春を待つ。
或る、君の話。
――洪水の影響により、当列車は
高所落下の錯覚。実際は乗せてた肘から頭が滑っただけだろう。
「………………。寝てた」
「見りゃわかるよそんなん」
雨上がったし、と視線で
「
「いいっていいって。結局
「二ってとこかな」
「っは! お疲れさん。えーっと話が
箱ごと見合い席の
ゴッツォサーン、という砕けきった礼を受け取って、ふと。
「てかお前さん、
「あー……アレね」
紫煙をたっぷりと吸い込み、吐き出す。
「ふぃー……さっすが
「マジかオマエ」
「大マジのマジ。それで桜の話だったんだけど、結構白熱しちゃってさ」
「ぁン?」
「完璧な桜とはどれを指すのか。花を
どうと言われてもだな。
「
持論を展開させようとして、
「ちょおー!
会話をぶった切って文字通り机の上に割って入ったソイツは、あーヤダヤダと言いながら窓を開け、おそろしく強引、
「マジかオマエ」
「大マジのマジ」
やべえ会話が円環してやがる。
「両手に花じゃんか、モテるね兄さん」
「あァ?」
意味が解らん、と
知らん仲でないのは確かだけどさ。その自由さは
「
妬いてしまう、ではないあたり愉しんでるなコイツ。
――これは、いよいよ収拾が付かなくなってきた。会話の着地点どころか発射点も不明な
「っていうか!」
ぶった切ったな。
「つーさんナンデ!? ウメ公って何さ! あーしは犬か!
「そりゃお前さんがおれのことを『つーさん』とか謎の呼び方するからだろ」
「手に入らないなら、せめてあーしだけの二人称が欲しいっていう乙女心をご存じない?」
「おれがウメ公って呼ぶのもおまえだけだよ」
「は? 最
「
主に家柄が。……性格はまァ、嫌いじゃあないよ。あとその
「
「
ふい、とそっぽを向かれる。
「敵かよ」
「
せっかくふたりきりなのに、と。
「二人じゃないが」
「二人じゃないが」
「あ、灰皿ないじゃんどうしよう」
「お前さんほんとブレねえなぁ」
「兄さんには負けるさね」
「申し訳ございませェーん。他のお客様のご迷惑になりますのでェー。大きな声での会話はお
「マジかオマエ」
「大マジのマジ。
再就職先
「くっっっっそ似合わねェンだが。
ぱちん、ぱちんとロクに確認もせずに三人分の切符に
「
切符、と
「……
つーか買った覚えが無ェが。
「最高だよお前。
「
「霧原、話の腰折らないで? さっきからもうバッキバキの複雑骨折なんですケド? コイツ周りの会話」
良くキレたツッコミの後。
「まだ発車しないから乗り場で貰ってきて。代金は払ってあるし」
「まさかのおまえ持ちとかいよいよ気色悪ィンだが」
「うっさいなァー。ボクは借りた分を返しただけでェーす」
……そりゃあ、まァ。六文は不要だとは言ったが。
おれの
一拍分の空白。椅子に座るタダ乗りを放り出すかのように、おれは抱き上げられた。
「…………大きく、なったなあ」
――縮んだのでは。もう、そんな
「……
「
百まで生きろって? 今更そんなこと言われてもなあ。
下ろされる。
駅の
ぽつんと
「……お前さんまで居るとは、流石に思わなかった」
乗らないのかい、と
「はい。あの列車は貴方様の便ですから。わたしは此処で、あの方を待ちます」
/
知った仲だ。少しの話くらいはしてくれるだろう。
「アイツ当分来ないと思うぜ、
「それは嬉しいことですね。百鬼様、有難うございます」
「何かしたか、おれ」
「言う機会に恵まれなくて。これ」
お気に入りなんです、と髪飾りを揺らして彼女――
「選んだのはアイツだぜ。くっそ時間かけてたわ」
「ふふ、はい。そうでした。――百鬼様。
「つっても、おれも切符貰って戻るだけなんだが」
「では機会に恵まれたら、ということで」
「……ま、逢えたらな。すれ違ったら無効でいいか?」
「十分です。そうですね……どうしましょう。話したいことはうんとあるんです。えっと……」
「それこそ神鷹が来たらでいいじゃねえか」
「あ、そうですよね! ふう。ふふ、はい。……『七香は待てますので、どうか存分に』と」
「そんなことでいいのか」
「はい。このくらいで、いいんです」
/
「兄さーーーん! 忘れ物だー!」
開かれた窓から
「いい
だろう?
「でももうちょっとくらい詰めてもいいと思うぜ、僕は!
ああ、煙管か。まァ、そのくらいは
「つーうーさーん! ゆっくりでいいよー! あーし待てるからー!」
――あぁ、そうか。不意に
走らなくてもいい、と。
「「「「お盆には還るからあーーーーー!!!」」」」
「――はっ、ははは。はははははははっ」
駄目だ、つい笑っちまう。
こんなに笑ったのは何時ぶりだったか。なんて――
後ろ首に妙な痛みを覚えて、おれは目を開けた。
/
――あと一ツ。
だが、どれだけ
止める者などこの世のどこにも、あの世のどこにも存在しない。椿自身も拒まない。
だから、その
「……おい」
『つばき、すまない。――わたしは
契約者と共に限界寸前まで戦い抜いた〈
錆び付いた刀身では、もはや何も斬れはしない、と。
おれの瘴気まで請け負ったな、コイツ。
いや、〈薄氷〉どころの話ではない。それだけでは、おれの意識が今も在る理由には届かない。
痛みがある。
それが、何を意味するのか。起こり
「……〈
『本来の役目を〈薄氷〉殿に奪われたからなあ。少しばかりの余裕があった』
素知らぬ顔――と言っても見えやしないが。
「ンなこた如何でもいい。おれの首はどうなっている」
『……
顔を上げる。その眩しさに、
「―――――――」
『いやあ、絶景よな。待った甲斐があるものだ』
言葉を失う。吹き抜ける朝風に、
――桜の花が、咲いている。
言葉の通りに椿は
口で呼吸を繰り返す。そうか。もう、瘴気はこの地に、この
馴染んだ動作が、隊長服の胸から紙巻を取り出そうとして――その箱にあるはずの、最後の一本が消えていたことを知った。
(
列車の中。空席の対面に笑う、誰かの顔を
「……はァ。帰ったら、」
『我らを研いで直せよ、当世』
「やれやれだぜ、ったく」
椿は瞳を閉じる。今度こそ、夢を見る余裕もなくなって。それはもう鮮やかに、すとんと落ちた。
/
『……椿は戻って来れないよ、
――そうして。少女は奇跡のような光景を見た。
その
/眠れる花は、春を待つ。
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