第3話 いざ行かん。模擬社交界
ついにやってきました模擬社交界当日。
今回の模擬社交界は先述の通り、マークル家と近しい3家による社交界デビュー前の令息・令嬢のための実践練習の場である。
ちなみに3家というのは、お母様の実家であるサーチタス子爵家。マークル家男爵領のお隣であるマルクニス男爵家、そして王都に近い豊かな領地を持ちながらも我々辺境領の面倒を見てくださっているトルーニ伯爵家である。
そして、今回はトルーニ伯爵家領にて模擬社交界が開催される。
我がマークル領は大陸中央西部にあるアルストロメリア王国のなかでもアンデンス山脈に近い東部に位置する辺境領である。対して、今回向かうトルーニ伯爵領は王国中央北部にあり、馬車を使っても半日はかかる。
馬車の中でどうやって時間つぶしでもしてようかななどと呑気なことを思案しているうちに準備が終わったようで、
「お嬢様、馬車の準備が整いましてございます」
メリーが準備万端といった引き締まったような表情で私に声を掛けた。
目の前に現れたのは、デザインはシンプルではあるものの何色にでも染まりそうな透き通った白い馬車だった。
馬は1頭ではあるもののこれまた真っ白なまるで白馬の王子様が乗って登場しそうな美しい馬だった。
そして、護衛にはゴールド等級だという冒険者たちがついている。おお、アニメみたい。
「なんと! 私も片田舎の男爵家とは言え、異世界のお嬢様なのだと実感しますなぁ」
うんうん、と腕を組みながらしみじみと頷いていると、メリーや使用人らに困ったような目線で見られてしまう。しまった。思わず、ただのおっさんの本音が……。
そして、颯爽と森を抜け、林を抜け、草原を駆け抜けること半日。ガタガタと揺れる車体におしりがとうに限界を迎え、桃よりも色づきそうになったころ、私たち一行は、トルーニ伯爵家領に足を踏み入れた。
「わぁ、流石伯爵領。うちの領内とはレベルが違う……」
街に入るための大門において衛兵らしき門番たちの検問を無事に通過し、門内に入場した私の目に飛び込んできたのは大通りを歩く大勢の人ごみに、並び立つ統一感のある建物たち。街の中央には、街を見下ろすかの如く大きな白い塔がそびえたち、最上部には金色の鐘がぶら下がる。
とても美しい街であり、私の領内と比較するまでもない豊かな都市なのだが、やはりここもシンプルさだけでこれといった特徴がない。
先のドレスもそうだが、この世界ではおしゃれという概念があまりないのかもしれない。
ならば、このおっさん考えた滅茶カワドレスも社交界で通用するかもしれない!
せっかくの模擬社交界。失敗してメリーによる地獄のレッスンが倍増してしまうことだけは避けなければ……。
「あら、メルリア様。お久しぶりですわ」
会場となる建物の玄関に着いた刹那に声を掛けてきたのは、金髪ロングに赤い瞳をした令嬢が優雅な立ち振る舞いで手を振っている。えーっと……記憶によると、お母様の実家、サーチタス子爵家の令嬢で名前はサーチタス・サス・マリア。歳は私と同じ12歳で従姉妹に当たる。
子爵と男爵という若干の身分の差があるとはいえ、昔から家族ぐるみで付き合いがあるため、普通の親戚といった感じのようだ。
それにしても、何なのこの娘の身のこなし。私と同い年に見えないんですけど!
「え、ええ。お久しぶりですわ。マリア様」
負けじと私もメリーに特訓された身のこなしで挨拶する。
いけるか? し、失敗してないよね?
恐る恐るといった表情でマリアを見ると、マリアはじっと私を見つめているではないか。
ん? 何かおかしかった? やばい。やばいよぉ。
「――その服装。なんて素敵なんですの!」
私の心配をよそに、マリアはまるでルビーのような瞳を輝かせながら私の全身をくまなく見まわしながら声を上げる。正直、こんな美少女に見られるなんて恥ずかしすぎる。
だが、この装飾は子爵令嬢でも珍しいものらしい。片田舎の男爵領だからないわけではなく、私の睨んだ通り、この世界そのものに存在していないようだ。
「一体、どちらの商会で仕立てたのかしら? こんなドレスを取り扱っている商会なんて聞いたことないですわ。もしかして異国からのモノかしら」
確かに見たこともないものならばまず異国とかの線を考えるよね。
それに、私が前世の知識をもとに作らせたなんて言っても信じてもらえるはずがない。
なので、たまたま読んだ異国の書に載っていた服装を元に地元の商会に作らせたと説明しておく。
「まあ、そうだったんですの。是非、今度私も同じデザインのドレスをお願いしたいところですわ」
特に疑う様子もなくマリアは素直に羨ましそうな表情のまま納得してくれた。
そして、マリアという美少女との楽しいひと時の後が大変だった。
社交界が行われる会場内にマリアとともに足を踏み入れると、私を見た者が目を輝かせながら近づいてくるではないか。
「なんとお美しいドレスなんですの」
「素敵ですわ。是非どちらのものか教えてくださいな」
「私の名は、ケルン・アルタス・トルーニだ。君のドレスに乾杯」
挨拶もそこそこに口々にドレスを羨ましそうに褒めたたえるご令嬢・ご令息方。おっと、最後の気障な男はなんなんだ。
トルーニ? どこかで聞いたことあるような……。
と思ったら、伯爵のご令息でした。
銀髪に透き通った白い肌。そして整った顔立ちにスラリと伸びた長身。まるで王子様のようなイケメンではないか。
「メルリア嬢。ああ、なんて素敵なんだ」
そんなイケメンが今、私の手を取って手の甲にキスしています。
私が根っからの女の子なら惚れたのかな。私、前世おっさんなんで全くわからんが。寧ろ、気持ち悪くて鳥肌が立ってきた。
無論、そんなこと口が裂けても言えるはずがないので、できるだけにこやかに当たり障りのない返事で言葉を濁しておくのだった。
◆◇◆
こうして模擬社交界は注目の的といった形でひとまず成功したようだった。
後悔が残るとすれば、会場に用意されていた豪華なお食事の数々にほとんど手を付けることができなかったことだ。無論、メリーからのレッスンの中で令嬢たるもの、お食事も節度を持って嗜むものだと聞いていたため、時間があったとしてもバイキングのように満腹になるまでモリモリ食べることはかなわなかっただろうが。
だが、こうしてみるとお嬢様というのも悪くはないかもしれない。
マナーやら社交界やら大変そうなことはこれからも沢山あるだろう。
しかし、それらもこれから頑張って乗り越えてお嬢様生活を満喫するのだ! 頑張れ私。
そして、模擬社交界は終わり、会場内に集まっていたご令嬢・ご令息方が続々と馬車に乗り込み、各々の宿へ向かうか帰宅の途についた頃。
私はマリアとともに別れを惜しんでいた。
というのも、マリアと一緒におしゃべりを楽しめたのは会場に入るまでの短時間であり、それ以降はあまり話す機会がなかったのだ。
従姉妹の美少女ともっといちゃいちゃしたかったのに、とても残念である。
残念なのはマリアも同様だったようで、名残惜しそうな表情を浮かべ、
「メルリア様、また私のお家に遊びにいらしてくださいませ。ドレスのことももっとお聞きしたいですし」
「ええ、勿論ですわ。是非」
ややしんみりとした雰囲気の中、別れの言葉を告げるマリアと私。
そんな中、マリアの表情が若干安堵したような笑顔に変わる。
「それにしても、良かったですわ。噂に聞くほど特に大きな問題はなさそうで」
「え? 何の話」
「メルリア様のマークル家のことですわ。近頃、財政的にかなりひっ迫した状況だと聞き及んでいたものですから。でも、見たところ影響はなさそうで安心しましたわ」
何それ。私の家そんなにやばかったの? お父様もお母様もそんな話一度も……。それに、ドレスは新調できたし、馬車だってあんなに見事でお金がかかってそうだったのに。
「それでは、またお会いしましょうね」
ひらひらと上品な手を振りつつ、安心した笑顔で別れていくマリアをよそに私は混乱した頭を抱えながら馬車に乗り込む。
私、異世界で没落令嬢になってしまうようです。
コンビニ店長、異世界で大商人を目指します 藍うらら @kyonko
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