翼をもたない僕ら
七瀬葵
翼を持たない僕ら
『最後のセンター試験』は、想像以上に過酷な2日間だった。
のちに発表された平均点や、各大学のボーダーが下がっていることからも難化は明らかだったが、それ以上に苦しいものがあった。
過去問には無かった形式の問題。尋常ではない計算量。難易度を上げた英語長文。聞き取れるだけでは答えが出せなくなっていたリスニング。
恐らく、雰囲気に飲まれたことで緊張して実際以上に難しく感じたことは間違いない。けれどそれでも、『もうだめかもしれない』と思うには十分すぎるくらいに難しかった。目標にしていた点数には、届かなかった。
そんなふうに思っていたから、志望していた国立大学の医学部に推薦で受かっていたことは、今でも信じられない。本当だったら国立大学の前期選抜である今日、僕はその大学で二次試験を受けている筈だった。
でも受かっていた。合格発表の時、間違いなく僕の受験番号はあったし、合格通知もちゃんと届いた。入学手続きの大半は、もう終わっている。
長かった受験生活は、どうやら無事に終わったらしい。
僕は今、彼らを待っている。
彼ら、というのは、この三年間、ともに受験に向けて戦ってきた同級生たちのことだ。
東京大学、大阪大学、名古屋大学……。誰もが一度は聞いたことのある難関大学を狙う彼らは、今頃無事に試験を終えただろうか。手ごたえはどうだろうか。緊張に打ち勝って、実力を出し切ることが出来ただろうか。
受験は団体戦、なんてありきたりかもしれないが、僕の受験生活は、彼らの存在なしには語れないと思う。
ずっと怖かった。医者になるというのは、幼い頃から僕自身の夢で、大切な人との約束だった。そしてそのために医学部を目指し続けてきた。そのことは自分にとって何があっても揺るがない信念だと思っていたが、甘かった。
テストや模試によって現実を突きつけられる度に、逃げたくなった。それでも諦めずにどうにかやってきたが、センター試験のとき、本当の絶望を見たと思った。努力しても、砕け散る日は来るのだと思い知った。世の中甘くは出来ていない。皆が皆、なりたいものになれるわけじゃない。そんなふうに思った。
けれどそれは、どうやら僕だけではなかったらしい。
頭がいいって、どういうことだろう。本当に頭のいい人間って、いるんだろうか。もしいたとしても、僕はきっとそれにはなれないだろう。彼らもきっと、なろうと思わないだろう。結局のところ、僕らの受験生活は、努力がすべてだったんだと思う。
出来ないことは、出来るようにするしかない。どんなに模試の判定が悪くても、勉強するしかない。流行りの『勉強法の本』を読むより、参考書を読んだ方が良い。覚えたことは、すぐに消えていく。覚えたことでも、すぐには使えるようにならない。だから繰り返す。何度も何度もやり直す。それを重ねていく。
なりたいものになるためには、続けるしかない。そんなことを彼らが教えてくれた。
同じように苦しみ、泣きながら、励ましあいながらやってきた彼らの存在があったから、僕はどうにか合格ラインに届くことが出来た。
みんな、受かればいいのに。
あれだけ頑張っていた彼らなのだ。神様に微笑んでもらえるのが諦めずに努力した人間なら、彼らは必ず勝てる。
けれど、そんなに甘くはないと知っている。
倍率をみれば解るように、受かる人間より、落ちる人間の方が多い。受験は残酷だ。どんなに苦しもうが努力しようが、結果は二択。落ちる時には落ちる。努力が結果に繋がらないこともある。
事実、僕自身の合格も、誰かの不合格の上に成り立っているものなのだ。倍率から単純に計算すれば、合格した人間の二倍の数の人間が、不合格を突き付けられている。
そして、どんなに僕が彼らのこと思っても、僕は彼らにはなれない。所詮、他人事だ。僕の結果が僕のものでしかないのと同様に、彼らの結果は彼らのもの。向き合うことが出来るのは、自分自身だけなのだ。人間誰しも、自分以外にはなれないのだから。
それでも、受かってほしい。
彼らには、受かっていてほしい。
次に桜を見る頃には、僕も彼らも、みんなここにはいない。大学が決まろうが浪人しようが、あるいは別の進路を選んだとしても、ここにはいないのだ。
誰かは受かって、誰かは落ちているかもしれない。思い通りの進路に進めなかったとしても、自分の居場所を作り、人生を切り拓いていくことはできるだろう。あるいは思い通りの進路に進めたとしても、そこで思い描いたものになれるとは限らない。
未来のことはわからない。わかりたいとも思えない。
いつかこんな日々を、懐かしいと思える日が来るだろうか。人生がかかっていると本気で苦しんだこの時間のことは、いつか奇麗な思い出の中に溶けていくのだろうか。
僕らはこれから、大人になる。
翼をもたない僕ら 七瀬葵 @kaoriray506
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