私より重い過去をぶちこんでくるなんてどういうつもり!?

ちびまるフォイ

もう誰もヒロインには同情しない

夜中に呼び出されるとヒロインは重い口を開いた。


「実は……主人公に話しておきたいことがあって……」


「話しておきたいこと?」


「私、実は両親を子供の頃になくしているの。

 近くの村がモンスターに襲われたときに

 私を助けようと物置に隠して……外に出たときにはもう……」


「そうだったのか……」


「だから今日、村の人の依頼を叶えて喜んだ家族を見たとき

 こういうのいいなって思っちゃって……。

 一緒に旅をしている以上、私のことを知ってもらいたくて話したの」


「それは……」


「いいの、わかってもらいたいとか救ってもらいたいとかじゃなくて。

 単に私のことを知ってほしいと思って話しただけだから」


「いや、わかるよ」

「気を使わなくたっていいの。こんな辛い過去、そう話せる人いないし」


「いや実は俺も両親を亡くしているんだよ」

「え」



「ある日村にモンスターが襲ってきて両親をはじめ

 仲の良かった親友も、いつも挨拶してくれたパン屋さんも

 みんなモンスターが血みどろの肉塊にしてしまったんだ」


「……」


「後で知ったよ。そのモンスターが俺自身だってことに。

 一度は命を絶とうとも考えたけど、俺はモンスターから人間になる際に

 簡単には死ねない体になってしまったからそれもできない。

 だからこうしてせめてもの罪滅ぼしで冒険をはじめたんだ」


黙って聞いていたヒロインはそっと口を開いた。



「なにそれ」

「え?」


「ちょっと待ってよ! 私のエピソードより重くない!?

 完全に私の過去話を上回ってるじゃない!! 当て馬じゃないのよ!」


「君も辛いなとは思うけどね」


「その上から目線むかつくーー! 私は悲劇のヒロインって立場でいたいのよ!

 辛い過去を持ちながらも気丈に振る舞いつつ、

 ときおり哀しみを見せていこうと思っていたのに!」


「やればいいじゃないか」


「あんたのほうがどう考えても上位互換の過去を持ってるじゃない!

 私が辛いって沈んでも、あんたがハッピーなら意味ないわよ!

 むしろ沈んでる私がメンタルよわよわかまってちゃんに見えるじゃない!」


「ちがうのか」

「ちがかないわよ!」


ヒロインはバンバンとテーブルを両手で叩いた。


「とにかく! 私の悲しい過去を食うような過去をバラさないで!

 私のアイデンティティを奪わないで! いいわね!?」


「ああ、わかったよ。死んだと思っていた友人がその後闇の力で復活し

 俺の大切なパートナー(犬)を手にかけたことはもう誰にも話さない」


「なにエピソード付け足してるの!?」


「そして自分の両親だと思っていたのは本当の両親ではなく、

 本当の両親はすでに100年前に世界を破壊した覇王で、

 死ぬ寸前に呪いを俺に施して未来に飛ばした過去がある」


「これ以上過去を追加しないでよ! ただでさえ見劣りしているのに!!」


ヒロインは主人公の口をふさいでこれ以上の過去暴露をとめた。


「このままじゃまずいわ。私のヒロインとしても立場も危うくなる。

 もっと私にしかない過去を手に入れないと!!」


ヒロインは自分の家系図を取り出すと、自分の親族との関係で悲しい過去がないかを探した。

悲しい結果を生むために多くの友人を作り、ペットを飼い、激戦地に赴いた。


ヒロインの名前はどんどん有名になり注目度が上がっていく。


「ああ、いまや私を取り巻いている人はこんなにも多くなった!

 これはもう悲劇的な急転直下の展開が待っているはず!!」


もはやこれだけで自分をキャラ立ちさせる過去としては十分ではあったが

ヒロインは尊敬されるよりも同情されて優しくされるのを望んでいたので、

他人の成功をよしとしないひねくれ神様が天罰を下した。


「そんな! あんなに友達だと思っていた人に裏切られた!」

「全財産を奪われたあげくに、私の立場も名前も奪われるなんて!」

「実は前前前世で私は大罪人だから、この時代でも許されないの!?」


「あぁ、私ってなんて辛く悲しい人生を背負った哀しき女なのかしら!!」


まるでミュージカルのごとく歌い上げると、

あまりの悲惨過ぎる過去にこればかりは主人公も負けを認めた。


「そんなに暗く悲しい過去があったのか……」


「そう……私はあなたよりもずっと辛く苦しい過去を持っているのよ。

 それでも健気に前向きに生きようとしている私はきっとカワイイわ」


「ああ、その通りだよ。君以上に悲しい過去を持った女性はいない」


「そうよね。私が一番かわいそうよね」


「だから、君にだけには打ち明けようと思う……」


主人公はそっと口を開いた。



「実は俺……明日死ぬんだ……」



ヒロインは主人公以上に絶望した。



「未来に悲しい設定をもつなんて卑怯よ!!」

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