プロローグ1 終わり

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