放課後
変死体を食べた翌日。
私は何食わぬ顔で登校し、決められた時間割をこなして、ホームルームの終了と共に帰路へ付いた。
澄雨には会わなかったけれど、もとより澄雨が学校をサボることは珍しくない。
今頃は好奇心の赴くままに情報収集でもしているのだろう。
ともかく、帰り道のことである。
「月谷。ちょっと相談があるのだけれど、聞いてもらえるかしら」
校門を通り過ぎたあたりで、私はクラスメイトからそんな風に呼び止められた。
所属カーストが同位なので、友人と言って良いだろう。
咄嗟に二人組を作れる程度には、仲良くさせて貰っている。
「聞くだけならいいよ。今日は澄雨に用事が有ったんだけど、学校に来てないみたいだし」
「ああ、あの歩く慇懃無礼……よくあんなのと仲良く出来るわね」
天音から見た私と澄雨の関係は、仲が良いと言えるらしい。
弱みを握られている立場というのもあって素直に仲良くというのは中々難しいけれど、私は澄雨が嫌いなわけではなかった。
人間性に問題があるとは思うし、好んで人を食い物にする生き方には思うところもあるが、それは自分に嘘を吐いていないことの裏返しでもある。
嘘つきの私は、時折澄雨を忌憚なく――は言いすぎだが、尊敬することもあった。
「澄雨は悪い奴じゃないよ。良い奴でもないけど」
「よくわからない奴よ、初めからずっと」
その評価には、私も概ね同意だった。
「というか、おまえの後輩の話はどうでもいいのよ。聞くだけならいいと言った以上は、私の相談を聞きなさい」
対して天音は、非常にわかりやすい性格をしていた。
感情が即座に表情として出力され、思考を常時外部へと拡散しているとさえ言える。
客観的に好悪の感情を観測できるというのは、友人として付き合う上でかなりポジティブな要素だった。
自分が好かれていると自信を持って断言できる相手など、そうそう得られるものではない。
「私の実家が神社だというのは、前に話したわよね?」
「三重の海辺にある由緒正しい神社だとか、そんな自慢なら聞いた」
「ええ、まさしく由緒ある神社なの。今回のケースは、その由緒が理由で発生した問題なのよね」
天音は考えなしではあっても馬鹿ではない。
当然、神社の運営に関する相談をしたいわけではないのだろう。そんなもの、素人の女子高生に持ち掛けてどうしようというのだ。
ましてや、屍肉食いの化け物に。
「昨今の御朱印ブームというやつ、耳にしたことくらいはあるかしら?」
「御朱印って起源が神道なのか仏教なのか、ハッキリしてないらしいね。神仏習合の後に興った文化だからって話らしいけど」
「耳にしたことがあるということでいいわね? それで、週末は結構大変らしいのよ。端的に言って、人手が足りないわ」
「由緒ある神社なんでしょ? 雇えないの?」
「由緒があっても規模が伴うとは限らないのよ。管理できなくて崩壊した社なんて、山中を探せばいくつも見つかるわ」
言われてみれば、地域信仰で持っているようなローカル神社にも歴とした由緒があるのは当然の話だ。
人が参らなくなってしまえば、神様だって簡単に死んでしまうのか。
御朱印ブームというのは存外、渡りに船なのかも知れない。
「人を雇いたいけれど、仮にも神職よ。信用の置けない相手は出来る限り避けたいの。とは言え、募集をかけて面接をやっている暇なんて無いわ」
「八方ふさがりじゃない? それ、私に相談してなんとかできることじゃなかったと思うけど」
「察しが悪いわね」
察してはいるが、考えたくない。
食人鬼にさせる仕事としては、かなり鋭利にエッジが効いた冗談だ。
「月谷、おまえ巫女のバイトをやってくれない? 絶対似合うと思うのよね」
……冗談じゃない。
―――
懇願する天音に対し、『善処する』の一言でなんとか押し切った私が自宅に到着したのは、すっかり日の沈んだ時間帯だった。
結局澄雨を探す時間は無く、用事についてはまたの機会に済ませることにしよう。
一人暮らしには広すぎる、2LDKのマンション。
ここで私は、かつて両親と暮らしていてた。その時の名残は既にほとんど無い。
二人の寝室は物置代わりになっていて、残っているものと言えば食器くらいだ。
無論、この食器が使われている場面を、私は見たことが無いのだが。
鞄を自室へ放り投げ、制服を脱いでいる最中、スマートフォンから短い着信音が流れた。
トークアプリのメッセージ通知だろう。タイミングからして天音からだろうか、という私の予想は見事に外れる。
表示されたのは澄雨蝶の名前。
内容は以下の通り。
『犯人を見つけました、助けてください』
秘匿いクラウド 心が乱れる @ransin-in-3
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