流れ星と乱れ雪月花
文字通りの一撃必殺。こんな
掛け値なしの
――だから。決断より遅く来た
椿の脳裏に
↓
聞こえている数々の音や声も、その時は何であるかは判別がつかない。
『百まで生きろ、などとは言わん。だが俺より早く散ったりするんじゃあないぞ。……そうだ、お前の名は――』
↓
子に恵まれなかったからだろう。
↓
六歳の娘を売り払った親を、別に恨んではなかったらしい。同じ境遇の娘は珍しくも無い。数多くの蕾が、その先に華麗に花開くかどうかの条件でさえ。
どうにもならなければどうにもならない未来があるだけだ。
ひとりでは街はおろか館から……吉原大遊郭という
『――そっかあ。じゃあ、アタシとおんなじだね』
『成れたらの話だろ』
……そうだな。今まで見てきた中で一番
↓
自分の家には数多くの
↓
冬の空気が好きだった。吸い込めば痛みさえ覚えるほどに澄み切った冷たさも。雪化粧に彩られた、シンと静む街並みを美しいと思った。
春の始まり。凡ての命が今か今かと訪れを待ち侘び、動き出す。
世の中はそうして
たくさんの慶びと悲しみが、この世にあるのだと。
↓
ともあれ無事に『椿』を継いだ。十二というのは駆け足に過ぎるとは親父の談。急いだ理由はおれだけのもの。
招集された〈夕京五家〉の会合に、その
事の
『おい』
何が気に食わなかったのか。自分の好みの味が判った今だから見当が付く。
『日ノ国
――まだ届かないかどうかさえ確定していないのに
〈
……
おれも期待はしなかった。できたのは幾つかの言葉を投げること。それと、失望をしないことくらいだ。
斉一も含め腐れ縁だからと割り切った。見限ってやるのは、こいつ等が自分を見限ったその後にしようと。
見積もりの甘さを、後に笑って酒の
↓
季節は目まぐるしく回る。その時々に、
他と比べたらまだ歳の近いおれ達が、幼すぎる陛下――この頃は殿下か。その
『
やがて世が
↓
花守の一家当主というのは大なり小なり面倒くさいのだと、継いでから思った。これは必要性のみで出したくもない顔を事あるごとに出す
蝶よ花よと育てられた結果、かなりのお
二月の中頃。乾きったたその冬に初めて降った雪ではない雨と、咲いた梅。山郷伊之助
――いいや、いいや。解かってる。たぶんコイツ、おれが『ウメ公』と呼ぶからキレてたんだ。
あーしを
家っつーのは面倒だ。平時だから何事もなくただ在れただけの百鬼家に、夕京五家の血を招くという
英国の名作、家柄による
↓
牡丹は
そして二十歳か。
慶永元年。この瞬間になって思うが、
――そうだな。だからきっと。おれはこの二十年前に生まれた。最後の解。
〈
↓
長いようであっという間の半年だった。
/↓
――あの夏を、鮮明に覚えていて、良かった。
旧く
変わらぬ時などないのだと。
また、変わらぬものがあるのだと。
同じ毎日は一日とて訪れず、多くのいのちが芽吹き、争い、手を取り、別れていく。
紡いでは死に、永遠に眠る場所へと渡って
短い秋。拾った一枚の
生まれてから数えて十年。理解した。
『――ああ。これが
世界は続いていく――おれがいてもいなくても。
そこにはきっと多くの悲しみがあって。慶びもきっと多く、在るが
安心した。
十分に過ぎる。これだけ在れば――存分に、
走馬灯が終わりを告げる。我ながら完璧に詰め込んだな。残るは浸食された現実。
――梶井浩助を、斬って捨てよう。
↑/
その、あまりにも穏やかな
梶井浩助はあの日に確信した『美』を、確かにもう一度見出した。
父と母の死に際と同じものだ。だがどうして、どうして、どうして?
違いは一ツしかない。父母は死んだ時。このお方は生きている今。
僕の求め続けた至高の美しさは、ひとが死ぬ時に
花守様! 百鬼様!
同じ
/
絶対的な速度の差を
選ぶのならば一撃必殺。これは変わらない。だが速度、そして
〈雪〉を
……
「――――素晴らしい」
その
そして、刀というモノは真側面からの衝撃に弱い。
きぃん、と夜に鳴る破魔の音色。その瞬間、
視界に大刀が無い。百鬼椿の手にも、自分の脳天にも。折れた切っ先三寸は? 今の音は確かに聞いた。――
噛み合う瞬間に手放した? 出来る筈がない。技量的にではない。必殺を頼んだ得物を手放すなど、精神的にできる筈がない! 僕だって手放せないからこうしているというのに!
(恐るべきはこの力。限定的な瞬間だとしても、先の一撃は朝霞神鷹と位階を同じくしているなあ。)、と。
衝撃で宙を舞いながら初代『椿』――大刀〈雪〉は梶井浩助の技量に惜しみない賞賛を覚えた。両手がヒトの形であれば
(〈生駒〉めらに聞いてはおらなんだか。我ら
着地の瞬間が無様に転がるか、それとも華麗に突き立つか。そこは
「こ、のっ――!」
梶井浩助は振り抜いた右手を引き絞る。格闘でいうと
だが、今度こそ椿の方が早かった。
当たれば良し。防がれればこう。百鬼椿の『構え』はこの瞬間に完成した。左手脇差の柄に右手が添えられる。命を
『――梶井』
「あ――、れ」
梶井浩助は花守ではない。また霊力を保持していない。〈薄氷〉の声は届かない。それもまた、変わらない事実だった。
――それでも、だ。届かぬと知ったうえで。この声は上げねばならない。
『梶井は間違えた。
腹の熱。斬られた。まだ痛くはない。まだ生きて居たい。首に冷たい気配。――なんて
振り上がり、その手の中で
『――
なにか。はじめてなのに。おぼえているきがする。まるで鈴のように澄んだ、僕が
「声が――美しい、こ」えが、聞こえたような。花守様――――
過去千年、
――流れ消えゆく『流星』には及ばない。けれど、三度の必殺を
百鬼六十三代目椿の『
/それはさておき。
「……ま、これで世が明けるほど甘くは無ェわな」
未だこの地は
そして、押し寄せる霊魔の大群もまた、引くことを知らない。
「椿様……!」
一門が駆け寄る。二人の手には、それぞれ〈雪〉の
『飛ばしすぎだぞ、当世』
「ンなもんは
白い隊服を深紅に染めた椿は紙巻を取り出す。残り一本か。
傍らには頭部を
割れた腹から出る
……転がった首は、安らかに目を閉じていた。
「……ちッ」
舌打ち。銜えた紙巻に火を
集合。合体。そしてここに来て液化。
間。
「――――〈
だが食い破る。破邪の
ばきり、と砕け散った二本の
「ザザザザザ! ザザザ! ザザザザッッ!」
耳がいかれたか。視界も灰色に
「そら、もう一丁
「ザー!」
後を任せる気など更々無い。
――いつ来るやも知れぬ、遠い
朝霞神鷹に任せたのだ。じゃあアイツはやる。
揺るがぬ信頼と変わらない夜。残った一門と、右鞘の大小。五体は動き、霊魔の群れに終わりは見えない。
此処に至り、するべきことがきちんとある。
まったく、上々な人生だぜ。
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